第222話 村の変化

 

 今日は帰って来たばかりだし家で大人しくしていようと思ったけど、初めて見る人もいたし皆に挨拶がてら村を回ろうと思う。一ヶ月も居なかったし、村に変化があるかも。それにアビスへ行って皆に仇は討ったって連絡しないと。


 おじいちゃん達にその旨を伝えて、スザンナ姉ちゃんと一緒に外へ出た。


 そして深呼吸。なんていうかすごくいい感じ。森に入った時から村へ来るまでも懐かしい感じはしていたけど、広場で吸う空気は帰って来たって気持ちにさせてくれる。


 でも、そんな気持ちを台無しにするような声が聞こえてきた。ディア姉ちゃんの声だ。


 よく分からないけど、ディア姉ちゃんが連行されてる。知らない人が二人でディア姉ちゃんの隣に立ち、腕をがっしり掴んでいるみたい。誘拐じゃないよね? こういう時は身代金を出さないのが定番。犯人には屈しない。


「ネヴァ先輩! 今日くらいは休ませてください! ぶっちゃけると仕事をしたくない! 私の闇がそう囁いてる!」


「気のせいよ。それに貴方の闇なんて知らないわ。だいたい、一ヶ月以上休んでいたようなものなんだからちゃんと仕事をしなさいな」


「ディア、代わり、ネヴァ、仕事、大変」


 お仕事ってことはもしかして冒険者ギルドの関係者かな? なら、誘拐じゃない。


 ディア姉ちゃんがアンリに気づいた。そして期待しているような、すがるような目でこっちを見てる。


「アンリちゃん! 私に用事? 用事だよね!? なんでもする! なんでもするから助けて! いま、悪の組織に連れられそうになってるの! このままだと改造されちゃう!」


 それはむしろ素敵だと思う。


「冒険者ギルドは悪の組織じゃないわよ! それにこんな子供に助けを求めるなんて、貴方、プライドはないの……? ええと、この村の子よね? いままで見たことはなかったけど、もしかしてフェルさん達と一緒に聖都へ行ってたのかしら?」


「うん、私はアンリ。村長の孫。こっちはお姉ちゃんのスザンナ姉ちゃん。フェル姉ちゃん達と今日帰ってきた」


「そうだったの。私はネヴァよ。冒険者ギルドの受付嬢兼ギルドマスターね。ディアが聖都へ行っている間、この村の冒険者ギルドに派遣されてきたの。これからよろしく頼むわ。そうそう、こっちが――」


「私、ウェンディ、よろしく」


 ネヴァ姉ちゃんはディア姉ちゃんと似たようなエプロンをしている金髪のゆるふわだ。目はリエル姉ちゃんみたいに碧眼。年は二十前半くらいかな? ちょっとだけ話し方が上流階級っぽい。


 でも、そっか。ディア姉ちゃんが村にいなかったから、代わりに冒険者ギルドで働いていたんだ。でも、うちの冒険者ギルドってお仕事あったっけ?


 もう一人のウェンディ姉ちゃんはかなり背が高い。たぶん百八十以上あると思う。年齢はネヴァ姉ちゃんと同じくらいかな。


 アンリと同じように茶色の髪なんだけど、前髪が長くて目元が隠れてる。アンリの位置からはちらっと眼が見えるけど、ほかの人には見えないんじゃないかな? その前髪はともかく全体的な髪型は短めのシャギーって名前だったような気がする。


 気になるのは着ている白いシャツ……縦にデカデカと「馬耳東風」って書かれているけど、これはオシャレなのかな? ちょっと上級者過ぎてアンリにはよく分からない。


 でも、ウェンディ……? どこかで聞いたような?


「貴方、もしかして、アダマン、タイト?」


 ウェンディ姉ちゃんがスザンナ姉ちゃんのほうを見てそんなことを言った。


 アダマンタイト……そうだ。ウェンディって言ったら、アダマンタイトの冒険者でトップアイドル。そして魔族の人だってこの間フェル姉ちゃんから聞いた。盛り過ぎウェンディだ。


 スザンナ姉ちゃんも気づいたみたいで、ちょっとだけ驚いた後、ウェンディ姉ちゃんを見つめてからぺこっと頭を下げた。


「うん。アダマンタイトの冒険者。同じランクの同業者としてよろしく」


「しばらく、村、いる。こちらこそ、よろ、しく」


 ウェンディ姉ちゃんは魔族でアダマンタイトの冒険者だからすごく強いはず。フェル姉ちゃんに負けたみたいだけど、どこかで強さを見れたりしないかな? しばらく村にいるみたいだし、ぜひともその強さを見たい。


