第170話 ゾルデ姉ちゃんとの修行
アンリ達はダンジョンの第四階層までやってきた。
アビスちゃんがいないから全部徒歩。昨日、それを忘れてダッシュで家に帰ったけど門限を守れなかったから、罰としてお風呂掃除をさせられた。今日は同じミスをしないようにしないと。
今日からゾルデ姉ちゃんやムクイ兄ちゃん達と一緒に訓練だ。アンリはゾルデ姉ちゃんと、スザンナ姉ちゃんはムクイ兄ちゃん達とやる感じになってる。
アンリは組手というか体術関係を重点的に行って、スザンナ姉ちゃんは主に模擬戦をするみたいだ。それ以外にも色々教えてもらえることになってるけど、それは今後のお楽しみ。
「よー、スザンナさんとアンリ、よく来たな! 今日から頼むぜ!」
アンリ達に気づいたムクイ兄ちゃんが手を振っている。そしてドラゴニュートさんが二人と、ゾルデ姉ちゃんもいる。
そういえば二人のドラゴニュートさんはパトル兄ちゃんとウィッシュ姉ちゃんって言うみたい。ドラゴニュートさんにとって名前って神聖なものだからおいそれと教えられないみたいだけど、村にお世話になってるって理由で教えてもらえた。
でも、どっちがどっちだかよくわかんない。トサカがあるムクイ兄ちゃんは一発で分かるんだけど。
それはおいおい見極めるとして、まずは挨拶。礼に始まって礼に終わるアレ。
「こちらこそよろしくお願いします。えっと、アンリはゾルデ姉ちゃんとだよね」
「そうだよ。武器を使わない戦い方を教えてあげるから」
「うん、しっかり技術を盗ませてもらう」
「私はムクイ達とだよね? 水で作った竜と模擬戦をする形でいいのかな?」
「おう、最初はそれで頼むぜ! スザンナさんも水の操作とやらに磨きをかけたいんだろ? なら三対一で戦えば細かい操作が必要なんじゃねぇかな。そんな風に戦士長が言ってたぞ!」
スザンナ姉ちゃんとムクイ兄ちゃん達はここからちょっと離れた場所へ移動していった。結構暴れるから場所を移してくれたんだと思う。
「よーし、それじゃアンリちゃん、私たちはここで始めようか」
「うん、お願いします。ところでどんなことをするの?」
「ちょっと待ってね、いまアンリちゃんを調べるから。ちょっと両手を横に広げてみて」
言われた通り両手を左右に伸ばした。今のアンリはカカシと言っていいかも。
そんなアンリの体をゾルデ姉ちゃんが触っている。ややくすぐったい。
「これはセクハラ?」
「そうじゃないって。どれくらいの筋肉が付いているのかなって思って。でも、全然ないね。まあ、五歳だし仕方ないかな。それに小さいうちから筋肉をつけるのは体の成長を妨げるとかなんとか聞いたことがあるよ。本当かどうかは知らないけど」
「そうなんだ? でも毎日素振りはしてるんだけど?」
「それくらいなら大丈夫だと思うよ。それじゃ筋肉がなくても出来る訓練をしようか」
ゾルデ姉ちゃんはそう言って地面にある石ころを拾った。それを右手のてのひらに置く。
「私からこの石を取れたらアンリちゃんの勝ちだよ。私は動かないけど、アンリちゃんは私の手以外は触っちゃダメ」
「これが修行なの?」
「そうだよ。私から石を取る修行。取れるかなー?」
ゾルデ姉ちゃんはニヤニヤしてる。これはアンリへの挑戦と見た。なら本気でやる。
素早くゾルデ姉ちゃんの右手に向かって腕を伸ばした。だけどゾルデ姉ちゃんの右手に届く前に躱されちゃった。
「もっと本気で来ないと取れないよ?」
本気出して手を伸ばしたんだけど……スピードの訓練なのかな? もしくは手数? なら、フェル姉ちゃんみたいに連打するパンチみたいにして取ろう。
「ていていていてい!」
両手でゾルデ姉ちゃんの持っている石ころを狙う。でも、ゾルデ姉ちゃんは簡単に躱しちゃった。でも、まだまだ。ゾルデ姉ちゃんが疲れるまでやるぞ。
「ゾ、ゾルデ姉ちゃん、は、速すぎる。ア、アンリはもう息切れ……」
「すごいねアンリちゃん。あんなに長い時間動き続けるなんて普通はできないよ。でも、石ころは取れなかったみたいだね。それじゃちょっと休憩かな」
三十分ぐらいずっと石ころを狙っていたんだけど、全然ダメだった。ゾルデ姉ちゃんはアンリよりも手の動きが速いってわけじゃないのにどうして取れないんだろう?
