第61話 平和な日々

 

 リエル姉ちゃん達が出発した翌日、アンリは真理に近づいた。


 フェル姉ちゃんがいないと勉強の時間が増える。


 なんだかんだ言ってフェル姉ちゃんはいろんなことに巻き込まれる感じだから、面白いことが発生する。でも、昨日も今日も村は平和。なにもないとアンリは勉強しないといけない。


 魔物のみんなと遊んだり、アビスへ行って修業したり、グラヴェおじさんと魔剣のことを語り合いたい。


 ここはおじいちゃんに言っておくべきだと思う。


「おじいちゃん、アンリは勉強のしすぎでストレスが溜まってる。爆発する前にお休みが欲しい。これは脅しじゃない」


「以前はこれくらいやっていたんだけどね。フェルさんが来てからサボりを覚えたのかな?」


「それは違う。今までもたまにサボって冒険者ギルドへ駈け込んでた――あ、いまのなし。忘れて」


「なるほど、ディア君がアンリをかくまっていたのか」


「おじいちゃん、誘導尋問はずるいと思う」


「いやいや、アンリが勝手にばらしたんじゃないか。まあ、それはいいよ。そうだね、このところ真面目に勉強していたし、今日くらいは少し早めに切り上げてもいいかもしれない」


 アンリの交渉術は健在。自由を勝ち取った。やることがいっぱいあるからすぐに取り掛からないと。


 まずは冒険者ギルドへ行って、ディア姉ちゃんにドワーフの村の状況を聞こう。フェル姉ちゃんがいつごろ帰ってくるか確認しないと。


「ありがとう、おじいちゃん。それじゃお片付けしてから遊びに行ってきます」


「帰りが遅くならないようにね」


 急いで部屋に戻り、勉強道具を片付けた。そしてベッドの下から魔剣を取り出す。それに紐をつけて背負ってから家を飛び出した。


「行ってきます」


 よし、予定どおりまずは冒険者ギルドだ。




 冒険者ギルドの扉を開けるとカウンターにディア姉ちゃんがいた。珍しく忙しそうに手元を動かしてる。


 もしかして、服を縫ってるのかな? もしかしたらフェル姉ちゃんの服かも。真面目っぽく見えるけど受付嬢の仕事は全くしてない気がする。


 ディア姉ちゃんは手元を見ていたけど、アンリに気づいてニコっと笑ってくれた。


「アンリちゃん、いらっしゃい。今日はサボり?」


「ディア姉ちゃんと一緒にしないで。アンリはちゃんと勉強をして、おじいちゃんの許可を得てから来た」


「サボってると私と一緒なんだ……否定はしないけど、ちょっと傷つくよ」


「そんなことよりもドワーフの村について教えて。魔物暴走は終わった? フェル姉ちゃんは帰ってくる?」


「そっか、それが聞きたくて急いでいるんだ。そんなこと扱いされたのはショックだけど、約束だから教えてあげるね。残念ながらまだ魔物暴走は健在だね。初日よりは魔物の数が減ったみたいだけど、もう二、三日は続くんじゃないかなー」


「もう二、三日したらフェル姉ちゃんは帰ってくるってこと?」


「うん、その可能性は高いと思うよ。坑道内の魔物が減ったらそれほど稼げないからね。そこに滞在する意味もなくなっちゃうんだ。それにしても、フェルちゃんがどれくらい魔物を倒しているのか楽しみだよ。倒せば倒すだけウチの評判もあがるからね」


 フェル姉ちゃんは魔界で魔物暴走へ突撃したってルネ姉ちゃんが言ってたから、今回も同じことをしているのかな。アンリも大きくなったら一緒に突撃したい。


「ただ、ちょっと心配なのは、ドワーフの村にアダマンタイト級の冒険者がいることなんだよね」


「アダマンタイト級って、冒険者の中でも強い人のこと?」


「そう、それ。フェルちゃんのことだから、また何かに巻き込まれている気がするんだよね。まあ、たとえそうでもすぐに解決しそうではあるけど」


 アンリもそれには同意。フェル姉ちゃんは当然のように何かに巻き込まれて、何事もなかったかのように解決する。そこまでがセット。


 それによく考えたら魔物暴走で魔物退治に行ったのに、リエル姉ちゃんの治癒魔法が必要なことに巻き込まれてる。


「そういえばリエル姉ちゃん達は? そっちの情報は何かある?」


「そっちはないね。そもそも連絡手段がないし。でも、昨日のうちにフェルちゃんとは合流したと思うから、今は患者さんのところへ移動してると思うよ。しばらくすればカブトムシさんが帰ってくるから、聞いてみたらどうかな?」


