第56話 遺跡巡りの約束

 

 ベッドの上で目を覚ました。


 昨日はフェル姉ちゃん達と夜更かししていたのにいつの間にか眠っちゃったみたい。ここはアンリの部屋だけど、どうやって戻ってきたのかな?


 でも、それを考えるのはあと。昨日、あんなに食べたのに、お腹がすいてる。ブーケ争奪戦で極限まで魔力を使ったから、ジャガイモ揚げだけじゃ足らなかったのかも。朝食を食べないと。


 身支度を整えてから大部屋に移動した。


 部屋にはおじいちゃんとおかあさんがいる。


「おじいちゃん、おかあさん、おはよう」


「おはよう、アンリ」


「おはよう。今日のアンリは寝坊助さんね」


「うん。昨日はフェル姉ちゃん達と夜更かししたから仕方ないと思う。でも、どうやって帰ってきたのか覚えてない。もしかして転移魔法を使って戻ってきた?」


 おじいちゃんが笑いながら首を横に振った。


「昨日はフェルさんがアンリをおんぶして連れてきてくれたよ。相変わらずというかなんというか、フェルさんは本当に魔族なのか疑問に思うことがあるよ」


「そうだったんだ。なんとなく揺れていた感じがしたのは覚えてる。アンリが馬車に乗ってて、山賊に襲われたから紫電一閃を放ったんだけど、あれは夢だったんだ」


「アンリ、そういえば、紫電一閃を使ったらしいね? あれは危ないから使っちゃダメだって言っただろう?」


 いけない。アビスの中とかブーケ争奪戦で使ったけど、みんなに口止めするのを忘れてた。ここは言い訳してなんとか乗り切らないと。


「テンションが上がって使わざるを得なかった。おじいちゃんもそういうときってあると思う。それに人に向けて放ってない。ダンジョンにいるエネミーって魔物さんとヴァイア姉ちゃんの結界だけ。夢では山賊にも放ったけど」


「あれはアンリが身を守るときのために教えたものなんだよ。普段使うのは危ないし、何度も使えないだろう? あの技を使うのは、いざというときだけにしなさい。いいね?」


「うん。約束する。アンリの身が危険なときだけにする」


 おじいちゃんが頷いた。よかった。そんなに怒られないみたい。それに何か思い出したような顔をしてる。


「ダンジョンで思い出したんだが、フェルさんが畑に造ったんだったね?」


「うん、ダンジョンの名前はアビス。たぶん、千年語り継がれるくらいのダンジョンになる。ちなみにアンリがマスターになった」


「マスター? マスターというのはなんだい?」


「アンリも良く分からないけど、ダンジョンであるアビスに命令できる立場みたい」


 説明したのに、おじいちゃんはさらに頭を傾けちゃった。


「ダンジョンに命令できるというのが分からないんだが……?」


「アビスとはお話できるし、お願いすれば色々やってくれる。アビスは女性の声だからアビスちゃんかな」


「お話? ダンジョンと?」


「うん、結構お堅い感じの口調。もうちょっとくだけた感じでもいいと思う」


「フェルさんが造ったのは普通のダンジョンだったと思うんだが……?」


「普通の定義はわからないけど、すごく広いダンジョンだった。アンリはまだ一階層しか踏破してない。今度は二階層を踏破するつもり」


 おじいちゃんとお話をしていたら、おかあさんが朝食を運んできてくれた。おじいちゃんはいまだに不思議そうな顔をしているけど、お話はここまで。


 朝食はしっかり食べないと。そうすればいつかフェル姉ちゃんみたくなれるかもしれない。


 今日は、目玉焼き、サラダ、パン、牛乳のローテーションでいく。しっかり噛んで食べよう。




 最後の牛乳で今日の朝食はフィニッシュ。うん、お腹いっぱい。


 よし、フェル姉ちゃんに会いに行こう。おんぶで家まで運んでくれたんだからお礼をしに行かないと。


「それじゃアンリはフェル姉ちゃんのところへお礼を言いに行ってくるね。門限までには帰ってくるから」


「待ちなさい、アンリ。ここ最近、あまり勉強をしていなかったし、昨日は夜更かしまで許可したんだから、今日は一日お勉強だよ。みっちりやらないとね」


「その因果関係はおかしい。あまり勉強してなかったのはアンリのせいじゃないと思う。それに夜更かしの許可には何の条件もなかった。夜更かししたら次の日は一日勉強なんて約束はしてない。契約書があるなら出して。なければ無効」


