第111話 スザンナの過去
スザンナ姉ちゃんと模擬戦を行うために広場にやってきた。
といってもスザンナ姉ちゃんと戦う訳じゃなくて、スザンナ姉ちゃんが操る水のなにかと戦うことになってる。この間は小さなドラゴンを作ってくれたけど、今日は何かな?
スザンナ姉ちゃんは腰についてる水筒みたいなものから水を地面に垂らした。その水がグネグネと動いて、何かを形に変形していく。
これは何だろう? あ、イノシシかな? アンリの半分くらいの大きさだ。
「魔物だとアンリには早すぎるから、野生の動物と戦うことを想定したんだけど、これでいいかな?」
「うん、これがいい。ちょっと突いていい?」
スザンナ姉ちゃんの許可を取って、魔剣の剣先で水を突く。ぽよん、と弾力のある水だった。突き抜けることはないみたい。これなら思いっきり斬っても大丈夫だと思う。
「うん、問題なし。それじゃさっそく戦おう」
「こっちの攻撃力はほとんどないからアンリが攻撃されてもダメージはないと思うけど、それじゃ特訓にならないから、三回攻撃を食らったら負けってことにしよう」
「うん、どんなルールでもアンリは負けない。この魔剣、七難八苦に誓って」
さあ、勝負だ。
アンリの勝利。三回アンリの魔剣が水の動物を斬った。
「アンリは強いね。私もいい訓練になった。いままでおおざっぱな操作しかしてなかったから、こういう細かい操作は結構大変」
「スザンナ姉ちゃんは普段どうやって戦っているの? 実際に見たことはないんだけど?」
「私の場合は水系の魔法がメインかな、水鳥とか。それで魔力のある水を造って、それを操る感じ。強敵と戦う時は大量の水が必要だから雨を降らせる魔法を使うけどね」
前にも聞いたけど、雨を降らせる魔法ってすごい。
「あ、でも、フェルちゃんからアドバイスをもらって普段から魔力のある水を持ち歩くようにしているんだ。この水筒もヴァイアちゃんの雑貨屋さんで買った品だよ」
そう言って管のような水筒を見せてくれた。さっき、水を垂らしたものはやっぱり水筒だったんだ。
「緊急時にすぐ使えるように事前に用意してる。フェルちゃんに聞くまでは盲点だったよ」
「フェル姉ちゃんからのアドバイスなんだ? アンリもアドバイスしてもらおうかな?」
「アンリはその年ならすごく強いと思うけどね。でも、まだ体が出来ていないんだから、無理しちゃダメだと思うよ。私もそう教わったし」
「おじいちゃんもよくそう言うんだけど、スザンナ姉ちゃんは誰に教わったの?」
「私は両親に教わったよ。二人とも冒険者だったんだ」
「だった?」
スザンナ姉ちゃんは、しまった、という顔をしている。聞いちゃいけなかったかな?
「ああ、うん、えっとね、私の両親は二人とも冒険中に亡くなったんだ。私が十歳のころかな?」
いけない、これは聞いちゃいけなかった。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。そんなに昔のことじゃないけど、もう吹っ切れてるし。いい機会だから全部話すよ。アンリには聞いてもらいたいんだ」
休憩がてらスザンナ姉ちゃんの話を聞いた。
スザンナ姉ちゃんの両親は二人ともアダマンタイトの冒険者だったみたい。拠点という物を持たずに、三人で色々な場所へ行ったとか。ただ、スザンナ姉ちゃんは一緒にいたけど、ダンジョンの探索とか魔物の討伐には参加したことはないらしい。
そしてとあるダンジョンの捜索中、運が悪いことに魔物暴走が発生した。二人だけなら逃げられたんだけど、ダンジョンの中にいたほかの冒険者達を助けるために、二人で無茶な救助をしたことで、二人は帰らぬ人となった。
その時の死傷者は、スザンナ姉ちゃんの両親だけ。魔物暴走の規模から考えて、それで抑えられたのは奇跡的な事だったみたい。
スザンナ姉ちゃんからしたらそんなの奇跡でもなんでもない最悪の出来事なんだけど、両親を誇りに思っているとか。それにご両親から冒険者はいつ死ぬか分からないから覚悟だけはしておけっていつも言われていたみたい。そんなこともあって、そこまでふさぎ込むこともなかったって言ってる。
「そのあと、一年くらいユーリと一緒にいたんだよね。なんか両親とユーリって知り合いだったらしくて、そのツテで保護者的な立場になってくれたんだ」
「ユーリおじさんと一緒だったんだ?」
