第209話 師匠と弟子

 

 フェル姉ちゃんが目を覚ました翌日、無理をさせちゃいけないってことで部屋を追い出された。


 ちょっと横暴だとは思うけど、確かにアンリ達がいるとフェル姉ちゃんは疲れちゃうかも。まだ本調子じゃないみたいだし、ここはアンリも大人の対応でいこう。


 それにフェル姉ちゃんは無事に目を覚ましたんだし、アンリもやるべきことをやる。聖都まで付いてきた目的を果たさないと。


 ここは勇者であるバルトスおじさんのお屋敷。みんなに迷惑をかけたから、せめてもの罪滅ぼしで自由に使って欲しいって言われている。一ヵ月くらいいるけど、その間の生活費は全部バルトスおじさんとシアスおじさんが出してるって聞いた。


 みんなはそれで許しているみたいだけど、アンリとしてはまだまだ。今だってソドゴラ村では怪我をしたみんながいる。帰った時に皆の仇を取ったとは言えないけど、ケジメは付けてきたって言いたい。だから、せめて帰る前に一太刀浴びせておかないと。


 スザンナ姉ちゃんとお屋敷の中庭に来た。


 結構広い庭で、名前を知らない花が花壇にたくさん咲いてる。それにあれはお墓かな? ずいぶんと綺麗にしているけど、バルトスおじさんが手入れをしているのかも。


 それはともかく、これだけの広さがあるなら戦える。


「アンリ、何かを探しているの?」


「うん、戦う場所とバルトスおじさんを探してる。フェル姉ちゃんが目を覚ましたし、数日中にはソドゴラ村へ帰ると思うから、その前にバルトスおじさんにボスとして戦いを挑む。場所はここでいいかな」


 スザンナ姉ちゃんが目を大きく見開いている。アンリの言葉にびっくりしたみたいだ。ここはちゃんと説明しておこう。


「言っておくけど、勝てるとは思ってない。でも、みんなのボスとしてやっておかないと。こういうケジメは大事」


「分からなくはないけど危ないんじゃないかな? 一応危険なことはしないっていう約束でついてきたわけだし。私としてもアンリにそういうことはさせたくないんだけど」


「大丈夫。約束はした。でも、守るとは言ってない」


「その理屈はおかしいと思う。それに守るって言わなかったっけ?」


 意外とスザンナ姉ちゃんは冷静だ。こういうことに賛同してくれるかと思ったのに。


「儂に何か用事なのか?」


 屋敷から中庭へ来る通路にバルトスおじさんとシアスおじさんが現れた。飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。


「うん、バルトスおじさん、腰の剣を抜いて。アンリはバルトスおじさんと戦うためにここへ来た。フェル姉ちゃんが目を覚ました以上、ここに留まるのもあと数日。その前に決着をつける」


「ぬう……本気か?」


「もちろん本気。むしろ本気じゃない理由がない」


 アンリは背中の魔剣フェル・デレを抜いた。そして剣先をバルトスおじさんに向ける。


「剣を抜いていない人は斬れない。だから早く剣を抜いて」


「……わかった。いいだろう。儂に一撃でも入れられたらお主の勝ちだ。時間は無制限。儂は守りに徹するから一撃を入れてみよ。お主が子供だからと言って手加減はせんぞ?」


「望むところ。それでこそ皆に胸を張って勇者に勝ったって報告できる」


 バルトスおじさんは剣を抜いた。そしてアンリと同じように剣先をアンリのほうへ向ける。そしてスザンナ姉ちゃんとシアスおじさんはちょっとだけ離れた。


 シアスおじさんはヤレヤレと言った感じで笑ってる。そしてスザンナ姉ちゃんは「頑張って」って応援してくれた。


 うん、頑張ろう。


 バルトスおじさんはオリスア姉ちゃん達と戦ったときよりも弱体化している。それでも普通の人よりは強いはず。今のアンリがどれくらいの強さなのかも分かるかも。


 まずは小手調べ。普通に足元を攻撃だ。そもそも胴体に届かない。


「せい!」


 距離を詰めてからフェル・デレで横薙ぎ。


 ガキンって音がなる。バルトスおじさんは普通に剣で止めた。


「ほう、なかなかだな。腰の入ったいい攻撃だ――いや、待て、お主、五歳かそこらだろう? なぜそんな攻撃が?」


「ソドゴラ村で皆を相手に修行した。アンリをその辺の五歳と一緒にしないほうがいい。大体八歳くらい」


「いや、八歳でも足らんわ。そもそも誰に剣技を教わった? それにその剣もかなりの業物だろう?」


「剣技はおじいちゃんとおとうさんに教わった。それにこの剣は魔剣フェル・デレ。村にいるドワーフのおじさんに作ってもらった」


「トラン流剣技をあの村で……? それに魔剣とまでは言わずともユニーク級の武具を作れるドワーフがいるのか……? 魔族が懇意にしていることといい、不思議な村だな」


 よく分からないけどバルトスおじさんは不思議そうにしている。これはチャンス?


 よし、ここは連続斬りだ!


「てい! てい! てい!」


 縦横斜め、無造作に斬るというアンリが考えた技。スピード重視の攻撃。手数で勝負。


「ほう、面白いな。だが、さっきとは違って一撃が軽い。恐怖を感じぬ攻撃など受けるのはたやすいぞ?」


 アンリの攻撃は簡単に弾かれちゃった。


 実践で使うのは初めてだけど、そういう弱点があるんだ? やっぱり一撃を重くするべきなのかな?


