第210話 不老不死

 

 オリスア姉ちゃん――師匠の修業は厳しい。午後からいきなり修行が始まった。


 アンリとしてはウェルカムだけど、いきなり重力魔法で負荷をかけながらの素振りってどうなんだろう? 魔剣フェル・デレがすごく重い。これじゃ魔剣フェル・ツン。早くデレて。


「アンリ殿。素振りをする際は相手をイメージするべきだぞ。闇雲に振る剣などただの作業、剣を振るう筋力の向上以外に何もない。あと、一回一回考えながら振るほうがいい」


「はい、師匠」


「……師匠……いい響きだ……! うむ! 師匠の私がアンリ殿を最強の剣士に育ててみせるぞ!」


 修行中はオリスア姉ちゃんを師匠って言うけど、言わないほうが良かったかな。ものすごく張り切ってる。でも、これくらい張り切ってもらわないと強くなれない気もする。ここは師匠の言葉に従って頑張ろう。


 でも、なんでこんなことをしているのかは聞いておこう。


「ところでなんでこんなに重力をかけるの?」


「戦いにおいて重要なことは色々あるが、どんな状況でも動けることが大事だと私は思う。今、重力魔法によって体がすごく重いだろう? それは戦いが長引いて疲労がたまった状態だと思うがいい。その状況での訓練だな。本当は痛みがあっても動ける訓練のほうがいいが、さすがにそれをアンリ殿にやるとフェル様に怒られそうだからな!」


 そんな意味があったんだ? 確かに動けないから戦わないなんて話はない。どんな時でも動ける訓練なんだ。


「そうそう、アンリ殿。その質問はいい質問だぞ。訓練のことで意味が分からなかったらなんでも聞くといい。素振りでもそうだが、言われたことを闇雲にやっているだけでは意味がない。頭で考え、理解して訓練したほうがより身に着くぞ」


 オリスア姉ちゃんに頷く。確かにおじいちゃんやおとうさんもそんなことを言ってた。色々考えながらやるべきだって。


「まあ、フェル様とかレモは生まれ持った感覚だけで色々理解してしまうがな。ああいうのを天才と言うのだろう。ハッキリ言って修行中はつまらなかった。一を教えて十を知るというのは、教える方としてはなんかこう、納得いかん」


 フェル姉ちゃんはなんとなくわかるけど、レモ姉ちゃんもそうなんだ? そういえば、レモ姉ちゃんや魔剣タンタンは元気かな? ソドゴラ村で防衛してくれているみたいだけど、女神教はなくなったし今はのんびりしているのかも。でも、天才か。今度レモ姉ちゃんと模擬戦をしてもらおうかな?


 そんなことを考えていたら、スザンナ姉ちゃんがいるほうから大きな音が聞こえてきた。サルガナおじさんと戦ってるみたいだ。


「スザンナ君。君のユニークスキルは私と同じ様な物だろう。意識して動かすのではなく、手足を動かすように無意識で動かせるように訓練したほうがいい。どんな時でも常に水を操っておくんだ」


「分かった」


 スザンナ姉ちゃんの周囲に水の塊が浮いている。


 その水の塊にサルガナおじさんの影が攻撃していた。サルガナおじさんは影を操るというユニークスキルを持っていて、スザンナ姉ちゃんの水みたいに自在に操れるみたい。


「甘い」


「あ!」


 スザンナ姉ちゃんの水が全部叩き落とされた。


「私の影と違ってスザンナ君は水を作るところから始めないといけない。それは致命的な問題だと言えるだろう。その腰の水筒に水を貯めてあるようだが、それもなくなったら万事休す。水があるうちに新しい水を作っておくんだ。相手は待ってくれないぞ。魔法名を言う必要がない魔道具などを用意しておくのもいいかもしれないな」


