第174話 ヤバい奴

 

 いっせーの、せ、でゾルデ姉ちゃんとムクイ兄ちゃんが建物を飛び出した。


 アンリとスザンナ姉ちゃんはすぐに窓に近寄って広場を見る。


 女神教の人は面食らったみたいで、ちょっと動きが止まったみたい。


 そしてゾルデ姉ちゃんが斧を振り回して笑いながら突撃していった。


「あはは! この斧のサビになりたい奴はだれかな!? 私を止めたければ女神教の勇者でも連れてくるといいよ!」


「おお、ゾルデさんかっけー! おっし、俺も負けてらんねぇ!」


 ゾルデ姉ちゃんの斧や、ムクイ兄ちゃんの剣が振るわれると、女神教の人たちはその衝撃で吹っ飛んだ。なんていうか、比喩じゃなくて本当に紙切れみたいに簡単に吹っ飛んでる。


 二人とも致命傷になるような攻撃はしていないみたいだ。どちらかと言うと気絶させるように武器で殴っている感じ。さすがに殺しちゃったりすると大変なことになるから手加減しているのかも。


 でも、女神教の人たちも結構やる。大きな盾を持って隊列を組み、じわじわ近寄っている感じだ。その後方では支援魔法みたいなものを使ってるし、吹っ飛んで怪我をした人には治癒魔法も使っている。団体戦に強いってことなのかな?


「女神様のために!」「聖女様を救え!」「なぜあのリザードマンには結界が効かんのだ!?」


 女神教の人たちは大きな声をだして、皆を鼓舞しているみたい。でも、一つ間違ってる。


「ふざけんな! 俺はドラゴニュートだ!」


 ムクイ兄ちゃんが怒った。そして怒りのしっぽ。高速でクルっと横に回転しながらしっぽをぶつけたら、大きな盾を持っている人たちを半分くらい吹き飛ばしちゃった。もしかして武器を使うより強いのかも。


 女神教の人たちはちょっと混乱しているみたい。ドラゴニュートさんがここにいる理由が分からないからだと思う。


「慌てるな! 隊列を崩さずに追い込め! 相手はたった二人だ! 二人を押さえ込んでいる間にあの建物の中に突入しろ!」


 女神教の隊長さんみたいな人がそんなことを言ってる。二人に勝てなくても、動きを止めてここに入ってくるつもりなんだ。でも、それで入って来ても無理だと思う。


 中にはパトル兄ちゃんとウィッシュ姉ちゃんがいる。


 でも、二人は何をしているんだろう? テーブルと椅子のお片付け? そんなことをしている場合じゃないと思うんだけど。


「アンリ、スザンナ、すまないが手伝ってくれないか? 私たちにこの場所は狭すぎる。色々なものを壊してしまいそうだ。戦えるだけの場所を確保したい」


 確かにドラゴニュートさんからしたら結構狭い。ここじゃ十分に戦えないんだと思う。


 椅子を運ぶくらいならアンリにもできる。お手伝いしよう。


「そう言うことなら私に任せて!」


 ディア姉ちゃんがそう言うと、バッと両手を広げた。そして胸の前に手を交差させると食堂にあった椅子とテーブルが全部壁のほうに寄せられちゃった。


「これなら大丈夫?」


「あ、ああ、十分だ。でも、何をしたんだ?」


 パトル兄ちゃんが驚いている。


 というか、みんなが驚いている。驚いていないのはヴァイア姉ちゃんと苦しそうなリエル姉ちゃんだけだ。ヴァイア姉ちゃんの座っている椅子やテーブルも壁際に引き寄せられたのに全然動じてないのはなんでかな? ものすごい集中してる?


 リエル姉ちゃんは全く気付いていないみたい。たぶん、痛みがひどいんだと思う。


「ああ、これ? ちょっと糸を使って引っ張っただけだよ。食堂に糸によるトラップを仕掛けておいたんだよね。それを使って壁に寄せただけ」


 簡単に言ってるけど、アンリは全然気づかなかった。そもそも糸なんか見えない。スザンナ姉ちゃんも驚いているみたいで周囲を見渡してるけど、発見できないみたいだ。


 アンリも一緒に周囲を見渡していたら、二階のほうから「ぎゃあ!」って声がした。


「どうやら二階のトラップに引っかかったみたいだね。正面からだけじゃなくて二階から入って来たのかも。まだまだ来ると思うから、そこはドラゴニュートさん達にお任せだね!」


 二階にも罠があったんだ?


 そしてディア姉ちゃんが言った通りに二階の階段から五人くらいの人が降りてきた。白い服を着ているから女神教の人だ。


「いたぞ! 聖女様だ! 身柄を確保しろ!」


 リエル姉ちゃんの前に司祭様が盾のように立ち塞がる。その司祭様の前にパトル兄ちゃん……だと思う方が立ち塞がった。


「ウィッシュ、正面入り口のほうは任せる。こっちはやらせてもらうぞ」


「了解。手加減を間違えないように注意しなさいよ?」


「心得ている」


 パトル兄ちゃんは剣と盾を床においてから、左手の手のひらでくいっくいっとこっちへ来いというジェスチャーをした。それは挑発行為だと思う。


 案の定、女神教の人がちょっと怒り気味に剣を振りかざしてきた。


 ……アンリの認識では一瞬だった。というか、過程がぜんぜん分かってない。いつの間にか女神教の人が床に倒されていて、気絶していた。たぶん、床に叩きつけたんだと思うけど、その音が聞こえてから状況を認識した感じ。ものすごく速かったんだと思う。


