第144話 ゾンビ対策
昨日はものの見事に怒られた。
でも、洗濯が大変とか言う理由じゃなくて風邪をひくかもしれないからと怒られた。スザンナ姉ちゃんは普段から雨対策の服を着てるから問題ないみたいだけど、アンリは普通の服。それが雨を吸って、体の熱を奪うからよろしくないみたい。
ディア姉ちゃんが帰ってきたら、雨にぬれても大丈夫な冒険者用の装備を作ってもらおう……出世払いで。
そんな理由もあって、今日の午前中は熱魔法を教えてくれた。
これはお母さんが最も得意とする魔法――違った。最も苦手な魔法だ。調整が出来なくていつも熱い。おかあさんの料理でアンリの舌は熱さの耐性を得たと言ってもいい。
それはいいとして、熱魔法は風が強い場所とか雪が降るくらい寒い場所で重宝される魔法みたい。食べ物に使うのが主な使い方。寒いところで温めたお湯やスープを飲むのが最高だとか。
ちなみにこの魔法、生物は暖かくならない。術式にストッパーというかリミッターみたいなものが組み込まれていて、自分自身に使う等の危険な使い方を制限しているとか。
どんな魔法も使い方によっては危険だと思うけど、ほとんどの魔法は色々と制限して自分に被害がでないような術式にしてあるって聞いた。
だから術式を自在に変更できる人はものすごく優秀な魔法使いだとか。本来組み込まれている術式のリミッターを解除できるし、自分の思うように組み立てられるから、オリジナルの魔法が使えることになる。それが魔法使いにとって目指すべき頂って言われてるみたい。
それを聞いて、一つ気になったことがある。
ヴァイア姉ちゃんから貰ったこの金属の板ってものすごい術式が組み込まれている。しかも完全にオリジナルの術式。ヴァイア姉ちゃんって実はすごい魔法使いなのでは?
アンリのフェル・デレにも魔法を付与してもらおうかな。こう、海を割ったり、山を切ったりするくらいの魔法を付与してもらいたい。
そんなこんなで午前中の勉強は終わり。
今日の午後はダンジョン攻略をしないでお休みだ。でも、情報収集と階層攻略の対策をする。
昨日、階段を下りた先は墓地エリアだった。つまり階層守護者はバンシー姉ちゃん。
バンシー姉ちゃんはものすごい叫び声をあげるのが得意。あれを聞くと両耳をふさぐしかない。でも、バンシー姉ちゃんはシャウト系じゃなくてバラード系もいけますよ、ってよく分からないことを言ってた。多分、お歌のことだと思うけど、そんな情報は今のアンリに必要ない。
そんな叫び声対策は耳栓だ。
ヴァイア姉ちゃんの無人雑貨屋で耳栓を購入。アンリはお金を持ってないけど、魔石がお金の代わりになるって言うので、だいたい大銅貨一枚分の魔石をカウンターに置いて購入した。
これで準備は万端だと思ったけど、スザンナ姉ちゃん的にはこれじゃ足りないみたい。
「アンデッドがうろつく階層で一番気を付けないといけない事ってわかる?」
「わかんない。知り合いに似たゾンビでも躊躇なく斬るってことかな?」
「まあ、それもあるかな。でも、骨のスケルトンとか、霊体のレイスとかならまだいいんだけど、ゾンビにはもっと対策をしないといけないことがある」
何だろう? ゾンビっていうのは見た目がグロいけど、動きは緩慢だし、弱いって聞いたことがある。どんな対策が必要なのかな?
「スザンナ姉ちゃん、ゾンビにはどんな対策が必要なの?」
「それは匂い対策」
「匂い対策?」
「そう、ゾンビってね、腐敗臭っていうか、嫌なにおいをまき散らしてるんだよ。外で出会うならそうでもないんだけど、ダンジョンみたいな閉鎖空間で出会うとそれはもう大変なことになる。アビスの中も結構広かったから大丈夫だとは思うけど、念のために対策をしておこう」
「匂いの対策が必要なんだ? うん、それは危険かも。お店に何かないか探してみよう」
そういえば、そんな話を聞いたことがあったかな? 表現的には鼻が曲がるって聞いた気がする。
ということは臭いを嗅がなければいいわけだから、鼻栓が必要なのかな? あ、でも、脱臭とかいう魔法があるって聞いたことがある。それを使うか、そういう魔道具がないかな?
