第54話 獣人の女神様

 

 冒険者ギルドの建物でダンスをするための服に着替える。


 これはニャントリオンの戦闘服と言っても過言じゃない。アイドル冒険者界は厳しい。食うか食われるか、そんな弱肉強食なんだから服からして妥協は許されない。


 それにヤト姉ちゃんはアイドル冒険者になって獣人の地位を向上させるって言ってた。ヤト姉ちゃんはかなり本気のはず。アンリが足を引っ張ったりしないようにしないと。


「遅くなったニャ」


 ヤト姉ちゃんが建物に入ってきた。多分、広場に食べ物を運んでいたから遅れたんだと思う。大変なお仕事なのに全く息を切らしてない。体調は万全と見た。


 ディア姉ちゃんが笑顔でヤト姉ちゃんを迎えて、服を渡した。


「まだ時間はあるから大丈夫。はいこれ、ヤトちゃんの服。ヤトちゃんの要望どおり、ウェイトレス風に仕上げたから」


「ここまでやるのは大変だったと思うニャ。お金とか大丈夫ニャ?」


「既存の服をサイズ調整してちょっとフリルとか付けただけだから大丈夫だよ。あ、着替えはそっちの扉の向こうで出来るから」


 この服はウェイトレス風の服をイメージしてるんだ? 確かに最初見たときよりもちょっと形が違う。全体的に白と黒でエプロンみたいなフリルもついてる。確かヤト姉ちゃんが歌うのは「恋の注文、入ります」だったっけ? そっか、その歌に合わせた衣装なんだ。


「そうそう、アンリちゃんはこれもつけてね」


 ディア姉ちゃんは猫耳カチューシャとネコしっぽベルトを手に持ってアンリのほうへ渡してきた。


 そう。これがないとアンリは獣人さんになれない。渡されたカチューシャを頭に装備して、ベルトを腰に巻いた。アンリは今、獣人さんにクラスチェンジ――ううん、転生したんだ。難しい言葉でいうと、りいんかーねーしょん。


「フェアリープリンセスから、獣人王女に転生した。今のアンリはさっきよりも魅力にあふれる存在。はっきり言って女神教の女神様以上だと自負してる」


「大きく出たね。でも、これを見ても同じことが言えるかな?」


 ディア姉ちゃんが、ヤト姉ちゃんのいる扉のほうを見た。そうするとヤト姉ちゃんが扉を開けて出てくる。


 ……獣人の女神様がいた。


 一言で言うなら卑怯。ヤト姉ちゃんに勝てるわけがない。すらっとした足に映えるニーソックスに完璧に計算された絶対領域、作り物では表現できない毛並みのいいしっぽ、さらにはピコピコと動く猫耳。どれをとっても隙がない。アンリは完全敗北。でも、まだ。アンリはまだ戦える。


「ヤト姉ちゃん、見た目の勝ちは譲る。でも、これで勝ったと思わないで。アイドルに重要なのは容姿だけじゃない。歌や踊りも大事」


「分かってるニャ。でも、歌も踊りも負ける気はないニャ」


 ヤト姉ちゃんは自信に満ち溢れている。大きい。なんて大きな山。アンリがトップに立つにはこの山を越えなくちゃいけないんだ……!


「二人とも今日は一緒に踊るんだから仲良くね。というかアンリちゃんは目的見失ってない?」


「ちょっと熱くなった。でも大丈夫。クールダウンする」


 いけない。今日はニャントリオンのデビュー戦。仲間に闘志むき出しでやってたら見てる人も楽しくないと思う。まずはお客さんを楽しませる。それがアイドル道。


「ディアちゃん、そろそろ大丈夫? こっちは準備できたよ」


「ヴァイアちゃん、ありがとう。それじゃみんなそろそろ行こうか。結局通しのダンスは色々あって最初の一回しかできなかったけど、もし失敗しても何とかなると思うから気楽にいこうね」


 ヴァイア姉ちゃんが建物の扉を開けて知らせに来てくれた。どうやらアンリ達の出番みたいだ。ディア姉ちゃんは気楽にいこうと言ってるけど、アンリは全力でやるつもり。魂を燃焼させる気持ちでやらないと。


 そんな気持ちでいたら、ディア姉ちゃんが右手を出してきた。知ってる、これはあれ。みんなで手を乗せて気合を入れるやつ。


 ディア姉ちゃんの手にアンリの手を乗せる。その上にヤト姉ちゃんが乗せてきた。ディア姉ちゃんがヤト姉ちゃんとアンリを見る。そして頷いた。


「それじゃ行くよ! ニャントリー……」


『オーン!』


 オーンの部分だけはヤト姉ちゃんもアンリも言った。うん、これでみんなの心は一つになった。最高の歌と踊りを届けよう。




 歌と踊り、そして音楽が終わり、みんなで決めポーズをした。三人とも腕を胸の前で組んで、背筋を伸ばす感じのポーズ。その後にヴァイア姉ちゃんが幻視の魔法で作った花火が上がった。ちゃんと音もする。