「うん、もしかしたらフェル姉ちゃんのことも知ってるかも。カブトムシさんが帰ってきたら根掘り葉掘り聞いてみる」


 冒険者ギルドでの情報収集はこれくらいかな。よし、今度はジョゼフィーヌちゃん達に会ってから、アビスへ行って修業しよう。目指せ、第二階層踏破。


「それじゃディアねえちゃん、ありがとう。アンリはこれからアビスへ行ってくる」


「あのダンジョンにいくんだ? でも、今は近づかないほうがいいと思うよ」


「どうして?」


「うん、なんて言ったらいいかな……ヴァイアちゃんが壁ドンしてるんだよね。その、魔法的に」


 壁ドンというのは、壁際にいる人を壁に手を当てて行動制限させる物理的な拘束技術じゃなかったっけ? 派生で顎クイっていうのがあるらしいけど、そっちは良く知らない。アリクイの真似をするのかな?


 でも良く分からない。ヴァイア姉ちゃんが壁ドンしてるから近づかないほうがいいってどういうことかな?


「因果関係が良く分からないけど、アビスへ行かないほうがいいの?」


「簡単に言うと、ヴァイアちゃんはノストさんとダンジョンデートしてるんだよ。ヴァイアちゃんの壁ドンに巻き込まれるのが危ないっていうのと、二人っきりにさせたほうがいいのかなって」


「ダンジョンデート? それは知ってる。つり橋効果のことだよね? 危険な場所へ男女が行くと、恋に落ちる確率が跳ね上がるとか」


 代わりにそれで恋に落ちたカップルは別れる確率も跳ね上がるって、おかあさんが言ってた。


「アンリちゃんは博識だね。まあ、そんな感じ。でも、ヴァイアちゃんは壁ドンされる立場なのに、魔法で壁を壊すという暴挙に出てるんだよ。ノストさんの前だと舞い上がっちゃうんだろうね」


 そういえば、ヴァイア姉ちゃんはノスト兄ちゃんを好きだとか言ってた。アンリがアドバイスしてあげたんだけど、試してないのかな?


「ヴァイア姉ちゃんは、結婚してくれなきゃ死んでやるって言わなかったのかな?」


「それで結婚できても、その後の夫婦生活に支障が出るからやらないほうがいいと思うよ。だいたいそれ、リエルちゃんの恋愛戦術の一つだから、成功率はかなり低いね。むしろマイナス」


 たしか「捨てがまり」って言ってたっけ。勉強になる。アンリもこの恋愛戦術は封印しておこう。


 でも、そうなんだ。ヴァイア姉ちゃんの壁ドン攻撃でアビスは大変なことになってるんだ。アビスは広いからばったり出くわすこともないと思うけど、今日は行かないほうがいいかも。


「それじゃこの後はジョゼフィーヌちゃん達に会いに行くだけにする。アビスちゃんにお願いすれば畑まで呼んでくれると思うし」


「そうしたほうがいいよ。それじゃ気を付けてね」


「うん、行ってきます――そうだ、そういえば、グラヴェおじさんはどこにいるか知ってる?」


 アビスへ入れないなら、グラヴェおじさんと魔剣のお話するのも視野に入れよう。


「グラヴェさん? ああ、あのドワーフさんはアビスの中に工房を作ったみたいだよ。そこに入り浸ってるんだって。アビスのどこに工房があるかは知らないけどね」


「そうなんだ? ならアビスちゃんに言えば呼んでくれるかな。情報ありがとう、ディアねえちゃん」


「どういたしまして」


 ディア姉ちゃんに手を振ってから、冒険者ギルドを出た。


 よし、次はアビスへ行って皆を呼んでもらおう。アビスでは修業できないから、畑で誰かと模擬戦をしたり、グラヴェおじさんとお話してもらおうっと。

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