第2話 運命の出会い
私はアンリ。五歳。いずれ人界を統べる女。
……うん、気を失っていたみたいだけど、記憶は大丈夫。でも、今、ものすごくピンチ。
村が夜盗に襲われてしまった。
そして小屋に入れられた。ここは女の人しかいないみたい。全員しゃべれないように口を塞がれて、手は後ろで縛られてる。絶体絶命。
おじいちゃんもお母さんもお父さんもすごく強い。普通に戦ったら負けない。でもヴァイア姉ちゃんが人質になった。
ヴァイア姉ちゃんは魔力量が化け物なのに魔法が使えない残念なお姉ちゃん。でも、優しいから好き。ヒマワリの種をこっそりくれるのが好感度高い。
ヴァイア姉ちゃんを一人犠牲にすれば村全体を危険に晒すことは無かったと思う。小を殺して大を生かす。仕方がないことだと思った。
でも、おじいちゃん達はそれをしなかった。
「ヴァイア君は同じ村に住む家族だ。知らない者なら犠牲にすることもあったろう。だが、家族なら見捨てない」
おじいちゃんを誇らしく思う。村のみんなは家族で、家族なら見捨てない。この言葉はアンリの心にも刻んでおく。
でも、この状況をどうすればいいんだろう。このままだとどこかへ売り飛ばされてしまうみたい。奴隷から成り上がる人生も悪くない。でも、みんなと離れ離れになるのは嫌。
隣を見るとディア姉ちゃんが座っていた。ディア姉ちゃんは冒険者ギルドの受付嬢。お仕事をさぼってお茶を飲んでいることが多いダメなお姉ちゃん。でも、優しいから好き。アンリも勉強をサボって逃げる時はギルドへ駈け込む。匿ってくれるのは好感度高い。
アンリがディア姉ちゃんを見つめていたら、ニッコリと笑い返してくれた。この状況で笑えるディア姉ちゃんはすごい。そして人差し指を口に当てて、しーってポーズを取った。
縛られていたはずなのにロープから手が抜けていた。どうやったんだろう?
もしかしたらディア姉ちゃんは反撃のチャンスを窺っているのかも知れない。なら大人しくしていないと。アンリは空気が読める。
急に外が騒がしくなった。そして知らないお姉ちゃんが夜盗の一人に連れてこられた。
ディア姉ちゃん達よりもちょっと若そうな感じの女の人で執事のような恰好をしている。赤い髪は肩に掛からない程度の長さで、頭に羊の角みたいなアクセサリーをしていた。すごくオシャレ。
もしかするとたまにこの村を通る冒険者なのかも。でも、私達と同じようにロープで縛られている。捕まっちゃったみたい。
「日記を書くからロープをほどいてくれ」
「何も持っていないのに面白いこと言う姉ちゃんだな。だが、そりゃ駄目だ。それに、もう日記を書く必要もなくなるから安心しな」
連れてこられたお姉ちゃんは状況を理解していないのかも知れない。アンリでも理解しているのに。ダメなお姉ちゃんが増えた。
夜盗がお姉ちゃんにさるぐつわをしてから、小屋の外へ出て鍵をかけた。
ダメなお姉ちゃんは小屋をぐるりと見渡してから、私達の方を見てちょっと首を傾げた。
やっぱり分かってない。
でも次の瞬間にロープを引きちぎった。びっくり。
みんなもびっくりしたみたい。もがもが言ってる。
そしてダメなお姉ちゃんは何もない所から本と赤い丸い物を取り出した。本を地面に置いてうつぶせになり何か書いてる。
たまに赤い物をかじっていた。食べ物みたいだ。多分、すごくおいしい。アンリの位置からなら分かる。ものすごく笑顔で食べてる。後でアンリにもくれないかな。
ダメなお姉ちゃんは何かを書き終わったみたい。本を閉じると、それがいきなり消えた。もしかしておじいちゃんが言っていた空間魔法なのかな?
その後、こっちを見ながら何か思いついたような顔になった。そして「おやすみなさい」と言ってワラの上で横になってしまった。
挨拶は礼儀。いいお姉ちゃんだ。アンリもおやすみなさいを言おうとしたけど、もがもがとしか言えなかった。
鳥のさえずるような声が聞こえてきた。いつの間にか眠っていたみたい。
周囲を見ると、お姉ちゃんが服のポケットから何か黒い四角の物を取り出した。あれから声が出てるみたい。アンリも欲しい。
黒い四角の物を口や耳の近くにあてて、「いえ、起きてました」「夜盗ですか」「もしかすると、殴っても平気な奴らですか?」「畏まりました、おやすみなさいませ」とか言い出した。もう朝なのにおやすみなさいってお姉ちゃんはうっかりさんだ。
お姉ちゃんが四角い物をしまうとこちらを見た。
「確認したいのだが、おまえらは夜盗に捕まっているのか?」
よかった。お姉ちゃんは理解してくれた。アンリも皆と同じように頷く。
「ロープで縛られていない奴らが夜盗でいいのか?」
理解が早い。ダメなお姉ちゃんだと思ってごめんなさい。
「そうか、じゃあ、ちょっと暴れてくるから大人しくしていてくれ」
暴れる? このお姉ちゃんは強いのかな。私よりは大きいけど、ヴァイア姉ちゃんやディア姉ちゃんよりも小さい。ちょっと不安。
小屋の扉がガチャガチャ言い出した。もしかしたら夜盗が扉を開けようとしているのかも。
予想通り、昨日の夜盗が入ってきた。
「おい、お前ら小屋を出ろ。いいところに連れて行って――てめぇ、何でロープから抜け出ている!」
夜盗がお姉ちゃんをみてびっくりしている。
今のうちに体当たりでもかましてほしい。でも、お姉ちゃんは夜盗を見て、首を傾げた。なにか気になることでもあるのかな?
「ちょっとまて、お前は弱すぎる。魔法か何かで防御してくれ。魔道具でもいいぞ」
「何言ってやがる! まさか、てめぇ魔法使いか!」
お姉ちゃんは魔法使い? そういえば、昨日、空間魔法を使っていた気がする。お母さんと同じだ。
「ちょっと待て。弱くなるから。【筋力低下】【筋力低下】【筋力低下】」
なんで自分に弱体魔法をかけているのかな? やっぱりダメなお姉ちゃんなのかも。
「待たせたな。よし、来い」
夜盗に先手を譲る必要は無いと思う。自分に弱体魔法をかけているし、何を考えているんだろう?
しばらく待ってたけど、どちらも動かない。そう思ったらお姉ちゃんが先に動いた。すごく速い。そして一撃だった。お腹にパンチを一発。夜盗はうめき声も上げずに倒れた。でも、お姉ちゃんは「なんで?」って顔をしてる。
お姉ちゃんは腕をくんで何かを考えているようだ。そんな事よりもロープを解いて欲しい。
いきなり何もない空間から私ぐらいの女の子が飛び出してきた。でも、よく見たら人じゃない。初めて見るけど、スライムという魔物だと思う。ぬるぬるしてる。そのスライムが赤、青、黄の三体。すごくカラフル。そして三人がそれぞれ上と右と左に両手を広げてポーズを取った。恰好いい。
「この村で、ロープで縛られていない奴らを捕まえてきてくれ。殺しは厳禁。強そうな奴がいたら連絡しろ」
お姉ちゃんがスライム達に命令すると、頷いてから小屋を出て行った。そして悲鳴が聞こえてくる。もしかしてあのスライム達が戦っている?
お姉ちゃんはちょっと心配そうな顔をしていたけど、私達の方を見てロープを切ってくれた。
「あ、あの、ありがとうございます」
「気にしなくていい。私は魔族のフェルだ。人族と仲良くするためにやってきた」
「は、はぁ、そうですか。……え、魔族?」
魔族? お爺ちゃんに教えてもらったことがある。大昔に人族と戦った種族だ。ものすごく強くて角があるって聞いた。もしかして頭のあれはオシャレじゃなくて本当についているんだ。
そしてお姉ちゃんの名前はフェル。フェル姉ちゃんだ。
フェル姉ちゃんを見ていたら、いつの間にか周囲が静かになっていた。悲鳴が聞こえなくなってる。
皆で小屋を出ると、夜盗が広場で山積みになってた。スライム達が倒したんだ。すごい。
いつの間にかおじいちゃん達も広場に集まっていた。魔族のお姉ちゃんと話をしているみたい。
そして皆がフェル姉ちゃんにお礼したり握手したりしている。アンリもお礼しなくちゃ。でも、行こうとしたらお母さんに抱きかかえられた。まだ、お礼してないのに。
「ささ、フェル様でしたな。まずは家で色々話を聞かせてください」
どうやらフェル姉ちゃんは家に来るみたいだ。
なんだかワクワクしてきた。これから面白いことが始まりそうな気がする。こういう時のアンリの勘は良く当たるんだ。
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