第223話 第八回魔物会議

 

 ダンジョン、アビスの入口までやってきた。


 入口の近くにある小屋には誰もいない。あれから一ヶ月以上経っているけど、バンシー姉ちゃんやシルキー姉ちゃんはまだ本調子じゃないのかな? アビスちゃんが絶対に治しますって言ってたし大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配。


 アンリが勇者にリベンジしたことを伝えたらちょっとは元気が出るかも。ヴァイア姉ちゃんが作ってくれた魔道具で証拠の映像もあるし、みんなに見せに行こう。


 スザンナ姉ちゃんと一緒にアビスへ足を踏み入れた。


 階段を下りてエントランスに到着すると人型のアビスちゃんとリエル姉ちゃんがいた。リエル姉ちゃんがいるのは珍しい気がする。


「リエル姉ちゃん、アビスちゃん、二人とも何やってるの?」


「ん? おお、アンリとスザンナか。いや、ちょっとな」


「いらっしゃいませ、アンリ様、スザンナ様。実はリエル様が魔物の皆さんに治癒魔法を使いたいとおっしゃいましたので、これから転移させようかと」


 アビスちゃんがそう言うと、リエル姉ちゃんは顔をしかめた。


「おいおい、アビスよぉ、そういうことは言うもんじゃねぇんだよ。恥ずかしいだろ」


「はぁ。でも、どこに恥ずかしがる部分が? 魔物達が怪我をしたのは誰もリエル様のせいだとは思っていませんが、リエル様は自分のせいだと思っているんですよね? その責任感から怪我を治そうとするのは立派なことだと思いますが? むしろ褒められるような行為です」


「だからそういうこと言うなって!」


 リエル姉ちゃんは怒った感じになったけど、ゆっくり息を吐いてからアンリ達のほうを見た。


「まあ、その、なんだ。今回、村や魔物達が襲われたのは俺のせいだから、怪我の治療をしに来たんだよ。でも、誰にも言うなよ。俺のせいなんだからやるのは当然なんだ。褒められるようなことじゃねぇんだよ」


「よく分からないけど、別に誰かに知られても問題ないと思う。アビスちゃんも言ってたけど、みんなの怪我を治すって立派なことじゃないかな?」


 アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんも頷いて同意してくれる。うん、どう考えても立派。


 でも、リエル姉ちゃんは首を横に振った。


「立派なんかじゃねぇんだよ。さっきも言ったろ、これは俺のせいだって。俺が原因で怪我をしたのに、その怪我を俺が治したら褒められるなんて、詐欺みたいなもんじゃねぇか」


 自作自演ってことかな?


 でも、リエル姉ちゃんは勘違いをしている。そもそも、みんなが怪我をしたのはリエル姉ちゃんのせいじゃない。あれはバルトスおじさん達、もっというなら女神という名前の邪神がやったことだと思う。


 そのことを言ったら、リエル姉ちゃんはまた首を横にふった。


「大元の原因はそうかもしれねぇけど、そこまで遡ったらどこまでも原因を追えちまうだろ? だから一番分かりやすい原因を作った俺が責任を取るべきなんだよ――よし、もう、この話は終わりだ! いいか、お前ら、俺が魔物達に治癒魔法を使ってることは誰にも言うなよ。だいたい、言いふらすことでもねぇんだ。それじゃ、アビス、みんなのところへ送ってくれ!」


 よく分からないけど、とりあえずお口にチャック。リエル姉ちゃんが言いふらしてほしくないって言うならそうするまで。


 そうだ、アンリもみんなのところへ行きたい。


「アビスちゃん、アンリ達も一緒に送ってもらっていい? みんなにリベンジが完了したことを伝えておきたい」


「分かりました。なら三人を送ります」


 アビスちゃんがそう言った直後、ちょっと浮遊感を味わったら視界が変わった。


 ここはジャングルエリアかな? 周囲には沢山の木や蔦があって、鳥さんがギャーギャー鳴いてる。この辺り一帯は木がないみたいでのびのび出来る感じだ。


 そしてここには魔物のみんながいる。でも、アンリ達がいきなり来たからびっくりしているみたいだ。


 ジョゼちゃんが近寄ってきた。


「アンリ様、スザンナ様、それにリエル様も。どうかされましたか?」


「アンリ達は皆に報告しに来た。リエル姉ちゃんは怪我してる皆の治療をしたいんだって」


「おう、怪我の治療なら任せろ。バルトスじいさんの聖剣は怪我の治りが遅くなるんだろ? 俺の治癒魔法で出来るだけ早く完治させてやるぜ!」


「そうでしたか。しかし、リエル様の手を煩わせるほどではありません。アビス内の自然治癒で勝手に治ります」


 ジョゼちゃんの言葉をリエル姉ちゃんに通訳する。


「おいおい、何言ってんだよ。みんな、俺のせいで怪我したんだろ? なら俺が治すのは当然じゃねぇか。あ、でも、村の皆には内緒な。アイツらが知ったら、なんかいたたまれねぇし――おし、時間がもったいねぇから早速取り掛かるぜ! 重傷な奴はどこだ? あ、アラクネ、ちょっと通訳とか頼む」


