第265話 モテ期

 

 ルネ姉ちゃん達が来た日の翌日、エルフの森からミトル兄ちゃん達が来ることになってた。


 来るのはたぶん午後。アンリ達が何かをする訳じゃないけど、森の妖精亭の食堂で会うことになってるらしいからご一緒させてもらう予定。


 エルフさん達は装飾品と言うことでまずは査定に来るみたいだ。取引するのはフェル姉ちゃんなんだけど、どれくらいの木材になるかすごく楽しみ。ロンおじさんが使う量以上の木材になれば言うことなしなんだけど。


「相変わらずここの料理は美味しいですね。この村の子になりたい……!」


 ルネ姉ちゃんの言葉にレモ姉ちゃんも頷く。さっきまで昼食を食べていたみたいだ。


 そういえば、昨日の夜は森の妖精亭で盛り上がっていたみたい。残念ながらアンリ達は不参加。夕食は一緒に食べたけど、その後はお酒を飲んでたみたいだから撤退せざるを得なかった。今度はお酒なしで盛り上がってもらおう。


「ルネ姉ちゃん達は昨日楽しかった?」


「そりゃあもう! あんなにはしゃいだのは二年ぶりですね!」


「ルネ。いつも通りだったと思うよ?」


「気持ちですよ、気持ち。だって、飲め飲めってコップにお酒を注いでくれるんですよ? 魔界だったら、もう飲むな、しか言われませんからね! 部長になったのに……!」


 よく分からないけど、楽しかったのなら何より。


「あ、でも、楽しかったんですけど、みなさんは一体どういうことなんですかね? あれですか? みなさんは出来る女にクラスチェンジですか? 大人になった感じでちょっと悔しいですね!」


「何の話?」


「ヴァイアっちとかディアっちのことですよ。ヴァイアっちはつがいと一緒になった上に魔術師ギルドとやらのトップになったんですよね? それにディアっちは自分のお店を始めちゃって、リエルっちは孤児院を経営してる。メノウっちはメイドギルドの支店長みたいなものですよね? たった二年でこんなになっちゃうなんて」


 そういえば、そうかも。たった二年なのにみんなの状況ががらりと変わっている気がする。アンリはずっとこの村でそれを見てたから気付かなかったけど、ルネ姉ちゃん達は二年ぶりだからすごく変わったことに驚いてるみたいだ。


「まあ、ヴァイアっち以外に男の影がないのが唯一の救いですが。ぜひとも私がつがいを見つけるまでは一人でいて欲しい。ちなみにメイド服ってどうですかね? ゴスロリ服は受けがいまいちだったので、昨日メノウっちにメイド服をくださいって頼んだんですけど、あれを着ればこう、ぐっとくる感じじゃないですか?」


「アンリは子供だからそう言うのはちょっと分かんない」


「ルネ、子供達に変なことを教えるな」


 フェル姉ちゃんが入口から入って来た。そしてアンリ達がいるテーブルにつく。


「ミトル達はまだ来てないみたいだな」


「アビスちゃんのところの用事は終わったの?」


「ん? ああ、終わった。さっきアビスからちらっと聞いたんだが、アンリ達はコカトリスを撃破したのか?」


「うん、石化対策に全身の魔力コーティングをようやく覚えられたからその状態で突撃した。防御と攻撃を同時に行うアンリの新必殺技。アンリバスターって命名」


「ごめんね、アンリちゃん。私がもっと早く石化解除の治癒魔法を覚えられれば、もう少し早く階層を攻略できたんだけど」


「ううん、マナちゃんのせいじゃない。あれはコカトリスさん達が強すぎ。手加減しなくていいって言っても、もうちょっと大人の対応をしてほしかった。結局一年くらい足止めされたけど、アンリは魔力コーティングを覚えられたし、マナちゃんも石化の治癒魔法を使えるようになったから結果的には良かったと思う」


 でも、もうしばらくは石を見たくない感じ。


 あれ? なんだろう? ルネ姉ちゃんとレモ姉ちゃんが驚いた顔でアンリ達を見てる。


「フェル様、コカトリスって、魔界から送ったコカトリスですよね?」


「そうだな。ニワトリの方じゃなくて、寝返りをうっただけで周囲が石化してしまう危険なコカトリスの方だ」


「ええと、アンリちゃんって七歳くらいですよね?」


「うん、もうちょっとで七歳の誕生日。サプライズバースデーはアンリに通じないとみんなに言っておく。いつだって祝られる気マンマン」


「七歳未満でコカトリスを倒しちゃいますか。そういえば、オリスア様がアンリちゃんを弟子にしたって言ってましたね。なんかこう、末恐ろしいです。勇者だってそんなことをしたことないと思いますよ」


 勇者――村で暴れたセラって人のことだと思う。今でもフェル姉ちゃんと戦った時のあの強さは覚えてる。アンリもいつかあれくらいやれるようになるのかな?


