第196話 結界の破壊
大狼のナガルちゃんがパンドラ遺跡に向かっていると聞いてから結構な時間が経った。
その間にほかの施設が破壊されたことが念話を通して連絡される。
みんなすごい。自分のやるべきことをちゃんとやっている。フェル姉ちゃんがいるから失敗しても大丈夫っていう安心感があるのも大きいかもしれない。
上に立つ人はそういう何かを持っていないとダメなのかも。アンリもそういう人にならないと。フェル姉ちゃんはいい教師だ。
それはそれとして結構な時間が経っているけど大丈夫かな?
『ステア、まだ掛かりそうか?』
『ご安心ください。今、終わります』
ステア姉ちゃんの念話が届いたと同時くらいに上空からガラスが割れるような音が聞こえた。空間に大きなひび入っているように見える。直後に結界と思われる薄い膜のようなものがすべて割れた。
それが雪みたいに降ってくる。
降ってきた物を手のひらで受け止めたけど、本物の雪のように消えてなくなっちゃった。
「おじいちゃん、これはなに?」
「これは魔力の結晶だね。ただ、魔石になるほどの強度じゃないかな。聖都全体を覆う程の魔力なんて相当な量だろうね」
魔力の結晶。キラキラして綺麗だけど、これが割れて降ってきたってことは結界がなくなったってことかな?
『結界は破壊された。これから侵攻を開始する。皆、役割を果たしてくれ』
フェル姉ちゃんがそう言うと、みんなが返事をする。もちろんアンリも返事をした。
ここからがアンリ達の本番。人がたくさん動くからヴァイア姉ちゃん達をちゃんと守らないと。とはいっても、もともと襲われる予定はないみたいだけど、アンリ達がフェル姉ちゃん達の手引きをしているってばれたら危険。しっかり周囲を見ておかないと。
『ジョゼフィーヌ、それにペル。お前達は貴族街へ行ってアムドゥアの家族を救出してくれ。ドッペルゲンガーがいた方が色々と融通が利くだろう。避難誘導はライルに任せろ』
ジョゼちゃん達はアムドゥアって人の家族を救いに行くんだ? ライルちゃんはダンゴムシを使って人を操るから聖都の外から遠隔で助けてくれるみたい。
『サルガナ、ジョゼフィーヌ達が家族を助けるまでアムドゥアと戦っていろ、ただし、殺すなよ』
『はい。お任せください』
『すまない、恩に着る。家族の無事が確認出来たら、すぐにお前達の味方をしよう』
サルガナおじさんとアムドゥアって人は戦う振りをするみたいだ。うん、人質を取られているんだからそうするのは当然。ジョゼちゃん達が人質を救ったらアムドゥアさんはこっちの味方になってくれるみたいだし、早めに救出してもらいたいな。
遠くでよく見えないけど、サルガナおじさんとアムドゥアさんの戦いが始まったみたい。
サルガナおじさんは黒っぽい大きな鎌を持って攻撃しているみたいだ。なんかすごい。
そしてフェル姉ちゃん達はこっちへ歩いてきた。みんなの避難はまだ終わってないけど大丈夫かな?
メイドさん達や司祭様やアミィ姉ちゃんが皆を大通りの東と西に誘導している。大通りの南側を空けようって作戦なんだけど、もうちょっとかかりそうだ。
「リエル、こちらへ来い。お前達、後は任せたぞ」
教皇がリエル姉ちゃんをつれて大聖堂へ入っていっちゃった。そして入り口の前には女神教の人がたくさんいる。それも問題だけど、その近くに勇者と賢者がいてお話をしているみたいだ。
「結界が壊されるとはな」
「まさか結界がないと勝てんとは言わんじゃろう?」
「当り前だ。女神様の貰った加護の力があれば儂は負けん。これまでは魔族に恐怖を与えられてきたが今はもう違う。我々が魔族に恐怖を与える番だ」
よく分からないけど、勇者は自信満々だ。でも、その自信はたぶん崩れると思う。フェル姉ちゃんも強いけど、オリスア姉ちゃんやドレアおじさんだってすごい強いはず。
「アンリ、こっちに避難しよう」
いつの間にか周囲の人がまばらになっていた。みんな東西の大通りのほうに避難したのかも。アンリ達もそっちへ避難しよう。
スザンナ姉ちゃんと手を繋ぎ、ヴァイア姉ちゃん達と西の大通りのほうへ避難した。この位置からなら大聖堂の前が良く見える。オリスア姉ちゃん達の戦いを目に焼き付けよう。
フェル姉ちゃん達が南の大通りから大聖堂へ向かって歩いてきた。
フェル姉ちゃんとオリスア姉ちゃんとドレアおじさん。それにもう一人いるけど……?
