第114話 メイド部隊

 

 フェル姉ちゃんはダンジョンのほうへ行っちゃった。


 それが合図だったかのように、ヴァイア姉ちゃん達やおじいちゃんも、お店や冒険者ギルド、教会へ帰っちゃった。これから午後のお仕事だとか。


 ここに残ったのは、アンリとスザンナ姉ちゃん、それにメノウ姉ちゃんだけだ。


 ベインおじさん達も食堂にいるけど、楽しそうにお酒を飲んでいるだけ。昼間からお酒を飲むのはどうかと思うけど、この雨じゃ畑仕事も出来ないし、仕方ないのかな。


 そして気になるのはヤト姉ちゃん。


 厨房から刺すような視線でメノウ姉ちゃんを見ている。あれはどう考えても殺し屋の目。ここはアンリが釘を刺しておかないと。間違いが起こってからじゃ大変。


 椅子からおりて、厨房のところまで移動する。


「ヤト姉ちゃん。村で殺人事件とかは困る。名探偵アンリが誕生しちゃう」


「心外ニャ。確かにあの女を見ていたけど、そんなつもりはないニャ。だいたい、そんなことしたら私がフェル様に殺されるニャ」


 よかった。連続殺人事件は回避された。


「それなら安心なんだけど、なんでそんな風にメノウ姉ちゃんを見てるの?」


「やっぱりあの女の名前はメノウニャ? 夕食の仕込みをしていたら、そんな名前が聞こえて来たニャ。メノウ、それはアイドル冒険者のツートップの一人。私が倒さなくてはいけない女ニャ」


 ライバルとして見ているという感じじゃなかった気がする。どちらかと言うと闇討ちしそうな感じ。


「ヤト姉ちゃん、月のない夜に出歩いちゃダメだよ?」


「ルネ様じゃあるまいし、闇討ちなんかしないニャ」


「ルネ姉ちゃんはするんだ?」


 ルネ姉ちゃんはいつの間にか魔界へ帰っちゃった。フェル姉ちゃんがルハラからこの村へ帰ってくるときに途中でお別れしたとか。あんまり話せなかったからまた来たらいっぱい話そう。


「ヤトちゃん、さっきからどうしたんだい? ちゃんと料理の仕込みを手伝っておくれよ?」


「申し訳ないニャ。すぐに取り掛かるニャ」


 厨房の奥からニア姉ちゃんがやって来て、ヤト姉ちゃんを連れて行っちゃった。お仕事の邪魔をしちゃいけないからテーブルのほうへ戻ろう。


 テーブルへ戻ってくると、スザンナ姉ちゃん達は色々話していたみたいだ。


 スザンナ姉ちゃんがアンリに気づいて、不思議そうな顔をした。


「おかえり。厨房へ行ってたみたいだけど、どうしたの?」


「うん、なんとなく事件が起きそうだったから、事前に阻止した。犯人はこの中にいる、って言うのをやるのも良かったんだけど」


「もしかして、先ほどから私へ殺気を放っている方のところへ行ってたんですか?」


 メノウ姉ちゃんが笑顔でそんなことを聞いてきた。


 ここは別に隠すようなことでもないと思う。殺気と言っても、殺そうってわけじゃなくて、アイドルとしてライバル視しているだけだから問題ないはず。


「うん。厨房にヤト姉ちゃんっていうフェル姉ちゃんの部下で獣人の人がいるんだけど、ヤト姉ちゃんはアイドル冒険者だから、メノウ姉ちゃんをライバル視してる。それがあんな殺気になったと思う」


「そうなんですか。でも、私はもう冒険者ギルドに所属していないので、アイドル冒険者じゃないんですけどね」


 あれ? ゴスロリ服の時はアイドルじゃないのかな?


 スザンナ姉ちゃんも不思議そうな顔をしてメノウ姉ちゃんを見ている。


「でも、アイドル的なことはしてるんだよね? あのゴスロリを着て化粧してた。私としてはこっちのメノウちゃんのほうがいいけど」


「スザンナちゃんにそう言われると嬉しいです。あっちは結構キャラを作ってますから……それにフェルさん以外には誰にも気づかれなかったし……まあ、それはいいです。あの恰好はアイドルとして歌ったり踊ったりするときだけなので、しばらくは封印ですね。本業のメイドに専念しますよ!」


 メノウ姉ちゃんは気合をいれている。でも、メイドさんってどんな仕事をするんだろう? フェル姉ちゃんも言ってたけど、そもそも誰か雇ってくれるのかな?


