第57話 二人目の魔族

 

 朝。今日はフェル姉ちゃんがドワーフの村へ行くからお見送りしないといけない。早めに朝食を食べて広場に行こう。


 でも、その前に、おじいちゃんに聞きたいことがある。


「おじいちゃん、昨日の夜は森の妖精亭が盛り上がっていた気がする。寝る前に結構騒いでた。アンリに内緒で宴会していたとかそういう話なの? アンリはいつだってグレる準備ができていることを覚えておいて」


「昨日の夜……? ああ、そういえば、お客さんが来たんだよ。その歓迎会をしていたようだね」


「そういうときはアンリも呼ぶべき。仲間外れは良くない。それに勉強で疲れていても宴会は別。非常用のエネルギーを使うから、次は必ず呼んで。ところでお客さんって誰? アンリの知ってる人?」


「いや、フェルさんの知り合いだよ。魔族の人が魔界から来たんだ。たしか、ルネさんと言ったかな。なんというか、フェルさんとはまた違った意味で魔族っぽくない人だったね」


 魔族? フェル姉ちゃん以外の魔族の人が来たみたい。これは挨拶に行かないと。でも、村に何しに来たんだろう?


「そのルネって魔族の人はどんな理由で来たの? もしかして魔王? フェル姉ちゃんの仕事ぶりを見にきた?」


「いや、どちらかというとフェルさんの部下みたいだね。言ってなかったが、ニアが風邪を引いたんだ。その治療薬を魔界から運んできてくれたみたいだよ」


「治療薬? 風邪を引いたら、あったかくして寝てればいいんじゃないの? あと、ネギを首に巻く」


「どうやら魔界の風邪と人界の風邪は違うみたいでね、フェルさん達は命を落とすような大病だと思ったらしい。ロンから聞いた話ではかなり慌てていたそうだ。笑い話ではあるんだが、ニアを助けるために色々やってくれたことをロンは喜んでいたよ。毎度のことながら、フェルさんはよく分からない人だね。魔族なのに村のみんなのために色々と行動してくれる。ありがたい話なんだけどね」


 そうかな? フェル姉ちゃんほどわかりやすい人はいないと思うけど。みんなに優しくて、すごく強い魔族。アンリの中ではそういう評価しかない。この村に来たときからそんな感じだと思う。


 そうだ、フェル姉ちゃんのお見送りをするんだった。早めに広場にいないと行っちゃうかもしれないから、急いで朝食を食べよう。




 おじいちゃんと一緒に外へ出ると、広場にはカブトムシさんがいた。荷台を布で拭いて、お掃除してるみたい。


「カブトムシさん、おはよう」


「おはようございます、アンリ様。フェル様のお見送りですか?」


「うん、フェル姉ちゃんはドワーフの村に行くんでしょ? 残念ながらアンリは一緒に行けないからここでお見送り。ちなみにだけど、荷台にアンリが隠れられるような場所はある? こう、密航が出来そうな感じの」


「すみません、そういうのはないです。いま、ドワーフのグラヴェさんにもっと大きなゴンドラを作ってもらっているのですが、そちらにもそういうのはないですね」


「残念。アンリがもう少し大きくなったら乗せてもらうから、そのときはよろしくね」


「はい。アンリ様を乗せて飛べる日を楽しみにしています」


 カブトムシさんと話をしていたら、ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃん、ノスト兄ちゃんがやってきた。


 みんなで朝の挨拶を交わしたんだけど、ディア姉ちゃんがすごく眠そう。


「ディア姉ちゃん、大丈夫? ちょっとフラフラしてるよ?」


「うん、大丈夫だよ。ちょっと眠いだけだから」


「もしかして昨日の歓迎会が盛り上がったの? そういうときはアンリも参加させて」


「あー、寝不足なのは歓迎会のせいじゃないよ。ヴァイアちゃんとの作戦会議で遅くまで起きてたんだ。それに結婚式の二次会でも夜更かししたからね。二日連続はきつい……」


 ディア姉ちゃんは大変そうだけど、ヴァイア姉ちゃんは眠そうじゃない。むしろ、元気ハツラツ。一緒に作戦会議をしていた割にはかなり差があるように思えるけど。


 そもそも、なんの作戦会議をしていたのかな?


 それを聞こうとしたら、フェル姉ちゃんが森の妖精亭から出てきた。なんだか眠そう。フェル姉ちゃんも作戦会議に出ていた?


