第36話 村の雑貨屋さん
冒険者ギルドを出て、広場でフェル姉ちゃんが考え込んだ。次にどこへ行くのか考えているのかな?
でも、この村で行けるところなんてそんなに多くない。あとは教会、雑貨屋さん、森の妖精亭と畑くらいだと思う。
「ヴァイアの店に行こう。案内してやる」
「そういえば、ヴァイアは店をやってるんだな。よし、行こうぜ。金は無いけどな!」
ヴァイア姉ちゃんがやってる雑貨屋さんに行くみたい。リエル姉ちゃんはお金を持っていないけど、アンリは持ってる。ドワーフさんへのお礼が必要だからなにかいいものがあったら買おう。
「今日の軍資金は小銅貨三枚。無駄遣いは許されない」
そう言った後、みんなで雑貨屋さんへ足を踏み入れる。
武具とかは売ってなくて、日用品ばっかりのお店。でも、ドワーフさんが村へ来たのなら、ここでも武具を売り出すのかな?
それならアンリは買うつもり。ヴァイア姉ちゃんにまけてもらおう。三割引きくらいで。
ヴァイア姉ちゃんがカウンターの上で石遊びみたいなことをしてるけど、アンリ達に気づくと笑顔になった。
「いらっしゃい。みんな揃ってどうしたの?」
「いろんな場所にリエルを案内している。アンリは社会勉強だ」
「よーう、いい店じゃねぇか」
「物価の変動を見て、経済の状況を確認する」
実を言うとそんなことは分からない。そもそもヴァイア姉ちゃんのお店は安いものばかりだし、値段が上がったことなんてないって聞いてる。おじいちゃんが言うにはルハラで戦争でも起きない限り物価は上がらないとか。つまり物価が上がったら戦争がはじまるってことなのかな?
「そうなんだ。リエルちゃんもアンリちゃんもゆっくり見てってね」
ヴァイア姉ちゃんの許可が出た。じっくり見ておこう。
なんとなくだけど、石ころの魔道具が増えた気がする。使い捨ての発火魔法が使える魔道具が樽にいっぱい入ってる。そういえば、最近広場で石ころを見ないけど、それがこの魔道具になってるのかな?
ほかにも小さな鞄とかがある。おしゃれだとは思うけど……大銀貨一枚? ちょっとお高いというか、豪邸が買えそうなお値段。見間違いかもしれないからよく見よう。
えっと、お値段はやっぱり大銀貨一枚だ。値札の上には「百キロくらいまでなら入ります」って書いてある。
……ヴァイア姉ちゃん、これは詐欺じゃないかな? そんなに入るようには見えないけど? こんなんじゃアンリだって騙せない。
「へぇ、すげぇな。これ空間魔法が付与された鞄かよ……なんでこんなものが大銀貨一枚? 安すぎじゃねぇか?」
リエル姉ちゃんがアンリの頭越しに鞄を見ながらそんなことを言った。
空間魔法が付与された鞄? もしかしてフェル姉ちゃんがよくやる何もないところから物を取り出す空間魔法がこの鞄に付与されているってこと?
すごい。それはまさにお宝。でも、大銀貨一枚で安い?
「リエル姉ちゃん、確かにこれはすごいものだと思うんだけど、安すぎるの?」
「おう、どう考えても安すぎる。聖都で買ったら大金貨十枚でもお買い得だ。それに空間魔法を付与できる奴なんてオリン魔法国の魔法使いくらいじゃねぇかな? 希少価値が高いってことだ」
なんてこと。大金貨どころか、小金貨だって見たことがないのに。そんなお宝がこのお店にあるなんて。お店のセキュリティとか大丈夫なのかな? でもこの村で泥棒さんはいないから大丈夫かも。
一通り見終わって、ヴァイア姉ちゃんのほうを見たら、フェル姉ちゃんとお話をしているみたい。
「村の広場で商品を売買してくれるんだ。青空市とかフリーマーケットとか言ってるね」
フリーマーケットといえば、たまに来る商人さんのことかな。来たときは広場で商品を色々売ってくれる。その日はアンリもお小遣いをもらえるから毎日やってほしい。
そうだ、この魔剣もその時に買ったんだ。
みんなに見えるように魔剣を掲げた。
「軍資金を貯めてこの木剣を買った。魔剣七難八苦。業物」
「そういえば、アンリちゃんはそれを商人さんが来た時に買ってたね」
「魂を感じた。フェル姉ちゃんに剣を貰っても、これはこれで大事にする」
いわば二刀流。しかも両方が魔剣という類を見ない剣士になる。
「そうか、ならお土産の剣も大事にしてくれると嬉しいぞ」
「大事にする。名前も決めてある」
多分、アンリの名前とともにお土産の剣も人界中に轟く感じになるはず。その時が楽しみ。
