第165話 人界最強の剣
ゾルデ姉ちゃんのお話はちょっと参考にならない。
もっとこう、腕立て伏せを毎日やったとか、腹筋をいっぱいやったとか、そういうトレーニングの話を聞きたいんだけど。
もっと具体的に聞こうと思ったら、グラヴェおじさんが先にゾルデ姉ちゃんに質問した。
「冒険者ギルドの依頼のほとんどは討伐依頼じゃろう。宿の手伝いくらいしかしてなかった嬢ちゃんがどうやって魔物を討伐出来たんじゃ?」
「そう、それ。そこが大事」
グラヴェおじさんの質問はいい質問。大体、最初から魔物を討伐出来るなんて普通無理。
ゾルデ姉ちゃんはちょっとだけ首を傾げてから、何かを思いついた感じの顔になった。
「それは親父が作った武具が良かったのかな? 家を出るとき親父の武具をいくつか持ってきたんだ。それを振り回していたらいつの間にか強くなってたよ」
ゾルデ姉ちゃんはそう言ってから、近くの壁に立てかけてあった斧を持って来た。
さっきも思ったけど圧倒される感じ。近くに来るとそれがよく分かる。それにすごく重そう。アンリじゃ動かすこともできそうにない。
「これ、親父が作った斧なんだ。これを振り回していたらいつの間にか強くなってたね。最初は肩に担ぐのも難儀したよ。危うく家出に失敗しそうだった気がする」
ゾルデ姉ちゃんは家出の先輩ということかも。あとでその辺りも聞いてみよう。いつか村を脱走してフェル姉ちゃんについて行くつもりだし。
それはともかく、これを振り回せるようになればアンリも強くなれるのかな? でも、これを振り回せるだけでも相当な筋力が必要な気がする。やっぱりゾルデ姉ちゃんには最初からそういう筋力というか、才能があったとしか思えない。
アンリも大人になれば才能が開花するかもしれないけど、アンリは子供のまま強くなりたい。
「ほう、そうだとは思っていたがやはりガレス殿の作品か、どれどれ……なんと!」
どうしたんだろう? グラヴェおじさんが斧を見て驚いた。
「どうかしたの?」
「儂は少しだけ鑑定スキルが使えるんじゃが、この斧を見たんじゃよ。やはりガレス殿は名工じゃな。こんなものをいくつも作れるとは。似たような武器を見たのは二度目じゃ」
グラヴェおじさんはアンリに向かってニカッと歯を出して笑った。
「アンリ、よく見ておくといい。これがフェル・デレの完成形の一つといえるものじゃ」
完成形の一つ? でもこれは斧なんだけど。強そうといえば強そうだけど、これにはフェル姉ちゃんのイメージがない。パワーに全振りしている感じじゃなくて、ちょっとだけ繊細なところがあるのがフェル姉ちゃん。フェル・デレはそうなって欲しい。
「アンリとしては剣がいいかな。斧だとしてもフェル・デレは可愛がるけど、ちょっとフェル姉ちゃんのイメージじゃない」
「いやいや、姿形のことではない。これは壊れない武器なんじゃ。アンリのフェル・デレも壊れない剣にするんじゃろう?」
この斧が壊れない武器? 確か不壊というスキルが付いた武器のことだ。すごく優秀な鍛冶師じゃないと作れないって聞いた気がする。これを作ったのがゾルデ姉ちゃんのおとうさんということかな?