「それじゃアンリちゃん、休憩しながらちょっとお話しようか。どうして私から石ころを取れないと思う?」
ゾルデ姉ちゃんは地面にある石ころを複数持ってお手玉しながらそんなことを聞いてきた。
「分かんない。ゾルデ姉ちゃんはそんなに手の動きが速いわけじゃないのに、アンリが手を出した時にはもうない。アンリはいつも空気を掴んでるだけ」
「それはどうしてだと思う?」
どうして? どうしてだろう? アンリの心が読めるとかそういうスキルを持っているのかな? それともアンリは知らぬ間に弱体魔法を使われているとか?
「スキルとか魔法を使ってる?」
「そんなことしないよ。私の場合スキルの関係で強化魔法をよく使うけど、今回は使ってないからね?」
「それじゃ分かんない。どうして?」
「アンリちゃんの動きが予測できるからだね」
「よそく?」
「そう。どんなタイミングでどこにどの手が来るのかが分かる感じ。だからそれを避ければいいだけ」
「アンリの行動が読めるってこと?」
「そうだね。まず視線で狙っている場所が分かるし、フェイントもなく、右手左手の順番で同じところをつかもうとしてる。右手さえ躱せば左手は警戒する必要もない。連続で手を出せるのは両手で十回までだからそこまで躱せばちょっと休憩できる。あとはそれの繰り返しかな」
全然気づかなかった。アンリのやり方は単調ってことなんだと思う。
「剣術にも通じるけど、体術は相手との読み合いが大事なんだ。相手がどう動くかをきちんと予測しないと手痛い反撃を受けるよ。これはそういう訓練」
「ええと、いままでアンリはゾルデ姉ちゃんとの読み合いに負けてたってこと?」
「そうだね。でも、それ以外にもあるよ。アンリちゃんの動きは私に誘導されていたかな。ちょっと隙を見せると、すぐに取ろうとしたでしょ? あれはわざとそうして誘い込んだんだ。その後はアンリちゃんの手が届きそうで届かない位置に手を移動させれば疲れるまでずっと手を出すしね」
なんてこと。アンリはゾルデ姉ちゃんの手の上で弄ばれていたってことだ。
でも、カラクリは分かった。それさえ何とかすれば石ころを取れるって寸法。勝機を得たり。
「ゾルデ姉ちゃん、続きをやろう。今日中に絶対石ころを取る」
「おおー、いいね! でも、頭で理解しても体が付いてくるかなー?」
「アンリを普通の子だと思ったら大間違い。いつかフェル姉ちゃんすら倒せるくらい強くなるから、こんなところで足止めされるわけにはいかない」
「大きく出たね! よーし、それじゃ私も本気で取られないようにするよ!」
さあ、再戦だ。今日中にゾルデ姉ちゃんから石を取るぞ。
残念だけど、今日は石ころを取ることができなかった。もう遅い時間だからタイムアップ。でも、ゾルデ姉ちゃんに物申したい。
「強化魔法を使って速くなるのはずるいと思う。スピードが全然違うから惜しいって状況もない」
「アンリちゃんの飲みこみが早いからだよ! 本当にとられそうだったからびっくりして使っちゃったよ……でも、あの動きって確か――」
「あ、分かった? あれはフェル姉ちゃんのスタイルを真似てみた。左手で距離を測りながら、右手で攻撃する感じ。ゾルデ姉ちゃんの手には触っていいんだから、持ってる手を殴って石ころを弾いてもいいはず」
「一日でその考えに至るのが怖いよ。私だって冒険者を始めたころに同じドワーフの冒険者に教えてもらって、そう考えるまで一週間くらいかかったのに」
「やっぱり手を攻撃するのが正解?」
「正解っていうか、その方が楽だね。ほら、私はルールで動けないし、石ころが手から投げ出されたら取りにいけないんだ」
やっぱりそうだったんだ。石だけ狙って取るのはハッキリ言って難しすぎる。攻撃して石ころを弾いたほうが早い。
「それじゃ今日はここまで。続きはまた明日ね」
「うん、面白い修行だった。また明日もお願いします」
スザンナ姉ちゃん達のほうも模擬戦を終えたみたいだ。時間的には早いけど、ここから徒歩でダンジョンを出ないといけないから、早めに帰らないと。
ゾルデ姉ちゃんやムクイ兄ちゃん達に挨拶をしてからダンジョンの入口を目指して歩き出した。
スザンナ姉ちゃんのほうも結構充実した修行が出来たみたいだ。
アンリも楽しい修行だった。明日からも頑張ろう。
そういえば、フェル姉ちゃんは今頃何をしてるかな。約束したのにヴァイア姉ちゃんから貰った魔道具に連絡がない。代わりにアビスちゃんから色々送られてくるけど。
フェル姉ちゃんはいつも忙しいから仕方ないとは思うけど、もうちょっとこまめに連絡が欲しいな……連絡は今後も期待はできないから、サプライズを仕掛けよう。帰ってくるまでにすごく強くなってフェル姉ちゃんを驚かせようっと。
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