第169話 破邪結界

 

 リエル姉ちゃんの女神教講座が続く。


 でも、女神教の話なのにいい男がいないという話が出てくる。リエル姉ちゃんの基準だと、いい男は異性に対して一途で家族思いのイケメンみたい。あと、ちょっとワイルドが隠し要素的に必要だとか。


 そしてアンリ達に「変な男に騙されるなよ」って言ってくる。正直なところ、それはリエル姉ちゃんに言いたいけど、ぐっとこらえた。


 ただ、リエル姉ちゃんの話を聞いて一つだけ思ったことがある。


「実はそういう人を一人知ってる。一つだけ条件が当てはまらないけど」


「マジか。誰だ? 村の奴じゃないよな? 村の奴らも悪い奴じゃないんだが、今一歩足りねぇ。ぜひ教えてくれ」


「フェル姉ちゃん」


 リエル姉ちゃんがぽかんとしてる。隣のスザンナ姉ちゃんも。もっと説明が必要なのかな?


「フェル姉ちゃんはたぶん好きな人に一途。それに家族って言うか従魔の皆にやさしいし、村の皆にも良くしてくれる。それに心がイケメン。あと、隠してないけどワイルド。なんでもモリモリ食べるし、肉を噛みちぎるところなんてワイルド過ぎる」


「……いや、まあ、フェルが男だったらなぁと思ったことはある。だが、女だ。一つだけ条件が当てはまらないって性別じゃねぇか。その一つが致命的なんだよ。フェルみたいな男がいたら、あらゆる手を使って篭絡するんだけどなぁ……」


 そのあらゆる手を言うのは聞かないほうがいいとアンリの勘が言ってる。そろそろ話を変えよう。


「いい男の話はその辺にしてもっと聖都のことをおしえて」


「おう、そうだったな。えっと、聖都は破邪結界という結界に囲まれていてな、魔族や魔物が入れないようになってんだ。あ、いや、入れないじゃなくて入るとかなり弱体化する、だったかな?」


 それだけで聖都がつまらないように思える。フェル姉ちゃんや魔物さんと遊べない場所なんてアンリ的には何の魅力もない。特に行かなくてもいいかな。


「なんでそんなことをしてるの?」


「なかなか斬新な質問だな。まあ、女神教は魔族や魔物と敵対している感じの宗教だから、としか言えない。とくに魔族に対しては滅ぼすつもりだ」


 フェル姉ちゃん達を滅ぼす? あまり良くない宗教だと思ったけど、アンリの中ではもうダメダメだ。そんな宗教は潰れちゃえばいいのに。


「そんな顔するなって。そんな風に思っているのは年寄りだけだ。今の信者で実際にそう思ってるやつは少ねぇよ。全体の一割くらいじゃねぇかな?」


「それでも一割いるんだ?」


「年寄りの連中は実際に魔族の被害にあった奴が多いからな。絶対に許せないって思っている奴も多いと思う。俺としてもその考えを否定するつもりはねぇ。五十年前までは相当酷かったらしいからな」


 そういう話はよく聞く。魔族さんが、ずっと人族に戦いを仕掛けていたって。被害も結構あったって聞いた。


「フェル達を見ていると全然そんな感じはしないけど、当時の魔族はそれこそ血も涙もない感じだったらしい。大事な人を殺されたって奴もいるだろう。だから魔族に対して恨みを持っている奴も多い。いまのフェル達はそんなことしないと言っても許せるなんて話はないと思う」


「……うん。それは仕方ないのかも。アンリも大事な人をそんなふうにされたら許せないと思う」


 おじいちゃんやおかあさんやおとうさん、それに村の皆。もちろんスザンナ姉ちゃんも。大事な人を傷つけられたら怒るに決まってる。


 あれ? リエル姉ちゃんがちょっと笑った?


「でもな、フェルはそういう状況を変えようとしている。フェルは人族と仲良くしようとしているだろ? あれだけの力を持ちながら、その力を振るうことはあまりしないし、力を振るうにしても誰かのためだ」


「うん。ニア姉ちゃんをルハラまで取り戻しに行ってくれた。国に喧嘩を売れるくらいの力を持ってるのに普段そんなことを感じさせない」


「そうだな。それにリーンで雑貨屋を救った話をこの前の夜にしてやったろ? その雑貨屋の婆さんはむかし旦那を魔族に殺されたらしい。でも、フェルとはいい関係になってる」


 うん、この前、宴会の後のガールズトークで、懇意にしている雑貨屋の妨害をしているラジット商会をつぶした話を聞いた。でも、雑貨屋のお婆さんがそんな状況だったんだ?


