第143話 雨の中の戦い

 

 三メートルくらい上空を旋回しているキラービーちゃんを倒すにはスザンナ姉ちゃんの魔法しかない。


 雨を降らせるという天候操作魔法。それを使えばキラービーちゃんは飛べなくなって地上に落ちる。そこをアンリが叩くという作戦。


 でも、簡単にはいかない。


 天候操作魔法は術式がかなり複雑。しかも雨が降るまでは結構かかるし、スザンナ姉ちゃんは魔力の枯渇でちょっと動けなくなる。つまり、数分、スザンナ姉ちゃんは無防備だ。


 少し休めば動けるし、水の操作もできるけどらしいけど、無防備なところをキラービーちゃんに襲われたら大変。なので、アンリがスザンナ姉ちゃんを守りつつキラービーちゃんを倒す。


 さっきは不意を突かれただけ。今度は体当たりなんて食らわない。


 フェル・デレを地面に刺した。そして七難八苦を両手で持ち構える。素早さ重視のスタイル。


「スザンナ姉ちゃん、魔法をお願い。絶対に守るから」


「うん、お願いね。【天候操作・雨】」


 スザンナ姉ちゃんが言葉に魔力を乗せる。すると、スザンナ姉ちゃんの遥か上空に黒い雲が湧き出てきた。でも、まだ雨は降らない。だいたい直径一キロくらいの大きさになるまで雨は降らないとか。


 キラービーちゃんはその雲を見てニヤリと笑う。


「なるほど。雨を降らせて私の羽を濡らそうという魂胆ですか。なかなかやりますね」


「雨さえ降ってしまえばこっちのもの。キラービーちゃんには悪いけどアンリ達が勝つ」


「ふふふ、情報収集をしているのがアンリ様達だけだと思ったら大間違いですよ?」


 どういうことだろう? それにすごく余裕がありそうな笑みだ。なにか対策があるのかな? もしかして羽が濡れない方法がある?


「私もスザンナ様の情報を集めました。どうやら最大でも直径二キロくらいの雲しか作れないみたいですね? それでも確かにすごいですが、ここは荒野ですから、相当広いのです」


「まさか雨の範囲から逃げるってこと?」


「そのまさかです! 聞いたところ、雨をそんなに長い時間降らせることは出来ないとか。なら雨が止むまで逃げるのも作戦!」


 キラービーちゃんは甘い。それくらいは想定内。


「残念だけど、アンリ達の作戦に穴はない。キラービーちゃんは絶対に逃げられない」


「どういう意味ででしょう? 私の速度ならすぐにここから逃げ出せますよ?」


 何も言わずに階段を指した。


「えっと、階段ですか? それが何か?」


「キラービーちゃんが逃げたら階段をおりる。それで第四階層は攻略」


「あ」


 階層守護者を倒さなくてもいいならそれに越したことはない。キラービーちゃんが逃げるならアンリ達は追わずに階段をおりる。そうすれば突破。


 キラービーちゃんがすごく慌ててる。もしかして気づいてなかった?


「……今度アビスに頼んで階段に私を倒さないと開かないような扉を付けてもらおう……でも、まだ対策はありますよ! 今の状態ならスザンナ様も疲労が激しくて動けないはず! 今のうちに倒せばいいんです!」


 キラービーちゃんはそう言って突撃してきた。


 スザンナ姉ちゃんは動けない。ならここはアンリが守る。


 剣を使って追い払う感じで戦う。倒そうなんて思っちゃダメ。雨さえ降ればもっと余裕で勝てるんだから、いまは防御に徹する。ここをしのげばアンリ達の勝ちだ。


 いろんな方向からキラービーちゃんが襲って来る。


 でも、トップスピードになるには助走というか、一度かなり離れないといけないみたい。それにそういう攻撃の時はフェイントも何もない単なる直線攻撃。早いけど剣を当てて軌道をずらすのは簡単。


 何度か攻撃をしのぐと、キラービーちゃんはまた三メートルくらい上空で旋回を始めた。


「ぐぬぬ、アンリ様はどんな動体視力をしてるんですか。普通あのスピードで突撃したら私に攻撃を当てるなんてできませんよ?」


「今のアンリはスザンナ姉ちゃんから頼りにされているから、いつもより五割増しでパワーアップしている。いわば、スーパーアンリ。でも、アンリはあと二回くらい変身を残してるから気を付けたほうがいい」


