第224話 王女様

 

「あー、思い出したよ! たしかエルフの森でフェルさんの胡坐の上に座ってた子だ!」


 ダンジョンのジャングルエリアにいきなり現れた末っ子さんに今の状況を説明したら納得してくれた。


 それにアンリのことも覚えていてくれたみたい。直接話をしたことはなかったんだけど、アンリはあの場で結構なインパクトを与えられたんだと思う。


 でも、アンリはこのお姉ちゃんの名前は知らない。まずはこっちから自己紹介して名前を教えてもらおう。


「あの時は名乗り合ってないから改めて自己紹介するね。私はアンリ。こっちがスザンナ姉ちゃん。えっと、名前を聞かせてくれる?」


「私の名前はクルだよ。ルハラの傭兵団『紅蓮』の幹部だね!」


 クル姉ちゃんか。


 アンリと同じ茶色の髪の毛をロングヘアにしてて、それに合わせた感じで茶色のポンチョを着てる。ポンチョの下はちらっとしか見えないけど、白い布製のシャツに黒色の革ズボンかな。なんとなくオシャレ。


 確か傭兵団にいた三姉妹は一番上がウル姉ちゃん、二番目がベル姉ちゃんだったはず。三番目がクル姉ちゃんになると思う。そしてクル姉ちゃんは傭兵団の幹部みたい。スザンナ姉ちゃんと同じくらいの年なのにすごい。


 それはそれとして気になることがある。なんでここにいるんだろう。ダンジョンにいるって言うかソドゴラ村にいるのが不思議。


「クル姉ちゃんはどうしてここにいるの?」


「クル姉ちゃん……良い響き。私って一番下だからお姉ちゃんって言われるのは初めてだよ――そうそう、ここにいる理由だよね? 私、ディーン君――皇帝陛下の命令でこの村にある女神像を調べに来たんだ。女神教が洗脳による布教を行っているかどうか確認するためだね」


 みんなに治癒魔法を使っていたリエル姉ちゃんが一瞬だけこっちを見たけど、すぐに顔を逸らした。治癒魔法を優先するみたいだ。


「女神像を確認して間違いないことが分かったからルハラへ連絡したんだ。フェルさんがロモン国の聖都へ攻め込む前にルハラから女神教は邪教っていう声明が出たでしょ? あれが私の仕事だと思ってくれればいいかな」


「うん、あの声明のおかげで魔族のみんなが悪者にならずにすんだと思う」


 女神教が邪教ってことでいろんな国に知れ渡ったから、女神教をつぶしても魔族が悪いってことにはならなかった。トラン国は知らないけど、オリンやルハラ、それにロモン国で魔族討つべしなんて話は出てないっておじいちゃんが言ってたかな。


 でも、それってもう一ヶ月前くらいの話だと思う。


「クル姉ちゃんはもうお仕事が終わったんだよね? いちゃダメってことじゃないんだけど、ルハラへは帰らないの?」


「それがね、私も仕事が終わったら帰ろうとしたんだけど、ウル姉さんにしばらく一人でやってみろって言われちゃって。私、次の誕生日で十五になるんだ。成人するわけだし、その前に色々勉強して来いって意味だと思う」


「そうなんだ」


「うん。でも、それは建前で本当は私をディーン君――もう君でいいや、ディーン君から遠ざけたかったのかも」


「どうして?」


「ディーン君を倒すとお嫁さんになれるんだよ。ウル姉さんはそれを狙っているから、私やベル姉さんがディーン君の近くにいるとまずいと思ってるんじゃない? 確かに可能性があるのはベル姉さんか私なんだけど、そんな心配はしなくてもいいのにね。本気でディーン君のお嫁さんを狙っているのはウル姉さんくらいなのに」


 なぜかリエル姉ちゃんがまたこっちを見たけど、すぐに治癒魔法を使い始めた。


 因果関係がよく分からないけど、そういう仕組みなんだ? ディーン兄ちゃんは皇帝だから、お嫁さんも強くなきゃいけないのかな? でも、負けたらあれじゃないかな。尻に敷かれるってやつ。


