第115話 ヴィロー商会

 

 今日も朝から雨が降ってる。


 雨の音ってたまに聞く分にはいい感じ。長く続くとお外に出れないから、たまにでいいけど。アンリは風の子だけど雨の子じゃない。


「コラ、アンリ。短い時間しかないんだから外ばかり見ていないで集中しなさい。スザンナ君は黙々とやっているよ」


「おじいちゃん、四時間は決して短くない。そろそろお昼だしアンリの集中力は切れてきた。お母さんが作るシチューの匂いのせい」


 それにスザンナ姉ちゃんは無我の境地というゾーンに入った。多分、思考を停止してゴーレムのように書き取りをしているだけ。アンリも経験がある。


 そんなこんなで勉強が終わった。スザンナ姉ちゃんはなかなかこっちへ戻って来なかったけど、おかあさんのシチューを一口食べたら戻ってきた。


「スザンナちゃん、お代わりはいっぱいあるからたくさん食べてね。むしろ作り過ぎて、二、三日シチューになりそう……」


「ありがとう。お代わりを頂きます。でも、すごく冷ましてからお願いします」


「アンリはどう? お代わりする? もうお腹いっぱい?」


「フェル姉ちゃんみたいにたくさん食べる。そうすればアンリもあれくらい強くなれると思うから。あとサイクロンの練習をする。ディア姉ちゃんのように華麗に決めて見せる」


「やめなさい」


 ダメだった。たしかにサイクロンと言う食べ方は危険。子供のアンリがやるにはまだ早かった。サイクロンは封印するけど、シチューはモリモリ食べよう。まずは体を大きくしないと。


 お腹がパンパンの状態で動けないから、大広間でくつろぐ。


 午後は何をしようかな。森の妖精亭に行くのは絶対として、誰と遊ぶかだ。フェル姉ちゃんはダンジョンで魔王と勉強中らしいし、ここはメノウ姉ちゃんかな。あの気配を消す感じの移動方法は習っておきたい。


 そんなことを考えていたら、家に誰かが来たみたいだ。ドアをノックしている。


 アンリが入口に一番近いから、ドアを開けてあげよう。でも、誰なのか分からないから念のため確認しないと。


「合言葉を言って。山」


「え? あ、合言葉? だ、大霊峰?」


 ヴァイア姉ちゃんの声だ。ドアを開けると、ヴァイア姉ちゃんが立っていた。外は雨なのに全然濡れてない。よく見ると、頭上に障壁の魔法が展開されている。魔法で傘の代わりを作るなんて盲点だった。


 でも、今はそれはいい。まずはおもてなし。


「いらっしゃい、ヴァイア姉ちゃん」


「こんにちは、アンリちゃん。合言葉は合ってた?」


「あれは声を確認するだけのフェイク。でも山と言えば大霊峰ってちょっと安直。三十点」


「き、厳しいね。次は頑張るよ。ところで村長さんは――」


「やあ、ヴァイア君、今日はどうしたんだい?」


「頼まれていた魔道具が出来ましたので持ってきました。魔力を通すとその魔道具を中心に半径ニ十キロくらいの範囲で人族を見つけられます。あと、そこのスイッチを切り替えるとエルフさん達や魔物さんたちの反応も分りますよ。一回魔力を込めれば一日はもちますので、毎日魔力を補充してください」


 ヴァイア姉ちゃんは亜空間からまな板くらいの鉄版を取り出した。周囲の枠には模様が付いていてちょっとオシャレ。たぶん、グラヴェおじさんの作品。それをおじいちゃんに渡した。


「ありがとう。でも、すまなかったね。こんな貴重な魔道具を作ってくれなんて頼んでしまって」


「いいんですよ。これも村の防衛のためですから。あんなことはもうないと思いますけど、対策をしておくのは当然ですよ」


 どうやらヴァイア姉ちゃんはおじいちゃんの依頼で魔道具を作ってきてくれたみたいだ。あんなことって言うとニア姉ちゃんの件かな。傭兵に村を囲まれちゃったし、その対策のためだと思う。


「そうだ、村の囲いに沿って大規模結界が発動するようにしておきますか? それと捕縛用のトラップも――」


「ああ、うん、ヴァイア君、そこまではしなくていいから……よし、まずはちゃんと動作するか確認しようか」


 おじいちゃんはそう言って鉄版に魔力を込めた。すると鉄版に小さな青色の光が映る。かなり綺麗。


「この光がアンリちゃんだよ。こっちはスザンナちゃん」


「え? アンリは光り輝いているって意味? 確かにアンリは今、人生の中で一番輝いていると思うけど」


「そうじゃなくて、人がいる場所をこの光があらわしているんだ。スザンナちゃん、ちょっと部屋を移動してみて」


 スザンナ姉ちゃんが首を傾げながら部屋を移動すると、光が同じように動き出した。なにこれ、面白い。


「探索魔法を視覚化した魔道具って言えばいいかな。もっと立体的な作りにしたかったんだけど、術式が完全じゃないからまずはこれで使ってもらおうと思ってね。ちなみにアラーム機能もあって、村の人以外が村に近づくと音を出して教えてくれるんだよ」