 今は変身できないけど、いつか、パーフェクトアンリや、アルティメットアンリに変身する予定。


 そんなことを考えていたら、アンリの鼻にポツンと水が当たった。そしてポツポツと雨が降り、あっという間にザーッと降ってきた。


 キラービーちゃんは、ふらふらと地面に降りてくる。どうやらもう飛べないみたいだ。


「どうやらこの勝負はアンリ達の勝ち。降参してもいいよ」


「……確かに私の機動力は半減しました。ですが、勝ったと思うのはまだ早いですよ。飛べなくたって私はクイーン! 蜂たちの女王なのです! それにこの雨ではアンリ様も自由には動けないでしょう? ほぼ互角だと思いますよ?」


「そのために昨日少しだけ訓練したから大丈夫。降参しないなら、そろそろ決着をつける」


 七難八苦を地面に置いて、さっき地面に突き刺したフェル・デレを抜いた。


 昨日、フェル・デレを背負ったまま、動きにくいゴスロリ服を着てダンスの訓練をした。それはこの雨の中で動くのと似たようなもの。あの感覚はまだ覚えているから、いつも通りに動けるはず。


 フェル・デレを肩に担ぐようにして構える。残念だけど、まだフェル・デレを自由自在には操れない。この構えからの一撃必殺につなげる。


 キラービーちゃんはアンリを警戒して近寄ろうとはしない感じだ。ここで焦って飛び出すのは愚策。じっくり待てばいい。


「襲ってこなくてもいいけど、しばらくしたらスザンナ姉ちゃんが復活する。そうなったら勝ち目はないと思って」


 魔力はかなり減るけど、少しは残るし水の操作も出来る。この雨の中、水を操作できるならスザンナ姉ちゃんは無敵といってもいい。負ける理由がなくなる。


 でも、それに頼らずアンリが勝負を決めたい。そのための挑発。


「……ここで警戒していたら勝ち目は無くなるわけですね? いいでしょう。ならスザンナ様が動けないうちにアンリ様に攻撃を当てて攻略失敗にさせます! そして貢献ポイントを我が手に!」


 キラービーちゃんはそう言って走ってきた。羽を使って飛んでいないから速さはそうでもない。この状態なら、フェル・デレでも当てられるはず。


 でも、無防備すぎる。あれは何か策があると見た。ここはフェイントだ。


 キラービーちゃんが剣の範囲に届く寸前で声をだした。


「てい!」


 その言葉に釣られたのか、キラービーちゃんは寸前で止まった。でも、アンリは剣を振っていない。


「あ!」


 アンリは一歩だけ踏み出す。これで、フェル・デレの攻撃範囲だ。それにキラービーちゃんは急に止まったからすぐには動けない。


「改めて、てい!」


「いたっ!」


 フェル・デレがキラービーちゃんの頭にヒット。ゴン、っていい音がした。キラービーちゃんは頭を押さえながら涙目になっている。


「負けてしまいました……」


「えっと、アンリの勝ちでいいの?」


「はい、アンリ様の勝ちです。頭に一撃食らったら負けっていうルールなので」


 そのルールは聞いていないけど、今までもそんな感じだった気はする。もしかしたら勝利条件は魔物さんによって違うのかもしれない。マンドラゴラちゃんの時は地面から抜くだけで勝ちだったし。


「第四階層の突破おめでとうございます! どうぞ先にお進みください。私はまたハチミツ作りに戻りますので」


「うん、それじゃまたね――ちなみに、キラービーちゃんを倒したら、ロイヤルゼリーがドロップするとかはない? 魔素の魔物さんを倒すと魔石がドロップするんだけど?」


「ないです。あれは貴重なものですし、結構いいお金になりますからね。魔物ギルドへの貢献ポイントが高いので、ただじゃあげませんよ」


「残念。また販売するときは言ってね」


 キラービーちゃんは「はい、もちろんです」と言って階段を下りて行っちゃった。


「アンリ、作戦通り上手くいったね」


「スザンナ姉ちゃん、もう平気なの?」


 振り返ると、スザンナ姉ちゃんが復活していた。しばらくは動けないと思ってたんだけど、結構早く動けるようになるみたい。


「魔力はほとんど使っちゃったけどもう問題ないよ。だから早めに次の階層へ行ってダンジョンを出よう。風邪をひくと大変だからお風呂に入らないと」


 確かによく見たら雨でずぶぬれだ。


「うん、なら今日は一緒に入ろう。背中を洗ってあげる。あと、アンリの九大秘宝であるジェット大王イカを見せる。その泳ぎはまるでタコ。必見」


「イカなんだよね?」


 そういう先入観を覆す魔道具がジェット大王イカ。たぶん驚いてくれるから早く見せたい。すぐに帰ろう。


 でも、今日の作戦、完璧だと思っていたけど、いま穴があったことに気づいた。


 こんなに服を濡らして帰ったらおかあさんが怒るかも。いや、洗濯が大変って絶対に怒る。家に着くまでになにか対策を考えようっと。

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