第35話 不思議な受付嬢
社会勉強の最初は冒険者ギルド。
ディア姉ちゃんが受付嬢をしている場所だけど、アンリが勉強をしたくないときに逃げる避難場所としても重宝している。
フェル姉ちゃんはどうやら冒険者としての仕事を達成したからここへ来たみたい。この冒険者ギルドにお仕事があるなんて始めて知った。しかも司祭様の依頼で報酬は女神教が払うとか。
でも、話を聞いていると報酬がちゃんと支払われなかったみたい。そのせいでなぜかリエル姉ちゃんが瀕死の状態になった。ディア姉ちゃんが怒って首を絞めてる。今日は首を絞められる日なのかも。
フェル姉ちゃんはあまり怒っていないみたいだけど、報酬がなくても大丈夫なのかな?
「フェル姉ちゃんはタダ働きになったの?」
「そうだな。一応、ギルドが依頼中にかかった経費とかを肩代わりしてくれたので、まったくのタダ働きではないがな」
まったくのタダ働きというわけじゃないんだ。冒険者ギルドが経費を肩代わりしてくれたってことかな。
「冒険者ギルドはちょっとだけスジを通した。でも女神教はスジを通さなかった。女神教は駄目な組織。理解した」
女神教には注意しないと。司祭様はいい人なのに。リエル姉ちゃんは結構グレー。悪い人じゃないけど、いい人でもなさそう。
いつの間にかフェル姉ちゃんが布を取り出してカウンターに置いた。
ディア姉ちゃんに服を作ってもらうようにお願いしてるみたい。いいな、アンリもお姫様になれるこだわりの服を持ってるけどもっと服が欲しい。こう戦闘能力が上がる服。
ディア姉ちゃんがメジャーでフェル姉ちゃんの採寸を始めた。手の長さや背中、肩幅って流れるように採寸して、小さな紙にその数字を書き込んでる。
なんだろう。ディア姉ちゃんがすごく真面目な顔をしてる。真剣そのもの。いつもニコニコしている感じだけど、こういう顔もできるんだ。
ディア姉ちゃんって不思議。弱そうなのに強そうに見えるときもあるし、だらしなさそうにしてきっちりしているときもある。それに今日はいいことがあったのかな? 昨日までに比べると晴れ晴れとした感じに見えるんだけど。
ディア姉ちゃんは、フェル姉ちゃんの採寸が終わってから、アンリのほうを見てニコッと笑った。
「アンリちゃんも採寸しようか? フェルちゃんの後だけど、余った布で服を作ってあげるよ。まあ、私の練習だけどね」
「つまり、アンリは実験台?」
「ものすごく悪意のある言い方をするとそうだけど、練習に付き合ってくれるとうれしいな。どうかな? もちろん無料だよ?」
「それはお得。採寸をお願いします」
背負っていた魔剣を近くの壁に立てかけて、ディア姉ちゃんの前に立った。ディア姉ちゃんがアンリの背に合うようにすわりこんでから、メジャーでアンリの体を色々測ってくれてる。
「ディア姉ちゃん、アンリはこれからモリモリ大きくなる。そのあたりを考慮してもらえる?」
「その時はまた服を調整してあげるよ。ブカブカなのはちょっとだらしなく見えるからね、キッチリしたサイズのほうがいいよ?」
「そうなんだ? わかった、ディア姉ちゃんに従う。村で一番のおしゃれさんだからお任せ」
そういうと、ディア姉ちゃんが笑顔になった。そしてまたアンリの体を測りだして、紙にメモを取りだした。
そんなアンリ達をフェル姉ちゃんがジッと見つめている。
「なんでアンリの採寸をしたんだ?」
ディア姉ちゃんが立ち上がりながらフェル姉ちゃんのほうを見た。アンリの採寸も終わったみたい。
「違うサイズの服かなにかを作って練習するんだよ。アンリちゃんのサイズなら布の切れ端で何か作れるからね」
しかも無料。ものすごくお得。
「テンションが上がってきた」
なんかこういてもたってもいられない感じ。素振りしよう。こういう時は素振りをして心を落ち着ける。明鏡止水。
「えーと、作るのはウェイトレスの服? それともメイド服?」
ディア姉ちゃんがフェル姉ちゃんにどんな服を作るのか聞いてる。