「そんなわけで、この村に滞在してるんだ。ここにはダンジョンもあるし、魔石も取れるからお金を稼ぐにはもってこいだしね。傭兵業も今は景気が悪くなったし、こういうので稼がないと」


「魔石って魔素の結晶のこと?」


「そう、それ。冒険者ギルドで買いとりしてくれるよ。本当はどこかのお店に売った方が高いんだけど、村の雑貨屋さんは閉まってたし、ヴィロー商会の支店はまだ出来ていないみたいだから、泣く泣くギルドへ売ったんだ」


 そんな仕組みがあるなんて。ディア姉ちゃん、そんなことは一言も言ってくれなかった。それならアンリもお金を稼げるってことかな? ダンジョンで修行をしつつ、お金を稼げる。なんて素敵。


 今日はもう時間的に無理だけど、明日から冒険者アンリとしてがっつり活躍しないと。


 お金はあればあるほどいいって聞いたことがある。しかもお金は寂しがり屋だからいっぱいあるところへたくさん集まってくるって聞いた。モリモリ稼ごう。小銀貨一枚くらいは稼ぎたい。


 急にスザンナ姉ちゃんが手をあげた。もしかしてクル姉ちゃんに質問があるのかな?


「傭兵業の景気が悪いってどういうこと? そもそも冒険者と傭兵の違いがよく分からないけど」


「えっと、傭兵って言うのは主に戦いを生業にしている人だよ。国には兵士さんがいる訳なんだけど、たくさんの人を維持するにはお金が必要だから、国も必要以上に兵士を雇ったりはしないんだ。でも、戦争とかでは戦える人が必要、しかも個人じゃなくて団体で強い人たちが必要になるわけ。有事の際にだけお金を払って雇う兵士みたいなものだと思ってくれてもいいと思うよ」


 なるほど。


 確かに兵士さんがたくさんいる国は強いだろうけどお給金を払わなくちゃいけないからその維持が大変なんだ。必要な時にお金を払って雇ったほうが安上がりってことなのかな。


「そんでもって、傭兵団というのはブランドみたいなものかな。お金を払ってもお金だけ貰って働かないなんて人もいるからね。国だってお金を払うなら出来るだけ強い人に払いたい。でも一人一人面接するわけにもいかないから、信頼できる集まりに人を用意してもらうっていう仕組みが傭兵団の始まりだとか聞いたことがあるよ」


「傭兵ギルドってこと? 冒険者ギルドみたいにお仕事を提供してくれるみたいなものかな?」


「それに近いかもね。そうそう、昔、傭兵ギルドを作ろうとして頓挫したって話を聞いたことがあるよ」


「どうして?」


「基本的に人族同士で戦争しているのはルハラとトランだけだからね。傭兵ギルドで一元管理したらどっちへ配属されるか分からないし、昨日の敵は今日の友じゃないけど、その逆もあるからお互い信用できなくなるって話だったかな。だからもっと小さい単位の傭兵団ということになったみたい。国でギルドを作ればそんなこともなかったんだろうけど、それじゃギルドの維持費がかかって意味がないからね」


 色々あるみたいだ。人族同士の戦争って魔族が攻めてこなくなった五十年前くらいからのはず。昔とは言っても歴史的にみたらそんなに古い話でもないのかな?


 傭兵さんは戦いがお仕事なら冒険者は何だろう……何でも屋さんかな? フェル姉ちゃんはウェイトレスからリエル姉ちゃんの救出まで幅広くやってるし。


「傭兵の定義は分かったけど、景気が悪いって言うのはどういう意味なの?」


「ああ、そっか、その質問があったね。簡単に言うと、傭兵のお仕事、つまり戦争がないんだよね。それはそれでいいことなんだけど、お金が稼げないんだ。だから今はどこの傭兵団も冒険者の仕事をしてるよ。まあ、もともと傭兵は冒険者ギルドに所属してるけどね。ちなみに私のランクはゴールド。この年ならかなり優秀だと思うよ!」


 ゴールド……スザンナ姉ちゃんはアダマンタイトだけど、クル姉ちゃんはドヤ顔してるし、言わないほうがいいのかな?