「……勉強になる」


 そしてまたスザンナ姉ちゃんとサルガナおじさんの訓練が始まった。


 スザンナ姉ちゃんも色々教わって強くなろうとしているみたい。ソドゴラ村だとアンリ達はすごく弱い。みんなの本気にも勝てるくらいの強さを手に入れないと。


「どうしたアンリ殿。剣が動いていないようだが、もうギブアップか?」


「ううん、まだまだ。ぬるいくらい。ここからが本番」


「うむ! よく言った! さらに重力を追加しよう!」


「それは無理」


 いまだってフェル・デレを振るのはギリギリなのに。これ以上重くなったら動けなくなっちゃう。




 そんなこんなで午後はずっと修行してた。


 すごく疲れたけど、なんとなく清々しい気分。それに重力魔法が解除されたから体が軽い。気持ち的には飛べそう。


 訓練が終わった後、オリスア姉ちゃん達はドレアおじさんに用があるとか言ってどこかへ行っちゃった。


 中庭にあるベンチにスザンナ姉ちゃんと座って休憩していたら、ヴァイア姉ちゃん達がやってきた。ヴァイア姉ちゃんにディア姉ちゃん、リエル姉ちゃんにメノウ姉ちゃんもいる。


 そういえばアンリ達が修行していた間、色々ドタバタしてたけど、どうかしたのかな? フェル姉ちゃん絡み?


「ヴァイア姉ちゃん、みんなで難しい顔をしているけど、何かあったの?」


「えっと、別になにもないよ――ううん、違うね、アンリちゃん達にも言っておくべきかな。さっき、村長さんにも話をしておいたし」


「何の話?」


「フェルちゃんの事。フェルちゃんね、空中都市でイブって人に記憶を奪われていたんだ」


「記憶を奪われていた?」


「そうだね、一部の記憶を消されていたんだ。それで、さっき思い出したみたい。それはいいんだけど、別の問題があってね」


「問題?」


「うん、アビスちゃんの話なんだけど――その前にフェルちゃんが魔王なのは知ってるよね?」


「知ってる。それは以前聞いた。格好いいと思う」


「そう、格好いいんだけど、魔王ってね、アビスちゃんが言うには不老不死なんだって」


 不老不死? 年を取らないし、死なないってこと? 確かそんな物語を本で読んだことがある。


「えっと、フェル姉ちゃんはずっとあのままってこと?」


「……そうだね。そのことはフェルちゃんも初めて知ったみたいで、ショックを受けたと思うんだ。だから、どうしようか悩んでたんだよ」


「よく分からないけど、ショックを受けるようなことなの?」


 死なないとか歳を取らないってすごいと思う。でも、アンリの質問にリエル姉ちゃんが頷いた。つまりショックを受けるってことだ。なんで?


「そりゃショックだろ。逆に聞くけど、羨ましいと思うか? 数年だったら問題ないかもしれないが、何年経っても成長しないんだぞ? その間に周囲の奴らは歳をとっていく。それを見るのはつらいと思う。はるか未来のことを想像するからな」


 確かに成長しないっていうのは困る。アンリも五歳のままだと大きくならないからフェル姉ちゃんに勝てない。でも、周囲の人が歳をとるのを見るのがつらいって何? それに未来のことを想像するってなんだろう?


「えっと、大きくならないことは大変だと思う。でも、後半の話がよく分からないんだけど?」


「……アンリにはまだ早いか。まあ、気にしなくていい。フェルのことだから、体や見た目だけじゃなくて、心だってずっと強く生きていく可能性があるしな。それに魔王様とやらが見つかればまた違った結果になるかもしれねぇし」