「うん、その時に冒険者としてのイロハを色々教えてもらったんだ。もともと両親と同じ冒険者になろうと思ってたからね。ユニークスキルに気づいたのもその頃だったかな? なんとなくだけどそんなスキルを持っているのが分かってね。そこから頑張って私もアダマンタイトになれたんだ」
「そうだったんだ。でも、スザンナ姉ちゃん、その、寂しくないの?」
アンリはおとうさんとおかあさんが亡くなったら寂しい。もちろんおじいちゃんも。毎日泣いて過ごすかもしれない。
でも、スザンナ姉ちゃんはそんなことなさそう。すごく笑顔だ。
「昔はそう思うこともあったけど、今は全然。アンリみたいな妹も出来たし、この村のみんなは私に良くしてくれるしね。これも全部、フェルちゃんのおかげかな」
「そうなんだ。なら、うちのおかあさんとおとうさんもつける。もちろんおじいちゃんも。スザンナ姉ちゃんの両親とおじちゃんだと思ってくれていいから。アンリが許す」
「さすがにそこまではちょっと……でも、ご飯にお呼ばれしたときは必ず行くから。ありがとね、アンリ」
「うん、遠慮せずに来て。むしろ自分の家だと思ってくれていいよ。アンリはすでにそう思ってるから」
スザンナ姉ちゃんは強い。アンリもそんな強さを身につけたい。戦いだけじゃなくて冒険者の心得なんかもスザンナ姉ちゃんから教えてもらおうかな。
人界征服の前に冒険者ギルドでアダマンタイトになるのも悪くない。アンリの覇道はそこから始まるのもアリだ。
よし、休憩は終わり。スザンナ姉ちゃんが作った水の動物と戦おう。
改めて模擬戦をはじめたら、フェル姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんの雑貨屋から出てきた。そしてアンリ達をみてちょっと不思議そうにしている。
「お前達、何してるんだ? それに、それはなんだ?」
フェル姉ちゃんは水の動物が気になるみたいだ。
「これはスザンナ姉ちゃんが魔法で作った水の動物。剣の特訓をしてる」
「私は水操作の特訓」
「スザンナ、危ないことは無いんだな? 戦ったことがある私としては危険なことはしてほしくないんだが」
「大丈夫。水の量が少ないから攻撃力はまったくないよ」
イノシシが前足で地面を叩く。音にすると、ぽすぽすって感じ。
「それならいい。でも注意はしろよ。なにか怪我したらすぐに教会に行ってリエルに治してもらえ」
フェル姉ちゃんは色々と心配性。でもそれだけアンリ達を気づかってくれているのかも。
その後もフェル姉ちゃんと話をした。スザンナ姉ちゃんが今日の昼食とか夕食を家で食べることやお泊りすることを説明する。
「そうか、まあ、頑張れ。じゃあ、私は教会へ行く。本当に危ないことはするなよ?」
フェル姉ちゃんはそういうと、教会のほうへ歩き出した。
あれ? でもちょっとおかしい。なにか違和感がある。
「あ」
違和感の正体に気づいた。フェル姉ちゃんの前に躍り出て、念のために確認する。フェル姉ちゃんの周りをぐるりと一周して確信に至った。
「フェル姉ちゃんの服が変わった。昨日見たのと同じ。これはディア姉ちゃんが作った服?」
「そうだ。さっきディアから渡してもらった。どうだ、格好いいだろう?」
「格好いい」
猫のマークが最高。それが全体を素晴らしくしている。
スザンナ姉ちゃんも同じ気持ちみたい。「私も作って貰う」と言い出した。最初はアンリに譲って欲しい。
「ニャントリオンのロゴマークが格好いい。あと、全体的にも格好いい」
「最初にそこかよ」
せっかく褒めたのにフェル姉ちゃんは満足していないみたいだ。よくばりさん。
「まあ、お前たちにこの服の格好良さ、いわゆる大人の魅力はまだ分からないだろうな」
「ニャントリオンのマークが大人の魅力なの?」
「そこじゃない。もっとこう、全体的なデザインとかだ。まあ、お前たちに分からなくても、私が気に入っているからそれだけで十分だけどな。それじゃあな」
フェル姉ちゃんはそのまま教会へ入っていった。
「良く分からないけど、アンリも大人になれば分かるかな?」
「どうだろうね。あ、そろそろ訓練を再開しよう……午後からは勉強だし、今のうちに楽しんでおかないと」
「スザンナ姉ちゃん、そういうことは思っても言わない。現実から目を逸らそう」
目の前の楽しいことに集中するためにも、午後のことは忘れようっと。
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