第58話 強さの秘密
「今日は森の妖精亭で夕食を食べようか」
フェル姉ちゃんがドワーフの村へ行った翌日の夕方、お勉強が終わったら、おじいちゃんが突然そんなことを言い出した。
最近、外食が多いけど大丈夫なのかな。アンリとしては美味しい料理が食べられてうれしいけど、おかあさんの料理だって負けてないと思う。それにニア姉ちゃんの料理はそれなりのお値段。家のお金が心配。
「おじいちゃん、家計は大丈夫? 結婚式の準備でも村長としてお金を使ってるよね? 路頭に迷ったりしない?」
「大丈夫だよ。この間の結婚式だってフェルさんとロミットが食材を用意してくれたから、お金はほとんど使っていないんだ。家計には響かないよ」
「それなら安心。でも、急にどうして食べに行くことになったの? 今日はなにかの日? アンリの誕生日はもっと先。前倒ししてもいいけど」
「ニアが風邪をひいたって話をしただろう? 代わりにヤトさんが厨房に立っているそうなんだよ。どれくらいの腕前か確認しようかと思ってね」
ヤト姉ちゃんが料理をしているってこと? それはすごい。でも、ニア姉ちゃんと同じだけの味になるかな? あれは神の領域に片足を突っ込んでるレベルだと思う。
「それに一昨日、アンリはルネさんの歓迎会に出れなかったからね。今日も軽くルネさんの歓迎会をやるようだから、アンリを連れて行こうと思ったわけだよ」
「おじいちゃんはお芋とムチの使い方が絶妙。勉強で荒んだ心が洗われていく感じ。アンリの闇落ちは回避された」
「なによりだ。さて、アーシャ、ウォルフ、お前たちも準備しなさい」
おかあさんもおとうさんも笑いながら準備を始めた。
実はルネ姉ちゃんともっとお話をしたかった。フェル姉ちゃんのこととか、聞きたいことがいっぱいあるから色々教えてもらおうっと。
森の妖精亭に入ると、すでに盛り上がってた。みんなでワイワイしてる。
「いやー、注がれたら飲まないと失礼ですよね! おっとっとっと、そこまでで大丈夫ですよ!」
「ルネちゃんはいい飲みっぷりだな! ドワーフのグラヴェさんといい勝負するぜ!」
ルネ姉ちゃんとベインおじさん達が一緒のテーブルで楽しそうにお酒を飲んでる。ベインおじさんたちは畑仕事が終わったみたい。まだ早い時間だと思うけど。
「いらっしゃいませー」
シルキー姉ちゃんが出迎えてくれた。ウェイトレスさんの服を着ているってことはここで働いているのかな?
「シルキー姉ちゃんはウェイトレスをしているの?」
「はい。本来はヤトさんがウェイトレスをするのですが、今日は厨房で料理を作っていますから私とバンシーが代わりにやってます」
「そうなんだ? でも、その猫耳とネコしっぽはなに? ヤト姉ちゃんの真似? そういえば、結婚式の二次会でもしてたよね?」
「ロンさんからこれが正式なウェイトレスの服装だと聞いたのですが……?」
それは嘘だと思うけど、言わないほうがいいのかな。
シルキー姉ちゃんは空いているテーブルへ案内してくれた。そして注文をとると、厨房のほうへ行っちゃった。
テーブルに座ってから、おかあさんがルネ姉ちゃんのほうを見て、ちょっと複雑そうな顔をしてる。
「フェルさんもルネさんも魔族って感じがしないわね。むしろ人族より溶け込んでいる感じがするわ」
アンリもそう思う。本当に魔族と人族って戦争してたのかな? 五十年前までやってたという人族と魔族の戦争、人魔戦争。そのころは大変だったって教えてもらったことがある。
「ねえ、おじいちゃん。人魔大戦って本当にあったことなの? フェル姉ちゃんやルネ姉ちゃんを見てるとそんな風には思えないんだけど」
「もちろんあったことだよ。ただ、この五十年で魔族になにかがあったんだろう。それが単なる魔王の方針かどうかは分からないけどね。でも、フェルさんやルネさんみたいな魔族がいるなら手を取り合って生きることもできると思うよ」
「うん、そっちのほうが断然楽しそう」
フェル姉ちゃんと手を取り合って人界を征服したい。そしてみんなで面白おかしく暮らす。勉強は廃止にして、ピーマンは滅ぼす。なんて素敵な未来。
その後も色々話をしていたら、シルキー姉ちゃんが料理を持ってきてくれた。
「見た目は普通のワイルドボアステーキですが、ヤトさんの手作りってところに希少価値がある一品です」
美味しそう。見た目は問題なし。あとは味。いざ、勝負。
うん、ニア姉ちゃんの料理から比べるとちょっと味は落ちるけど、美味しかった。タレのガーリックソースが甘じょっぱくて好き。
シルキー姉ちゃんが食器を下げに来た時、「シェフに美味しかったって伝えて」と言ったら笑顔で頷いてくれた。
そして厨房に戻ったシルキー姉ちゃんがテーブルに来て、アンリのところにリンゴジュースを置いた。おじいちゃん達にはお茶。注文してないけどこれはなんだろう?
