第245話 結婚式の前日

 

 あれよあれよと準備が進んで明日はヴァイア姉ちゃんの結婚式になった。


 今日の夕飯は森の妖精亭で食べることになってる。ヴァイア姉ちゃん独身最後の夜っていうイベントがあるとか。それにアンリ達も参加だ。


 アンリ達の準備も万端。明日はフェアリーアンリとして花びらを撒く。でも、妖精はアンリだけじゃない。スザンナ姉ちゃんとクル姉ちゃんも妖精役として花びらを撒くことになった。


 しかもスザンナ姉ちゃん達はドレス姿の妖精じゃなくて、執事服風の妖精。ディア姉ちゃん渾身の服。これは侮れない。でも、誰が主役なのかを見せつけようと思う。


 そして結婚式で気になることが一つ。


 当然結婚式の出し物というものがある。その出し物の一つにウェンディ姉ちゃんが出る訳だ。そしてアンリ達は見た。アビスのダンジョンで、ウェンディ姉ちゃんが踊りの練習をしているのを。


 それだけじゃない。バックダンサーがいた。その一人を以前、見たことがある。


 あれはロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんの結婚式で出てきた光の精霊さん。それ以外にも地水火風に闇の精霊さんっぽい人までいて、ウェンディ姉ちゃんのバックダンサーとして踊ってた。


 ウェンディ姉ちゃんはやる気。本気と書いてマジと読むあれ。アイドルの頂点を見せつけるつもりなんだ。


 これは荒れる。ヴァイア姉ちゃんの結婚式は荒れるに違いない……!


 そういえば、ヤト姉ちゃん達やメノウ姉ちゃん達は結婚式の準備でものすごく忙しそうだ。それ以上に忙しそうなのがニア姉ちゃんだけど。


 ヴァイア姉ちゃんのためにものすごい料理を作るみたいだ。ヴィロー商会に可能な限りの食材を頼んでいたし、ムクイ兄ちゃん達にもドラゴンの肉を頼んでた。エルフさん達が持ってくる食材もあてにしてるみたい。


 その輸送のためにカブトムシさんがものすごく飛び回ってる。文字通りまさに飛び回っているんだけど、ものすごい速さになってるみたいで空の魔物達も一切近づかなくなったとか。


 ジョゼちゃんの話だと、この森でカブトムシさんが使ってるゴンドラに近づく魔物は素人。しかも、ゴンドラに書かれている青色の雷マークは死の象徴みたいになってるとか。カブトムシさんの名前が青雷だからゴンドラにそのマークを入れてもらったって言ってたっけ。


 ジョゼちゃんといえば、フェル姉ちゃんよりも一日遅れて帰ってきた。しかも数体の魔物さんを連れて。さすがにゴンドラに乗せられなかったから徒歩で帰って来たみたいだ。


 連れてきたのは魔界にいた魔物さん達で、ジョゼちゃんの配下に加わったみたい。ゾルデ姉ちゃんが強い魔物と戦えるって喜んでた。


 なんで連れてきたかって言うと、ジョゼちゃんは森や村の防衛の戦力を増やしたかったみたいだ。大狼のナガルちゃんはまた修行の旅に出ちゃったみたいだし、魔物さん達の一部は遺跡を探しに行っているから、そのための対応だと思う。


 遺跡を探しているのはフェル姉ちゃんの依頼だ。遺跡にはフェル姉ちゃんが探している魔王様って人がいるみたい。フェル姉ちゃんにとってその人はすごく大事な人みたいだ。ただ、どの遺跡にいるのかは分からないとか。


 アビスちゃんの情報である程度の場所は特定できているけど、実際に行ってちゃんとした座標を調べているって言ってたっけ。その座標が判明したら、フェル姉ちゃんがそこへ向かうことになってる。これからはずっとそれを繰り返すみたい。


 人界にどれくらいの遺跡があるかは分からないけど、アビスちゃんの話だと結構な数の遺跡があるとか。それこそ一つ一つ調べたら何百年もかかるほどだってアビスちゃんが言ってた。