 フェル姉ちゃんは眠そうにしながら、ディア姉ちゃんにギルドカードを渡した。魔物暴走の対策をするために出かけるから、その手続きをしていると思う。


 ディア姉ちゃんがカードになにかしていると、フェル姉ちゃんがアンリのほうを見た。手続きには時間がかかるみたいだから、今のうちに行ってらっしゃいの挨拶をしておこう。


「フェル姉ちゃん、行ってらっしゃい。お土産は期待してる。今度は鎧がいい。材質はミスリルかオリハルコン、あわよくばアダマンタイト」


「アンリサイズの鎧はないと思うぞ。面白い形の石があったら拾ってくるからそれで我慢してくれ」


 それでも可。フェル姉ちゃんのセンスは意外といい。きっと今度も素晴らしい石を持ってきてくれると思う。


 フェル姉ちゃんがみんなと話していると、ディア姉ちゃんの手続きが終わったみたい。フェル姉ちゃんはカードを受け取ってから荷台に乗り込んだ。


「じゃあ、行ってくる」


 フェル姉ちゃんがそういうと、カブトムシさんは荷台を抱えて空に飛びあがった。一瞬でものすごい高さまで飛び上がるのはちょっと面白そう。


 空にいるフェル姉ちゃんへ両手で大きく手を振ると、フェル姉ちゃんも荷台から手を振り返してくれた。


 そしてカブトムシさんは東のほうへ飛んで行っちゃった。


 ……フェル姉ちゃんが村にいないとつまらないから早く帰ってきて欲しいな。そもそもドワーフの村までどれくらいかかるんだろう?


「おじいちゃん、ドワーフの村までは何日くらいで行けるの?」


「普通なら三日から四日と言ったところだね。ただ、カブトムシさんの飛行スピードを見ると、今日の夜には着くかもしれないよ。リーンまで一日かからないからね」


 ドワーフの村はリーンの町よりもさらに東だって聞いたことがある。そっか、カブトムシさんなら一日なんだ。


「それじゃ、ディア姉ちゃん、魔物暴走ってどれくらいで終わるの?」


「そうだね……状況によるから分からないけど、一週間から一ヵ月くらいかな。ドワーフの村にあるダンジョンは大坑道という名前でそこそこ広いから結構かかるかも」


 フェル姉ちゃんは一ヵ月帰ってこない可能性があるみたい。ここは無理を通して一緒に行ったほうが良かったのかも。アンリは戦いでは役に立たないかもしれないけど、なにかほかのことができたはず。ゴッドハンドによる肩たたきとか。


 色々考えていたら、ディア姉ちゃんがアンリを見てにっこり微笑んだ。


「たぶんだけど、フェルちゃんならすぐに帰ってくるよ。もしかしたら一日で何とかしちゃう可能性だってあるからね。ギルド経由で情報が入ってくるから、特別にアンリちゃんに教えてあげるよ。いつでもギルドへ遊びに来て」


「ディア姉ちゃん、アンリは感動した。仕事は出来ないところはマイナスだけど、将来、ディア姉ちゃんみたいになりたい」


「仕事は出来ないって部分はいらないと思うんだけど、言い直さない? いや、言い直そう?」


 そんな話をしていたら、森の妖精亭から誰か出てきた。


 ちょっとだけ日焼けしたような褐色肌に、銀色の髪を短めにしているお姉ちゃんだ。服はシンプルに黒い革製の長ズボンと白い半袖シャツだけ。でも、注目するべきはそこじゃない。頭に角がある。もしかして村に来た魔族の人?


「フェル様はもう行っちゃいました? 見送るつもりだったんですが、ちょっと寝過ごしてしまって。あんなによく眠れたのは久しぶりだから仕方ないですよね。ベッドが良すぎるのが悪いと思います。私は悪くない……!」


 ピンときた。このお姉ちゃんはちょっと残念……!


「あれ? こちらのお嬢ちゃんはどちら様? ヴァイアっちかディアっちの子供ですか?」


「やだもう! ルネちゃん! まだ私達には早いよ! まあ、やぶさかではないけど! 将来的には二人くらいがいいかな!? あと犬も欲しいよね!」


「……ヴァイアっち、頬に手を当ててクネクネするのは、ちょっとキモイです」


「ルネちゃんが真面目な顔でそういうと、ものすごく深刻そうだからやめてあげて。ヴァイアちゃんも、その、お年頃だから」


 アンリが誰だか分からないからちょっと問題が起きてる? よし、ここは自己紹介をしよう。何事も最初が肝心。


「私の名はアンリ。肩書はないから普通の美少女ということにして。この村のナンバースリー。ここにいるおじいちゃんが村長だからナンバーワン。でも、いつかアンリが村長の座に就く」


「むむ? これはご丁寧に。なら私も自己紹介と洒落こみましょうか……!」


 たぶん、ルネって人だと思うけど、一応聞いておこう。


 ……なんだろう。何もないところからマントを取り出して羽織ってる。そして生活魔法の送風で、ちょっとだけ風を吹かせた。


 マントがバサバサと風にあおられてちょっといい感じ。そしてドヤ顔。


「私は魔王軍総務部総務課、美人受付嬢のルネ! 好きなものはお酒です! あと美味しいもの!」


 驚いた。自己紹介に演出を入れるなんて、ルネ姉ちゃんはもしかして天才なのかも。アンリも今度リスペクトしないと。

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