第164話 ドワーフの姉ちゃん

 

 フェル姉ちゃんが獣人さん達の国へ向かった日の午後。辛く苦しい勉強の時間が終わってアンリ達は自由を手に入れた。


 そして考える。いままでのアンリならフェル姉ちゃんについて行こうとしたけど、どう考えても村の皆がアンリを村から逃がさないようにするから最初から諦めた。でもこれはただの諦めじゃない。戦略的諦め。


 フェル姉ちゃんについて行っても問題ない、皆にそう思わせるためにも、少しでも早く強くなろう。


「アンリ、今日はどうするの? アビスへ行く? デュラハン対策はまだ出来ていないし、ルハラから呼んでもいないから第五階層を攻略できないと思うけど。それともいないうちに攻略しちゃう?」


「それはまだ先。だからちょっと考えた。実は今日、フェル姉ちゃんのお見送りでお話したい人が広場にいたからそこへ行ってみようと思ってる」


「そうなんだ? 誰の事?」


「アンリと同じくらいの背格好なのに、スザンナ姉ちゃんと同じアダマンタイトの冒険者。たぶんだけど、アンリが強くなるために必要なことを知っているかも」


 ドワーフのアダマンタイトでゾルデ姉ちゃんって言うみたい。アンリの情報網ではグラヴェおじさんのところに入り浸っているって聞いた。今日はそこへ行って色々お話を聞く。


 人族とドワーフ、種族は違うけど同じくらいの背でもアダマンタイトになれるって証明してる。小さくても戦える方法を聞いておいて損はないはず。うん、今日のアンリは冴えてる。


「そういえばフェルちゃんが帰ってきたときに一緒にいたね。話には聞いていたけど、村ではほとんど見かけなかったから話らしい話をしてなかったよ。私も同じアダマンタイトとしてちょっと話を聞いてみたいかな」


「うん。さっそくグラヴェおじさんのところへ行こう」


 スザンナ姉ちゃんと一緒のアビスちゃんのダンジョンへ歩き出した。




 ダンジョンの中へ入る。


 普段はダンジョンへ足を踏み入れるとアビスちゃんが挨拶してくれるけど、今日はそれがない。ちょっと寂しい気がする。


 アビスちゃんはフェル姉ちゃんについて行ったからここにはいない。ダンジョンの機能としては問題なく動いてますって言ってたけどよく意味が分からない。アビスちゃんがいなくても大丈夫って意味なんだろうけど。


 グラヴェおじさんの工房は確かこっちだったかな。いつもはアビスちゃんが転送してくれるけど、今日はそれもないから徒歩。たまにはこういうのも悪くない。


 五分くらい歩いたら工房に着いた。扉には「グラヴェ工房 金属のことならなんでもお任せ」って書かれている。


 ノックをしたら、扉を開けてグラヴェおじさんが出てきた。


「おう、アンリとスザンナか。残念じゃがまだフェル・デレは直っておらんぞ?」


「うん、その確認もしたかったけど、今日は別の用事できた。ドワーフのお姉ちゃんはここにいるかな?」


「なんじゃ、ゾルデの嬢ちゃんに用事か。もちろんおるぞ。入れ入れ」


 グラヴェおじさんに手招きされて工房の中へ足を踏み入れた。


 以前は獣人さん達が鍛冶を手伝っているのもあって工房が狭い気がしたけど、今は結構広く感じる。獣人さん達の何人かはまた戻ってくるみたいだけど、それまではちょっと寂しい感じだ。


 そんな寂しい部屋を見渡すと、ドワーフさん用の小さな椅子にアンリと同じくらいの小さな女の子が座っていた。


 フェル姉ちゃんよりもちょっと薄めの赤い髪と赤い目で、短めの髪を後頭部あたりで左右にちょこんと縛ってる。ツインテールっていったっけ?


 たぶん、この人がアダマンタイトのドワーフ、ゾルデ姉ちゃん。テーブルの上にコップが二つあるからグラヴェおじさんとお話をしていたのかな。


 でも、それ以上に気になることがある。壁の近くに立てかけてある大きな斧って何だろう? 以前工房に来た時はなかったと思うんだけど。なんというか、あるだけで威圧感を放ってる感じ。