ウェイトレスの服は森の妖精亭で着ているような服かな。ヒラヒラが多くて防御力が低そうな感じの服。
メイド服はメイドさんが着る服だけど、あまりよく覚えてない。たしか白と黒の服だった気がする。村を通る商人さんがメイドさんを連れていることがあるけど、ジッと見つめてたらいつの間にか背後を取られていた。
メイドさんはかなりの手練れだと思う。そのメイドさんが着る服は防御力が低そうだったけど、ものすごく強い装備なのかも。
フェル姉ちゃんはそのどっちも選ばずに執事服を作ってほしいって頼んでる。
フェル姉ちゃんの執事服もそれほど防御力は高そうに見えない。でも、フェル姉ちゃんを見ているとものすごく強そうな服に見える。それにいつかアンリに仕えてもらうから、執事服のままがいいかも。
「アンリちゃんはどんなのがいい?」
ディア姉ちゃんがしゃがみこんでアンリに聞いてる。
アンリの服。冒険者用の身軽な服にしてもらおうかと思ったけど、フェル姉ちゃんが執事服なら、アンリはフェル姉ちゃんが仕えるような服装じゃないと釣り合わない。なら答えは一つ。
「マントと帽子がほしい。ボスって感じの。色は黒」
こう、マントをバサッやる感じが最高にボスって感じ。あと、帽子は外せない。軍帽みたいなの。それとボスは何物にも染まらないという意味で黒がいい。
「帽子はともかく、マントは切れ端だけで作れるかな? うん、わかったよ。とりあえず、考えてみるね」
あとで絵にかいてディア姉ちゃんに渡そう。意思の疎通は大事。
「よーし、今日から早速始めるからね! 二人とも楽しみに待っているといいよ!」
「少し不安な気がするが、よろしく頼む」
「楽しみ」
本当に楽しみ。魔物会議の時はそれを装備するようにしよう……そうだ、今日は魔物会議をする日にしよう。昨日、フェル姉ちゃんが連れてきたドワーフさんもいるしみんなに紹介しないと。あとでスライムちゃんに連絡しておこう。
そんなことを考えていたら、フェル姉ちゃんがカウンターに石を置いた。犬っぽい石。
ディア姉ちゃんへのお土産みたい。でも、ディア姉ちゃんはいらないみたいだ。
「いらないなら貰う。犬っぽくて素敵。八大秘宝に匹敵する。今日から九大秘宝になった」
フェル姉ちゃんがうんうんとうなずいている。それにちょっとうれしそう。
この犬の形をした石。すごくいい造形美。もしかしたら、ほかの秘宝がただのお宝に落ちるかもしれない。一回、ほかの秘宝と見比べてから改めて考えよう。
「なあ、もう、ここはいいから別のところに行こうぜー」
リエル姉ちゃんがつまらなそうにしている。アンリとしては面白かったけど、リエル姉ちゃんはそうじゃないみたいだ。
フェル姉ちゃんがリエル姉ちゃんのほうを見て頷いた。
「そうだな。そろそろ移動するか。あ、いや、待て。ディア、何か依頼はあるか?」
「ないよ」
ディア姉ちゃんの返答が早い。冒険者ギルドに仕事がないというのはいつも通りだった。多分、司祭様がギルドに依頼を出したのは奇跡だったんだと思う。
「依頼がない冒険者ギルド。ちょっとだけスジは通したけど、冒険者ギルドも駄目な組織だった。理解した」
「待って、アンリちゃん! この村のギルドだけ! 依頼が無いのはここだけだから!」
ほかの冒険者ギルドを知らないからそれが正しいかどうかは分からないけど、なんとなく駄目な組織に見える。でも、それはディア姉ちゃんが受付嬢だからそう見えるだけかな? 真面目な顔をしているときのディア姉ちゃんは最高に格好いいのに。
結構長い付き合いだけど、フェル姉ちゃんの次くらいにディア姉ちゃんは不思議。いまだに新しい発見があるし。
……うん、決めた。ディア姉ちゃんもアンリの部下にしよう。その時は受付嬢じゃなくて、専属の仕立屋さんになってもらおうっと。
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