「すごい。これってヴァイア姉ちゃんが作ったの?」


「うん。村長さんに頼まれて作ってたんだ」


「ヴァイア君は素晴らしいね。魔法付与師としてやっていけるんじゃないか? 魔法を付与するのに時間もかからないし、大きな商会でスカウトがくるかもしれないね」


「いえいえ、私なんかじゃとてもとても――」


 ヴァイア姉ちゃんはそう言いながらもちょっと嬉しそうだ。


 もう一度、鉄版を見ようと思ったら、いきなりビービーって音が鳴りだした。アンリは触ってないから壊してないはず。


「え? あれ? おかしいな? それって村の人以外が近くにいるときに鳴る音なんですけど……」


 鉄版を覗き込むと、今度は赤い光が青い光を囲むようにたくさん現れた。その数がすごく多い。


「ヴァイア君、これはまさかこの村が多くの人に囲まれているってことなのかい?」


「そ、そうですね。今日くらいに商人さんが通るはずなので、そのときに動作チェックする予定だったんですけど、なんでこんなに多いのかな……? 三百近くありますよね?」


 それって商人さんが三百人来たってことじゃ?


 そう思ったら、いきなりドアを叩く音が聞こえた。結構乱暴な叩き方だ。村の誰かじゃないと思う。


 おじいちゃんが「アンリは下がっていなさい」と言って、ドアの近くへ移動した。


「どちら様ですかな?」


「私はラスナという商人だ。ここは村長の家かね? 村の中で一番豪華そうに見えたのだが?」


 ドア越しに知らない男の人の声が聞こえた。ちょっと歳をとっている感じ。


「ええ、そうですが、何の御用でしょうか?」


「時間が惜しいので単刀直入に言おう。エルフと取引をしている魔族がこの村にいるはずだ。会いたいのだが、どこにいるのかね?」


「少しお待ちください」


 おじいちゃんは思案顔になって、窓から外を見た。外には馬車があって、たくさんの人もいる。


「あの紋章は、ヴィロー商会か?」


 紋章って言うと、馬車に書かれているあの紋章かな? 盾にドラゴンが描かれているやつ。それはいいとして、ヴィロー商会って何だろう?


「ヴィロー商会ってなに?」


「人界には三つの大きな商会があってね、その一つがヴィロー商会なんだ。別名ダンジョン商会とも言われていて、ダンジョンで発生する利益で大きくなった商会だよ。もちろん、それ以外の商売もしているけどね……目的はフェルさんのようだから、エルフとの取引を仕切ろうという魂胆かな」


 おじいちゃんは思案顔になってから頷く。


「ヴァイア君、森の妖精亭へ行ってフェルさんにこのことを伝えてくれないか? 私はラスナという商人と話をしてから向かおう」


「わ、分かりました!」


 おじいちゃんは外へのドアに近づいた。そしてドアを開ける。


「お待たせしました。雨の中大変でしょう。まずはお入りください」


「ふむ、ならお邪魔させていただこうか」


 恰幅のいい男の人が入ってきた。この人がラスナって人かな。見た目は四十歳くらい? そしてその後ろに二人のメイドさんがいる。でも、メノウ姉ちゃんほどの感じはしないかな。


「今、お茶を出しましょう。そちらにお座りください」


「いや、それには及ばない」


 ラスナって人がそう言ってから指をパチンと鳴らす。そうすると、背後にいたメイドさんの一人が亜空間からティーカップを取り出した。さらにポットを取り出してそこへ液体を注いだ。なんとなくいい香り。


「ありがたい申し出だが、お茶は最高級の物を飲んでいるのでね、余計な気を使う必要はないと言っておこう」


「そうですか……では、ヴァイア君、さっきの件はよろしく頼むよ」


「あ、は、はい!」


 おじいちゃんに促されてヴァイア姉ちゃんは外へ出て行った。森の妖精亭へ行ってフェル姉ちゃんにこのことを伝えるんだと思う。ちょうどお昼くらいだし、フェル姉ちゃんがいる可能性は高いと思う。


「では、ラスナさんと言いましたな? エルフと取引している魔族とのことですが、会って何をなさるので?」


 そこはアンリも知りたい。アンリもじっくり聞かせてもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る