第59話 武勇伝
アンリ達はぐぐっとテーブルの上に前のめりになる。みんなが注目しているのはルネ姉ちゃんだ。
これからルネ姉ちゃんがフェル姉ちゃんの武勇伝を語ってくれるわけだから、アンリとしても力が入る。フェル姉ちゃんの強さの秘密を暴かないと。もしくは弱点を見つける。
ルネ姉ちゃんがテーブルにいるみんなの顔をぐるりと見渡した。
「フェル様の武勇伝は色々あるのですが、その中でも一番というと、ウロボロスで起きた魔物暴走ですかね。これはヤトっちの武勇伝でもあるのですが、数万の魔物達をほとんど二人で叩きのめしたんですよね」
「ルネ姉ちゃん、その前にちょっと聞きたいんだけど、ウロボロスってなに? たまにジョゼフィーヌちゃんもその名前をいうんだけど、実はよく分かってない。住んでいるところがそういう名前なの?」
「おっと、そこからですか。そうですね、魔界で魔族や獣人たちが住んでいるダンジョンの名前です。魔都ウロボロス。全十三階層の巨大なダンジョンですよ。そこの第三階層、第四階層に住んでます」
すごい。アビスみたいになってるってことかな。アンリもいつか行ってみたい。
「二年ほど前にそこの第五階層で魔物暴走が発生したんですよ。ただ、タイミングが悪いことに、ちょうど一部の魔族が第六階層で探索をしていました。魔物を倒して肉を得るために探索していたんですが、魔物暴走のせいで第四階層に戻れなくなってしまったわけですね」
「それでどうなったの? フェル姉ちゃんが片っ端から殴り倒した?」
「結果的にはそうですね。でも、その前にひと悶着ありまして。簡単に言うと、孤立した魔族を見捨てるという案が出たんです」
「どうして?」
「ウロボロスの第四階層は比較的安全ではありますが、魔物がよく襲撃をしてくる場所でもあるんです。まずは防衛をするべきだという意見が出ました。いわゆる、小の虫を殺して、大の虫を助けるってやつです。第四階層を魔物達に突破されたら、被害はもっと大きくなりますし、下手をしたら魔族の存続が危ぶまれますからね」
魔族全体を生かすために犠牲にするってことなのかな。これは判断が難しいと思う。
あれ? でもフェル姉ちゃんとヤト姉ちゃんが一緒に魔物を叩きのめしたって言ったっけ?
「どうやらみなさん、お気づきのようですね? そう! フェル様はヤトっちと従魔のジョゼフィーヌ達を連れて魔物達の群れに突撃かましたんですよ! 姿の見えないフェル様を探していたら、部屋に書き置きがありまして『ヤト達と魔物暴走を止めてくる』と書かれていたんです。それを見た魔族たちは私を含めて阿鼻叫喚でしたね……!」
うん、フェル姉ちゃんならやると思う。ヴァイア姉ちゃんも、「まあ、フェルちゃんだしね」って言いながら笑ってる。
「慌ててフェル様を追ったんですが、見つけた時にはすでに魔物暴走を止めていました。魔物暴走を引き起こしている巨大な魔物を殴り倒した感じですね。たしかその時は空飛ぶサメだったような気がします。そして孤立した魔族たちを全員無事に救出。よくもまあ、誰も犠牲を出さずに止めましたよ。ただ、そのあとに、フェル様は部長クラスの人たちに怒られてましたけど」
「何となくだけど、安易に想像できちまうよな。そのあとのことを当ててやろうか? フェルのことだから、助けた魔族たちに、礼なんかいらないとか言い出したんじゃねぇのか?」
「さすがリエルっち、よくおわかりで。『散歩の邪魔だっただけだ』とか、魔物暴走を止めると書き置きを残しているのに訳の分からない言い訳をはじめて、みんなで苦笑いですよ」
「フェルちゃんらしいよね。でも、殴り倒したかぁ……フェルちゃんはいつも殴ってる感じだよね? 武器って使わないのかな? ルネちゃんはそのあたり、何か知ってる?」
アンリもそこは気になる。ヴァイア姉ちゃん、いい質問。アンリは剣で戦う感じの剣士を目指しているけど、フェル姉ちゃんはどんな感じなんだろう?
「フェル様はいわゆる近接格闘術が主体ですね。旧世界……えっと、昔の魔界のことをそういうのですが、その頃の戦闘技術である『ボクシング』で戦う感じです。本当は剣とか槍とかも使えるんですけど、フェル様の力に耐えられる武器がないんですよ。なので必然的にそのスタイルになってしまったらしいです。それと、武器というか防具というか、魔界に絶対に壊れないという旧世界のグローブがありまして、それをフェル様は愛用してます。いまは開発部で修理中ですけどね……!」
「壊れてんじゃねぇか」
「リエルっちにはそういうツッコミを入れられると思ってました。理由は分かりませんが、数か月前に壊れたみたいです。私の推測だと勇者と戦った時に壊したんだと思いますけどね……!」
勇者? フェル姉ちゃんは勇者と戦った?