 ……そうだ。重い一撃と言えばあれだ。


 両手でフェル・デレを振りかぶる。そして集中。


「む……それはもしや、あの魔族が使っていた技か?」


「見よう見まねだけど、あれは素敵。一撃必殺はロマン」


「まあ、そうかもしれんが、その技には弱点があるのだぞ?」


「弱点?」


「うむ。それは待ちの技だ。そもそも近寄らなければいい。あの時の儂は相手を倒す必要があったからこそ相手の領域に踏み込んだ。だが、今の状況では踏み込む理由がない」


 それは盲点だった。確かにその通り。アンリの攻撃範囲に入らないうちに攻撃しても意味はない。それはただの素振り。そんな弱点があったなんて。


「アンリ殿! その心配は無用! 弱点など克服すればいい!」


 オリスア姉ちゃんの声が上の方から聞こえた。そして上から何かが中庭に降ってきた。オリスア姉ちゃんだ。上の階から飛び降りたの?


「まさかアンリ殿が私の技を真似ようとするとは! 三階からここをのぞき見していたのですが、とても嬉しい!」


「あ、うん。えっと、今、一応真剣勝負中だから」


「なに、私の技を受け継ごうとしているのなら、アンリ殿は私の弟子のようなもの! ならば勝負中でもアドバイスは問題ありません!」


 いつの間にかオリスア姉ちゃんの弟子になってた。別に技を受け継ごうって気持ちはなかったんだけど、それは言わないほうがいいのかな?


「では、私がお手本を見せましょう! 行くぞ、勇者!」


「待て待て待て! お主は儂が弱体化する前から儂を倒しておっただろうが! 今あれを食らったら死んでしまうわ!」


「女神の涙とか言う薬を飲めばいいだろう! たとえ瀕死になってもあれなら問題ない!」


「問題あるわ! 瀕死どころか一撃で死ぬし、もうあの薬はない!」


「ちっ!」


「お主、事故に見せかけて儂をやる気だったんじゃなかろうな……?」


 いつの間にかオリスア姉ちゃんとバルトスおじさんが仲良くなってる気がする。そしてアンリはいつの間にか蚊帳の外。主導権を取り戻さないと。


「オリスア姉ちゃん、これはアンリと勇者の勝負。たとえアンリの師匠だとしても横入りは良くない」


「おお、師匠……魔界にいる魔族にもそんなことを言われたことはない。フェル様はオリスアとしか言わないし、他の魔族にはオーガ教官とか、羅刹とか、魔族の皮をかぶった悪魔としか言われてないから新鮮だ!」


 そのネーミングはどうなんだろう? 怖いイメージしかないんだけど。


 ……あれ? なんだろう? 師匠って言葉に違和感がある。だれかほかの人のことを師匠って言ってなかったけ? 気のせいかな?


「よし、ならアドバイスだけにしましょう! 魔法です! 重力魔法を使って相手を引き寄せるのです!」


 そういえば、あの攻撃は重力魔法を併用しているとか聞いた気がする。叩き潰すだけに使うんじゃなくて相手を引き寄せるという方法もあるんだ? 確かにそれなら剣の届く範囲に相手を引き寄せられるかも。


 でも、それには致命的な問題がある。


「オリスア姉ちゃん、申し訳ないんだけど、アンリは重力魔法を使えない。使えるのは生活魔法を少しだけ」


「なんと……! そういえばアンリ殿は五歳でしたね。残念です……」


 オリスア姉ちゃんが肩を落として残念そうにしてる。でも、いきなり術式を覚えることなんてできない。諦めて貰おう。


 ……なんというか、緊張感がなくなっちゃった。このまま続けるのもどうかと思う。バルトスおじさんもそんな感じだ。


「のう、アンリ。今日はこの辺で終わらんか? フェルが目を覚ましたと言っても明日帰るという訳でもあるまい。そこの魔族に剣を教わってからもう一度戦うのはどうだ?」


 その提案にオリスア姉ちゃんは目をキラキラさせている。アンリに剣を教えるのが嬉しいのかな?


 オリスア姉ちゃんに剣を教わる……いつの間にか弟子になってたしそれはいい考えなのかも。


「それとも儂が剣を教えてやろうか? お主には才能がある。勇者を目指すというのも悪くないと思うがな?」


「ほう、勇者よ。私の弟子を取ろうとするばかりか次の勇者にするだと? そんなことはこのオリスアが許さん! アンリ殿は私が立派な魔王にして見せる!」


「人族を魔王にするでない。しかし、次の勇者か。魔族に対抗するための力は必要だな……」


 なんだかバルトスおじさんは考え込んじゃった。


 確かにオリスア姉ちゃんに色々教わったほうがいいかも。おじいちゃんやおとうさん以外から剣を教わるのもいい勉強になると思う。


「それじゃ、今日の戦いはここまで。帰る日の前日にもう一度戦うってことでお願いします」


「うむ、約束しよう。それとオリスアと言ったな。あまり無茶な教え方はせぬようにな」


「言われなくても分かっている。体が出来ていないうちからそんなに無茶なことはしない」


 体が出来たら無茶なことをするってことなのかな? もしかしてアンリは早まった?


 でも、それくらいやらないとフェル姉ちゃんには追い付けない。フェル姉ちゃんはオリスア姉ちゃんに色々教わったみたいだし、アンリも教わって強くなろう。


 よーし、オリスア姉ちゃんを師と仰いで頑張るぞ!

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