「なんという名前にするんだ?」
フェル姉ちゃんはすでに気にしているみたい。ならこの渾身の名前を聞いて魂を震わせるといい。
「魔剣フェル・デレ」
「ちょっと待て」
フェル姉ちゃんがちょっと立ちくらみみたいになって、右手でおでこを抑えてる。左手は立っていられないのかカウンターに手をついて体を支えているみたい。
多分、名前を聞いて感動したんだと思う。
「私の名前が入っている気がする。それにデレというのはなんだ?」
「フェル姉ちゃんの名前と、ツンデレのデレ。ディア姉ちゃんに教わった」
「それは止めよう。もっと格好いい名前を付けた方がいい。魔剣ティラノサウルス・レックスとか」
それも強そうだけど、フェル・デレには勝てない。
「駄目。お土産を貰う前からずっと考えていた。渾身の命名」
たとえフェル姉ちゃんのお願いでもそれは拒否する。お土産の剣がフェル・デレなら、フェル姉ちゃんがいつも一緒にいてくれる感じがするし、フェル姉ちゃんみたいになれるかもしれない。だから、名前の変更はなし。
アンリの強靭な意志が通じたのか、フェル姉ちゃんは溜息をついてからアンリのほうを見て頷いた。
「わかった。だが、人のいるところで剣の名前を言うなよ。心の中だけにしてくれ」
「約束する。でも、ここぞと言う時には言う」
何かに誓いを立てるときは剣に誓う。アンリが誓いを立てるならフェル・デレに誓わないと。
フェル姉ちゃんはまた溜息をついたけど、どうやら認めてくれたみたいだ。その後、ヴァイア姉ちゃんと話をはじめちゃった。
良かった。これでフェル姉ちゃん公認の名前になった。早くアンリ用にカスタマイズしてほしいな。毎日素振りをしよう。
その後、ヴァイア姉ちゃんは空飛ぶホウキをフェル姉ちゃんに見せて説明していた。魔力を使って空を飛べるみたいだけど、アンリには魔力が少なすぎて駄目みたい。
空を飛ぶだけならカブトムシさんがいるけど、おじいちゃんが駄目だって言ってるし、アンリが空を飛べるのはいつになるんだろう。
でも、フェル姉ちゃん達の話だと、ドワーフさんが安全なゴンドラを作ってくれるみたい。それができたらアンリも空を飛べるかも。
「ドワーフのおじさんは万能。鞘も作って貰うから、一度挨拶しに行かないと」
「アンリ、まずは飛ばない方向で考えようぜ? 危険なことはしない。それが人生で大事なことじゃねぇか?」
リエル姉ちゃんがそんなことを言っている。でも、それは間違い。ちゃんと教えてあげないと。
「人生で最も大事なのはチャレンジ。それが人を大きくする」
なんだかアンリの年齢詐称疑惑が出てる。アンリはちゃんと五歳なのに。
そのあと、ヴァイア姉ちゃんはフェル姉ちゃんにホウキを渡していた。いいな。アンリも大きくなったら欲しい。というか、いつの間にか雑貨屋さんにアンリが欲しいものがいっぱいある。いつの間に仕入れたんだろう?
そうだ、アンリはドワーフさんへのお礼品を買わないといけなかった。
「ヴァイア姉ちゃん。ドワーフのおじさんが喜びそうな物ってある? 小銅貨三枚以内で」
「それは難しいかな? 値段もそうだけど、ドワーフさんが好きなのはお酒だからね。店には置いてないんだ。ニアさんなら用意できるかもしれないけど、アンリちゃんはそんな事しなくてもいいと思うよ?」
「ニアおば……ニア姉ちゃんに聞いてみる。心付けは大事」
いけない。ニア姉ちゃんはお姉ちゃん。たまに間違っちゃう。本人の前でそれを言ったらものすごい圧力のある笑顔で訂正させられた。命の危険を感じたのはあれが初めて。
「もう昼だから、私は宿で食事にするが、お前たちはどうするんだ?」
フェル姉ちゃん達は森の妖精亭で昼食を食べるみたいだ。今日フェル姉ちゃんと一緒にいる日だから、アンリも一緒に食べたいな。
うん、そうしよう。アンリ一人で外食するのは無理だろうけど、フェル姉ちゃん達がいるなら許可をもらえるかもしれない。
「フェル姉ちゃん達と食べたい。家で交渉してくる」
「そうか。じゃあ、ディアも誘って皆で食べるか」
よし、家に戻って交渉だ。森の妖精亭のお昼は確か大銅貨三枚。おじいちゃんからお小遣いとしてもらえるように頑張ろう。
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