「まあ、いい関係になれたのは婆さんの性格もあるだろうけど、やっぱり起点はフェルの行動だ。おかげで少しずつではあるが、人族と魔族の関係は改善されていると思う。フェルの行動が未来にいい影響を与えるかもしれない、そう思うと年寄はともかく、せめて俺達は仲良くしようと思うよな!」


 リエル姉ちゃんがすごくいい笑顔をしている。まぶしい。これはあれだ、聖女スマイル。なんとなく拝みたくなる。結婚式の時も見たけど、こっちが本物っぽい。


「リエル姉ちゃんが初めて聖女様に見えた」


 だってこんな感じのリエル姉ちゃんは初めて見る。まさに聖女。これがリエル姉ちゃんの第二形態。


「私はメーデイアで皆を治しているリエルちゃんを見たとき聖女だと思ったよ。今日は二度目」


「そうか。アンリの初めてと、スザンナの二度目って言葉にすごく引っかかるが、まあいいだろ。しかし、こんなにいい女なのになんで男が寄り付かないんだろうな?」


 普段の言動だと思う。言わないけど。


 でも、リエル姉ちゃんの場合、なんとなく近寄りがたい部分があると思う。嫌いとかじゃなくて、こう、恐れ多いとかそういう感じ。普通の時はそんなことないのに、聖女モードのリエル姉ちゃんは魅力的過ぎて、おいそれと近寄れない感じになると思う。


 それにリエル姉ちゃんはすごく美人さん。金色の髪はサラサラだし、青い目は吸い込まれそう。普通の男性なら気後れすると思う。


 あれ? 普段の言動はダメダメで、聖女モードは近寄りがたい、さらにどんな状況でも美人さん……? リエル姉ちゃん、結婚に関しては詰んでないかな?


「まあ、それはいいか。まだまだ俺にもチャンスはあるはずだ。頑張ってアピールしていこう……えっと、なんだったっけ? そうそう、そういう理由で聖都には魔族に対抗するための破邪結界って言うのがあるんだよ」


「うん、それは理解できた。でも、弱体効果ってどれくらいあるの?」


「さあなぁ? 実際試したことがあるかどうかも分からねぇんだけど、魔物には相当効くみたいだな。結界の中に入った魔物が全然動けなかったって聞いたことがある。そうそう、聖都ほどのものじゃねえんだけど、破邪結界の簡易版みたいのがあるんだよ。ニアをさらった神父ってアダマンタイトを覚えてるか? アイツがルハラでフェル達に対してやったんだけど、フェルとルネにはほとんど効いてなかったな。まあ、ジョゼフィーヌ達は動けなかったみたいだけど」


 フェル姉ちゃん達に効かないのはなんとなくわかるんだけど、ジョゼフィーヌちゃんが動けないって結構すごいんじゃ?


「まあ、それもフェルがユニークスキルを使ったら撥ね退けていたけどな」


「ディア姉ちゃんが言ってたフェル姉ちゃんのユニークスキルかな? 周囲の魔物さんの力を向上させた上に自分も強くなるとか」


「あー、たしかそんな感じだった気がする。あの状態だと魔物達にも破邪結界は効かないみたいだな。とはいえ、あれは簡易版だ。聖都にあるのはかなりの魔力を使っているし術式も複雑だって聞いたことがある。同じように対処できるかどうかは分からねぇな」


 破邪結界……これもフェル姉ちゃんの弱点になるのかな? アンリとしてはいつか超えなきゃいけない壁なんだけど、弱体化と言う手はどうなんだろう。


 あ、そうだ、思い出した。


「リエル姉ちゃん、今度、石鹸を分けてくれないかな」


「石鹸? なんでまた?」


「いつかフェル姉ちゃんを倒す時のために使う。あれでフェル姉ちゃんの背中を洗ったらちょっと赤くなったんだよね? 剣に塗るつもり」


「すげぇこと考えるんだな。それで効果があるかどうかは知らねぇけど、聖都からくるとき結構かっぱらってきたから構わねぇぜ。あとでやるよ」


 うん、効果はないかもしれないけど、色々やっておこう。些細なことが勝敗を分けることだってあるんだし。


 そんなことを考えていたら、急にスザンナ姉ちゃんが遠慮がちに手を挙げた。


「あの、リエルちゃん、聖都のことはいいんだけど、空中都市のことも教えてもらっていいかな? あれは結構気になってるから聞きたいんだけど」


 空中都市。確かロモン聖国の空を飛んでいる島だとか。確かにそれはロマン。アンリもいつか見てみたい。むしろ行ってみたい。


「空中都市か。あそこには女神様がいるんだと。二千年前、そこから勇者が来たって話もあるらしいけど、どっちも嘘くせぇよな」


 いきなりの問題発言。仮にも女神教の聖女様がそんなことを言っていいのかな?


「女神様っていないの?」


「俺は会ったことねぇな。年に一度、あの空中都市が聖都の上空に来るんだよ。その時に教皇が女神様に会えるんだと。でも、教皇は女神のことを何も言わないからな。そもそも会って何をしてるのかも知らねぇ。そういや、そろそろそんな時期かな――ああ、聖都がちょっと騒がしいって話があったんだけど、その準備かもしれねぇな」


 リエル姉ちゃんは女神教の聖女という立場なのに結構否定派だ。アンリとしてはどっちでもいいけど、女神様がいるならフェル姉ちゃんの良さを分かって欲しい。


 その後もスザンナ姉ちゃんがリエル姉ちゃんに色々質問した。


 でも、そもそも女神様がいるという情報しかないみたい。歴代の教皇も空中都市についてはほとんど何も言わないとか。知るためには教皇になるしかないってことかな。


 そんなこんなで勉強はお開きになった。


 ただ、難しい顔をしていたおじいちゃんがこれから今の教皇についてリエル姉ちゃんに色々質問するみたい。アンリ達は聞かなくていいみたいだけど、おじいちゃんはそんなに教皇が気になるのかな?


 まあいいや。お昼になるまで外で遊んできなさいって言われたからそれには全力で従おう。それに午後の修行のためにも色々準備しないと。


 これからがアンリの本番。頑張って修行するぞ。

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