第267話 ホテル妖精王国

 

 森の妖精亭の改築が始まって三ヵ月。ようやく完成した。


 全部千年樹の木材で作った何年でも頑丈そうな建物だ。ラスナおじさんがこんな建物はあり得ないって笑いながら言ってたっけ。


 そんなあり得ない建物をよく見る。


 前と違って三階建ての建物だ。一つの階に八部屋あって、それが三階分……つまり二十四部屋。かなり大きくなった。でも、これからも上に向かって広くするような話をしていたから、いつか四階、五階って増えるんだと思う。


 それに部屋も一つ一つ広くなったらしいから今度みんなでお泊りしよう。前は結構窮屈だったけど、広くなったのなら安心。


 それと、聞いた話では食堂に出し物を出来るステージみたいな物がつくられた上に、すごく広くなってるみたい。前は広場にステージを作ってたけど、これからは常備。これで毎日出し物を見れるってベインおじさん達が喜んでた。


 こんなふうに色々変わったみたいだけど、一番の変化は名前が変わったことだと思う。


 森の妖精亭は「ホテル妖精王国」って名前になった。


 ホテルってこう、ハイカラ。ソドゴラ村には似つかわしくないように感じるけど、大きさだけならオリン国の王都にあるホテルと変わらないらしいからそう言ってもいいみたいだ。


 でも、気になることがある。森の妖精が集まるような場所が妖精の王国になった。妖精女王もタジタジになるフェアリーアンリがこの国の王様なのかも。もしかしたらアンリ専用の部屋があるかもしれない。あとで探検だ。


 そして今日は妖精王国のオープン記念でホテルの屋上から食べ物を投げてくれる。骨組みが出来た二ヵ月くらい前にもやったんだけど、今日もやることになったみたいだ。ホテルの周囲には沢山の人が集まって今か今かと待っている状態だ。


 前回、アンリは結構取れた。ロンおじさんがアンリのほうへたくさん投げたからだ。事前にアンリのほうへ投げてってお願いしたからだと思う。でも、今日はそれがない。つまりみんな同じ条件。


 その上、今日は強力なライバルがいる。


 フェル姉ちゃんだ。


「フェル姉ちゃん、子供相手に大人げないことはしないよね?」


「アンリ、いつだって世界は弱肉強食なんだ――まあ、それは冗談だが、メイドギルドの時もこの建物の時も遺跡に行ってて参加は初めてだからちょっと楽しみだ。ニアやロンが投げる物をキャッチすればいいのか? 魔法は使っちゃダメなんだよな?」


「うん。魔法なんか使ったら阿鼻叫喚になる。そんなことよりも大人なんだから、アンリとかマナちゃんのことを考えて。明らかに戦力差がある」


「私も背は低いから戦力は低いほうだぞ?」


 この戦いは背が高い方が有利。アンリとかマナちゃんはどう考えても地面に落ちたものを拾うしかない。飛び上がってもたかが知れてる。なんて絶望的な戦い。


 そんなことを考えていたらニア姉ちゃんとロンおじさんが妖精王国の屋上に現れた。二人とも大きな籠を持ってる。あの中に紙に包まれた食べ物があるんだ。絶対にゲットしよう。目標は十個以上。


「それじゃ始めるぞー」


 ロンおじさんがそう言うと、二人が籠に入っているものをばら撒いた。皆がわーわー言いながらそれを取る。意外と空中でのキャッチは難しいみたい。皆、手には当たるけど地面に落としてる。


 アンリの方にも飛んできた。でも、取ろうとしたら、先にフェル姉ちゃんが右手でキャッチしちゃった。なんてひどい。


「フェル姉ちゃん、それはアンリが狙ってたやつ。横取りは良くない」


「あ、すまん。でも、一個くらい譲ってくれ。どんなものか知りたい……これはクッキーか? 強く握ったからちょっと割れたみたいだ。力加減も大事なんだな。難しい」


 フェル姉ちゃんは白い紙につつまれたクッキーを取り出して眺めてる。ここはアンリが教えてあげよう。


「クッキー以外にも色々入ってる。クッキーの時もあれば、お餅の時もある。ちなみに赤い紙に包まれているのはお金。小銅貨が数枚入ってる。それはポイントが高い。クッキーは一ポイント、お餅は二ポイント、お金はレアだから五ポイント」