 そういえば、聖人教の勇者であるバルトスおじさんはたまにアンリへ手紙をくれる。聖都へ遊びに来ないかって内容だ。あと、剣の修行をしてやるから勇者協会に入らないか、とも書かれていたっけ。それはおじいちゃんが断ってるけど、悪くないお誘いだ。勇者アンリ、なかなか良い響き。


「おいおい、なんだよ、こんなにかわいい子達が俺を待ってるなんて。もしかしてとうとう俺にもモテ期が到来か? 長かったぜ……百年は待ったよ」


 ミトル兄ちゃんがそんなことを言いながら入口から入って来た。その後ろには他にもエルフさんがいる。女性のエルフさんが多いみたいだ。


「ミトル、寝ぼけたことを言ってないで、さっそく査定してくれ」


「なんだよ、久しぶりなんだから、もうちょっと付き合えよ。まー、仕事が終わってからにするか。それじゃ品物を見せてもらっていーか?」


 フェル姉ちゃんが亜空間から装飾品をいくつかテーブルの上に出した。ネックレス、指輪、それにあれは加工前の宝石かな? そういう綺麗な物が無造作に置かれている。


 綺麗だなとは思うけど、これくらいじゃアンリの食指は動かない。アンリの持ってる犬型の石のほうが価値は高いと思う。


 スザンナ姉ちゃんも同じ様で、ふーんって感じで見ているだけだ。でも、クル姉ちゃんやマナちゃんは違うみたい。「うわぁ」って言いながら、ちょっと口を開けて見てる。


「へえ、綺麗だな。なあ、これ、どう――いてぇ!」


 女性のエルフさん達がミトル兄ちゃんを弾き飛ばした。そしてものすごく真剣な目でテーブルの上を見てる。穴が開くんじゃないかって感じのすごい眼力だ。


「ミトル、大丈夫か? 一応心配してやるが」


「いててて、ひでー奴らだな。というか、心配は一応かよ……まあいーや、そっちは時間かかるから放っておこーぜ。そんなことよりもみんなでお茶しよう! こんな美人とお茶できるなんて来たかいがあったぜ!」


 ミトル兄ちゃんはルネ姉ちゃんやレモ姉ちゃんを見てそんなことを言ってる。


「美人って私がですか?」


「もちろんさ。ここの宴会で一度会ってるんだけど覚えてるかな? 僕は覚えてるよ、君みたいな褐色美人を忘れる訳がない!」


 ミトル兄ちゃんの歯が光った……気がする。すごくいい笑顔をしているんだけど、スザンナ姉ちゃん達やレモ姉ちゃんの顔から表情が抜け落ちてるのが怖い。


 それはそれとしてルネ姉ちゃんが下を向いて震えだした。怒ってるわけじゃないと思うんだけど、どうしたんだろう?


 いきなりルネ姉ちゃんが顔を上げてフェル姉ちゃんのほうを見た。


「来た! フェル様、とうとう来ましたよ! モテ期到来! 生まれてからずっと待ってました!」


「そりゃよかったな」


「奇遇だね。僕も今、モテ期なんだ。モテ期同士、一緒に食事でもどうかな?」


「あ、チャラい人は遠慮してください。モテ期が汚れる……!」


「……それじゃ、そちらのミステリアスな眼帯をしてるお嬢さんは――」


「自分は魔界につがいになることを約束した人がいますので遠慮します。ちなみに一ヵ月後につがいになる予定です」


 ルネ姉ちゃんがレモ姉ちゃんのほうをものすごい顔で見てるけど知らなかったのかな?


「おーい、フェルちゃん、帰って来てるんでしょ! 戦おう!」


 千客万来。今度はドワーフのゾルデ姉ちゃんが入って来た。


 そういえばダンジョンから帰って来てたっけ。普段、ゾルデ姉ちゃんはユーリおじさんとウェンディ姉ちゃんの三人でアビスちゃんのダンジョンへ潜ってる。アンリ達よりもさらに深い階層だ。いつか追い付きたい。


「うげ!」


「ああん? なんでアンタがいんのよ?」


 なぜかミトル兄ちゃんとゾルデ姉ちゃんは犬猿の仲。出会うといつも喧嘩っぽくなる。


「まあいいや、アンタでいいから手合わせしなさいよ。どうせナンパしてるんでしょ。その根性を叩き直してやるから!」


「おい、ちょ、止めろ。フェル、止めてくれ!」


「そう言わずに手合わせしてやってくれ。その、なんだ、ちょっとミトルは邪魔だから。まあ、これもモテ期の一環だと思う」


「ひでぇ!」


 ミトル兄ちゃんはゾルデ姉ちゃんに引きずられて森の妖精亭を出て行っちゃった。そして悲鳴みたいなものが聞こえてきた。広場で戦うのはいけないんだけど大丈夫かな?


 ちょっと可哀想な気もするけど、延々とナンパされるのは大変だから仕方ないと思う。


 さて、そろそろ査定は終わるかな? どれくらいの木材になるんだろう? ちょっと楽しみだ。

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