「シェフからです。リンゴジュースはおごりだからぜひ飲んでってくださいとのことでした」
ヤト姉ちゃんは素敵。シェフを呼べごっこしたい。
「あれ? 今日は村長さん達もここで食事ですか?」
リンゴジュースを飲んでいたら、ヴァイア姉ちゃん達がやってきた。
ヴァイア姉ちゃん、ディア姉ちゃん、リエル姉ちゃんの三人だけでノスト兄ちゃんはいないみたい。
「ヴァイア君たちも食事かね?」
「はい、ヤトちゃんの料理はレアなので、今のうちに食べておこうかと。それにルネちゃんとお話する予定だったんですよ。魔界でのフェルちゃんのことを聞こうと思って」
「それはアンリも聞きたい。そっちのテーブルに移っていい?」
ヴァイア姉ちゃんは「えっと」と言いながらおじいちゃんのほうを見た。
「ヴァイア君たちが良ければアンリも入れてあげてくれないかな。私たちはこっちで楽しむから」
「そういうことでしたらアンリちゃんはこっちで面倒を見ますね。それじゃアンリちゃん、いつものテーブルでルネちゃんに話を聞こう」
「うん、アンリの用意は万端。アンリもルネ姉ちゃんにフェル姉ちゃんのことを聞きたかった」
フェル姉ちゃんがいつも使っているテーブルに皆で座る。
ヴァイア姉ちゃん達は夕食を食べ始めたけど、ディア姉ちゃんがアンリのためにジャガイモ揚げを頼んでくれた。夕食は食べたけど、こういう時のアンリはまだまだいける。お腹の限界を超えるんだ。
ヴァイア姉ちゃんたちが食べ終わったと同時に、ルネ姉ちゃんがこっちのテーブルにやってきた。
「いやー、人界っていいですね! みんなチヤホヤしてくれるし、お酒も美味しい! フェル様に頼んだ甲斐がありました! 魔界に帰りたくない……!」
ルネ姉ちゃんはちょっとだけ赤い顔をして、嬉しそうにそんなことを言っている。魔界だと違うのかな?
「魔界だとお酒は美味しくないの?」
「たしかアンリっちでしたっけ? ……アンリっちだと言いにくいから、普通にアンリちゃんでいいですかね? えっと、お酒ですか? 味は変わらないと思いますよ。ただ、みんながお酒を勧めてくれるのがうれしいというか、五割増しで美味しいというか」
「そうなんだ? そういうのは良く分からないけど、ルネ姉ちゃんにフェル姉ちゃんのこととか魔界のことを聞きたかったんだ。聞いても大丈夫?」
「フェル様と魔界のことですか? もちろんいいですよ。何が聞きたいんです?」
リエル姉ちゃんがいきなり手をあげた。
「魔界だとフェルに彼氏とかいんのか? いねぇよな?」
「いませんね。むしろいたらびっくりです。いたら、魔界全体が荒れますよ……!」
「そりゃ、言い過ぎじゃね? まあ、俺にも彼氏とかいたら女神教は荒れると思うけど。むしろ荒らしたい」
リエル姉ちゃんは女神教の聖女だから、彼氏がいたら荒れるじゃ済まない気がする。でも、フェル姉ちゃんも魔界だとそんな感じなんだ? 魔界だとどういう立場なんだろう? 魔族で最強だから偉い立場なのかな?
今度はヴァイア姉ちゃんが手をあげた。
「なら、フェルちゃんを好きな人とかいないかな!?」
「異性として好きって魔族はいないと思いますね。もしかしたら、いるかもしれませんけど、なんというか恐れ多くてつがいになろうと思う人はいないでしょうね。どちらかというと、憧れとか尊敬されるほうですから。ちなみに私にはそんなことは一切ない感じです……!」
「憧れとか尊敬? 確かにフェルちゃんはすごいと思うけど、魔族の人にはそんな風に思われてるんだ?」
「そうですね。ただ、それを言うとフェル様は嫌な顔をするので、言わないようにしていますが」
それはアンリも知ってる。お礼とか褒めたりするとフェル姉ちゃんは嫌な顔をする感じ。照れ臭いのかな?
今度はディア姉ちゃんが手をあげた。もしかして挙手制なのかな。次はアンリがあげよう。
「フェルちゃんは魔界だとどんなことしてるのかな? こっちだと色々仕事を探してお金を稼ごうとしているみたいだけど」
「色々やってますね。主に魔界の環境改善です。魔界だとフェル様はかなり偉いので、本来なにもしなくていいくらいなんですよ。でも、フェル様って率先して色々やるんですよね。そのうえ、強くなるために軍部の部長と修業したりして、見てるこっちが休んでくれって言いたいほどでした」
「フェルちゃんは魔界でも仕事好きなんだね。そこだけは相容れない感じだよ」
アンリと遊ぶのも仕事の一環と考えて欲しい。
それはいいとして、さっきルネ姉ちゃんは修業って言ってた。どんなことをしたのか聞きたい。
勢いよく右手をあげる。
「フェル姉ちゃんの修業ってどんな修業? 素振りとかするの?」
「フェル様の修業ですか? 模擬戦が多かったですね。当時、魔族最強と言われたオリスア様と毎日のように戦ってましたよ。正直、見てるこっちが痛かった……!」
模擬戦。アンリもおとうさんとかおじいちゃんと模擬戦をすることがある。確かにあれをやると強くなった気がする。
「アンリちゃんはフェル様の強さが気になりますか?」
「気になる。フェル姉ちゃんは魔界で最強なんだよね? 実は戦っているところを見たことがないからあまり実感がわいてない。強いのは分かるんだけど」
「なるほど。ならフェル様の武勇伝を聞きますか? 武勇伝というよりはどんな戦い方をするか、とかですけど」
「うん、それは聞きたい。ぜひ教えて」
いつかフェル姉ちゃんよりも強くなるつもりだから、強さの秘密を知っておかないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます