第145話 助っ人

 

 アンリとスザンナ姉ちゃんはダンジョンの入口にいる。


 昨日、色々と準備をしたから第五階層の攻略対策は整った。


 耳栓も持ったし匂い対策も完璧。あと、司祭様にお願いしてたくさんの聖水を貰った。これを武器に振りかければ霊体系の魔物だって殴れる。


 準備万端。負ける理由がない。午前中の勉強が久しぶりに算術だったから、精神的なダメージを受けたけど、問題はそれくらい。


 小屋のほうを見ると、今日はバンシー姉ちゃんじゃなくてシルキー姉ちゃんがいた。


 聞かなくてもわかる。バンシー姉ちゃんは第五階層でアンリ達を待っている。


 でも、シルキー姉ちゃんが真面目な顔をしている。いつも笑顔がトレードマークのシルキー姉ちゃんなのに、どうしたんだろう?


「アンリ様、スザンナ様。第五階層はお気を付けくださいね。バンシーは本気ですよ。本気でお二人を止めようとしています。貢献ポイント欲しさに」


「それは願ってもないこと。こっちはいつだって本気」


「……今回は今までと違います。その証拠にバンシーは助っ人を頼みました」


「助っ人?」


「はい。その提案があった時、魔物達もそれはどうなの? という意見はありましたが、ルールに違法性はないということで認められました。バンシーだけでなく、もう一人の魔物との戦いになるのでお気を付けくださいね」


 もう一人の魔物って誰だろう? そっちの対策は全くない。そもそも誰が助っ人なのか分からないし。


「スザンナ姉ちゃん、どうしよう? 助っ人のことを調べてからダンジョンに入る?」


「情報を得られるかな? だれが助っ人なのか教えてもらえるの?」


 スザンナ姉ちゃんが尋ねると、シルキー姉ちゃんは首を横に振った。


「すみません。情報規制されていましてお答えできません。ただ、ジョゼ達や四天王のメンバーではないですよ」


 ジョゼちゃんやシャルちゃん、それにロスちゃんやカブトムシさんではないということ。ナガルちゃんは修行でいないし、エリザちゃんとドッペルゲンガーちゃんはズガルって町にいるはず。となると、オークさんとかミノタウロスさん、コカトリスさん、それにアラクネ姉ちゃんとか、ダンゴムシさんが候補?


 ダンゴムシさんはともかく、ほかは武闘派だ。これは激しい戦いになりそうな気がする。


 でも、どうしよう。誰が助っ人でも結構厳しい。


「アンリ、行こう。普通、ダンジョン攻略時は未踏領域の魔物なんて分からない。勝てそうになかったら引けばいい。いわゆる戦略的撤退。今日はその助っ人を見てくるってだけでもいい」


「スザンナ姉ちゃんはいつでも頼りになる。うん、今日中に第五階層を攻略する必要はない。それじゃシルキー姉ちゃん、行ってくるね」


「はい、ご武運を」


 シルキー姉ちゃんと別れて、ダンジョンの中に入った。


「アビスちゃん、第五階層までお願い」


『いらっしゃいませ、アンリ様、スザンナ様。では、第五階層へ転移させます。それとお気を付けください、いま第五階層にいる助っ人の魔物のことですが――』


「アビスちゃん、その情報は不要。その情報を得るのもダンジョン攻略の一部。今日は会って確かめる作戦で行こうと思う」


『……そうですか。なら何も言いません。お気をつけて』


「うん、でも、攻略しないとは言ってないから、そこは勘違いしないで」


 誰が助っ人でも、行けると思ったら行く。階段さえ下りてしまえばこっちの物だし、戦わないって手もあるから。


 そう決意したと同時に視界が変わった。


 十字架がたくさん並んでいる墓場エリア。このどこかにバンシー姉ちゃんと助っ人がいるんだ。しっかり探そう。


「アンリ、まずマスクを」


「うん」


 スザンナ姉ちゃんから渡されたゾンビマスクをかぶる。視界は悪いけど、鼻と口に新鮮な空気が作られる。これなら臭いとか気にせずに戦える。


 そう思ったら、地面がボコって動いた。そして何本もの手が出てくる。そしてそこから体をはい出そうとしている。ちょっとホラー。でも、これがゾンビなんだ?


「てい!」


 地面から出てきそうなゾンビの頭を叩く。相手が出てくるのを待つ必要なんてない。先手必勝。


「そう、アンリ。ゾンビは頭を狙って。可哀想だけど、もうどうしようもないからやるしかない」


 ゾンビがどうやって発生するのかはよく分かっていないみたいだけど、悪い精霊が死体にとりつく説が有力っぽい。その精霊が死体の脳を操って動かすとか。だから頭と体を切り離したり、脳に衝撃を与えたりすると取り付いていた精霊が分散して動けなくなるみたい。


