第195話 五つ目の施設とおいしい登場

 

 午前九時五十分。聖都襲撃の当日、アンリ達は普通の人として聖都に潜り込んだ。


 一応ヴァイア姉ちゃんから認識阻害が出来るマントを渡されているけど、それは使わずに普通に門を通った。もともとアンリはフリーパスだけど、アンリみたいな小さい子がいたから他のみんなも問題もなく入れた気がする。スザンナ姉ちゃんは冒険者ギルド所属のアダマンタイトだったからちょっと驚かれていたけど。


 聖都はエティアって名前らしいけど、ほんとに白一色って感じの建物しかない。ここまで徹底していると逆に怖い感じ。でも、そんなこと気にしている場合じゃない。今はリエル姉ちゃんのことだけ考えよう。


 聖都の中心には広場があって大聖堂と言われる建物がある。そこに女神教の人がたくさん集まっていた。もちろん普通の人もいて、アンリ達はそれに紛れた感じだ。


 大聖堂は南向き。アンリ達はできるだけ後ろの方がいいってことで、女神教の人たちが集まっているところの一番南側に移動した。


 そこから大聖堂を見上げる。


 大聖堂の一番上には大鐘楼という大きな鐘があって午後十時になるとその鐘がなるみたい。その鐘が十回鳴り終わると降神の儀っていうのがあって、その儀式でリエル姉ちゃんが教皇になるとか。


 だけど、それはさせない。


 十回鳴り終わったところで各国から声明が出たり、フェル姉ちゃんが南門を破壊したりしてこの場所を混乱の渦に叩きこむ感じだ。


 ちょっとドキドキしてきた。


 アンリ達はヴァイア姉ちゃん達の護衛だけど、今は特に何かをする訳じゃない。でも、ドキドキする。


 落ち着くために大鐘楼よりもさらに上を見上げた。


 聖都の真上に来ている空中都市がすごく大きい。直径で十キロくらい球体だっておじいちゃんが言ってるけど、そんなに大きいものが浮いているって言うのがすごすぎる。


 あそこには女神がいるって話だけど、本当にいるのかな? 動いている以上、誰かはいると思うんだけど。


 ごーん、と大鐘楼が鳴り響いた。十時だ。


 鐘の音が十回鳴ると大聖堂から勇者と賢者が出てきた。そしてその後に司祭様の服をさらに派手にした感じの服を着た女性が出てくる。ちょっと金色の装飾品が多い。あれが教皇なのかな?


 その教皇っぽい人が大聖堂の前で右手を上げる。それだけで周囲が静かになった。


「女神を崇拝する者達よ。良く集まってくれた。今日、降神の儀を行う。新たな神の代行者として聖女リエルが新たな教皇となる。皆、祝福を!」


 そう言うと、みんなから喜びの声が上がった。


 リエル様バンザイとか言ってるし、リエル姉ちゃんは女神教の人にかなり人気だって聞いたけど、それは本当の事みたいだ。


「では、聖女リエルをここに」


 大聖堂からリエル姉ちゃんが出てきた。でも、目に力がない。微笑んではいるけど、あれは本当に喜んでいるわけじゃない。たぶん、操られているんだ……絶対に許せない。


「聖女リエル。皆に言葉を――どうした……? 何だと?」


 教皇っぽい人は、近くにいた女神教の人が近寄って耳打ちすると、少しだけ怪訝そうな顔をした。


『フェルちゃん、各国の大使館とかギルド支店から声明が発せられたよ! 女神教は洗脳で布教をするような邪教だって!』


 ディア姉ちゃんの言葉が頭に響く。ヴァイア姉ちゃんの魔道具による念話だ。


「アンリ、スザンナ君、おじいちゃんから離れないようにしなさい。ヴァイア君達も人の波に押し流されないように注意を」


 おじいちゃんがそういうと、みんなが頷く。


 広場に集まっている女神教の人たちが少し騒ぎ出した。各国の大使館から発表された声明が耳に届いたんだと思う。


 直後に今度は南の方で大きな音がした。これはフェル姉ちゃんが南門を破壊した音だと思う。


『皆、作戦開始だ』


 フェル姉ちゃんからの念話が頭に届く。その後に魔物のみんなからも雄たけびが聞こえた。やる気十分って感じだ。


「魔族じゃ! 魔族が攻め込んできたぞ!」


「皆さん、危険です! すぐに避難を! 大丈夫、聖都には勇者様や賢者様がいます! お任せして私達は逃げましょう!」


 司祭様とアミィ姉ちゃんの声が聞こえた。上手く扇動すると言ってたけど、ほぼそのままだった。でも、この混乱の中なら効果的かな?