「よく分かんないけど、フェル姉ちゃんがショックを受けてるなら励まさないと。みんなで踊る?」


「おお、そうだな、踊りはしないけど、みんなで励ますか。そろそろ夕食だし、持ってってやろう。アビスとの話も終わっただろうし、みんなで食おうぜ!」


 リエル姉ちゃんの提案で、みんなでフェル姉ちゃんの部屋に押し掛けることになった。みんなで食事をすればフェル姉ちゃんも楽しくなると思う。しっかり励まそう。


 まずは夕食の料理だ。食堂へ移動してメノウ姉ちゃんが亜空間に料理を入れる。これで準備完了。


 部屋に行く途中、おじいちゃんやオリスア姉ちゃん達に会ったからフェル姉ちゃんの部屋で食べることを伝える。おじいちゃん達もフェル姉ちゃんの部屋で食べたかったみたいだけど、今回はアンリ達に譲ってくれた。


 そしてフェル姉ちゃんの部屋まで移動する。


 リエル姉ちゃんが部屋の扉をノックした。


「おーい、夕食を持ってきたから食おうぜー」


 部屋の中から返事があって、みんなでフェル姉ちゃんの部屋へ入った。


 フェル姉ちゃんはベッドで上半身だけを起こしていて、そのベッドの隣にはアビスちゃんがいる。ずっとお話していたのかな?


「他の皆も来たがってたけど、今日は私達に譲ってくれたんだ」


 ヴァイア姉ちゃんは笑顔でそう言うと、フェル姉ちゃんは「そうか」とだけ言った。


 みんなが言うようにショックだからあまり元気がないのかな?


 ベッドの横へ行ってフェル姉ちゃんのシャツを引っ張る。


「アンリ? どうかしたのか?」


「うん、ヴァイア姉ちゃん達に聞いた。フェル姉ちゃんは不老不死なの?」


「アンリ達にも言ったのか?」


 フェル姉ちゃんがヴァイア姉ちゃん達のほうをみてそう言った。


 もしかして言ってほしくなかったのかな? そんな仲間外れ的なことは困るんだけど。むしろどんどん情報を共有してほしい。


「あん? 隠すような事じゃねぇだろ? 村長とかには言っといたぜ。オリスア達とかジョゼフィーヌ達には言ってねぇから後で言っとけよ?」


 フェル姉ちゃんがちょっとだけため息をついた。そしてアンリとスザンナ姉ちゃんを見る。


「アンリには難しいかも知れないが、その通りだ。私は不老不死で歳も取らないし、死ぬこともない」


 聞いていた通り、フェル姉ちゃんはずっとこのままで、歳を取らないってことだ。確かフェル姉ちゃんは十八歳だったかな?


 つまり後十三年後にはアンリと同い年になる。あ、算術が役に立った。


 でもそんなことはどうでも良くて、もっと重要なことがある。


「分かった」


「なにが?」


「フェル姉ちゃんよりもアンリが年上になったら、アンリ姉ちゃんと言う許可をあげる」


「いらん」


「遠慮しないで。アンリも遠慮しない。アンリ姉ちゃんって言う練習する? どんと来て」


 これは素敵。フェル姉ちゃんがアンリに「アンリ姉ちゃん」という時が来るなんて。想像しただけでちょっと嬉しくなった。


「だから言うつもりはないぞ――スザンナも期待した目で見るな」


「えー? スザンナ姉ちゃんって呼んでいいよ? むしろ呼ぶべき」


 結局言ってくれなかったけど、いつかそう呼んでもらおう。


 その後、食事になったけど、フェル姉ちゃんとみんなが一触即発の状況になった。


 フェル姉ちゃん、不老不死の効果で太らないみたい。食べ過ぎた分は脂肪にならずすべて魔力に変換されるとか。アンリにはよく分からないけど、ヴァイア姉ちゃんとかは切実な問題だったみたいだ。


 でも、アビスちゃんが言うには不老不死の効果で胸も大きくならないみたい。みんながすごく憐みの顔でフェル姉ちゃんを慰めると、フェル姉ちゃんは料理をやけ食いした。ちょっとだけ雰囲気がギスギス。


 もしかしてフェル姉ちゃんはそれがショックだったのかな? でも、大丈夫。おかあさんが胸なんて飾りだって言ってた。フェル姉ちゃんに教えてあげようっと。

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