「そういえば、ルハラとトランは休戦協定中だったっけ?」


 スザンナ姉ちゃんが首を傾げながらそんなことを言った。


 それはアンリも聞いたことがある。おじいちゃんが前にそんなことを言っていたような。


「それはもうルハラから破棄されたね。ディーン君の前の皇帝がやったことだけど。でも、それとは関係なくルハラとトランの戦争はないんだ」


「そうなの?」


「うん、ディーン君がどの国にも攻め込まないって政策を打ち出したからね。攻められたら守るだろうけど、ウゲン共和国には融和政策を取ってるからまず獣人さんとは戦争しないかな」


 それはいいことだと思う。ヤト姉ちゃんの仲間だし仲良くして欲しい。


「それじゃトラン国との戦争は?」


「そっちは理由が二つあって、一つはズガルって言う独立国がルハラとトラン国の国境沿いにあるんだよ。そこってフェルさんが興した国らしいんだけど、魔族の人が何人かいて、防波堤になってるみたいだね。当然、そことルハラが戦争することもないよ」


 フェル姉ちゃんが作った国って言った?


 スザンナ姉ちゃんもびっくりしてるけど、いつの間にそんなことがあったんだろう? そういう面白いことをフェル姉ちゃんはなんで言わないのかな。でも、それは後にしよう。フェル姉ちゃんは後で問い詰める。今はこっちだ。


「理由はもう一つあるんだよね? もう一つは?」


「あれ? 知らない? トラン国は国境付近に大きな魔道壁を作ってルハラやズガル、ウゲン共和国との行き来が出来なくなったんだよ。海上も閉鎖したみたいで、ロモン国から船で行くこともできなくなってるとか。完全に閉じこもっちゃったみたいだよ」


「なんで?」


 アンリがそう聞くと、クル姉ちゃんはニヤリと笑った。


「それが面白い話なんだけど、死んだとされる王女様が生きていたらしいんだ」


「王女様?」


「そう。本来なら王位継承権第一位の王女様。五年くらい前に暗殺されたって話だったんだけど、実はその王女様が生きてるって話が一ヵ月前くらいに流れ始めて、トラン国の今の国王や摂政が恐れをなしたって噂だよ」


「それはすごくロマンを感じる。物語だったら、その王女様が王位を取り戻す感じになると思う」


「だよね! でも、生きているというのはただの噂みたいなんだ。どこかのダンジョンから王女様の乳母の日記が見つかって、そこに逃げ延びたことが書かれていただけだったみたいだし。日記自体が本物かどうかも分からないみたいなんだよね」


「アンリとしてはぜひとも生き延びていてほしい。その方が面白い」


「確かに部外者から見たら面白いよね! まあ、トラン国にいる国王は気が気じゃないだろうけど」


 そっか、王位継承権第一位の王女様が暗殺されていなかったら今の王様は王じゃないんだ。


 ……あれ? なんだろう、リエル姉ちゃんがアンリのほうをずっと見てる? 治癒魔法による治療が終わったのかな?


「リエル姉ちゃん、どうかした? アンリに用事?」


「ああ、いや、何でもねぇんだ。そんなことよりディーンの奴はまだ結婚してねぇんだな!? なら俺にもチャンスがあるわけだ!」


「えっと、あるとは思うけど、リエルさん、ディーン君と結婚したいの?」


「アイツ、将来的にイケメンになるからな! あとは俺がいい男に育てればいいだけだ!」


「うわあ……」


 引いてる。クル姉ちゃんはリエル姉ちゃんに引いてる気がする。


 それはともかく王女様か。ぜひとも生き延びていてほしいな。

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