 それをぼーっと見ていたら、座っていたゾルデ姉ちゃんがアンリ達に気づいた。


「なになに、このかわいい子達? いやー、この村はかわいい子が多くてお酒がすすむね!」


 もしかしてコップの中身はお酒なのかな? 昼間からお酒を飲むのはロクデナシって言われるみたいだけど、ドワーフさんは種族的にセーフなのかも。


「えっと、アンリの名前はアンリ。村長の孫。実質この村のナンバースリーと言っても過言じゃない」


「私はスザンナ。アンリの姉。一応、私もアダマンタイト」


 アンリとスザンナ姉ちゃんがそう言うと、ドワーフさんは驚いた顔になった。でも、すぐに笑顔になる。


「やーやー、ご丁寧にありがとうね。私はドワーフのゾルデだよ。しばらく村にいるつもりだからよろしくねー」


 ゾルデ……姉ちゃんでいいんだよね? アンリと同じくらいだけど、いくつくらいなんだろう? そのゾルデ姉ちゃんが手を振りながら自己紹介してくれた。


「それで二人ともどうしたの? グラヴェおじさんに用事?」


「それが、嬢ちゃんに用事があるようじゃぞ」


「私に? 何の用事? ならこっちに座りなよ、ほらほら」


 ゾルデ姉ちゃんは小さな椅子を用意して並べてくれた。そして椅子をパンパンと叩いている。人族の大人には小さいだろうけど、アンリやスザンナ姉ちゃんなら丁度いい感じの椅子だ。せっかくだから座らせてもらおう。


 なんとなくだけど、ドワーフさん達はせっかち。あれよあれよという間に、テーブルには飲み物やチーズっぽい食べ物が置かれた。


「それで、それで? 私にどんな用事かな?」


「うん、ゾルデ姉ちゃんは小さいのにアダマンタイトの冒険者なんだよね? アンリは少しでも早く強くなりたい。だから強くなる秘訣を聞こうかと思って。できれば無料で」


「私は同じアダマンタイトとして話をしてみたいと思っただけ」


「おー、いいねいいね! 小さいうちから強くなろうとするのはいいことだと思うよ! でも、強くなる秘訣かー、難しいことを言うねー」


 ゾルデ姉ちゃんは腕を組んで考え込んじゃった。


 そんなに難しいことを聞いたかな?


「儂も聞きたいんじゃが、どうして嬢ちゃんは冒険者になったんじゃ? しかも冒険者としては最高峰のアダマンタイトになるとは。小さい頃はガレス殿と同じように鍛冶師になるのが夢だったんじゃなかったかのう? もしくはあの宿を継ぐんじゃなかったかの?」


「ちょっとおじさん、質問されている間に新しい質問をしないでよ。いま難しいことを考えている最中なんだから」


 グラヴェおじさんの言った鍛冶師や宿と言うのも気になるけど、どうやってアダマンタイトになったかを聞けば強くなる秘訣が分かるかな?


「それじゃゾルデ姉ちゃん、どうやってアダマンタイトになったのかを教えて。最初から強かったわけじゃないよね?」


「あー、それなら説明できるかな。簡単にいうとね、いっぱい戦ったんだよ!」


「簡単すぎて秘訣でも何でもない気がする。もうちょっと詳しく教えて」


「それじゃグラヴェおじさんの質問もあるし、私がどうやってアダマンタイトの冒険者になったのかを教えてあげるよ。よく聞いてね!」


 ゾルデ姉ちゃんはそう言って色々教えてくれた。


 ゾルデ姉ちゃんのおとうさんは名工って言われるほどの鍛冶師だったみたい。そしておかあさんはドワーフの村で人族相手に宿をやっている人だったとか。


 でも、数年前におかあさんが亡くなった。ゾルデ姉ちゃんは宿を手伝っていたけど、一人ではやれないから宿を畳む決断をしたんだとか。


 そのつもりだったんだけど、ゾルデ姉ちゃんのおとうさんが鍛冶師を辞めて宿のほうを続けたみたい。理由は聞いていないみたいだけど、大事な場所だったからじゃないかなってゾルデ姉ちゃんは言ってる。


 そして宿を続けていたんだけど、そこそこ繁盛していたとか。ゾルデ姉ちゃんのおとうさん、鍛冶以外はてんでダメだったけど、なんとか部屋の掃除とベッドメイクだけはしっかり教えて、それ以外はゾルデ姉ちゃんが色々やってたみたい。


 ただ、ゾルデ姉ちゃんとしてはおとうさんに鍛冶をやって欲しいと思っているとか。


 それに宿でお客さんから不穏な話を聞いた。


 なんでもおとうさんの作った武具があまりよろしくない人たちに使われているらしいという話だったみたい。おとうさんが精魂込めて打った武具を悪い奴等に使われるのが気に入らない、そう思った瞬間に強くなって武具を回収しようと思い立ったとか。


 それに自分が家を出れば宿の経営がうまくいかなくなって、おとうさんは鍛冶師に戻るかもしれない、という考えもあったみたい。宿の経営は出来なくても、鍛冶をしていた時の稼ぎなら宿の維持はできるはずだと思って、家を飛び出したとか。


「やー、若かったね、私も!」


「ゾルデ姉ちゃんが強くなろうと思った理由は分かったけど、どうやって強くなったの? アンリとしてはそれが一番大事なんだけど」


「んー、それなんだけど、単純に冒険者ギルドの依頼を片っ端から請け負って解決しただけだね。そうしたらいつの間にかアダマンタイトになってたよ」


 話の内容は面白かったんだけど、強くなる秘訣が全くない。それって最初から強かったんじゃないかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る