第60話 まぜるな危険

 

 今日はリエル姉ちゃんとルネ姉ちゃんがドワーフの村へ出発するから、朝からお見送り。


 アンリも行きたかったけど、ついていったらアンリの代わりに誰かが怒られちゃうから自重する。


 大きくなるために、人の三倍くらいの早さで成長しないかな。十二、三歳くらいになればなんとかなると思う。その後の成長は三分の一でお願いしたいけど。


 おじいちゃんと一緒に広場に来ると、いつもどおりカブトムシさんが荷台を掃除していた。


「カブトムシさん、おはよう」


「おはようございます、アンリ様。リエルさん達のお見送りですか?」


「うん、一緒にはいけないけど、せめて見送りはしようかと。もしかしたら何かの事故でアンリが荷台に乗っかるかもしれないから」


「ご安心ください。事故なんておこしませんよ」


 ちょっと意味が違うような気がする。でも、そろそろ一緒に行くのは諦めよう。未練を断ち切るためにドワーフさんの村のことを聞こうかな。


「カブトムシさんはドワーフの村へ行ったんだよね? どんな感じだった? 金属でできた家や、蒸気がいっぱい出ているようなスチームパンクな村だった? ドワーフさんの鍛冶技術はすごいから、アンリが持ってる本のような未来都市を期待してるんだけど」


「いえ、普通の木で出来た家が多かったです。ただ、空から見た感じですと一部は蒸気というか煙がすごかったですね。たぶんですが鍛冶工房が多いエリアだったんじゃないかと思います。あとは……近くの樹液は可もなく不可もなくといったところでしょうか」


 樹液の情報は良く分からないけど、ドワーフさんの村は普通なんだ。ちょっと残念。


 ドワーフさんと言えば、グラヴェおじさんだけど、アンリはまだ魔剣の相談をできてない。勉強が夕方までかかるから、会えない。すぐには作ってもらえないってフェル姉ちゃんが言ってたからもっと先の話ではあるけど、話はしたいんだけどな。


 そんなことを考えていたら、リエル姉ちゃん達がやってきた。ルネ姉ちゃんと司祭様も一緒だ。


「おはようさん。見送りにきてくれたのか?」


「リエル姉ちゃん、おはよう。うん、見送りにきた」


 昨日の夜、リエル姉ちゃんがドワーフの村に行くのを司祭様に説明をしに教会へ行ったら、司祭様がやってきて、ルネ姉ちゃんにぜひ護衛をしてほしいって言ってた。さりげなくアンリもアピールしたけど、護衛はルネ姉ちゃん一人。せちがらい。


「ルネ殿、リエル様をよろしくお願いしますぞ」


「泣いて頼まれたなら仕方ないですね! 本当は魔界に帰らなきゃいけないんですけど、泣いて頼まれたらやらないわけにもいかないですよね!」


「いや、泣いて頼んではおらんのだが……」


 ルネ姉ちゃんがねつ造してる。アンリには分かった。ルネ姉ちゃんは護衛をしながら人界観光をするつもりなんだ。自分がやりたいことを頼まれたことにするなんて、すごく上手いやり方。アンリも参考にしよう。


 それはいいとして、二人ともかなりの軽装。何も持っていかなくていいのかな?


「リエル姉ちゃん達は荷物とかないの? 詳しくは知らないけど、日帰りじゃないんだよね?」


「おう、ヴァイアに空間魔法が付与されたバッグを貰ったから大丈夫だぜ。着替えとかは全部そこに入れてる。ルネのほうはそもそも空間魔法が使えるから問題なしだ」


「そうなんだ。でも、そういう魔道具って貰えるもの? 昨日も思ったけど、ヴァイア姉ちゃんはちょっと、ううん、誤解を恐れずに言うと、かなりおかしい」


「アンリちゃん、ひどいよ!」


 ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃん、ノスト兄ちゃんが広場にやってきた。それに村のみんなも集まって来てる。みんなでお見送りするみたい。