スザンナ姉ちゃんと一緒にヴァイア姉ちゃんの雑貨屋を調べると、よく分からない魔道具が結構あった。でも、どういう風に使うのかわからないからそういうのは除外。ちゃんと取り扱い説明書があるものがいい。
「アンリ、これなら使えるかも」
スザンナ姉ちゃんはそう言いながら、ゾンビのマスクを見せてきた。
「ゾンビ対策にゾンビは正しいとは思うんだけど、これで匂いが何とかなるの? ゾンビの気持ちになる?」
「これ、鼻と口の部分に空気浄化の魔法を付与した魔道具みたい。魔力の消費も少ないし、これならアンリも使えるんじゃないかな?」
このマスクを付けて戦えるかな? でも、いつかヘルメット付の鎧を装備したいし、その訓練にはちょうどいいかも。
スザンナ姉ちゃんが持っているマスクを受け取って顔に付けてみた。
うん、結構視界は遮られるけど、思っていたほどじゃないかな。それに魔力を通してみると、なんとなく新鮮な空気が作り出された気がする。これなら臭いとかは問題ないかも。
「うん、これなら対策になりそう」
「問題は見た目だよね。なんでゾンビっぽいマスクにしか空気浄化の魔法が付与されてないのかな?」
「大きな声じゃ言えないけど、ヴァイア姉ちゃんはちょっとセンスが悪い。普通はほんのちょっとだけなんだけど、たまに致命的にセンスが悪い」
「着ているローブとかのセンスは悪くないのに、商品の仕入れが微妙なんだね。でも安いからいいかな。これも大銅貨一枚だって。ゾンビのマスクじゃなければ、小金貨一枚でも売れるのに」
「ヴァイア姉ちゃんはお金儲けが下手。詳しくは知らないけど、ラスナおじさんとか、ローシャ姉ちゃんに教わったほうがいいと思う」
そうは言っても、ヴァイア姉ちゃんはいつものほほんとしてるから、毎日生活が出来るくらいの売り上げで問題ないよ、って言いそう。
「どなたか私の名前を言いましたかな?」
雑貨屋の入口からラスナおじさんとローシャ姉ちゃんが入ってきた。そしてローシャ姉ちゃんはアンリ達を見て驚いている。
「ゾ、ゾンビ! ラ、ラスナ、追っ払って!」
「会長、落ち着いてくだされ。どう見てもアンリさんとスザンナさんではないですか。マスクをしているだけですよ」
「え、あ、そうなの? 何してるのよ、貴方達、そんな変なマスクを付けて」
「魔道具の調子を確かめてた。アンリでも使えるから問題なし。これはご購入」
ラスナおじさんとローシャ姉ちゃんが首を傾げた。
「それは魔道具なのですか?」
「うん、空気浄化の魔法が付与されてる。魔力を流すと新鮮な空気が出てくる感じ。これでゾンビ対策は万全」
「……ラスナ、空気浄化が付与されたマスクなんて商品、ある?」
「私は聞いたことがないですな。そんなことができるなら、鉱山とかで相当な需要がありますぞ? あそこは突然ガスが噴き出ることもあるので、常にカナリアストーンを持って対策をしているくらいなので……ちなみに、そのマスクはおいくらですかな?」
「大銅貨一枚。無人販売だからこれ以上の割引は出来ないと思う。割引交渉するならヴァイア姉ちゃんが帰ってくるまで待つしかない」
ラスナおじさんもローシャ姉ちゃんも止まっちゃった。この二人はたまにこうなる。
「えっと、もういい? アンリ達はこれから情報収集しないといけないから」
「え、あ、ああ、それは失礼しました。どうぞ、情報収集へお戻りください。しかし、この村はフェルさん以外にも色々と驚かせてくれますな。まあ、フリーの魔法付与師がいるのであれば、それくらいのものが作れるとは思いますが、大銅貨一枚ですか。しかも、無人販売。転売すればさぞ儲かるでしょうなぁ……」
「あのヴァイアって子と何とかして専属契約を結ばないといけないわね! でも、信用ってどうすればいいのかしらね? お金の信用じゃダメなのは、何となくわかるけど」
「お金以外の信用……むずかしいですなぁ……」
なんか二人ともしみじみと話し込んじゃった。アンリ達はそれに構っている暇はない。明日、第五階層を攻略できるように情報を収集しよう。
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