第266話 先輩冒険者さんの助言
アンリは七歳になった。
成人するまでまだ半分以上あるけど、もう半分は大人になったと言ってもいいと思う。夜更かしの時間も門限の時間もちょっとだけ増えた。ピーマンの量が増えるのは納得いかない。いつか滅ぼす。
誕生日は色々と楽しかった。サプライズはなかったけどプレゼントがあった。しかも二つ。スザンナ姉ちゃん達が選んでくれたものとフェル姉ちゃん達が選んでくれたものだ。
スザンナ姉ちゃん達はアンリにちょっとオシャレな服をプレゼントしてくれた。ディア姉ちゃんが作ってくれた服だ。さすがにダンジョンへは着ていけないけど、普段着としては最高。アンリの髪の毛の色に合わせた薄茶色のブレザーとズボン。それに白いシャツ。ちょっとだけ大人だ。
フェル姉ちゃん達はちょっとした障壁の魔法が自動展開される腕輪だ。とても実用的。でも、七歳の子供にプレゼントする物なのかと言うと微妙。アンリとしては嬉しいけど、フェル姉ちゃん達のセンスがちょっと怖い。
おじいちゃん達は大きなケーキを用意してくれた。残念ながらチョコレートたっぷりではないけど、頬が落ちる感じの美味しいケーキだった。ちなみにロウソクを消すときに願ったのは今回も人界征服。一息で消せたから叶うはずなんだけど、あと何回願えば叶うかな?
そういえば、誕生日と同じ日に森の妖精亭が改築を始めた。いつ頃出来るかは分からないけどすごく楽しみだ。
ルネ姉ちゃん達が魔界から持ってきた装飾品とか宝石は、エルフさん達にとってものすごい価値があったみたい。大量の千年樹の木材と交換してくれることになった。
換算した結果、結構な量にはなるけど一気には渡せないから、徐々に渡すってことになったみたい。でも、森の妖精亭を改築できるだけの分は必要なので、最初だけは大量に貰えるように調整したみたいだった。
「あれを持ち帰った時、エルフの女性達が大変なことになったんだ。何年も語り継がれるぜ。三百年はかてーな……」
ミトル兄ちゃんがちょっと震えながらそんなことを言ってた。たぶん、こう、言葉には出来ない惨劇があったんだと思う。タイトルはエルフの森の惨劇で決まりだ。
そんなわけで、森の妖精亭は現在改築中。食堂の一部を残してほとんどなくなっちゃった。すごく寂しいけど、使っていたテーブルとか椅子はそのまま使うみたいだからそれが残るだけでも嬉しい。
最近は木を木槌で打つ音が毎日聞こえてくる。結構リズミカルで楽しい感じ。踊りだしたくなる。たまにはアイドルグループの妖精愚連隊として活動しないといけないかな。最近は冒険者としてしか行動していないし。
「こら、アンリ、勉強中は集中しなさい」
「おじいちゃん、アンリはいつまで勉強しないといけないのかな? そろそろ勉強は卒業してもいいと思う」
「勉強に卒業はないから安心しなさい。ずっと頑張れるからね」
おじいちゃんは何も分かってない。このままずっと勉強していたら逆に頭が悪くなると思うんだけど。
「アンリちゃん、一緒に頑張ろう。勉強しておくと未来は明るいってリエル母さんが言ってたよ。あと、いい男と結婚できる可能性があるって」
「マナちゃん、勉強は知識を得るためであって、そういう下心は良くないと思う。リエル姉ちゃんの教えだからって全面的に信じるのは危険」
マナちゃんどころか孤児院のみんなに不思議そうな顔をされた。
ダメだ。マナちゃん達にとってリエル姉ちゃんは母親じゃなくて信仰。あらゆる言葉を完全に信じてる。ちょっとマナちゃんの将来が心配。
「スザンナ姉ちゃんからも何か言ってあげて――」
こっちもダメだ、スザンナ姉ちゃんの目に光がない。黙々とゴーレムみたいに計算をしてる。あれは余計なことを考えずに時間の体感速度を上げる無我の境地。そこに至っちゃった。
クル姉ちゃんは言わずもがな。すでに口から何か霊体みたいなものが出ている感じで、何も考えていない状態になってる。それなのに鉛筆を持つ手は動いてる。末期症状だ。
なんで阿鼻叫喚な状態になっているんだろう? 早く終わらせてダンジョンへ行きたいな。
ようやく勉強から解放された。お昼も食べたからこれからが本番。ダンジョンへ行って修行だ。
みんなで勢いよく広場に飛び出したらユーリおじさんがいた。相変わらず胡散臭い服を着てる。ニャントリオンで服を買えばいいのに。
でも、最近村でよく見る。いつもはゾルデ姉ちゃん、ウェンディ姉ちゃんと一緒にダンジョン攻略をしているんだけど、最近は行ってないのかな。まさかとは思うけど、最下層まで行っちゃった? アンリ達が一番乗りするつもりだったのに。
「ユーリおじさん、こんにちは」
「おや、アンリさん達ですか。こんにちは、これからダンジョンですか?」
「うん。最近ずっと村で見かけるけどユーリおじさんはダンジョンへ行かないの? もしかして踏破しちゃった?」
「まさか、ジョゼさん達がいるし、アビスの最下層までなんていけませんよ」