「このバッグは試作品みたいなものだから、リエルちゃんに使ってもらって使用感を聞くんだよ。モニターだね、モニター」


「そうなんだ? ならアンリもモニターをやるからいつでも言って」


「うん、その時はお願いするよ」


 ヴァイア姉ちゃんはにっこり笑ってから、リエル姉ちゃん達のほうを見た。そして何もない空間から何かを取り出す。あれは木彫りの置物かな? 羊っぽくて手のひらに乗るくらいの大きさ。ちょっと欲しい。


「リエルちゃん、頼まれていた魔道具を作ってみたよ」


「おお、助かるぜ。意識がある状態で飛ぶのは嫌だからよ」


「その羊はなに? それも魔道具なの?」


「これはね、魔力を通すと眠くなる魔道具なんだ。睡眠の魔法を自分自身にかける感じだね。ほら、リエルちゃんは空を飛ぶのが怖いから、飛んでる間はこの魔道具で眠っておくんだよ」


 アンリは乗ったことがないから分からないけど、空を飛ぶのは怖いのかな? おとうさんに高い高いしてもらうと面白いから、高くなればなるほど面白いと思うんだけど。


「それとこれね。昨日の魔道具を改良して魔力の消費を抑えた念話用魔道具。ただ、フェルちゃんにしかつながらないから、そこだけは注意してね」


「おう、ありがとな。ちなみにいい男を発見する魔道具ってないのか? こう、探索魔法の術式を改良して――」


「ないよ」


 ヴァイア姉ちゃんは無表情で食い気味に答えた。うん、アンリもないと思う。魔道具がないんじゃなくて、その考えに至ることが、ない。


 そんなヴァイア姉ちゃんの背後からディア姉ちゃんが何かを抱えてやってきた。


 あれは人形? 三十センチくらいの人形が五体もある。アンリにくれるのかな? もうお人形さんごっこは卒業してるんだけど。


「ルネちゃん、頼まれたものを作ってきたけど……これ、どうするの?」


「あー、すみません。一応護衛をするんでそれなりの準備をしておこうと思いまして。実は私の作る亜空間は結構狭くて魔界から人形を持ってこれなかったんですよね。でもヴァイアっちのバッグで空間の容量は解決したんで、人形を入れておこうかと」


「ルネ姉ちゃん、護衛をするのに人形が必要なの? 護衛とおままごとは違うと思う。ちなみにアンリはお人形さんごっこを三歳で卒業した。たぶん、最速の記録保持者」


「ふっふっふ、私のお人形さんごっこは、そんじょそこらのお人形さんごっこではないですよ? ちょっとだけお見せしましょうか? 【人形庭園】」


 ルネ姉ちゃんがそう言うと、人形がひとりでに踊りだした。すごいキレッキレ。これならアンリも欲しい。人形遊びの卒業は撤回する。


「どうですか? これは私のユニークスキル、人形庭園の効果なんです。踊っているだけですが、戦わせたらヤトっちにも負けないですね!」


 なんだ、ルネ姉ちゃんが動かしているんだ。自動で動くならアンリも欲しかった。それはいいとして、聞き捨てならないことを言ってる。


「ヤト姉ちゃんより強いの? すごい、ルネ姉ちゃんは魔界でも強いほうなんだ?」


「いやいや、魔界では弱いほうですよ。魔族には強さがおかしい人がいっぱいいますからね……!」


 ということは、ヤト姉ちゃんも魔界なら弱いほうってこと? 全然想像できない。


 人形を見ていたら、ディア姉ちゃんがしゃがみこんで人形をつんつんしてる。


「すごいね。でも、それならもっと大きい人形のほうがよかった? 時間がなかったし大きさの指定はなかったから、こんな感じの人形しか作れなかったんだけど」


「この大きさで問題ないですよ。人族を相手するならこれで事足りると思います。手加減を間違えたら、フェル様に怒られますんでこれくらいでちょうどいいかと」


「こんなに小さくても強いんだね……おっと、忘れるところだったよ。あとこれね。人界だと身分証代わりになるから村や町に入るときはこれに魔力を通して門番の人に見せれば大丈夫だよ」


