第113話 メイドギルド
目の前にメイドさんがいる。
びしっと背筋を伸ばして、柔和な笑みを浮かべたメノウって人はまさにメイドさん。
スザンナ姉ちゃんはこの人の姿を見て笑顔を浮かべた。
「メノウちゃんだ。さっきのは変装?」
「変装じゃなくて化粧です。そこ、大事ですよ?」
お化粧であんなに変わるものなんだ? むしろ全然違うような気がする。顔の輪郭は変わっていないと思うから同じ人だとは思うけど。おかあさんが「化粧はね、女が戦いに行くときの鎧なのよ」って言ってたけど、メノウって人は何と戦っていたんだろう?
それはいいとして服が素敵。黒い長袖の服とスカートに白いエプロンとカチューシャ。質素だけど、控えめでいつつ、ちょっとアピールしている感じがいい。
服と言えばディア姉ちゃんなんだけど、よく見たらディア姉ちゃんが驚いてる。
「嘘でしょ……そのメイド服! 最高ランクのメイドにしか着ることを許されない高級メイド服だよ!」
「お気づきでしたか……そう、これはメイドギルド最高ランク、ファレノプシスだけが着ることを許される最高のメイド服なのです!」
メイドさんは誰かに仕える感じの人じゃなかったっけ? そんな人が高級な服を着ていいのかな?
それにファレノプシス……たしか胡蝶蘭? メイドギルドではそれが最高ランクなんだ?
メノウって人は、その辺りの細かい内容をフェル姉ちゃんに話しだした。
どうやらメノウって人は一度メイドギルドを辞めたけど、やむを得ない事情だったから特例で戻れたみたい。だからランクも辞める前のものだとか。そして一番低いランクはタンポポって聞こえた。メイドギルドのランクは花の種類で分けてるのかな。
そしてメノウって人がさらに何かを言いかけたときに、入口の扉が開いた。
そこにはおじいちゃんが立っている。顔は笑顔だけど、ああいう顔をしている時のおじいちゃんは危険。笑顔で大変なことを言ってくる。でも、今回はアンリのほうが正しいはず。受けて立つ……フェル姉ちゃんが。
「ああ、フェルさん、申し訳ないですな。アンリ、勉強をサボっちゃ駄目だろう?」
「待って。待遇の改善を要求する。スザンナ姉ちゃんと二人だからと言って時間が二倍なんて横暴。改善されないならフェル姉ちゃんをけしかける」
「巻き込むんじゃない……村長。私が言う事じゃないかもしれないが、さすがにスザンナと一緒に勉強するなら時間が二倍と言うのは良くないと思うぞ?」
「むむ、ダメですか。一人なら大変でも、二人なら時間を忘れて勉強してくれると思ったのですが」
時間を忘れて勉強なんかしない。あれは無我の境地。何も考えずに黙々と計算したり書き取りしたりするだけ。
「アンリ、普通の時間ならちゃんと勉強するよな? 確か以前の改善で一日四時間だったか?」
「うん。本当は嫌だけど、それならちゃんと勉強する」
できれば一日一時間でお願いしたいくらい。むしろなくてもいい。
「村長、アンリもそう言っているからスザンナと二人でも四時間にしてやってくれ。さすがに八時間はきついだろう」
フェル姉ちゃんはアンリの味方だ。これほど心強い味方はいない。
「フェルさんがそう言うなら仕方ないですな。分かりました。アンリ、フェルさんの顔を立ててスザンナ君と一緒でも一日四時間にしよう」
「分かった。それなら脱走しない」
「私も勉強するのは決定事項なんだ……」
スザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃんなんだから、苦楽を共にしないと。でも、後でアンリの大事な秘宝を上げようかな。お礼……違った。お詫びに。
フェル姉ちゃんは、ちょっとしょんぼりしているスザンナ姉ちゃんを見て、苦笑いをしている。
「この村は冒険者の仕事ってないから暇だぞ? 勉強するのも悪くないと思う」
「なら、フェルちゃんも一緒に勉強しよう」
スザンナ姉ちゃんが素晴らしい提案をした。それならアンリも頑張れると思う。前に一緒に勉強したときも楽しかった。あれなら時間を忘れて勉強ということもできるかもしれない。
でも、フェル姉ちゃんは首を横に振った。
「すまないが、一緒にはしないな。実は私も勉強しているんだ。アビスの中で魔王様に教わってる」
フェル姉ちゃんが、魔王に教わっている? ダンジョンの中で? それを早く言って欲しい。
「分かった。アンリも魔王に教わる」
たぶん、すごいことを教えてもらえる。もしかしたら人界の征服方法を教えてもらえるかも。
「私でも難しいと思うことを教えてもらっているからな。アンリやスザンナじゃ無理だ。そこは諦めてくれ」
もうちょっと悩むなり考えるなりして欲しかった。でも、難しいことって何を教わっているのかな? アンリももう少し大きくなったら分かるかもしれないから、その時はフェル姉ちゃんに教わろう。
そしてフェル姉ちゃんとおじいちゃんが、その魔王のことでお話をしている。
おじいちゃんは魔王に挨拶に行くべきかどうかフェル姉ちゃんに聞いてたみたい。でも、それは不要だとか。
そして魔王は魔族であるフェル姉ちゃんがこの村に住めて感謝してるみたい。おじいちゃんも、村の暮らしが良くなったのはフェル姉ちゃんやヤト姉ちゃん、それに魔物のみんなのおかげだから感謝しているって言った。
どっちも感謝している感じになってる。
フェル姉ちゃんはそれを魔王に伝えておくと言って、立ち上がろうとした。アンリは軽いからすぐにどかされちゃう。もっと膝の上に座っていたいんだけど。
でも、フェル姉ちゃんが立ちあがる前に、メノウって人がおじいちゃんの前にスッと動いた。すごく滑らかな動き。
「あの、村長様ですか?」
「はい、そうですが……貴方は?」
「メイドギルドに所属しているメノウと申します。メイドギルドから手紙を預かっておりますので、ご確認頂けますか?」
「メイドギルドが、私に、ですか?」
おじいちゃんが不思議そうに渡された手紙を読み始めた。
何が書いてあるんだろう? まさかおじいちゃんをヘッドハンティング? メイドは無理だから執事として雇おうという話かな?