「それじゃ攻略を諦めちゃった?」
「いえいえ、そうではなく、村の見回りを増やしているんですよ。アビスというダンジョンのおかげでこの村には冒険者が増えましたからね、人が増えれば治安が悪くなる。私やウェンディさん、それにゾルデさんが村にいることで馬鹿なことをする冒険者を出ないようにしているんですよ」
確かに冒険者の人が増えた。たまに喧嘩している人達もいる。すぐに誰かが来て止めるけど。
そういえば、前にアンリ達も絡まれた。あの時はフェル姉ちゃんが助けてくれたけど、アンリだってやれたと思う。お説教されたし、力に頼るのは最後の最後って約束したらもうそんなことはしないけど。
「そういえば、以前、アンリさんは剣をよこせって絡まれたらしいですね?」
「なんてタイムリー。そのことを考えてた。あの時、アンリは相手に勝てたけど、フェル姉ちゃんと約束したからもうそう言うことはしない。力で言うことをきかせるのはダメだから、冒険者ギルドに助けを求める」
「ああ、なるほど。相手に勝てると思っちゃいましたか」
何だろう。ちょっと含みのある言い方な気がした。これは聞いておいたほうがいいかも。
「ユーリおじさんの言葉に引っかかる。実はフェル姉ちゃんに助けてもらった時にお説教されてる。力で言うことを聞かせるのは間違ってるって。でも、全部を理解してはいないから何か知ってるなら教えて」
「そうでしたか、説教されましたか。でも、私の思ったことはフェルさんとは違いますよ。別件です。それでもいいですか?」
「うん、先輩冒険者さんの助言は大事。お願いします」
「分かりました。では、まず質問ですが、その絡んでいた人に勝てたあとはどうしますか?」
「勝てたあと? 別に何もしない。剣が守れれば十分」
「なら、次の日にまた絡んで来たら?」
「え? その時も倒すに決まってる」
「それじゃ、その次の日も絡んで来たら?」
「ユーリおじさん、ちょっと待って。勝てないと思ったら襲ってこないと思う。その質問は意味がない」
「そうでしょうか? 勝てないと思ったのなら、今度は仲間を連れてくるかもしれませんよ。相手はアンリさんに一対一では負けても、それが諦める理由にはならないでしょう。むしろ負けるたびにアンリさんへの恨みが強くなると思いますよ」
確かにその通りかも。アンリもコカトリスさんには何度も負けた。恨んではいないけど、諦める理由にはならない。負けても負けても挑む。
「アンリさんはまだ小さいからこういうことを言うのは良くないのですが、相手を諦めさせるには、圧倒的な力を見せつけるか、相手の息の根を止めるしかないのです。もちろん、命を奪えば犯罪ですけどね」
「うん」
「勝てるから戦うとしましょう、そして勝った。アンリさんは相手にもう襲ってこないほどの強さを見せつけられますか?」
「無理だと思う。勝つことはできても圧倒的は無理」
「なら、相手の命を奪えますか?」
「それも無理」
「ですよね。ということは相手にいつまでも襲われる可能性があると言うことです。人との戦いは魔物との戦いとは違います。魔物の場合は相手の命を奪ったら勝ちです。ですが、人の場合はそうもいかない。お互いが生きているのですからずっと戦えるのです」
「うん。アンリはあの時に勝てても、次に勝てたかどうかは分からない。それにもし勝ってたら恨まれてた」
アンリが恨まれないようにフェル姉ちゃんがあの強面の冒険者を倒してくれたんだと思う。
それにあの人たちは村に出入りできなくなったってあとで聞いた。たぶん、冒険者ギルドのネヴァ姉ちゃんが色々と手をまわしてくれたんだと思う。これもアンリのためにやってくれたことだ。アンリは色々な人に守られてる。
「ありがとう、ユーリおじさん、色々勉強になった」
「それは何よりです。とはいえ、そういう冒険者が村にいるのは私達の落ち度ですからね。これからはそうならないように見回りを強化しますよ。でも、皆さんも気を付けてくださいね。危険なことに関わらないことも冒険者の技術ですから――おっと、ウェンディさんを待たせていたんでした。それでは、皆さん、また」
ユーリおじさんはそう言って、冒険者ギルドへ入っていった。
「ユーリのくせに生意気。でも、言ってることは分かった。人を相手にするときは気を付けないとね」
「うん。確かに魔物と人じゃ、勝ち負けの基準が違うよね。それにウル姉さんたちによく言われてたよ。死ななければ負けじゃないって」
「危険を察知するスキルとか欲しいかも。リエル母さんに聞いてみよう」
ユーリおじさんのおかげで勉強になった。こういう勉強ならもっとたくさんしたい。今度はゾルデ姉ちゃんやウェンディ姉ちゃんにもお話を聞こうかな?
でも、今日はダンジョンだ。最下層目指して頑張るぞ。
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