 そんなことを考えていたら、スザンナ姉ちゃんがメノウ姉ちゃんの右袖を引っ張っている。


「ねえねえ、メノウちゃん。メイドギルドってどんなことしてるの?」


 それはアンリも聞いてみたい。以前、おじいちゃんがメイドギルドのことを説明してくれたけど、全然覚えてない。たぶん、それどころじゃなかったからだと思う。


「そうですね、お二人がメイドになることもあるかもしれないので、ちょっとメイドギルドについて説明しましょうか。メイドギルドは二十年ほど前に作られた新興のギルドです。メイドの地位向上のために作られたギルドですね」


「地位向上ってどういうこと?」


「以前のメイドは立場的に弱かったんです。そもそもメイドという職業はなくて、貴族の三女とか四女の方がもっと位の高い貴族にお仕えして、色々な雑務をしていたのをメイドと呼んでいたとか。そういうこともあって、メイドと言うのは主人には逆らえないって感じだったんです。貴族はそういうのが大事ですから」


 良く分からないけど、面子とかそう言うことかな? おじいちゃんが、貴族はプライドが高すぎるってものすごく感情を込めて言ってた。昔なにかあったのかも。


「そこで立ち上がったのが、当時、冒険者ギルドのアダマンタイト級冒険者、ナミ様です」


「ナミ? アダマンタイト級ってスザンナ姉ちゃんと同じってこと?」


「はい、そうですね。そしてナミ様はメイドギルドの現グランドマスターでもあります。メイドギルドの創始者ですね」


 スザンナ姉ちゃんが驚いている。アンリも驚いた。だって、経歴がおかしい。どうしてアダマンタイト級の冒険者がメイドギルドを作ったのかな? アンリもみんなと一緒に魔物ギルドを作ったけど。


「ええと、メノウ姉ちゃん。どうしてそのナミって人は立ち上がったの?」


「なんでも当時ナミ様は貴族の依頼で希少魔物の素材を納品することになってたらしいんです。そして目的の物を手に入れて貴族の屋敷に向かったとき、主人に虐められているメイドを見たそうですね」


「いじめは良くない。それでどうなったの?」


「その貴族をぶん殴って、屋敷のメイドたちを全員連れて帰ったそうです。納品物の報酬としてもらっていくって言ったらしいですね」


 なんてワイルド。同じシチュエーションならアンリもぜひやりたい。


「そしてメイドたちを連れ帰ったナミ様は他にもこういうメイドがいるかもしれないと、人界中を回ってメイドたちを助ける旅をしたそうですよ。旅をしていた時はメイド部隊という名前の組織だったみたいですね。そして、その旅の中で助けたメイドたちを誰にも負けないメイドに育て上げました。それがメイドギルドの始まりです」


 フェル姉ちゃんがいたら色々ツッコミを入れてくれると思うんだけど、アンリはツッコミスキルを持ってない。色々おかしいけど、そういう物だと思おう。でも、メイド部隊くらいはツッコミを――ううん、やめておこう。


「えっと、そのメイド部隊はすべてのメイドを解放したのかな? アンリはおじいちゃんから人界の歴史も学んでるけど、その歴史はおしえてもらってないから知らないんだけど」


「ええ、これは裏の歴史ですから、よほど高貴な方じゃないと知らないでしょうね。こんなことがあったなんてバレたら貴族はプライドがズタズタですからね。なので歴史の闇に葬られた感じです。ちなみにすべてのメイドは解放されました。もちろん、いい主人に恵まれたメイドを無理やり引き込むような真似はしてませんから安心です」


 ディア姉ちゃんが好きそうなフレーズだ。でも、本当のことなのかどうか怪しい。


「うまく言えないけど、お話を盛ってない?」


「嘘なんて言ってません。本当にあった歴史です。そんなわけで主人を失ったメイドたちは新たな主人、真の主を探す当てのない長い長い旅を始めたのです。これがメイドギルドの信念となっています」


「真の主?」


「はい、この方になら命を懸けてお仕えできるという方ですね。そしてその候補に――まあ、これはいいですね」


「お話は分かった。でもどこで笑えばいいのか分からなかった。アンリはまだ子供だからもっと分かりやすくお願い」


「私も分からなかった。どこで笑うべき?」


 良かった。スザンナ姉ちゃんも笑いどころが分からなかったみたい。アンリとしてはメイド部隊辺りが笑いどころだと思うけど、確信がない。こんな時、フェル姉ちゃんがいれば……!


