第112話 ゴスロリメノウ
アンリはいまおじいちゃんに疑念を抱いている。
そのきっかけは昨日の午後に行われた勉強のことだ。
昨日の午前中、スザンナ姉ちゃんの作り出した水の動物と戦った。それは楽しかったんだけど、午後に勉強が始まる。それはとてもつらい時間。でも、そのつらい時間がとても長い。明らかに長い時間勉強しているような気がする。
交渉で毎日四時間の勉強になったはず。でも、どう考えてもそれ以上勉強した。スザンナ姉ちゃんなんて死んだ魚のような目をしているし、あれ以上は危険な感じ。
それによく見たら大部屋の壁にあった時計が撤去されている。これは時間が分からないようにしているんだ。
そして今日の午前中。朝八時からお昼の十二時までお勉強。つまり四時間が終わった。アンリ達は自由の身……そのはず。
スザンナ姉ちゃんと一緒にお昼を食べてから大部屋でくつろぐ。
するとおじいちゃんが笑顔でアンリ達をみた。
「さて、午後の勉強だが、算数の問題を解こうか」
疑惑が確信に変わる。おじいちゃんはアンリとの約束を反故にする気だ。
「待って、おじいちゃん。アンリは一日四時間だけの勉強になったはず。午前中で勉強は終わり。午後は遊びに行く」
アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんが同意してくれた。ものすごく首を縦に振っている。
でも、おじいちゃんは首を横に振った。
「アンリとスザンナ君の二人で勉強しているんだから、二かける四で八だよ?」
「おじいちゃん、その計算は合ってるけど、色々間違ってる」
「さあさあ、今までの遅れを取り戻すためにもしっかり勉強しないとね」
強引。おじいちゃんは強引すぎる。
アンリは決意した。脱走だ。自由への逃避行。スザンナ姉ちゃんと協力してここから逃げ出すんだ。
「スザンナ姉ちゃん、あれで大丈夫なのかな?」
「うん、あれで勉強しているように見せかけてる。今のうちに森の妖精亭へ避難しよう」
スザンナ姉ちゃんが水を使ってアンリとスザンナ姉ちゃんの人形を作った。それに服を着せてフードを被せてから机に向かって勉強をさせている。アンリの部屋で算数じゃなくて書き取りの勉強するって言ったから、ドアからは背中しか見えないはず。いつかはばれるけど、時間を稼げればそれでいい。
おじいちゃんを説得するためには援軍が必要。フェル姉ちゃんに助けを求めないと。
雨の降っている広場を通って森の妖精亭へ駈け込む。
扉を勢い良く開けてからいつものテーブルを見る。見たことがないお姉ちゃんがいるけど、フェル姉ちゃん達が全員いた。これは天の助け。援軍は多いほどいい。
「フェル姉ちゃん。私達をかくまって」
そう言いながら、フェル姉ちゃん達がいるテーブルに近寄る。
アンリ達の切羽詰まった感を理解してくれたのかも。フェル姉ちゃんはすごく心配そうにアンリを見ている。
「どうした?」
「スザンナ姉ちゃんと一緒に勉強すると言ったら時間を倍にされた。二人いるから時間が倍なんて理屈は通らない。どちらかと言うと半分にするべき。弁護士を雇って戦う」
そういうと、フェル姉ちゃんが半眼になる。あれは呆れている目だ。でも、分かって欲しい。アンリ達には切実な問題。
「あ、スザンナちゃん、久しぶり。元気だった?」
アンリの知らないお姉ちゃんがスザンナ姉ちゃんに手を振っている。スザンナ姉ちゃんの知り合いなのかな?
全体的に白と黒で構成されていて、ゴワゴワっていうかヒラヒラっていうか、こう感じのボリュームのあるスカートの服を着ているし、髪型がすごく縦ロール。どこかのお嬢様で、おほほって笑いそう。
そんな感じの女の人とスザンナ姉ちゃんは知り合いなんだ? でも、スザンナ姉ちゃんは白黒のお姉ちゃんをみて首を傾げている。
「……誰? 知らない人とは話さない」
スザンナ姉ちゃんがそう言うと、白黒のお姉ちゃんが泣いた。大人なのに。
「えっと、スザンナ姉ちゃんの知ってる人じゃないの?」
「こんな白黒の人は知らない。たぶん、人違いだと思う」
白黒のお姉ちゃんがすごくショックを受けているけどいいのかな?