「おまかせクモー」


 アラクネ姉ちゃんはそう言って、リエル姉ちゃんと一緒に包帯を巻いてるミノタウロスさんのほうへ行っちゃった。


 それを見ながらジョゼちゃんは首を傾げてる。


「なんで内緒なのでしょう?」


「色々あるみたい。こういうことで自分の評価が上がって欲しくないって感じかな」


「そういう物ですか。魔物の私にはよく分からない価値観です……ところでアンリ様達はどうしてここへ? 先ほど報告に来たと言いましたが――ああ、もしかしてリベンジの件ですか?」


「そう、それ。じゃあ、久々にあれをやるつもり」


 今日はフェル・デレも七難八苦も家でお留守番。なので右こぶしを上げる。


「第八回魔物会議を始める」


 アンリがそう言うと、みんなが集まって来た。そして円になるように座りだす。


 リエル姉ちゃんが「治癒魔法中に動くなって!」って言ってる。うん、ちょっとタイミングが悪かったかも。まだ本調子じゃないだろうから手短に済ませよう。


 ジョゼちゃんが体内から木製の箱を取り出してくれた。それに上がる。


「今日は報告だけ。まずはこれを見て。スザンナ姉ちゃん、この魔道具に魔力を通してもらっていい?」


 ヴァイア姉ちゃんが作ってくれた動く映像を保存するというよく分からない理論の魔道具だ。


 スザンナ姉ちゃんが魔道具に魔力を通すと、映像が表示された。そして動き出す。


 アンリがバルトスおじさんに向かっていく映像だ。


 みんなが「おおー」と言いながら見てくれている。


 映像のアンリがフェル・デレでバルトスおじさんの左足を防御した剣ごと払う。そして体勢を崩して地面に倒れたバルトスおじさんのお腹に目掛けて剣を振り下ろした。


 バルトスおじさんが「ぐふっ」って言ってお腹を抱えながらのたうち回った。いま見るとかなり痛そう。


 そして映像のアンリが剣を掲げて「リベンジ完了!」と言った。


 なぜかみんながその映像をぽかんと見ている。


 あれ? ここですごく盛り上がると思ったのにシーンとしちゃった。もしかしてとどめを刺してないから不評?


「えっと、村に残っていた皆の代わりにアンリがボスとしてリベンジを果たしてきた。一応、この時点で勇者とは和解してるからとどめは刺してないけど……足らなかった?」


 アンリがそう聞いたら、みんなが雄たけびを上げた。


 えっと、どういうこと? これで大丈夫だった?


 ジョゼちゃんが笑ってアンリのほうを見た。


「あの映像にびっくりして声が出ていなかっただけですよ。アンリ様がボスとしてみんなのリベンジを果たしてくれて喜んでおります」


「そうなんだ。よかった。とどめを刺さなかったからリベンジになっていないって思われたのかと」


「そんなことはありません。色々な条件があったとはいえ、人族最強と言われる勇者に一撃入れたのです。皆、それに驚いて声も出なかったのでしょう。私もいまだにあれが本当にあったことなのか疑問に思う程ですからね」


「うん、確かに。私もそばで見ていたけど、あの時のアンリはすごく強かった。本当に五歳なのか疑うくらい。アンリはもっと大きくなったら人族最強になれるかも」


 スザンナ姉ちゃんの言葉にジョゼちゃんも頷いた。


 面と向かってそう言われるとちょっと照れる。でも、そうなればフェル姉ちゃんにも勝てるかな? そうすれば、フェル姉ちゃんを部下に出来るんだけど。


 そんなことを考えていたら、急に背後からガサガサと音がした。


「さっきの雄たけびってこっちのほうだったよね……?」


 そんな声が聞こえた後にスザンナ姉ちゃんくらいの女の子が草や蔦をかき分けて出てきた。女の子は何度も瞬きしてこっちを見てる。そしてくわっと目を見開いた。


「う、嘘! こんなに魔物がいるなんて、まさか魔物暴走!?」


 なにか盛大に勘違いしているみたい。でも、どこかで見た覚えがあるんだけど……あ、思い出した。


 エルフの森で会った傭兵団の人だ。ディーン兄ちゃんと一緒にいた三姉妹の……名前は知らないけど、たぶん、末っ子さん。


 なんでここにいるんだろう?

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