 会場がものすごく盛り上がった。みんな拍手してくれるし、ロミット兄ちゃんもオリエ姉ちゃんも笑顔で拍手してくれた。うん、いい感じに会場を温められたと思う。


 そしてステージの幕が下がってニャントリオンの出番は終わった。ニャントリオンのデビュー戦はかなり良かったんじゃないかな。次のお祭りでもオファーが来るかもしれない。


 ステージを下りると、ヴァイア姉ちゃんが笑顔でやってきた。


「みんな、すごくよかったよ! 会場も興奮がおさまらないみたい!」


「当然ですニャ。でも私だけじゃこんなに盛り上がらなかったと思うニャ。二人ともありがとうニャ」


「やだな。私もアンリちゃんも好きでやってるんだからそんなお礼なんていらないよ。ね、アンリちゃん」


「うん、バックダンサーをやるって言ったのはアンリ達のほう。こっちこそ、ニャントリオンのデビュー戦に参戦できてうれしいから気にしないで」


 すごく楽しかった。いつもはワルツとか言うもっとゆっくりなダンスばかりだから、こういう激しく踊る感じのダンスのほうが好き。


「そうだ、フェル姉ちゃんに感想を聞きに行こう。どこかで見てるよね?」


 ヴァイア姉ちゃんはステージの裏方をやってるみたいだから来れないけど、ヤト姉ちゃん達とフェル姉ちゃんのところに行くことになった。


 途中、村のみんなに囲まれたけど、みんな褒めてくれた。ニャントリオンのファン獲得だ。


 村のみんなから解放されてから周囲を見渡すと、フェル姉ちゃんがいた。エビフライを食べようとしていたみたい。ソースかタルタルソースで迷ってる?


 そんなフェル姉ちゃんのほうに、ディア姉ちゃんが近寄っていった。


「フェルちゃん、どうだった私達の踊りは!」


「色々言いたいことはあるが、概ね楽しめた。歌も良かったし、ダンスも良かったぞ」


 ディア姉ちゃん達と「いえーい」と言いながらハイタッチした。うん、フェル姉ちゃんに良かったと言われるのはかなりうれしい。


「ヤト。その、なんだ。アイドル冒険者をやるのか?」


「決めましたニャ。獣人の地位を向上させるために体を張るニャ」


 フェル姉ちゃんはかなり複雑そうな顔をしているけど、好意的なほうだとは思う。ヤト姉ちゃんはフェル姉ちゃんの部下だから心配しているのかな?


 複雑そうな顔をしているフェル姉ちゃんだけど、何かを思い出したような顔になった。


「そうだ。魔王様も見ごたえがあると言っていたぞ」


「どういう意味ですかニャ? 魔王様のお言葉という事かニャ?」


「そういうことだ。今後も頑張れよ」


「頑張りますニャ」


 魔王様? さっきの踊りを魔王さんが見てたってこと? この場にいるのかな? フェル姉ちゃんにお世話になってるから挨拶しておかないと。


 でも、ヤト姉ちゃんがさっきから不思議そうな顔をしてる。もしかしたら魔王さんが見当たらないのかも。もしかして隠れてる? 魔王さんはシャイ?


 その後、フェル姉ちゃんと色々話をしてから別れた。


 フェル姉ちゃんは料理をたくさん食べたいみたいだからこれ以上邪魔しちゃいけない。それにアンリの仕事は終わった。ステージの前で出し物を見たいからいい場所を取らないと。


 本当はフェル姉ちゃんと一緒に見たいけど、フェル姉ちゃんはミトル兄ちゃんとかグラヴェおじさんと話した後、村の入口あたりで誰かと話し始めちゃった。なんとなく近寄っちゃいけない気がする。でも、フェル姉ちゃんと一緒にいるのは誰なんだろう?


「アンリちゃん、まずは着替えようか。ギルドへ行こう」


「うん、獣人王女はここまで。これからは普通のアンリとして結婚式に参加する。あ、でも、あの服をまた着たら、フェアリープリンセスに戻っちゃうかな?」


 それはそれでいいかも。たまにしか着ないんだし、今日はお姫様気分でいよう。


 あれ? 何かフェル姉ちゃんのことで考えていたんだけど、なんだっけ?


 ……まあいっか。よし、早速着替えて出し物を見ようっと。

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