「この村ってフェルさん以外にもスザンナさんみたいなアダマンタイトとか獣人の人が専属冒険者なのよね。これもフェルさんの人徳なのかしら……?」


「ネヴァ先輩! それは私の人徳だと思います!」


「貴方の人徳ぅ? 念のために聞くけど、フェルさん達を騙して専属冒険者にしてないわよね? ……なんで目を逸らすの? これは受付嬢としての心得をしっかり叩き込まないとダメみたいね! ウェンディ! 連れて行くわよ!」


「了、解」


「ぎゃー! 助けて! 働きたくない!」


 ディア姉ちゃんはがっちり腕を掴まれたままギルドの建物に連れて行かれちゃった。可哀想な気もするけど、同情の欠片もない気もする。


 気にしても仕方ないのでアンリはアンリのやるべきことをやろう。


 そう思ったんだけど、スザンナ姉ちゃんがずっと冒険者ギルドの建物を見てる。どうしたんだろう?


「スザンナ姉ちゃん、何か気になることがあるの?」


「んー、気になるって言うか、ウェンディってもっと露出の激しい服を着てるって聞いたことがあるんだよね。でも、さっきは普通の服だったからどうしたのかなって」


「馬耳東風って文字は普通なの? あれが王都とかではオシャレ?」


「あれはオシャレじゃないと思うけどね。むしろ、どこで買ったのかが不思議。でも、どうでもいいか。心境の変化ってあるよね。私もこういう服を着てみようとかいままで思ったこともなかったし」


 なんとなくだけど、スザンナ姉ちゃんは今の服を気に入ってるのかな? これはアンリと一緒にこの村のファッションリーダーを務めるべきかもしれない。アンリ達が流行の最先端……悪くない。


 それはいいとして今度はどこへ行こうかな?


 ここはやっぱりアビスへ行こう。早く報告してあげないと。


 森の妖精亭にはフェル姉ちゃんがいるだろうけど、村の皆とお話しているだろうし、今日は独占しないって決めたから、行かないでおこう。


 ちょっとだけ後ろ髪を引かれる思いだけど、森の妖精亭のわき道を通って畑のほうへ向かった。


 道の先を見ると、畑の方から誰かやってくる。


 よく見たらクロウおじさん達だ。執事のオルウスおじさんや、メイドさんのハイン姉ちゃんやヘルメ姉ちゃんもいる。


 ……あれ? でもなんでここにいるんだろう?


「どうやらフェル君達が帰ってきたようだね。アンリ君やスザンナ君も無事で何よりだ」


「こんにちは、クロウおじさん。でも、なんでこの村にいるの?」


 クロウおじさんはオリン国の貴族。リーンの町周辺の領主様だったはず。確かにリーンの町にはいなかったけど、お仕事でどこかへ行ってたんじゃ? もしかしてディア姉ちゃんと同じようにサボってる?


「オリン国からこの村に大使として派遣されてきたのだよ。まあ、仕事だね。しばらく村に住むつもりだからよろしく頼むよ」


「そうなんだ? お仕事ご苦労様です」


「ははは、ありがとう……ところでアンリ君はトラン国のことを聞いたかね?」


「トラン国のこと? ロモン国の事じゃなくて?」


 トラン国の事って何だろう? 特に何も聞いてない。そもそも誰に聞くのかな?


「旦那様」


「ああ、いや、そうだな。ロモン国の事だったよ。聖人教という宗教が出来たようだが、結構な勢いで広まっているようだ。それに我がオリン国でも布教活動をしたいと言ってきたよ。女神教ではないと言え、母体は女神教の信者が大半だったから少し警戒しているがね」


「うん。でも、バルトスおじさん達がいるから大丈夫だと思う」


「うむ、しばらくは様子見だが大丈夫だろう。うちのオルウスも最近は頻繁に連絡を取り合っているみたいだから、何かあったとしても問題はないはずだ……そうだな、オルウス?」


「これはお恥ずかしい。ですが、確かに以前のような関係に戻れました。フェル様には感謝しかありません。さっそく感謝の言葉をお伝えしなくてはいけませんね」


 オルウスおじさんは嬉しそうにそう言った。たしか、オルウスおじさんとバルトスおじさん達は昔パーティを組んでいたんだっけ? ヘルメ姉ちゃんからそんなことを聞いたことがある。


「そうそう、バルトスはアンリ様のことを気にかけてましたよ。聖都で何かされたのですか?」


「ちょっとバルトスおじさんを倒した。アンリがリベンジを果たしたから気になってるのかも」


 クロウおじさん達がぽかんとしてる。詳しく説明したら納得してくれたみたいだけど、それでも驚きの結果だったみたい。アンリだってやるときはやる。


 気を取り直したクロウおじさんは「それじゃフェル君に会ってくるよ」と言って、アンリ達が来た道を歩いて行っちゃった。


 アンリ達はダンジョンへ行こうっと。

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