「ポイント制なのか。ポイントが高いと何かあるのか? リンゴと代えてくれるとか?」


「特に何もなし。そもそもこれはアンリルール」


「つまり、いい加減なポイントか」


 そんなことをフェル姉ちゃんと話してたら、またこっちに飛んできた。でも、アンリは空中でキャッチできない。仕方ないから落ちたのを拾う。ちょっと寂しい。もっと空中でバシバシキャッチしたい。


 いいことを思いついた。この状況を逆転できる起死回生の作戦。


「フェル姉ちゃん、ここはアンリと協力しない? つまり同盟を結ぶ」


「協力? 同盟?」


「フェル姉ちゃんがアンリを持ち上げる。それならアンリも空中でキャッチできるかも」


「なるほど。協力技か。それもアリだな。でも、山分けだぞ?」


「うん。戦利品は半分こにして食べよう。それじゃがばっとやって。こう天を突く感じに」


 フェル姉ちゃんがアンリの脇を両手で挟むように抱える。そして抱き上げた。


 すごい、いつもより視界が高い。お父さんの高い高いには負けるけど、それでも結構有利な状況になった。


 そしてニア姉ちゃんがアンリ達のほうへ食べ物を投げてくれる。


「フェル姉ちゃん、もっと左」


「こっちか?」


「うん……よし、取れた。ナイスキャッチ。フェル姉ちゃんこの調子。あ、赤いのが飛びそう。今度は右。魔族の力を見せて」


「魔族使いが荒いな」


 よし、この調子でたくさんポイントを稼ごう。そしてマナちゃん達に自慢だ。




 食べ物が撒き終わった後は、食堂で再開記念パーティをやることになってる。


 いつもの場所に、いつものテーブルが残ってた。建物自体はほとんど千年樹の木材で建てられたけど、中にあるテーブルとか椅子は以前の物だ。もちろん新しい物もあるけど、アンリはこっちの古い方がいい。


 まだ始まらないみたいだから皆で戦利品をテーブルの上に出した。


 アンリがぶっちぎりで一番だと思ったけど、そんなことなかった。でも、おかしい。みんないっぱい持ってる。とくにマナちゃんが多い。まさかマナちゃんも誰かと同盟を組んだ?


「マナちゃん、こんなに取ったの? ちょっとあり得ない感じなんだけど」


「自分で取れたのは数個だけかな。他は全部お姉ちゃん達がマナにってくれたんだ」


 マナちゃんのお姉ちゃん達……? やられた。人海戦術だ。リエル姉ちゃんの子供はマナちゃんだけじゃない。マナちゃんには頼りになるお姉ちゃんがたくさんいるんだ。


 数えてみたらアンリがトップだと思ったのにマナちゃんがトップだった。残念。次はもっと別の戦略を考えよう。


「アンリちゃん、私はこんなにいっぱい食べられないからみんなで食べよう」


「うん、それじゃアンリの分も一緒にする。あ、フェル姉ちゃん、それでもいい? 山分けの約束だったけど」


「もちろんだ。でも、私も食べるぞ。それにこれからあのステージで色々やるんだろ? 食べながら見よう。なんだか村の宴会に参加するのも久しぶりだな。何をするのか楽しみだ」


 そうだった。これからステージで出し物が始まる。もちろん妖精愚連隊もエントリー済み。たくさん盛り上げるぞ。


「えー、それでは最初の出し物はウェンディさんによる歌とダンスです。みなさん、拍手でお願いします!」


 ウゲン共和国から来てる犬の獣人さんが司会をしているみたい。ここでウェイトレスをしてた人かな。


 そしてステージにはパンクロックな感じのウェンディ姉ちゃんが現れた。しかも精霊さん達も一緒だ。最初から飛ばしてきた。


 アンリ達も負けられない。今日こそあの山を越えるぞ。

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