 アンリの意見は却下された。なんて不当裁判。証拠なんてないのに。大人ってずるい。


 仕方ないから真面目に勉強しよう。真面目にやれば情状酌量が認められて早く終わるかも。


 でも、おじいちゃん達は結婚式で使ったステージの解体で家を出て行っちゃった。真面目に勉強してもアピールにならないなんて。しかも算術の課題が多くてげんなりする。


 アンリは囚われの身といってもいい。誰か助けて。できればフェル姉ちゃん。




 午後になってアンリはちょっとお疲れ気味。久しぶりの長時間勉強は体と心にくる。脱走したい。でも、午後はおじいちゃんの監視の目もある。これは逃げられない。


 でも、そこへフェル姉ちゃんがやってきた。これは天の助け。


「フェル姉ちゃん、アンリは今、囚われの身。助けを希望する」


「念のために聞いていいか? 何してるんだ?」


 おじいちゃんはちょっとだけ笑いながらフェル姉ちゃんのほうを見てる。


「このところ勉強をサボっていましたからな。昨日は夜更かしもさせましたし、今日ぐらいは一日勉強をさせないといけません」


「夜更かしの許可にそんな条件は無かった。不当な取引だと訴える」


「アンリ、以前も言っただろう? いい女というのは教養があるんだ。私のようにな」


「じゃあ、一緒に勉強しよう。一人では駄目でも二人なら乗り切れる」


 冒険者だってソロは危険。パーティを組まないと。


「そうしたいが、今日は色々することがある。悪いが援軍は無しだ」


 フェル姉ちゃんの援軍はない。つまりアンリは孤立無援。もっとちゃんとした同盟を結ばないとダメなんだ。でも、フェル姉ちゃんなら、いつ、どんなときでも助けてくれると思ってたのに。


「信じてたのに」


「アンリ、信じていたのはこっちだ。いつか私と遺跡巡りをするんだろう? 私と一緒に行動するなら、それなりの知識を身につけろ。強いだけじゃついてこれんぞ」


「そうだった。フェル姉ちゃんは脳筋。アンリが知識面をサポートしないと」


「なんだとコラ」


 フェル姉ちゃんは約束を覚えていてくれたんだ。一緒に遺跡を見に行くって約束。


 うん、フェル姉ちゃんは強いけど猪突猛進的なところがあるから、アンリがそれを押さえてあげないと。これは責任重大。ちゃんと勉強しておこう。


 あれ、でもフェル姉ちゃんはなにをしにきたのかな? アンリを助けに来たわけじゃないみたいだから用事があると思うんだけど。


 フェル姉ちゃんはおじいちゃんのほうへ視線を移した。


「明日、ドワーフの村に向かう。しばらく戻れないと思う」


「それはまた、どういった理由で?」


 またそうやってフェル姉ちゃんはアンリの心を惑わす。せっかく勉強しようとしたところなのに。


 話を聞くと、ドワーフの村で魔物暴走が起きたみたい。


 魔物暴走といえば、ダンジョン内の魔物が外へあふれ出しちゃう現象のことだったはず。そうなる理由は分かってないみたいだけど、ダンジョンが怒ってるとかそんな風に言われているって聞いたことがある。


 魔物を退治するためにフェル姉ちゃんはドワーフの村へ行くんだ……魔物退治じゃアンリは付いて行っても足手まとい。残念だけど、お留守番してよう。早く強くなりたいな。そうすれば一緒に行けたのに。そうだ、アビスちゃんのところで修業しよう。


 そんなことを考えていたらフェル姉ちゃんと目があった。たぶん、アンリが連れて行けって言わないのが不思議だったのかも。ここはちゃんと宣言しておこう。


「アンリはまだ弱い。ダンジョンで訓練するから連れて行けとは言わない。今は修業の時」


「そうか。ダンジョンの方はアビスが管理しているから危ないことは無いだろう。訓練にはうってつけだから頑張ってくれ。そうだ、アビスがアンリに会いたいとも言っていた。後で顔を出しておいてくれ」


 その後、フェル姉ちゃんはアンリの魔剣はまだ作れない話をして家を出て行っちゃった。色々やることがあるって言ってたから、忙しいのかも。


 まだどういう魔剣にするか決まってないし、魔剣のほうはあとで問題ない。今度、ドワーフのグラヴェおじさんに相談してみよう。アビスちゃんに相談してもいいかな。


 よーし、勉強の続きをしよう。いつかフェル姉ちゃんと遺跡巡りをするから、その時のために知識を得ておかないといけない。頑張るぞ。

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