「フェル姉ちゃんは勇者と戦ったの? 勝った?」
「ええ、でも、戦略的勝利ですかね? 少なくとも勇者と協定を結んで追い返したことは間違いないです。これも武勇伝の一つではあるのですが、誰も見てないから、説明のしようがないんですよね。ちなみに口で言い負かしたんじゃないかって噂もあります」
すごい。フェル姉ちゃんは勇者を追い返せるほど強いんだ。勇者って言ったら人族最強なのに。
……あれ? ヴァイア姉ちゃんとリエル姉ちゃんが首を傾げてる?
「ねえ、ルネちゃん、勇者って魔王さんが倒したんだよね? フェルちゃんからそう聞いたんだけど?」
ヴァイア姉ちゃんの言葉にリエル姉ちゃんも頷く。でも、ディア姉ちゃんはわかってないみたい。仲間だ。アンリもわかんない。ヴァイア姉ちゃん達はどこでそんな話を聞いたんだろう?
「え? フェル様がそう言ったんですか……? ああ、なるほど、そういうことですか……!」
良く分からないけど、ルネ姉ちゃんは何度も頷きながら納得してる。
「魔王様は、説明しにくいんですよ。魔界では微妙な話なのであまり触れないで欲しいです。というわけで、魔王様の話はここまでにしてください。色々ボロが出そうなんで……!」
納得いかないけど、追及したり、聞いたりしちゃいけないことがあるのは分かる。昔、おかあさんとおとうさんに妹か弟が欲しいとか言ったら、微妙な空気が流れた。たぶん、そんな感じだと思う。
よし、話を戻そう。もっとフェル姉ちゃんのことを聞きたい。
「ルネ姉ちゃん、ほかにフェル姉ちゃんの武勇伝はないの? 一番はその魔物暴走だとして、二番は?」
「そうですねぇ……私の友人が巻き込まれた『血の魔剣タンタン事件』とか、『宝物庫引きこもり事件』とか……そうそう、『ジョゼフィーヌ暴走事件』とかもありましたね!」
「お恥ずかしい限りです。ルネ様、あのことはあまり言わないでください。色々反省してますので」
びっくりした。いつの間にかジョゼフィーヌちゃんが近くに来てた。みんなも驚いてる。
「ジョゼフィーヌちゃん、どうしたの? ここへ来るなんて珍しいよね?」
「はい、実はフェル様から念話がありまして、リエル様にお伝えしたいのです。お手数ですが、リエル様に通訳してもらえますか?」
アンリがリエル姉ちゃんに通訳してあげると、リエル姉ちゃんは不思議そうな顔をした。
「フェルが俺に用事? 確かドワーフの村へ行ってるんだよな? なにかあったのか?」
「フェル様のお話だと、ドワーフの村へ来て欲しいとのことです。カブトムシを使って構わないので明日中に来て欲しいと」
この言葉も通訳してあげると、リエル姉ちゃんは首を傾げた。
「なんでまた? いきなり明日中に来いと言われても難しいぜ? だいたい、人は、空を、飛ばねぇ」
ジョゼフィーヌちゃんも事情は知らないから、これからフェル姉ちゃんにリエル姉ちゃんの言葉を念話で送るみたい。
でも、ジョゼフィーヌちゃんがそれをやろうとしたら、ヴァイア姉ちゃんが手をあげた。
「やり取りが面倒になりそうだから、魔道具をつくるよ。ちょっとだけ待って」
そして取り出した金属の塊を持って「えい!」って言った。
「はい、これ。フェルちゃんと念話出来る魔道具」
みんながびっくりしてる。魔道具を作るところを見たの初めてだけど、そんな簡単なのかな? というか、「えい!」って言っただけのような気がする。
同じ気持ちなのか、ディア姉ちゃんが呆れた感じでヴァイア姉ちゃんを見た。
「あのね、ヴァイアちゃん、そんな簡単に出来るわけ――」
「フェルか? リエルだけど」
リエル姉ちゃんは金属の塊を耳に当てて色々しゃべってる。ちゃんとフェル姉ちゃんと話をしているみたい。
ディア姉ちゃんが口をパクパクしてる。うん、アンリもそんな気持ち。ルネ姉ちゃんも口を開きっぱなしで驚いてる。そしてジョゼフィーヌちゃんは体が保ててない。たぶん、驚いてる。
ここはアンリがみんなを代表して言っておこう。
「ヴァイア姉ちゃんはちょっとおかしい」
「アンリちゃん、ひどいよ!」
ヴァイア姉ちゃんがおかしいのは置いといて、フェル姉ちゃんはどうしてリエル姉ちゃんをドワーフの村へ呼んだんだろう? もしかしてアンリも呼ばれるかな? その時はどんな手を使ってでも行くつもり。
「親友が困ってるなら、何をおいても駆けつけるぜ?」
フェル姉ちゃんが困ってるんだ? ならアンリも助けに行かないと。
「マジか、あんな症状出る奴がいるとはな。いいぜ、診てやるよ」
症状? 誰かが病気ってことなのかな?