「パトルって人は投げ技がすごいんだよ。特訓で私も何度か食らったんだけど、捕まったと思ったらいつの間にか天井を見ている感じでびっくりした。最近はちょっと慣れたけど」


「スザンナ姉ちゃん達はそういう特訓をしてたんだ? ……いけない、そんなことを聞いている場合じゃないね。アンリ達も固まって身を守っておかないと。あとで教えて」


 スザンナ姉ちゃんは頷く。そして一緒におじいちゃんやヴァイア姉ちゃんがいる場所へ移動した。


 パトル兄ちゃんは二階から来た女神教の人をほとんど瞬殺している。本当に殺しているわけじゃないけど、あっという間に意識を奪っちゃった。


 それが終わると、今度は正面入り口からも女神教の人が入って来た。


「あら、ようやく私の出番かしら。このまま出番がないかと思っていたわ」


 ウィッシュ姉ちゃんは結構余裕な感じ。


「あのドラゴニュートを倒せ! 女神様の力を見るがいい!」


 女神教の人たちが一斉にウィッシュ姉ちゃんに切りかかる。ウィッシュ姉ちゃんはそれを持ってる剣で横に振り抜く。ものすごい音がして、女神教の人たちが持っている剣が折れちゃった。


「貴方達には女神が付いているかもしれないけど、こっちには龍神様が付いているの。まあ、今は眠っているけどそれでも負ける道理はないわね」


 ウィッシュ姉ちゃんは次にしっぽで薙ぎ払った。女神教の人たちは入口から放り出されるように出て行っちゃった。


「これならここで防衛していても勝てそうな気がするわね?」


 ウィッシュ姉ちゃんがそう言うと、外からムクイ兄ちゃんが入って来た。ちょっと慌てているけどどうしたんだろう。


「なんかヤバい奴が来た! 今はゾルデさんが相手しているけど、まずいかもしれないって言ってる! 魔道具とやらはまだか!?」


 ヤバい奴って誰だろう? ゾルデ姉ちゃんが勝てないって相当な強さだと思うんだけど。さっきのシアスって人かな?


「できました!」


 ヴァイア姉ちゃんが椅子から立ち上がりながら叫んだ。ようやく透明化の魔道具が出来たみたい。


 そう思った瞬間に入口からゾルデ姉ちゃんが飛び込んできた。というよりも、何かの攻撃を食らって吹っ飛んできた?


「あいたー……武器の性能は互角だけど技量の差が出ちゃってる。今の私じゃ勝てないよ……」


 ゾルデ姉ちゃんは仰向けのまま、自分の斧につぶれた状態でそんなことを言ってる。でも、すぐに起き上がった。


「ごめん、そろそろ逃げられる? 足止めも限界っぽい」


 ゾルデ姉ちゃんがそこまで言うなんて、一体誰が?


 外から白い鎧に身を包んだ人が入って来た。フルフェイスで顔は分からないけど、ものすごい威圧感。気を抜くと倒れそう。


「もう終わりか、ドワーフの娘よ。そろそろ体が温まってきたところなんだがな?」


 声は老人っぽい。おじいちゃんよりももっと上?


「さすがに人族最強って言われてる勇者が相手じゃね。悪いけど、今日の勝負はここまでかな」


 勇者? この人が女神教の四賢、勇者バルトス?


「魔族や魔物の味方をして儂が逃がすと思ったか? くだらんものに味方したことを後悔しながら死んでいくがいい」


 勇者が剣を振りかぶった。そして振る。たったそれだけの行動。ゾルデ姉ちゃんは斧でそれを受けたけど、厨房のほうまで吹き飛んだ。


 心配だけど、体が動かせない。皆も同じように動けないみたいだ。


「ここにいる奴らも同罪だ。魔族と懇意にするなどバカげたことを。死をもって償うがいい」


 改めて勇者が剣を振りかぶった。でも、みんな威圧感で動けない。どうしよう、このままじゃ……!


 その時、勇者の足元に三つの石ころが転がった。ヴァイア姉ちゃんが投げたっぽい。


 次の瞬間、勇者が立っていたところに氷の柱が出来た。たぶん、勇者はその氷に覆われたと思う。さらに巨大な氷の柱を囲むように結界が二つくらい展開されている。


 結界はともかく、氷の柱ってセラって人にやった時と同じ魔法?


「勇者は閉じ込めたよ! でも、すぐに出てくると思うから、今のうちにアビスへ行こう! みんな急いで!」


 すごい。ヴァイア姉ちゃんはあの威圧感の中でも普通に動けたんだ。アンリはいまだにちょっと体が震える感じなのに。


 ヴァイア姉ちゃんは皆に指輪型の魔道具を渡した。アンリも受け取る。


「魔力はもう込めてあるからすぐに使えるよ。でも三十分くらいしか効果がないから急いでね!」


「ありがとう、ヴァイア姉ちゃん、でも、すごい。あの勇者の前で動けたことにびっくりした」


「そんなの当然だよ。フェルちゃんが言ってたのを知らないかな? あの人は偽物だよ。勇者じゃなくてただの強い人っていうだけだから。それに――」


「それに?」


「フェルちゃんよりは絶対に弱いよ! 威圧される理由がない!」


 ヴァイア姉ちゃんはなぜかフンフンと鼻息を荒くしてそんなことを言っている。理由になっていないような気はするけど、そう思ったら確かに威圧される理由はないかも。


 うん、あの勇者なんかよりもフェル姉ちゃんのほうが何倍も強い。怯えることなんてなかった。考え方を変えただけなんだけど、不思議と体が軽くなった感じ。


 よし、勇者が氷漬けの間にアビスへ逃げ込もう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る