 ディア姉ちゃんがカードをルネ姉ちゃんに渡した。知ってる。あれは冒険者カード。


「おー、いいですね! これ、デフォルメされてますけど、私の顔ですよね! うわー、似てる! ディアっちは芸術的な方面の才能があるんですね!」


「作ってはいないけど、服のデザインとか紙に書くからね! そうそう、ルネちゃんをソドゴラ村の専属冒険者として登録しておいたから」


「お茶が無料になるんでしたっけ? 帰ってきたらじっくり飲ませてもらいます!」


 ソドゴラ村の冒険者ギルドに仕事がないのは黙っていよう。もしかしたら問題になるかもしれないし。


「おっし、それじゃ準備は整ったな! そろそろドワーフの村へ向かおうぜ! 早く行ってやらないとな!」


「そうですね。フェル様を待たせると怒られるかもしれませんし、早めに出ましょう……あ、私も飛んでる間は眠りたいので羊の置物を貸してください」


 リエル姉ちゃんとルネ姉ちゃんは荷台に乗り込むと、自分の体をしっかりと固定して荷台に括り付けた。


「それじゃちょっと行ってくるぜ!」


 リエル姉ちゃんがそういうと、みんなが「いってらっしゃい」って言い出した。


「リエル姉ちゃんも、それにルネ姉ちゃんも気を付けてね」


「はい、じゃ、行ってきます! リエルっちのことはお任せください!」


 ルネ姉ちゃんがそういうと、カブトムシさんが荷台をがっちりつかんだ。そして羽が出て少しだけ浮き始めた。


「リエルっち! 早く羊の置物を貸してください! 飛ぶ前に寝たい!」


「待て待て、俺からだって――ぐう」


「寝る前に渡してください! うわぁああ――」


 最後はルネ姉ちゃんの叫び声だったけど大丈夫かな。飛び立つ前に眠っておけば問題なかったと思うんだけど。


「一言、言っていいかな?」


 ディア姉ちゃんが飛んで行ったカブトムシさんのほうをみてそんなことをつぶやいた。何を言うのかな?


「なんていうか、あの二人の組み合わせってものすごく不安なんだけど」


 みんなが「あー」って言ってる。なんとなくだけど、アンリもちょっとだけそう思ってた。まぜるな危険ってやつ。でも大丈夫だと思う。


「ディア姉ちゃん、安心して。向こうにはフェル姉ちゃんがいる。何とかしてくれるはず」


「フェルちゃんにものすごい負担がかかっているような気がするけど……まあ仕方ないよね。リエルちゃんを呼んだのは、フェルちゃんだしね」


 リエル姉ちゃんはそうだけど、ルネ姉ちゃんは違う。ルネ姉ちゃんは勝手について行ったみたいなものだけど、護衛という大義名分があるから怒られたりはしないかな。でも、フェル姉ちゃんはびっくりするかも。


 ドワーフの村がある東のほうの空を見ていたら、おじいちゃんが「さて」といった。


「さあ、みんな、そろそろ仕事に戻りなさい。このところ宴会ムードだったからね。そろそろ切り替えてしっかり働こう」


 みんなが「うーす」とか「はーい」といって、広場から離れていった。


「さあ、アンリは家に帰って勉強を始めようか」


「うん、嫌だけどそうする。フェル姉ちゃんが帰ってきたときにアンリの成長に驚いてもらう。そして今度は一緒に連れて行ってもらうつもり」


「アンリは正直すぎてちょっと心配になるよ。まあ、もう少し大きくなったらそういうことも可能だろうね」


 アンリがもう十年くらい早く生まれていればフェル姉ちゃんと冒険できたのに。でも、フェル姉ちゃんを倒すって目的を今のうちから設定できたのは大きいと思う。うん、何事もポジティブにいくべき。


 よし、フェル姉ちゃんが帰ってくるまでに色々頑張るぞ。

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