第197話 肉を切らせて骨を断つ
大聖堂前の広場でオリスア姉ちゃんと勇者が対峙している。
二人とも剣士。
勇者が持っている剣は斬った相手の怪我の治りを遅くする聖剣「夢幻泡影」。
オリスア姉ちゃんが持っている剣は斬りつけるとお互い死ぬまで戦い続けちゃうとかいう魔剣「狂喜乱舞」。
聖剣対魔剣という戦いにアンリはちょっと気分が高揚しちゃう。
でも、勇者のほうはなんというか落ち着いている感じ。確かに勇者が強いのはソドゴラ村で見たけど、魔族を相手にそこまでおちつけるものなのかな?
「分からんな。一対一なら儂に勝てると思っているのか? それとも何か? 強力なユニークスキルでも持っていて、特殊な発動条件でもあるのか?」
「そんなことを口にする必要はないが、サービスだ。教えてやろう。ユニークスキルは持っていない。自ら鍛えあげた技術だけだ」
オリスア姉ちゃんはアンリ好みのことを言ってる。アンリにはユニークスキルがあるみたいだけど、オリスア姉ちゃんにはない。でも、そんなことを悲観もしてないし、必要ないとも思っている感じだ。
アンリもオリスア姉ちゃんをリスペクトしたい。スキルがなくても鍛えた技術だけで強くなる。それは格好いい。
それはそれとして、勇者のほうはずいぶんと余裕な感じ。というか上から目線。一対一なら勝てると思っているのかって話はそのまま勇者にも言えることだと思うんだけど。
「ほう? 鵜呑みにするわけにはいかないが、ユニークスキルを持たずとも儂に勝てると言っておるのか……なるほど、ならばその力を見せてもらおう」
やっぱり上目線だ。
そう思った次の瞬間には勇者がオリスア姉ちゃんの前にいた。
いつ近づいたのかも分からないし、剣をどんな感じで振るっているのかも分からない。でも、剣と剣がぶつかる音が連続で聞こえてくる。
人ってあんなに速く動けるものかな? 身体能力を向上させる加速の魔法を使ってもああはならないと思うんだけど。アンリが一回斬りつける間に十回は斬られそう。
ガンって大きな音が鳴ると、オリスア姉ちゃんと勇者の距離が空いた。オリスア姉ちゃんが思いっきり勇者の剣を弾いたんだと思う。早すぎて終わった時の動作しか分からないけど、たぶんそう。
すごい、二人ともあんなに打ち合っていたのに、どちらも怪我がない。あんなに速く動いているというだけじゃなくて、それがちゃんと見えているということがちょっと怖いくらいだ。
「すばらしい! それほどの技術を持っているとは!」
勇者のほうはヘルメットで顔が見えないけど、興奮しているのが分かる。しかも魔族であるオリスア姉ちゃんを褒めるなんて、どういう風の吹き回しだろう?
「お主が魔族であることが悔やまれる。だが、仕方あるまい。人族のために死んでもらおう。【聖気解放】」
たとえ魔族でも強い人には一定の敬意を払っていると言うことだと思うけど、そんなことより勇者は変なことをした。なにか勇者のほうから変な力を感じる。
もしかして魔族を弱体化させるオーラを出してる? 破邪結界内と同じってことなのかな? それだとオリスア姉ちゃんが危ないんじゃ?
「この状況なら魔族は本気を出せまい。せめてもの情けだ。お主の口から名前を聞いておこう。覚えておいてやる」
アンリとしては勇者の言っていることもなんとなくわかる。たとえ憎くても認める相手なら名前を聞いておくのは礼儀。勇者を許す気はないけど、礼儀があることだけはちょっとだけ見直した。
でも、オリスア姉ちゃんは「フッ」って鼻で笑った。
そしてかぶっている帽子と肩にかけているコートを地面に投げ捨てた。たったそれだけなのに、オリスア姉ちゃんからものすごい威圧的な力を感じる。もしかしていままで本気じゃなかった?
「不要だ。私の名を覚える必要は無い。お前が覚えておく名は唯一つ。フェル様の名前だけだ。私のことは、フェル様に仕える魔族とでも覚えておけ」
「お前達の関係は分からんが、少なくともあの小娘よりはお前の方が強そうに見るぞ?」
「節穴だな。フェル様が本気をだされたのなら私など足元にも及ばん」
フェル姉ちゃんの本気。村に来た勇者、セラって人と戦ったときに見たあの時のフェル姉ちゃんのことだと思うけど、確かにあれなら誰も勝てないと思う。アンリがフェル姉ちゃんを倒すときはアレを使ってはいけないルールにしよう。
「ほう? ならば、この後に試してやろう。まずはお主を倒してからだな。しかし、欲のない奴だ。死んだとしても、このバルトスに倒された魔族として名を残せたのだぞ?」
「欲がない? 違うな。私は強欲だ」
「……意味が分からんな」
アンリも分かんない。相手は一応人族の勇者。名前を憶えてもらうのはそれなりの名誉だと思うんだけど。でも、オリスア姉ちゃんは自分の名前を覚えなくていいって言った。それなのに強欲?
