第55話 一番楽しい日
ステージの前にゴザを敷いて陣を張っているおかあさんとおとうさんのところにアンリの席がある。近づくと、二人とも笑顔で迎えてくれた。
「おかあさん、おとうさん、アンリはどうだった? アンリとしては八十点くらいだったけど」
「そうなの? アンリの妖精役は完璧だったわよ? それに可愛らしかった」
おかあさんの言葉におとうさんも頷く。
「ああ、妖精役もよかったが、出し物のダンスもよかったぞ。おとうさんはヤトさんよりもアンリのほうが輝いていたと思う」
「妖精役はともかく、ダンスのほうは言い過ぎ。アンリはヤト姉ちゃんに完全敗北。でも、安心して。アンリはこのままじゃ終わらない。必ず這い上がって見せる」
そう、やられたらやり返す。今回は負けを認めるけど、次からはそうはいかない。ヤト姉ちゃんをいつか超えてアンリがアイドルのトップに立つ。
これからさらなるダンスの訓練をしないと。あと歌の練習もするべきかな。
あれ? おじいちゃんがいないけど、どこへ行ったんだろう? おじいちゃんにも意見を聞きたかったんだけど。
「おじいちゃんはどこ? アドバイスが欲しいんだけど、ここにはいないの?」
「おじいちゃんならあそこよ」
おかあさんがそう言ってステージのほうを指した。指の先にはおじいちゃんがいる。ステージの上に立って、愛用のサックス「インターセプター」を持ってた。使い方によっては魔法の発動を邪魔できるって言う魔道楽器。
本気。あれを出すときのおじいちゃんは本気だ。おじいちゃんの奏でる曲は色々あるから楽しみ。それにもっと楽しみなことがある。おじいちゃんの後ろにスライムちゃん達が立っている。何かやる気なんだ……!
おじいちゃんの演奏が始まる。ゆっくりした感じの曲で、癒される感じ。ダンスで上がったテンションが落ち着いてきた。普段のダンス練習はこんな感じのゆっくりした曲で踊る。アンリとしてはテンポが速い曲のほうがいいけど、聞くだけならこういうのも好き。
おじいちゃんの演奏が終わると拍手が起きた。残念だけどニャントリオンほどじゃない。でも、おじいちゃんは気にしない感じで後ろを振り向いた。スライムちゃん達に頷くと、スライムちゃんの体の中からトランペットが出てくる。もしかしてスライムちゃん達も音楽を奏でるのかな?
全員が正面を向いた。おじいちゃんが足でステージの床を叩きながらリズムを取る。そして全員で演奏を始めた。
すごい。今度はテンポの速い曲だ。これは体が自然に動いちゃう。
それにスライムちゃん達もすごい。おじいちゃんは立ったまま音楽を奏でているだけだけど、スライムちゃん達はトランペットを上下左右に振りながら楽器の音を出してる。それにくるくる回転して、運動量が半端ない。しかもなんてシンクロ率。アンリとディア姉ちゃんだってこんなにシンクロしてないのに。
曲が終わると拍手が巻き起こった。アンリもスタンディングオベーション。
でもやられた。一番いい出し物はニャントリオンだと思ったけど、これは強力なライバル。おじいちゃんとスライムちゃん達はいつの間に結託したんだろう?
これはいけない。今日の出し物はアンリ達の独壇場だと思ってたのに意外とレベルが高い。そもそも魔物さん達が参戦してくるとは思わなかった。これはこの次のためにもちゃんと調査する必要がある。しっかり目に焼き付けよう。
その後の出し物も結構よかった。
ディア姉ちゃんプロデュースのファッションショーは、おかあさんが興奮してた。しかも、何も言わずにお父さんを見つめているだけで、ディア姉ちゃんが作る服を買ってもらう約束を取り付けたのはすごい。目は口ほどにものを言うは本当だった。
他にも色々な出し物があったんだけど、魔物のみんながやる出し物はことごとくフェル姉ちゃんのツッコミが入って笑いが起きていた。みんなが何かやっていると、フェル姉ちゃんが転移してきて、危ないからやめろって言う。あれは高度なボケとツッコミなんだと思う。これはフェル姉ちゃんの計算。フェル姉ちゃんはやっぱりすごい。
出し物が終わって、締めくくりのダンスになった。まずはロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんが一曲踊って、その後にみんなで踊る。
二人がステージ上で踊り始めた。二人とも笑顔。出し物で盛り上がったけどやっぱり今日の主役はオリエ姉ちゃんとロミット兄ちゃんだ。
一曲終わって拍手が起きる。そしてまた音楽が流れた。ヴァイア姉ちゃんが音の出る魔道具に魔力を込めているみたい。
そこへノスト兄ちゃんが近づいた。ヴァイア姉ちゃんはノスト兄ちゃんにホの字。ヴァイア姉ちゃんはすごくうれしそう。うん、アレは多分青春ってやつ。アンリにもいつか青春が来ると思う。その前に反抗期が来ると思うけど。
「アンリ、おじいちゃんと踊ってくれるかな?」