「あれ? 笑い話じゃないですよ? まあ、信じられないとは思いますけどね。でも、知ってる人は知ってますよ。でも、知ってる人のほとんどは被害のあった貴族なので、言わないでしょうけどね」


 うまい言い方。知ってる人は言わないし、知らない人は知らない。つまり誰も言わないってことだ。こうやって歴史の闇に葬られるのかも。


 そう考えたときに、外への扉が勢いよく開いた。


「メイドさんがいるって本当か!?」


 ロンおじさんだ。ルハラでは格好良かったとか聞いたけど、アンリは騙されない。


 ロンおじさんはキョロキョロと食堂を見渡すと、メノウ姉ちゃんに視線を固定した。そして近寄る。


「俺はこの宿の主人でロンという者だ」


 メノウ姉ちゃんはスッっと立ち上がって、優雅にお辞儀をした。


「メイドギルドに所属しているメノウと申します。本日からこの宿に泊まらせていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いします」


「おお、そうか。こちらこそよろしく頼む――で、本題だが、すでに仕事があったりするのかな?」


「いえ、支部もまだ出来ていませんし、仕事はありません。しばらくは余裕がありますが、どこかで働こうかと思って――」


「うちでウェイトレスをやらないか!」


 ロンおじさんが食い気味にそんなことを言った。声が大きいからちょっとびっくりした。でも、メノウ姉ちゃんは優雅に微笑んでいるだけだ。


「それはありがたいお話です。ウェイトレスとメイドでは違うところもありますが、基本的なところは同じかと思っておりますので、よろしければお願いしたいのですが」


「よし、決まりだ! でも、そんなにお金は出せない。住み込みで時給大銅貨十枚なんだが、どうだろう?」


「メイドとして雇う場合はもっと高いのですが、ウェイトレスということで割安でも問題ありません」


「そうか! それじゃ早速明日から頼む! そうそう、今日は無料で泊ってくれて構わないから! それじゃ俺はかみさんに事情を説明してくる! あ、ちなみにその服でやってくれ!」


 ロンおじさんはそう言って厨房に向かった。うん、いつものロンおじさんだ。ちょっと安心する。


「なんだかおもしろい村ですね。もちろんいい意味で言ってます」


「うん、自慢の村」


「つい最近来た私にも良くしてくれるすごくいい村だよ」


 スザンナ姉ちゃんも笑顔でそう言ってくれた。村が褒められるのは自分のことのように嬉しい。


 あ、いけない。そろそろ夕食の時間になる。そろそろ帰らなくちゃ。


 メノウ姉ちゃんやベインおじさん達に挨拶してから、スザンナ姉ちゃんと一緒に家に帰ってきた。


「おかえり、アンリ、スザンナ君」


「ただいま」


 二人一緒にただいまって言う。でも、スザンナ姉ちゃんはちょっと照れ臭そうだ。もう自分の家のように振舞ってくれていいのに。


 そうだ、おじいちゃんに聞いてみよう。歴史の闇に葬られたお話っていうのを確認しないと。


「おじいちゃん、メイド部隊って知ってる?」


「……ああ、メノウさんから聞いたのかい? 当時は大変だったんだよ。あれでお取り潰しになった貴族も少なくなくてね、色々な国が混乱状態に陥ったものだ。今では、メイドギルドに手を出すな、という暗黙のルールが出来ているほどでね、当時の貴族の中には、恐怖からメイドを近づけさせない者もいるようだよ」


 本当のことだったみたい。メイドギルドってすごい。


 でも、なんでおじいちゃんが知ってるのかな?

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