「ああ、わかった。ところで、二人の男ってイケメン?」
リエル姉ちゃんは何を言ってるんだろう? 話の流れから考えると、二人の男の人が病気なのかな?
「うひょー! 絶対行く」
うひょーって言った。お年頃の女性としてそれはどうかと思う。アンリだって言わない。
リエル姉ちゃんはニコニコしながら、金属の塊をヴァイア姉ちゃんに返した。
「俺、明日、ドワーフの村に行ってくるわ。なんかひどい症状の患者がいるみたいでな、ぱぱっと治してくるぜ」
みんなが疑いの目で見てる。アンリもそう。そんな聖女っぽいことをリエル姉ちゃんがやるわけない。なにか裏がある。
「リエル姉ちゃん、吐いて。今ならまだ無実で済む」
「なんで俺が悪いことしたみたいになってんだよ。本当だって。なんか、患者の姉がドワーフの村にいるみたいでな、そこで合流してから別のところへ行くみたいだ。そういえば、フェルが一緒に行くかどうかは聞いてなかったな。魔物暴走が起きてるわけだから行かねぇ気がするけど」
「助けにいくのはいいことだと思う。でも、ほかにも事情があるよね? だって、うひょーって言った。アンリの耳はごまかせない」
「いや、まあ、なんだ。フェルが、男二人紹介してくれるっていうから。顔の造形はいいらしいぜ?」
ディア姉ちゃんがものすごく呆れた顔をしている。
「リエルちゃんのことだからそんなことだろうと思ったよ。もう、聖女を辞めたらいいんじゃないかな」
「いや、辞めてぇんだけど辞めさせてくれねぇんだって。ディアはそのあたりの事情を知ってるだろ?」
「私としてはリエルっちが聖女ってところに、ものすごく引っかかるんですけど……? え、冗談ですよね? 私をからかってるんですよね?」
「ルネは俺に喧嘩売ってんのか。まあ、どうでもいいけど、そんなわけだ。動機はともかく行ってくるぜ。えっと、カブトムシはジョゼフィーヌに任せていいのか? いい男のためなら空だって飛んで見せるぜ!」
「はい、お任せください。明日の朝、広場で待機するように伝えておきます」
これはアンリが訳す。そっか、リエル姉ちゃんはドワーフの村に行くんだ。
……いいことを思いついた。
「リエル姉ちゃん、護衛を雇わない? 目の前におすすめの護衛役がいるんだけど」
「あん? 護衛? ああ、確かに必要か。フェルは一緒に来ない可能性が高いしな……でも、おすすめの護衛って誰のことだよ?」
「それはもちろん――」
「私ですね! そう! このルネがリエルっちの護衛をしてあげますよ! そうすれば、もっと人界にいられる!」
アンリって言おうとしたのに、ルネ姉ちゃんがそんなことを言い出した。
「ルネ姉ちゃん、ちょっと黙って。おすすめの護衛はアンリのこと。今なら格安で護衛を引き受ける。お買い得といえるけど、どう?」
「あ、ずるい! それなら私は護衛代無料でいいですよ! まだ魔界へ帰りたくない!」
「分かった。それならアンリと二人で護衛しよう。それなら、ウィンウィン。これでみんなが幸せになれる」
「いやいや、アンリちゃんはダメでしょ。村長が許すわけないよ。また怒られるよ――いや、逆だね、怒ってもらえないよ?」
ディア姉ちゃんの言ってることは正しい。今度はリエル姉ちゃんがアンリの代わりに怒られちゃうかも。ああいう思いをするのは嫌かな……仕方ない。護衛はルネ姉ちゃんに譲ろう。
「残念だけど、断念する。アンリはいい子にお留守番してる。フェル姉ちゃんによろしく伝えておいて」
なぜかみんなから拍手された。特にうれしくはないけど、これが正しいことなんだと思う。
早く大きくなってフェル姉ちゃんと冒険したいな。そしていつかフェル姉ちゃんと一緒に武勇伝として語られるようなことをするんだ。それまで頑張って修業しよう。
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