 でも、フェル姉ちゃんは何年かかってでも魔王様を見つけ出すって言ってた。アビスちゃんも魔物さん達もそのお手伝いをしているわけだ。


 アンリもお手伝いしたいけど、危ないからダメって言われた。でも、いつかフェル姉ちゃんと遺跡巡りをする。それまでに強くなっておこう。


「アンリ、そろそろ夕食の時間になるよ。ダンジョンの攻略はこの辺にして森の妖精亭へ行こう」


 スザンナ姉ちゃんがアンリの顔を覗き込んでた。


 これまでのことを色々考えていたら、いつの間にかそんな時間になってたみたいだ。


「うん。お腹も減って来たしそれに遅れたら大変。急いで外へ出よう。アビスちゃん、外までお願いしていい?」


『分かりました。少々お待ちください』


 アビスちゃんがそう言うと、一瞬でダンジョンの外へ出た。


 外はもうずいぶんと日が傾いている。そして美味しそうな匂いが森の妖精亭のほうから漂ってきて、アンリのお腹がぐーって鳴る。


 いけない、アンリのお腹に限界がきそう。


「スザンナ姉ちゃん、クル姉ちゃん、急ごう。アンリの第二形態が自動的に発動しそう」


「うん。私もそろそろ大変なことになる」


「……そんなことより、ダンジョンから一瞬で外に出れることを説明してくれない? いままでは徒歩で帰ってたのにどういうこと?」


 クル姉ちゃんが変なことを聞いているけどそれは後。まずは森の妖精亭へ移動だ。




「なんかすげぇな! 明日は派手な結婚式になりそうじゃねぇか! それに負けないくらいに、俺達もヴァイアの独身最後の晩餐を楽しくすごそうぜ!」


 いつものテーブルでリエル姉ちゃんが嬉しそうにそう言った。


 確かにすごそう。ロンおじさんもステージを作るのにすごく気合を入れてたし、村の皆がお手伝いをしてた。残念ながらアンリは何もできなかったけど。


 それにこの食堂には結構な人がいる。みんなが楽しそうに飲んだり食べたりしているみたいだ。いわゆる前夜祭。わくわくする気持ちが抑えられない感じだ。


「うん、アンリも全力で楽しむ。でも、ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんはまだ? アンリのお腹は暴走寸前。全てを飲み込む感じになりそう」


「暴走は抑えろ。コツは気合だ」


 フェル姉ちゃんのコツはコツじゃない。でも、言いたいことはなんとなくわかる。気合は大事。


 ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんは明日の衣装について最終調整をしているんだっけ? やれやれ。どんなに頑張ってもアンリの引き立て役にしかならないのに。これは罪かもしれない。


 フェル姉ちゃんが、アンリが妖精役をやるのか聞いてきたので、やることを伝えた。むしろアンリ以外に誰がやるんだって話なのに。マナちゃんがやるって話もあったんだけど、マナちゃんはリエル姉ちゃんの進行役をお手伝いするから辞退したみたい。


 マナちゃんが出てくるとなると最大のライバルになりそうだった。ちょっとだけドキドキしたのは内緒だ。


 フェル姉ちゃんにはスザンナ姉ちゃんやクル姉ちゃんも妖精役をやると言うと、ちょっとだけ驚いたみたいだ。もしかしたら執事服でやることに驚いたのかも。


 本当はアンリもフェル姉ちゃんみたいな執事服でやりたかったんだけど、おかあさんがそれはダメって言いだした。アンリにはアンリの装いがあるとか。よく分からないけど、そうらしい。でも、ディア姉ちゃんはアンリ用の執事服も作ってくれた。格好いい帽子もあるし、どこかのタイミングで着よう。


「ごめん、お待たせ!」


 ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんが息を切らせながら食堂へ入って来た。


 それを見て食堂にいたみんながヴァイア姉ちゃんに歓迎の言葉をかけていた。ヴァイア姉ちゃんは嬉しそうに何度もお辞儀してる。一通りお辞儀をしてからテーブルの方へ来てくれた。


「ごめんね、遅くなっちゃって」


「気にするな。明日のためにも衣装チェックは重要だろう。大丈夫なんだよな?」


 ドヤ顔。ディア姉ちゃんのドヤ顔が出た。


「任せて! 完璧に調整したから、明日は刮目するといいよ! あまりのすごさに目が潰れちゃうかもね!」


「そんな阿鼻叫喚になる結婚式は嫌なんだが」


「比喩だから。冗談だから。それくらいすごいって事!」


 聞き捨てならないけど、アンリといい勝負が出来るってことかな。返り討ちにしよう。


「よし、そろったところで夕飯にしようぜ。おーい、注文を頼む!」


 リエル姉ちゃんが注文をした。それをマナちゃん達が受ける。


 こんな日でもマナちゃん達はお手伝いだ。今日は明日の準備でニア姉ちゃん達が忙しいからだとは思うけど、もう少しサボってもいいと思う。ディア姉ちゃんを見習ってほしい。


「それじゃ、まずはリンゴジュースで乾杯だな! えっと、それじゃヴァイアの結婚を祝って! かんぱーい!」


 リエル姉ちゃんの言葉で食堂にいたみんなが一斉に乾杯する。もちろんアンリもコップを持ってスザンナ姉ちゃん達のコップにぶつけた。


 ヴァイア姉ちゃんが笑いながら泣くという高等技術を披露してる。うれし泣きかな。


 でも、こんな楽しい時に泣くのは良くない。みんなで目一杯楽しもう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る