もう一度じっくり斧を見る。
装飾も何もない無骨って感じの斧ですごく威圧的だけど、その中にもやさしさを感じるかな? 使い手を守るぞって感じのイメージが伝わってくる感じ。
「何となくだけど、すごい斧だってことはわかった。それに、この斧は壊れないんだ? これを作れるゾルデ姉ちゃんのおとうさんってすごい」
「いやー、自分のことじゃないんだけど、なんだか照れちゃうね。でも、気になるんだけど、フェル・デレって何? フェルちゃんのこと? デレるの?」
「フェル・デレと言うのは剣の名前じゃな。儂はアンリの嬢ちゃんから仕事を請け負ってるんじゃよ。聞いて驚くといい。儂が請け負った仕事は人界最強の剣じゃ。それを作ってくれと頼まれた」
グラヴェおじさんが嬉しそうにそう言うと、ゾルデ姉ちゃんは目を点にした。そして何回も瞬きする。
「えっと、アンリちゃんがグラヴェおじさんに人界最強の剣を作ってくれって依頼したの? それをおじさんが了承した? 剣の名前はフェル・デレで?」
「そうじゃな。最終形態になるのはまだまだ先じゃが、フェル・デレは儂の一番の作品にしようとは思っておるぞ」
ゾルデ姉ちゃんがアンリとグラヴェおじさんを交互に何度も見る。そして大きな声で笑い出した。
「いいね、いいね! 親父の武器を越える武器をグラヴェおじさんが作るんだ? ぜひやってよ! 何となくだけど、親父は鍛冶を極めたって感じになってるからいまだに宿をやってると思うんだよね。自分より優れた鍛冶師がいると分かればまた鍛冶師に戻るかもしれないからさ、ガツンと作ってよ! 私も手伝うからさ!」
「頑張るつもりじゃ。しかし、久しぶりにいい物を見せてもらったの。ガレス殿の武器を初めて見たときの気持ちが思い出されるわい。うむ! この気持ちを修理中のフェル・デレにぶつけてみようかの! それじゃ儂は失礼するぞ!」
グラヴェおじさんは椅子から立ち上がって工房の奥のほうへ行っちゃった。やる気が溢れてくれるなら何より。
それはそれとして、ゾルデ姉ちゃんのお話は面白かったけど、アンリが強くなるための内容はなかった気がする。ここはもう一つの当てに期待しようかな。
「あの、ゾルデちゃん」
立ち上がって別のところへ行こうとしたら、ずっと大人しかったスザンナ姉ちゃんがゾルデ姉ちゃんに話しかけた。
「良かったら私達と模擬戦をしてくれないかな? さすがにその斧を使われると危ないから、組手とかでお願いしたいんだけど」
「模擬戦? 組手? 私と?」
「うん、私が思うにアンリは剣以外の戦い方も知っておくべきだと思う。ゾルデちゃんは力はともかく背丈は同じくらいだからアンリもやりやすいかなと思ったんだけど。それに私も同じアダマンタイトとしてどれくらいの強さなのか知っておきたいし」
スザンナ姉ちゃんの助言が的確。アンリは目からうろこ。
確かにアンリは剣の戦い方だけだった。剣を折られたとしても負けたわけじゃない。そうならないようになるのが一番なんだけど、なった時の対処は必要だし、体術を鍛えれば剣術だって強くなりそう。
こう、トリッキーでアクロバティックな戦い方も嫌いじゃない。フェル姉ちゃんみたいに格闘技で戦うのもアリかも。
ゾルデ姉ちゃんはスザンナ姉ちゃんの提案を聞いてすごく楽しそうにしている。
「もちろんいいよ! 実は私もまだ修行中の身でね、この村に強い魔物達がいるって聞いてついてきたんだよ。本当はフェルちゃんと戦いたいけど、ウゲンへ行っちゃったからね……そうだ、背丈は全然違うけど、ドラゴニュートのムクイ達も誘ってみようか? あの三人は見聞を広めるために来たけど、ムクイなら模擬戦をやってくれるかもしれないから」
実はアンリもそれを考えていた。ゾルデ姉ちゃんに話を聞いた後は、ドラゴニュートさんにも話を聞こうと思ってたからちょうどいいかも。
「うん、ぜひお願いします。アンリ達はすぐにでも強くならないといけない」
「そういえば、そんなことを言ってたね。何か理由があるの?」
「うん、フェル姉ちゃんについて行くには強くならないといけない。今のアンリは村を出ることも許されないから強くなって外へ行っても大丈夫って証明したい」
「なるほどねー、なら私と一緒に頑張ろうか。私も親父の武器を悪いことに使ってるやつから回収しないといけないからね、もっともっと強くなりたいんだ」
「え、えっと、私も強くなりたい。自分のことすごく強いと思ってたけど、この村に来てから弱いのが分かった。誰にも負けないくらいの強さを手に入れたい」
「いいねいいね! アンリちゃんもスザンナちゃんも私と同じように強くなりたいんだ? なら、みんなで頑張ろう! いやー、なんか燃えてきたよ! それじゃ早速、ムクイ……ドラゴニュート達のところへ行こう!」
ゾルデ姉ちゃんの影響なのか、アンリもちょっと燃えてきた。
とりあえず、剣技以外のことを学ぶことを目標にしよう。あとはゾルデ姉ちゃんみたいに重い物を振り回そうかな。毎日七難八苦の素振りはしているけど、アレは木製だからすごく軽い。こう、おもりを付ければいいかも。
よーし、頑張るぞ。
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