第168話 特別講師
スザンナ姉ちゃんがムクイ兄ちゃんを倒した翌日。今日も今日とて勉強が始まる。
それは避けられない絶望。
でも、午後は修行と言う名の訓練があるからちょっと楽しみ。アンリは楽しみを後にとっておくタイプ。まずは嫌いなお勉強を終わらせよう。
「それじゃおじいちゃん、今日もお願いします。でも、お勉強がないと言うならアンリはそれに従うつもり」
「いや、勉強はあるよ。勉強は毎日やることが重要なんだ。偉い人はみんなそう言ってる。継続は力なりってね」
「アンリとしては余計なことを言ったと思うけど、一応理解できる。剣の素振りも毎日やるほうがいい」
でも、勉強は週一回か月一回でいいと思う。
「ところで今日は何のお勉強? 算術の勉強だったら、アンリは全力で駄々をこねる。スザンナ姉ちゃんもそう言ってる」
スザンナ姉ちゃんがびっくりした顔でアンリを見たけど気にしない。
「今日はちょっと趣向をかえて特別講師をお招きしているんだ。忙しいとは思ったんだが、頼んでみたら快く引き受けてくれてね」
「特別講師? 誰か来るの?」
「そうだね、そろそろ来る時間なんだけど……ああ、来たみたいだね」
外への出口をみたら扉が開いた。開いた扉の先にはリエル姉ちゃんが腕を組んで仁王立ちをしてる。そして顔は不敵に笑った。
「今日は俺が講師をしてやるぜ! 耳をかっぽじってよく聞けよ! あと、リエル姉ちゃんは子供の面倒をよく見るいいお姉ちゃんと言いふらしておいてくれ。草の根活動は大事だ」
「リエル姉ちゃん、おはよう」
「リエルちゃんだ。おはよう」
「おいおい、二人とも、こういう時は拍手をするなり、喜ぶなりするもんだぜ? なんで素なんだよ。おっとその前に挨拶だな。二人ともおはようさん。もちろん、村長も」
リエル姉ちゃんは挨拶をしてからおじいちゃんの横に座った。テーブルを挟んでスザンナ姉ちゃんの前に座る形だ。アンリの正面はいつも通りおじいちゃん。
それにしてもリエル姉ちゃんが特別講師なんだ? 今日はリエル姉ちゃんから色々教えてもらえるのかも。ならいつもの勉強よりは楽しい気がする。
でも、リエル姉ちゃんが講師……アンリにはまだ早い気がする。
「おじいちゃん、今日は男性と結婚の約束をするための罠の張り方とかそういうの? アンリにはまだ早くない?」
「いや、そんなわけないだろう。まあ、リエルさんが講師と言えばそうなるかもしれないが……あの、リエルさん、その驚いた顔は冗談ですよね? 昨日、女神教のことについて教えて欲しいと言ったはずですが」
「いや、村長、もちろん冗談だって。教えてやってもいいけど、確かにアンリにはまだ早いからな。今日は女神教のことについて、この俺が色々教えてやるぞ」
うん、リエル姉ちゃんは腐っても聖女。なら女神教のことにも詳しいはず。この間もちょっとだけ勉強したけど、今日は色々教えてもらえる気がする。
「分かった。女神教の信者になるつもりはないけど、色々教えてもらう」
「アンリ、いま、俺のことちょっと貶めた感じで見なかったか? なんかこう、聖女は聖女でも変な聖女だって感じの眼だった気がする」
「気のせい。時計をぱっと見たときになぜか秒針が止まって見えるくらい気のせい」
「そうか。気のせいか。よし、それじゃ俺も午後は忙しいからサクサク勉強しような! えっと、それじゃまずは女神教の成り立ちからか?」
リエル姉ちゃんはそう言うと、色々説明してくれた。
成り立ちに関してよく言われているのは、二千年前、魔族を倒すために勇者を遣わしたのが女神様で、その女神様を崇めた人達が作った宗教が女神教みたい。
そう言われているだけで本当かどうかは分からないみたいだけど、大半の信者はそれを信じているとか。
そして勇者が最初に降り立った場所が聖都エティアの大聖堂。勇者が大聖堂に来たわけじゃなくて、勇者が来た場所に大聖堂を建てたとか言われてるみたい。
勇者か……アンリの知ってる勇者はフェル姉ちゃんを倒そうとした悪者。フェル姉ちゃんも魔王みたいだから間違ってはいないんだけど、魔族さんはもう人族と争う気はないみたいだし、仲良くするべきだと思う。
でも、勇者って二千年前からいるものなんだ?