「皆、落ち着くのだ。魔族が攻め込んできたとしても、この聖都には結界が張ってある。魔族や魔物が入ってくれば、即座に拘束できるだろう。女神の力を信じるのだ」


 女神教の人達がせっかく混乱してたのに教皇の言葉で歓声に変わっちゃった。


 でも、その歓声は結界があるおかげだ。結界がなくなればまた混乱するはず。魔物のみんなとヤト姉ちゃんが施設を破壊しに行ってるけど、大丈夫かな?


『フェル様、施設の破壊、完了致しました』


『早いな。助かる。聖都へは入らず、近くで待機していてくれ』


『畏まりました』


 ジョゼちゃんの声が聞こえた。あいかわらずジョゼちゃんは仕事が早い。でも、ほかのみんなはまだみたいだ。大丈夫、時間はいっぱいあるんだから慌てずに実行してほしい。


 あれ? 南門のほうに人が集まってる? ちょっと遠いから良く見えないけど、女神教の人たちがたくさんいるような?


『ヴァイア、聞こえるか?』


『フェルちゃん? 何か問題?』


『今、目の前にいる奴と念話で話をしたい。チャンネルが分からないんだが、何とかできるか?』


『腕輪を渡せれば、この念話ネットワークを使えるんだけど、それじゃダメかな?』


 フェル姉ちゃんから念話があったと思ったら目の前にいる人と話をしたいって内容だった。


 話を聞いていると何となくわかった。フェル姉ちゃんの目の前にいるのは使徒アムドゥアさん。


 サルガナおじさんが影を使って他の女神教の人にばれないように腕輪をアムドゥアさんに渡すと、この念話ネットワークでお話が出来るようになった。


 どうやらアムドゥアさんは家族を人質に取られて女神教に従っているみたい。なんて外道。


『家族の場所だ。どこかに捕らわれているのだろう? 助け出すから場所を言え』


『場所は聖都の中だぞ? お前達魔族は入れない』


『さっき言っただろう? 結界を維持している施設は破壊工作中だ。しばらくすれば結界はなくなる』


 さすがフェル姉ちゃん。何の迷いもなくアムドゥアさんの家族を助けるって言った。


『本当……なのか? だが、施設は五ヶ所もある。全部を破壊できるのか?』


 ……あれ? なんかおかしなことを言わなかった? 五ヶ所?


『待て。今、なんて言った? 施設は五ヶ所? 聖都の東西南北以外にもあるのか?』


『そうか、これは四賢しか知らない事だな。調べても分かる訳がない』


『もう一つはどこにある?』


『閉鎖された遺跡だ。パンドラ遺跡。そこを立ち入り禁止地区にしてその中に施設を作った。他の四つとは違い遺跡の機能を使って魔力を自給自足しているから無人の施設だがな』


 パンドラ遺跡……? たしか一昨日に野宿した場所がパンドラ遺跡って言ってなかったっけ? アンリの九大秘宝と同じ名前を持つ遺跡だからよく覚えてる。


 そこが結界を維持している施設? それじゃ破壊するにしてもそこまで行くのに一日掛かっちゃうんじゃ……? もしかしてピンチ?


『も、申し訳ありません! メイドとしてなんてあるまじき失敗! 全員でギロチンに――』


 メノウ姉ちゃんが泣きそうな声で謝罪してる。何とかできないかな?


 スザンナ姉ちゃんに急いで飛んでもらう? 頑張ってくれれば半日くらいで……でも半日も経ったらリエル姉ちゃんが教皇になっちゃう。


『やめろ。言ったはずだ。失敗しても私が何とかする。結界の中で戦えばいいだけの話だ』


『しかし! そうしなくては私達の気が――』


『やめなさい、メノウ。主人が許しているのです。それ以上の罰を求めるのは、主人の命に逆らうことですよ』


 この声ってステア姉ちゃん? そう言えば、ステア姉ちゃんも腕輪を渡されていたから念話出来るんだっけ?


 ステア姉ちゃんは町にお客様が来たから一緒に来たって言ってる。お客さまって誰?


『困っているようだな? こんな楽しそうな事に我を呼ばんからそうなるのだ』


 あ、この声って大狼のナガルちゃんだ。修行から戻って来てたんだ?


『もしかして大狼か?』


『久々に村へ顔を出したら、大半の者がいないではないか。詳しく聞いたら村が襲われたとか。しかも我が配下の狼に重傷を負わせるとはな。我も女神教に復讐する権利があるのだから、大急ぎで追って来たのだ』


 話を聞いてみると、ステア姉ちゃんと一緒にパンドラ遺跡のすぐ近くにいるみたい。なんておいしい登場の仕方をするんだろう。アンリも見習いたい。


 それは後で考えるとして流れはこっちに来てる。これなら問題なく結界を破壊できるかも。結界さえ消えればもうリエル姉ちゃんを取り戻したのも当然だ。


 よーし、アンリもヴァイア姉ちゃん達の護衛を頑張るぞ!

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