「お前には分かるまい。フェル様の偉大さが。過去、現在、そして未来、全ての魔族がフェル様の偉業を称えるだろう。私はそのフェル様に仕えた魔族。魔族としてこれほど名誉のある肩書はない」
オリスア姉ちゃんは本当にフェル姉ちゃんのことを尊敬しているみたい。フェル姉ちゃんの部下ってことを覚えてもらえるだけで、最高の名誉だと思ってるんだ。
フェル姉ちゃんのほうを見ると、すごく嫌そう顔をしている。たしかにこんなことを真顔で言われたらちょっと引くかも。でも、フェル姉ちゃんならそれくらいに思われてもいいと思うけどな。
聞いたことはないけど、ジョゼちゃん達だってフェル姉ちゃんの従魔であることにすごく誇りを持っている感じだし、すごい名誉だと思っていると思う。
アンリが越えなくちゃいけない山はすごく大きいからすごく困る。
オリスア姉ちゃんが剣を両手で持ち上段に構えた。
「お喋りは終わりだ。来い。そんな下らんスキルに頼っている様なら私に勝つことなど不可能。それを教えてやる」
「面白い。それほど自信があるなら見せてもらおう」
勇者も剣を両手で持って真正面に構えた。
さっきから息が苦しいというか、空気が重い感じがする。スザンナ姉ちゃんや周囲にいる人たちも息が出来ないくらいに緊張していると思う。
たぶん、オリスア姉ちゃんの殺気のせい。オリスア姉ちゃんからものすごいプレッシャーを感じる。動いたらやられるって感じだ。
「素晴らしいぞ! これこそが魔族じゃ! 五十年前、貴様達に恐怖した感情が蘇ってくる! 今こそ、貴様らを屠って見せよう!」
五十年前――たぶん人魔戦争のことだと思う。人族は魔族にボロボロにされたって聞いた。勇者はお年寄りだからその頃も魔族と戦っていたんだと思う。
その時の恐怖を感じてなぜかテンションが上がっているみたいだ。もしかしたら、その恐怖に打ち勝てるって考えているのかな?
オリスア姉ちゃんは何の反応もせずにずっと勇者を見つめている。視線だけで倒せそうなくらいの怖い目だ。
勇者が腰を落とす。
「『身体ブースト』『虚空領域接続』『疑似未来予知展開』」
スキル? でも、そんなスキルなんてあるの?
「オリスア! 逃げろ!」
フェル姉ちゃんが大きな声を出した。でも、オリスア姉ちゃんには聞こえていないみたい。すごい集中力だ。
いつの間にか勇者がオリスア姉ちゃんの前にいた。
「死ぬがいい!」
「貴様がな」
勇者の剣がオリスア姉ちゃんの腹部を貫く!
でも、それと同時にオリスア姉ちゃんの剣が上段から振り下ろされる!
「ぐおおおぉ!」
すごい! オリスア姉ちゃんの周囲が衝撃でへこんだ! 剣圧で勇者ごと叩き潰したんだ! ちょっとした地震を起こすほどの衝撃ってやれるものなのかな?
「あれって重力魔法も併用してる。本人も一緒に周囲へ相当強い重力魔法をかけてるんだ……」
スザンナ姉ちゃんが独り言のようにそんなことを言った。
重力魔法? あのへこんでいる部分にものすごい重さがかかっているってこと? 本人もいるのに?
へこみの中心でうつ伏せになっている勇者が顔を少しだけ横にした。重力魔法のせいで立ち上がれないみたいだ。鎧もメキメキと悲鳴をあげてるから相当な重力がかかっているんだと思う。
「き、貴様、化け物か! 弱体化している状態で、未来予知の上を行くとは……!」
「化け物? それはフェル様にこそふさわしい。私など、大したものではない」
オリスア姉ちゃんも十分化け物だと思う。だって、肉を切らせて骨を断つ、を普通にやった。あれってそういうたとえだと思うんだけど。
しばらくすると重力魔法が切れたようで、オリスア姉ちゃんは剣を鞘に戻した。
オリスア姉ちゃんの勝ちだ!
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