お手紙を読んでいる最中におじいちゃんの目がくわっと大きくなった。ものすごく驚いている?
「これは本当の事ですか?」
「はい、手紙の最後にはグランドマスターのサインもありますので間違いございません」
おじいちゃんはなぜかフェル姉ちゃんを見る。そして苦笑いをした。
フェル姉ちゃんも不思議そうにおじいちゃんを見る。
「手紙の内容を聞いてもいいか?」
「ええ、構いませんよ。簡単に言いますと、この村にメイドギルドの支部を作りたいんだそうです。メノウさんがギルドマスターになるようですね」
おじいちゃんがそう言うと、メノウって人はスカートをつまみ上げてお辞儀した。
知ってる。あれはカーテシーという挨拶。アンリもおじいちゃんから教わった。アンリとしては回転とか加えてもっと派手にやりたい。
でも、どうしたんだろう? フェル姉ちゃんがちょっと渋い顔をしている。
「こういったら村に悪いのだが、この村にメイドギルドの支部を作って意味があるのか? 雇う奴はいないよな? メイドになりたい奴もいないと思うぞ?」
「問題ありません」
メノウって人はすぐさま否定した。でも、理由は言ってくれない。問題はないってことだけみたいだ。
「えっと、あれか? メーデイアで使ったドラゴンの卵とかソーマとか、そういうのをまた欲しいのか? だから私がいる村に支部をだそうってことなんじゃないのか?」
「まったく関係ありません」
「なら、私に対する恩返しみたいなものか? 気にしなくていいんだぞ?」
「恩返しじゃありません」
「それじゃどうしてこの村に支部を作るんだ? 目的はなんだ?」
フェル姉ちゃんがそう聞いているけど、メノウって人は微笑んだままで何も言わない。顔は笑顔なのに、これ以上は言いませんよ、って感じの雰囲気を醸し出している。
そしてフェル姉ちゃんは、おじいちゃんのほうを見た。
「えっと、村長。支部を出す許可を出すのか?」
「メイドギルドから、支部を出す代わりに村の開拓費として毎月お金を入れてくれるみたいでして。それに初回にかなりの金額を納めてくれるようなのです。村としては断る理由がないのですが……フェルさんは反対ですか?」
皆の視線がフェル姉ちゃんに集まる。ここのテーブルだけじゃなく、ベインおじさん達も見ているし、なぜかヤト姉ちゃんも厨房から顔を半分だけだして睨むように見ている。
「別に反対というわけじゃない。それに村で決めることだし、私がどうこう言える立場でもない。目的が分からないのが何となく不安だけど」
「フェルさんのお知合いですし、問題はないでしょう。ええと、メノウさんでしたな。村に支部を作るのは許可します」
おじいちゃんがそう言うと、周囲が盛り上がった。ヤト姉ちゃんだけは人を殺せそうな目でメノウって人を見ているけど。
でも、そっか。この村にメイドギルドが作られるんだ。ならこのメノウって人も村に住むわけだ。ならもう家族。よし、今からメノウ姉ちゃんと呼ぼう。
「メノウ姉ちゃん、私はアンリ。村にメイドギルドができるのは嬉しい。アンリは歓迎する」
メノウ姉ちゃんにそう言うと、にっこり微笑んでくれた。
「村長のお孫さんで、アンリさんですね? はい、これからよろしくお願いします」
「うん。じゃあ、おじいちゃん、明日からアンリとスザンナ姉ちゃんはメイドの勉強をする。算数とか書き取りはもう嫌」
「賛成。算数じゃなければ、何でもいい」
スザンナ姉ちゃんも賛同してくれた。おじいちゃんは賛成じゃないみたいだけど。
メイドの勉強というよりも、実はメノウ姉ちゃんに興味がある。メノウ姉ちゃんは動きに隙がないから、たぶん、すごい強い。学べることは多いと見た。
あ、フェル姉ちゃんが外へ行こうとしている。捕まえよう。アンリのサポーターとして応援してもらわないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます