少女と魔族と聖剣と
ぺんぎん
第1話 プロローグ
少女は思う。あの出会いが自分の運命を変えたのだと。
大きな剣を背中に担ぎ、フルプレートの鎧を身に纏った少女は、目を閉じて昔を思い出していた。記憶を深く漁らなくても、その頃の事を鮮明に思い出させる。今も楽しいが、あの頃はもっと楽しかった。それを思い出し、口元に笑みを浮かべる。
少女は高台に立っていた。風が吹き、茶色の髪の毛が勢いよくなびく。風が収まるのを待ってから目を開けると眼下には城下町が見えた。
「よー、アンリちゃん。エルフ隊の準備は整ったぜ。いつでも行けるから好きな時に命令してくれよ」
少女の背後からエルフの男性が話しかけた。麻の服を着て深緑のマントを羽織っている。軽薄そうな風体とは裏腹に隙がない。
アンリと呼ばれた少女はそちらへ振り向いて頷いた。
「ちょっと、アンリちゃんに話しかけるのは私が先でしょ? なに抜け駆けしてんの。これだからエルフは……あ、アンリちゃん、ドワーフ隊、準備オッケーよ」
エルフの背後から、小さなドワーフの女性が現れる。見た目は小さい子供だが立派な成人だ。体の大きさと同じくらいの斧を軽々しく肩に乗せてアンリに報告した。
「獣人隊も準備が整った。今度はお前が約束を果たす番だぞ。儂に死に場所をよこすがいい」
今度は大きな曲刀を担いだ獅子の顔を持つ獣人が現れる。二メートルを超す巨体だ。老人と言えるほどの歳だが、それを感じさせない程、気力が漲っていた。
「アンリ様。傭兵部隊『紅蓮』、準備整いました」
人族の女性が少女に報告した。少女と同じ形の赤い鎧を装備して、他とは違い規律正しく敬礼をしている。
そしてまたアンリに近づく者がいた。
「アンリ様。魔物隊、準備が整いました」
そう言った魔物は幼女の姿をしたスライム。その姿は小さな子供の上半身で、下半身は水たまりのようになっている。そのスライムの後ろには同じようなスライムが六体。全部で七体のスライムがいた。
さらに遠くへ視線を移すと、多くの人が整列していた。人族、エルフ、ドワーフ、魔物。他種族の連合軍だ。五万もの人がアンリと共に戦う言って集まった。ここにはいないが他にも色々と協力してくれている人はいる。アンリは心の中で感謝を捧げた。
長い感謝の後、アンリは報告してきたスライムを見つめた。
「連絡はあった?」
その質問にスライムの幼女が首を横に振る。
「いえ、ありません」
少女はため息をついて、ダメだったか、と落胆した。
アンリが最も信頼している人に救援の連絡をした。だが、その返事はない。こういう事にあの人は手を貸してくれない。それは分かっていた。でも、それでも助けて欲しかった。一緒に戦ってくれとは言わない。そばにいて欲しい。ただ、それだけだ。
アンリは目を閉じた。自分には皆を巻き込んだ責任がある。ならば、例えあの人がいなくても情けない顔はできない。自分にそう言い聞かせて勇気を奮い起こす。数秒後、目を開けて報告にきた人達を見渡した。
「これは私の個人的な戦い。皆を巻き込んで申し訳ないと思ってる。でも、どうか力を貸してほしい」
「何言ってんだよ、当然じゃねーか」
「だからエルフが先に言うな。でも、珍しく意見が合ったわね」
「ふん、何を今更。この老いぼれをここへ連れ出した時点で申し訳ないと思っている訳がないだろうに。大体これはお前との契約だ」
「巻き込んだなんて水臭い。私達は巻き込まれに来たのです」
「アンリ様は我らのボス。ボスの命令は絶対です」
アンリは皆の言葉を聞いて泣きそうになった。どの知り合いもあの人の伝手だ。本当なら自分に力を貸す必要なんてないはず。でも、そう言ってくれたのが嬉しくて泣きそうだった。
「みんな、ありがとう。でも、残念な知らせがある。あの人は来ない」
その言葉に誰も表情は変えない。だが、アンリには周囲の空気が重くなるような感覚があった。
アンリは悔しかった。自分にはあの人ほどの力はない。だからこそ、あの人の力を借りたかった。でも、手を貸してもらえないことはある程度は予測していたことだ。ならば、あの人なしで戦おう。そう考えて整列している兵士達へ士気を高める言葉を言おうとした。
アンリが一歩踏みだした時、周囲に奇妙な音が響き渡った。