――ああ、思い出した。フェル姉ちゃんのお師匠様だ。今朝いきなりやって来て手伝ってくれるって言ってた気がする。ド忘れしてた。でも、ちょっと不思議。なんというか、いるのかいないのかよく分かんない。認識阻害のマントのせいかな?
フェル姉ちゃん達が広場に近づいてくると、勇者と賢者が女神教の人達をかき分けて出てきた。
そして賢者が少しだけ笑う。
「まさか結界を破壊するとは。お主達を甘く見ておったの」
「そうだな。さて、リエルは返してもらうぞ。それに女神教は終わりだ。洗脳による布教なんかしてる宗教なんて邪教もいいところだからな」
いきなり勇者が剣を地面に突き立てた。フェル姉ちゃんの言葉に怒ったのかも。
「邪教ではない。人族が魔族から身を守るためには女神教が必要なのだ」
「安心しろ、魔族が人族を襲うことはもうない。女神教に守ってもらう必要はないぞ」
「何を言っている? いま、現に襲っているではないか?」
「それはお前達が私の親友をさらったからだ。リエルを操って教皇にするなんて私が許さない」
フェル姉ちゃんの言葉に女神教の人達もざわついた。でも、勇者がもう一度剣を地面に突き刺すと静かになる。
「静まれ。魔族の言葉に騙されるな。聖女リエルは魔族にさらわれていた。それを取り戻したにすぎん」
「お前がどう認識しているのかはどうでもいい。時間を無駄にした。悪いが、通らせてもらうぞ? オリスア、ドレア、お前達に任せる。排除しろ」
「ハッ! このオリスアにお任せください!」
「畏まりました」
その言葉に勇者は地面に刺さった剣を抜いた。魔物のみんなを傷つけた聖剣。ちょっとだけイラっとする。
「舐められたものだ。四人いるのに二人で相手をする気か?」
「お前こそ、魔族を舐めすぎだろう。二対二なら勝てると思っているのか?」
「五十年前と同じと思うなよ? 我々は魔族を倒すために日々研鑽していたのだ。それに、我らには女神様から加護を得ている。負ける道理がない」
また出た。女神の加護って一体どういう物なんだろう? タダのハッタリじゃないと思うんだけど。
フェル姉ちゃんがオリスア姉ちゃん達に気を付けろと注意した直後に勇者が飛び出した。そしてフェル姉ちゃんを剣で斬りつけようとしている。
でも、オリスア姉ちゃんの剣がそれを止めた。
すごい。何とか目で追えたけど、アンリだったら反応までは出来なかったと思う。
「ほう? 完全にとったと思ったのだが、この攻撃に反応できるとは。流石は魔族と言ったところか?」
「お前の相手は私だ。相手を間違うな」
オリスア姉ちゃんは剣で勇者を弾き飛ばした。でも、勇者はあんな鎧を着ているのにバク中した。勇者ってすごく年寄りって聞いたことがある。ちょっと信じられない。
「ドレア、お前はそっちの相手をしておけ。こっちを邪魔させるな」
「なんでお主に命令され――いや、勇者とはそれほどの力量があるのか? まあ、よかろう。そちらの邪魔はさせん」
ドレアおじさんは賢者の相手をすることになっている。
あれ? いつの間にか黒いモヤみたいなものが賢者にまとわりついているけど……?
「な、何じゃこれは!」
「コイツの動きをしばらく抑えておく。そっちは任せたぞ」
「ああ、恩にきる」
あの黒いモヤはドレアおじさんの攻撃みたいだ。あれで賢者の動きを抑え込んでいるみたい。
「さて、バルトスとやら。待たせたな。一対一で戦おうか」
オリスア姉ちゃんは剣先を勇者に向ける。
どんな戦いになるんだろう? リエル姉ちゃんのことはあるけど、この戦いだけはちょっとドキドキする。
ほかの戦いとは違って剣同士での戦い。しっかり勉強させてもらおう。
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