おじいちゃんが左手をアンリに差し出してきた。こういう時の返し方は知ってる。アンリの右手を添えればいいんだ。間違っても手袋を投げちゃダメ。それは決闘の申し込みだったはず。
「よろこんでお受けいたしますわ」
「アンリ、慣れない言葉を使わなくていいんだよ?」
「うん、でも、アンリは形から入るタイプ。いつか本番の時のために練習しておく。でも、おじいちゃん、身長差がありすぎて踊れない感じだけどどうしよう?」
そう考えると、アンリの背丈に合う人っていないのかも。いつもはおかあさんだけど、今日のおかあさんはおとうさんとだけしか踊らないみたい。おかあさん以外だと……フェル姉ちゃんかな。フェル姉ちゃんなら小さいからギリギリいけると思う。
そんな風に思っていたら、おじいちゃんはアンリを抱きかかえた。
「これなら大丈夫だね」
「うん、足を踏む心配もないから安心」
抱きかかえられているだけだから踊っているのとはちょっと違う気もするけど、これはこれで楽しいから問題なし。
結婚式とか宴はいつも楽しいけど、今日は一番楽しいかも。村にフェル姉ちゃん達が来てくれたからかな。こんな日がずっと続けばいいのに。
曲が終わってダンスは終了。踊っていた人にお互いお礼をしてからみんなで拍手。うん、これで結婚式は終わり。正確には終わりじゃないけど、表向きには終わり。
この後は二次会がある。森の妖精亭で食べ放題。でもアンリ達には別の戦いがある。戦闘の準備をしないと。
「おかあさん、身軽な服に着替えたい。一度、家に帰ろう」
「そうなの? 二次会にその服で参加してもいいのよ?」
「ダメ。これからが本番。どんな勝負にも勝つ気でやらないと」
「……あれに出るの? アンリにはまだ早いんじゃないかしら?」
「何事も経験だから」
「そう……なら気を付けてね。無理しちゃダメよ?」
「大丈夫。でも、勝つためには危険を承知で飛び込まないといけないときがある」
家で服を脱がせてもらって、ペンダントも秘宝入れに入れておく。そして魔剣をベッドの下から取り出す。これでアンリはいつものアンリになった。これならブーケも奪い取れる。
そして家を出る。広場のステージの上にオリエ姉ちゃんがブーケを持って待っていた。ステージの下には未婚の女性が怖い目をして待っている。
よく見たらフェル姉ちゃん達がいた。ヴァイア姉ちゃんとリエル姉ちゃんからは殺気に近いオーラが出てる。ディア姉ちゃんとヤト姉ちゃんは普通かな。フェル姉ちゃんは、まったくというほどやる気がない。
でも、アンリは見破った。フェル姉ちゃんはやる気のない演技をしているだけ。ああやって周囲を油断させているんだ。
オリエ姉ちゃんがブーケサバイバルの説明をしてから、後ろ向きでブーケを投げた。試合開始だ。
結果的に、フェル姉ちゃんがブーケを受け取った。やっぱりあれは作戦だったんだ。やる気のない姿を装いつつロスタイムで出し抜く。みんながフェル姉ちゃんの掌の上ということ。なんて戦略家。
そしてフェル姉ちゃんはステージの上でオリエ姉ちゃんと立っている。ものすごく不満そうな顔で。
「フェルさん、おめでとうございます! これで次の花嫁になれる可能性が増えましたよ!」
「……ありがとう」
「それではフェルさん、誰と結婚したいですか? この場で言っちゃいましょう!」
「……不敬なことになるから言えん」
「なるほど、つまり結婚したい男性がいることはいるんですね!」
「……ノーコメントだ」
フェル姉ちゃんが誘導尋問に引っかかった。不敬になる相手……魔王さんかな?
とりあえず、結婚式最後のイベントも終わったし、あとは森の妖精亭で美味しい料理を食べよう。さっき、紫電一閃を使って魔力がほとんどなくなっちゃったからたくさん食べて魔力を回復させないと。
みんなでいつものテーブルに着く。フェル姉ちゃんの膝はアンリの指定席。フェル姉ちゃんが座ったと同時にアンリも座った。
そしてブーケを最後にとられたリエル姉ちゃんがフェル姉ちゃんに絡む。
「おうおうおう、あんな手で花束を奪うなんて、フェルは卑怯だと思わねぇのか? 魔族ってあれか? 卑怯モンなのか? あぁ?」
「いや、お前が渡したんだろうが。むしろこっちは被害者だぞ?」
リエル姉ちゃんは納得いってないみたいだ。ちゃんとルールを把握しないのが悪いと思う。ロスタイム中にブーケをフェル姉ちゃんに渡しちゃうなんて。
そんなこんなで、みんなでたくさんお話した。なかなか大人の会話だった気がする。そしてニア姉ちゃんが作ってくれたアイスクリーム。この間のシャーベット並みに脱帽。
アンリの生きてきた時間の中で、今日が一番楽しい。今日は朝から晩まで楽しい気分が途切れない。なんていい日なんだろう。
でも、夜はまだこれから。もう遅い時間だけど、お母さん達に夜更かしの許可は貰っている。今日は眠っちゃうその瞬間まで皆と一緒に楽しい時間を過ごそうっと。
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