「勇者って大昔からいたの?」
「女神教に聖書という女神教の歴史書みたいのがあんだけど、そこにはそう書かれてるみたいだな。俺は読んだことねぇけど」
リエル姉ちゃんの横でおじいちゃんが頷いた。
「以前、読んだことがあるけどね、確かにそう書かれているよ。つまり二千年も昔から人族と魔族は争っていたんだ。人族の歴史は魔族との戦いの歴史ともいわれているね」
「そうなんだ? でも、その歴史に終止符を打ったのがフェル姉ちゃんと言うことになるかも」
「ははは、何百年か先にはそう言われるようになるかもしれないね」
そしてアンリはそんなフェル姉ちゃんを従えた人族として歴史に名前を残せるかも。これは頑張らないと。
あれ? リエル姉ちゃんがおじいちゃんをジッと見つめているけど、どうしたんだろう?
「村長はどこで聖書を読んだんだ? あれってそう簡単に見れるもんじゃねぇぞ? 聖都にしかねぇし、女神教の幹部か、よほどのコネがないと無理だと思うけどな?」
「……これは勘違いをしておりました。私が読んだのではなく、司祭様に教えてもらった内容でした。いや、歳をとると勘違いが多くて嫌になりますな」
「ああ、じいさんか。じいさんもここに来る前は聖都でかなりの地位にいたらしいからな。それにしても、村長、まだボケるには早いぜ? まだ五十ちょっとくらいだろ?」
「いやいや、これはお恥ずかしい」
おじいちゃんが勘違いって珍しい気がする。本当に勘違いなのかな? もしかしておじいちゃんは昔、女神教のすごい幹部だったとか、アンリの空想を刺激するんだけど。
まあ、そんなことはないかな。普段女神教のことなんてほとんど言わないし……でも、以前、女神教というか聖都へ行くべきとか話していた気がするかな? アンリが夜中、おトイレに起きたときに大部屋から聞こえてきただけだったからよく覚えてないけど。
そんなことを考えていたら、リエル姉ちゃんの説明が再開された。
女神教は教皇って人がトップでその下に四賢さんがいる感じになっている。さらにその下に枢機卿とか司教とか司祭とか色々あるけど、覚えられないからパス。リエル姉ちゃんも覚えなくていいって言ってる。
そして以前おじいちゃんに聞いたとき、名前が分からなかった四賢の使徒についてリエル姉ちゃんは知ってた。
名前はアムドゥアさん。
リエル姉ちゃんの話によると、いい男らしい。でも、うさん臭いとか。いつも黒いコートを着ていて、その内側には色々な薬品が詰まった試験管を忍ばせているみたい。
「分かる。黒いコートを着ている奴は大体うさん臭い」
スザンナ姉ちゃんがしみじみとそんなことを言い出した。たぶん、ユーリおじさんのことだと思う。
「まあ、うさん臭くてもいい男ではあるぞ。家族思いだしな。それに俺と一緒に教皇へ洗脳による布教をやめてくれって言った仲だ。嫁さんがいなくて服装の趣味が良かったら結婚してやったのにな」
「うん、ユーリも悪い人じゃない。ちょっと服装の趣味が悪いだけ」
リエル姉ちゃんとスザンナ姉ちゃんががうんうん頷いている。そんなリエル姉ちゃんを今度はおじいちゃんが見つめていた。どうしたんだろう?
「リエルさんは教皇様と面識があるのですか?」
「うん? そりゃまあ、俺の上司にあたるわけだしな。でも教皇って俺を見る目がなんかこう、うまく言えねぇけど嫌な感じなんだよ。色々と心配してくれているだけなのかもしれねぇけど」
「今の教皇が先代の聖女である話は間違いのないことなのでしょうか?」
「良く知ってんな。ああ、じいさん経由か。そうだぜ、今の教皇は先代の聖女だ。しかも今度は俺に教皇になれとか言ってる。ずっと断ってるけどな。教皇になんかなったらさらに結婚出来ねぇ」
「そう、なのですか……ちなみに教皇様の名前は?」
なんだろう? ずいぶんとリエル姉ちゃんに質問しているみたいだ。こんなにぐいぐい前に出るおじいちゃんは初めて見た。
「結婚のことはスルーかよ、村長。フェルのツッコミが恋しいぜ……えっと、なんだっけ、教皇の名前? なんだったっけな? ちょっと待ってくれ、思い出すから。たしか、ティなんとか」
「ティマ、ですかな?」
「ああ、そう、確かそんな名前だ。最初に一回聞いたくらいでその名前で呼ぶこともないからド忘れしてたよ。俺も村長のことを笑えねぇな!」
リエル姉ちゃんは笑いながらそんなことを言ってるけど、おじいちゃんは反対に眉間にしわを寄せて考え込んでいるみたいだ。
今日のおじいちゃんは結構変。
「おし、それじゃ今度は聖都のことについて教えてやるか! 白一色って感じの町で結構綺麗だぞ。まあ、俺はこっちの村のほうが好きだけどな!」
リエル姉ちゃんは分かってる。この村はどこにも負けないくらい魅力的な村。いつか人界一の村になると思う。
よし、引き続きリエル姉ちゃんのお話を聞こう。
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