 とりあえず、地面から出てくる前に全部倒す。魔石になるからこれも魔素のゾンビさんだと思う。


 そうやってゾンビを倒しつつ、第五階層を探索していたら、ゴーストさんとかレイスさんが現れた。いわゆる霊体系の魔物さん。


 この魔物さんは厄介。なんと物理無効。魔法とか聖水じゃないとダメージを与えられない。でも、その対策はしてある。


 水筒に入っている聖水を七難八苦に振りかける。これで一時的に聖剣七難八苦になった。


「てい!」


 この聖剣でゴーストを斬ると、白い粒子になって消えちゃった。さすが司祭様の聖水。効果テキメン。


「スザンナ姉ちゃん、大丈夫?」


「こっちは平気。アンリも大丈夫?」


「うん、準備してきたから何の問題もない。そろそろ地図が埋まりそうなんだけど、耳栓をしておいた方がいいかな? バンシー姉ちゃんに奇襲をされたら危ないかも」


「そうだね、今のうちにしておこう。そうだ、耳が聞こえないと意思の疎通ができないから、ハンドサインを決めておこう」


「ハンドサイン?」


「指の形や動かし方でお互いの意思疎通をする方法。アンリも念話が使えればいいんだけど、まだ無理だよね?」


「うん、まだ習ってない。それじゃハンドサインを教えて」


 本来は結構あるハンドサインだけど、今回は三種類しかない。攻撃、停止、逃げる、の三つ。基本的にアンリがサインをだして、スザンナ姉ちゃんがそれに従ってくれる感じ。


 ただ、無謀だと思ったときはスザンナ姉ちゃんが強制的にアンリを連れて逃げることになった。


「アンリに水を通して念話することもできるんだけど、出来るだけ魔力は攻撃に使いたいから今回はこれで行こう」


「うん、わかった。それじゃ耳栓をするね」


 耳栓をしても本当に大きい音は聞こえるみたいだから、バンシー姉ちゃんの叫びもある程度しか防げない。でも、耳を手で塞がなくてもいいなら戦えないってことはないと思う。


 村から逃げ出そうとしたときにバンシー姉ちゃんに捕まった時は、あまりの叫び声で両手を耳から離せなかった。同じミスはしない。


 スザンナ姉ちゃんと一緒に墓地エリアの未踏エリアを移動すると、地面に扉があるのが分かった。


 もしかしてここに階段がある?


 でも、鍵穴があるってことは、バンシー姉ちゃんを倒さないとダメなのかも。


 そう思った瞬間に、大きな叫び声が聞こえてきた。耳栓をしていても大きいってわかるほどの叫び声。バンシー姉ちゃんだ。


 叫び声がする方を見ると、バンシー姉ちゃんがすごい笑顔で叫んでいた。もしかしてこれって叫び声じゃなくて歌だったりするのかな?


 とりあえず、バンシー姉ちゃんに向かって七難八苦の切っ先を向ける。


 バンシー姉ちゃんがこっちを見て不思議そうにしているようだけど、どうしたんだろう? それに口をパクパクさせて何かを言っているみたい。


 よく分からないけど、これは勝負。ならハンドサインはこれだ。人差し指でバンシー姉ちゃんを指す。つまり攻撃。


 アンリが突撃すると、アンリのすぐ横を五匹の水鳥がバンシー姉ちゃんに向かって飛んで行った。スザンナ姉ちゃんがサポートしてくれたんだと思う。


 バンシー姉ちゃんに五匹の水鳥が当たった。痛そうにしているところにアンリが追撃。そしてバンシー姉ちゃんの頭にぽこって当たる。


 これでバンシー姉ちゃんには勝った。対策しているとこんなに楽なんだ。


 でも、バンシー姉ちゃんはあまり悔しくなさそう。それに耳を指さしているけどどうしたのかな? もしかして耳栓を取れって言ってる?


 バンシー姉ちゃんはもう戦闘不能だから耳栓はとってもいいのかな? とりあえず、片方だけ取ってみよう。


「えっと、バンシー姉ちゃん、なにかお話があるの?」


「ええ、まあ。それにしても、耳栓してるとは思いませんでした。そんな対策をしてくるとは……あと、なんでお二人ともゾンビのマスクをしてるんですか?」


「これはゾンビの匂い対策。匂いで鼻をやられたら大変だから」


「ああ、そういう。でも、ここのゾンビは臭いませんよ? アビスが魔物の匂いを再現するのは面倒だからって言ってましたけど」


 そういうネタバレは最初にしてほしい。でも、実際は匂う訳だからこういう対策が必要ってことが分かっただけでも問題なし。


 とりあえず、マスクも脱いだ。そしてスザンナ姉ちゃんにも伝える。


 情報を共有したところで疑問がわいた。助っ人ってどこ?


「バンシー姉ちゃん、この階層には助っ人がいるって聞いたんだけど?」


「ええ、私の叫び声を聞くと大変なので遠くにいます。私が負けたので、そろそろ来ると思いますよ」


 しばらく待つと、馬の足音みたいな音が聞こえてきた。商人さんが馬車で来るときに聞こえるような音だけど、もっと速い感じがする。


 音がする方を見ると、馬に乗った騎士みたいな人がこっちに向かってくるのが分かった。でも、すごく不思議なシルエット。どう見ても騎士に頭がない。


 アンリ達の近くまで来ると、お馬さんが威嚇するように前足を上げて立つような姿勢になり、ヒヒーンって大きくいなないた。


「私を倒さない限り第六階層へは行かせんぞ! ……あの、バンシーさん、こんな感じでいいですか? こういうの、苦手なんですけど」


「はい、大丈夫です。いい感じですよ。さて、アンリ様、スザンナ様。墓地エリアにはアンデッドの階層守護者が必要だと思ったので、遠くから助っ人として呼びました! 昨日の夜に着いたので結構ギリギリでしたね!」


「昼間、こんな姿で馬に乗って走ったら人族を驚かせてしまうので、目立たないように来たんですけど……そもそも、これってなんです?」


 それはアンリが聞きたい。こんな魔物さんはソドゴラ村にはいなかったと思うんだけど? でも、遠くから呼んだってことは、バンシー姉ちゃんの知り合いなのかな?


「えっと、どちら様? バンシー姉ちゃんのお友達?」


「これは失礼しました。わたし、ルハラ帝国の帝都近くにある森の古城で城主をやってるデュラハンと言います。あ、魔物ギルド所属です。よろしくお願いします、アンリ会長」


 さっきからどうやってしゃべっているんだろうと思ったら、騎士さんが左手に持っているヘルメットから声が聞こえてきた。頭がないのが不思議だったんだけど、取り外し可能なんだ? でも、どういう意味があるんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る