音は空の方からだ。アンリが音の方に視線を向けるとドラゴンが飛んでいるのが見えた。普通のドラゴンではない。それは水のドラゴン。そのドラゴンが咆哮した声だった。
そのドラゴンの背中には二人の女性が乗っていた。
一人はゴーグルをつけて全身革の服に身を包んでいた。薄い青色の髪をなびかせ、アンリに向かって手を振っている。
もう一人は燃えるような赤い髪をした少女。その頭には羊の角がある。頭に生える角は魔族の証。
アンリは頬が緩んでいくのが分かった。誰が来てくれたのかが分かったからだ。これでこの戦いに勝ったも同然と確信する。
水のドラゴンが空を旋回してから近くにおりた。おりてきた二人の姿に整列していた兵士達も
二人がアンリのそばに近づいてきた。
革の服を身につけた女性がゴーグルを頭の方へずらし素顔を見せた。二十代後半の女性だ。
「勝負して私が勝ったから連れてきた」
「言っておくが、手加減してやったんだぞ?」
間髪入れずに赤い髪の魔族が否定する。そして大きくため息をついた。
「救援の話は聞いた。スザンナに負けたし、私個人の事情もあるから、今回だけ手伝ってやる。でも、王位簒奪自体を手伝うつもりはないから期待するなよ? そっちは近くで見届けてやるだけだ」
アンリは思う。そんなこと言いながら私に危機が訪れたなら絶対に助けてくれる。この人はそういう人だ。
「そばにいてくれるだけで十分。ありがとう、フェル姉ちゃん」
「手伝わないと言ったんだから、礼なんかしなくていい。それにフェル姉ちゃんはもうやめろ。今じゃお前の方が背は高いだろうが」
アンリは魔族であるフェルを見つめる。初めて会ったあの頃のままだ。あれから十三年経っても全く変わらない。だからこそあの頃の呼び方を続けていたい。
「やっぱり来たな。まあ、アンリちゃんの事でフェルが来ない訳ねーよな」
「うるさい。そんな事よりも、今月のリンゴの支払いがまだだからエルフ達にちゃんと言っとけよ」
「フェルちゃん、今度ドワーフの村に行って親父を止めてよ。鍛冶師に戻ってフェルさんの武器を作るんだって息巻いてるんだから」
「そんなことは知らん。大体、あそこは狂信者達の巣窟になってるだろうが。絶対に行かんぞ」
「この戦が終わったら、今度は儂とお主と決着をつけるぞ。逃げるなよ?」
「決着はついただろ? それにお前の勝ちでいいぞ。面倒だから」
「フェルさん、お久しぶりです!」
「あの時の傭兵か。今度は見た目で相手を判断するなよ?」
「フェル様。ご命令通り、アンリ様を護衛しております」
「それはいいんだけど、お前ら増え過ぎじゃないか?」
さっきまでの雰囲気が嘘のように明るくなった。どう見てもさっきより活気がある。やっぱりフェル姉ちゃんには敵わない、とアンリは嬉しくなった。
負けているのに、これほど嬉しいことはない。そんな気持ちを抱かせてくれるこの人は、自分なんかよりもはるかに器が大きいのだろう。でも、だからこそ、いつか追いつき、追い越したいという気持ちが溢れてくる。
アンリは準備が整っている兵士達が見える位置まで進んだ。全員がこちらを見ているのが分かる。一度全体を見まわしてから、背中の剣を空に掲げた。
「今日の戦いは勝ちが決まったも同然。理由は言わなくても分かると思う」
周囲から笑い声が上がった。一名だけ分かっていないようだが、その人以外の全員が分かっているとアンリは確信している。
「そして私も皆に約束する。この戦いに必ず勝利をもたらすと! この聖剣フェル・デレに誓って!」
「それは魔剣だろうが! というか、名前変えろ!」
「全軍! 突撃!」
大地が震えるほどの声が周囲に響き渡り、フェルの声はかき消された。
アンリは腕を組んでこちらを見ているフェルに向かって頷く。
フェルは難しい顔をしていたが、ため息をついてから笑顔になる。そして小さい声で「負けるなよ」と言った。
たったそれだけの言葉にアンリから不安や恐れはなくなる。
フェル姉ちゃんが見ているところで無様な姿は見せられない。この戦いに勝利して少しでもフェル姉ちゃんに近づけたと証明するのだ。アンリは決意を新たに城下町にある城を見つめた。
勝つ。奪われたものを全て奪い返す。そして私は――王となる。
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