フェル姉ちゃんが立ちあがって、女の人を慰めている。
「化粧を落とさせるから、ちょっと待ってくれ。歩けるか? 私の部屋を貸してやるから、メイクを落として着替えろ。お前のその姿と普段のギャップがあり過ぎて認識できないだけだから――服に顔を近づけるな。服にメイクが付いたら本気で怒るぞ?」
フェル姉ちゃんが女の人をつれて二階へ向かった。そしてすぐに戻ってくる。
「着替えさせてるからちょっと待ってくれ」
「あの女の人はフェル姉ちゃんの知り合いなの? 誰?」
「あれはメノウっていう奴だ。メーデイアに病気の奴を治しに行った話を知ってるか? その関係で知り合った奴だな」
「あれがメノウちゃん? あんなんじゃなかったのに」
スザンナ姉ちゃんが驚いている。その人のことは知ってはいるけど、あんな白黒な服じゃなかったってことかな?
「スザンナはメノウにサインをもらっていたよな? ゴスロリ服を着たメノウのファンじゃないのか?」
「メノウって名前を知っていただけで、どういうアイドルなのかは知らない」
アイドル? メノウ? ゴスロリ? もしかしてディア姉ちゃんから聞いたニャントリオンのライバル、ゴスロリメノウ?
なんてこと。潰さなくちゃいけない相手がこの村に来るなんて。ヤト姉ちゃんに教えないと。
でも、その前にフェル姉ちゃんの膝の上に座ろう。まずは安全を確保。おじいちゃんが来ても迎撃してくれる。
「ところで勉強はいいのか?」
「スザンナ姉ちゃんが水でアンリ達のダミーを作った。服を着せて部屋で書き取りの勉強をしている振りをさせてる。時間を稼いでいい案をひねり出す。フェル姉ちゃんも考えて。武力行使でも可」
「勉強する前の事じゃなくて、すでに脱走していたのか」
フェル姉ちゃんはそう言った後、考え込んじゃった。アンリのための防衛方法を考えてくれているのかも。
「勉強はしておいたほうがいいんじゃないか? その、将来的に」
「大丈夫。勉強できなくても仕事はできる」
この村にはディア姉ちゃんと言う最強の体現者がいる。
「アンリちゃん? どうしてそこで私を見るかな? 美少女受付嬢だって勉強は必要だよ? 私だって頑張ったんだから」
ディア姉ちゃんがそう言った後、皆も勉強していた話を始めた。
そしてヴァイア姉ちゃんが信じられないことを言った。勉強が好きみたい。しかもそのおかげでスキルを覚えたとか。アンリはそんな嘘に騙されない。
「勉強でスキルは覚えない。ヴァイア姉ちゃんはおかしい」
「酷いよアンリちゃん!」
でも、フェル姉ちゃんの話だと、それは間違いないみたい。ヴァイア姉ちゃんはお勉強でスキルを身に着けたみたいだ。信じられないけど、その可能性が高いってフェル姉ちゃんは言ってる。でも、勉強はスキルを覚えることはメインじゃなくて知識を得ることが大事だとか。
言ってることは分かる。でも、嫌なものは嫌。アンリは理屈で勉強したくないんじゃない。感情的に勉強したくない。それを分かって欲しい。
そんなことを考えていたら、周囲がざわつき始めた。今日は雨だからベインおじさん達も昼間からここでたむろしているんだけど、なにに驚いているんだろう?
皆の視線を追うと、二階の階段から誰かがおりてきたのが見えた。
「お待たせしました! スザンナちゃん! これならどうですか!」
声からするとメノウって人の声だ。でも、その姿はさっきと全然違う。髪型は縦ロールがなくなり、黒いストレートになっている。でも一番変わったのは服装。白と黒なのは変わらないけど、もっと質素な感じに変わった。
アンリは知ってる。あれはメイドさんだ。
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