第173話 怪我と頭痛
皆と一緒に村の広場までやってきた。
広場に誰かがいるみたいだからサッと物陰に隠れる。幸い気づかれなかったみたいだ。
見ると広場では何かの戦闘があった感じになってる。そして白い服を着た人達がたくさんいて、森の妖精亭の入口を塞ぐように取り囲んでいるみたい。
広場にあるほかの家は無視しているようだし、逃げ遅れた人たちは森の妖精亭にいるのかな?
「みなさん! 我々は女神教の者です! この村で魔物が暴れています! みなさんの保護と魔物の殲滅をしますので出てきてください!」
なんて勝手なことを言ってるんだろう。魔物の皆が暴れるなんてことはない。昔はやんちゃだったかもしれないけど、村に来てからは礼儀正しくしてる。この人たちは嘘つきだ。
白い服の人たちはアンリ達に気づいていない。なんとか森の妖精亭に入って皆と合流しよう。
森の妖精亭の入口は二つ。広場に面している正面入り口と、厨房から出れる裏口。正面は女神教の人たちがいるから、裏口から入ろう。もしかしたら裏口から逃げてる最中かも。
「静かに裏口へ行こう。たぶん、逃げ出すならあっちの出口」
ジョゼちゃんがアンリの指したほうを見る。そして頷いた。
「分かりました。そちらへ行きましょう」
皆もアンリの言葉に頷くと、女神教の人たちに気づかれないように、裏口の方へ移動した。
でも、裏口にも女神教の人が三人ほどいる。コソコソしているのは、裏口から出てきたら捕まえようとしているのかも。
「ここは私にお任せください。どうやら、先ほどの老人よりも手練れではない様子。今の私でも相手に気づかれることなく勝てるでしょう」
ジョゼちゃんがやる気だ。ならここはお任せ。
「うん、それじゃお願い。でも、無理はしないでね」
ジョゼちゃんは一度だけ頷くと、べちゃっと地面につぶれた感じになっちゃった。そして地面を這うように移動して女神教の人たちに近づく。
途中、分裂して三人の背後に回った。そして一瞬で元の形に戻ると、三人の顔を押さえこんじゃった。バタバタ暴れていた三人がぐったりして動かなくなった。ジョゼちゃんは仕事が早い。
分裂したジョゼちゃんが一つに戻って、手でこちらへ来るように合図している。周囲を確認してからみんなで裏口の近くまで移動した。
「おいおい、スライムなのにすげぇな! 今度戦おうぜ! でも、お前って村の中だとどれくらい強いんだ?」
ムクイ兄ちゃんが小声でジョゼちゃんにそんなことを言っている。正直なところ、フェル姉ちゃんの次に強いのがジョゼちゃんだと思うけど、どうなんだろう?
「機会がありましたら」
ジョゼちゃんはそれだけ言って、裏口に近づいた。そして聞き耳をたてるように耳を扉につける。
「中にいらっしゃいますね。どうやらこちらを警戒しているみたいです。アンリ様、小声で中に呼びかけてもらえませんか?」
そっか。たぶん、アンリの声なら味方だと思ってくれるはず。
裏口に近づいて声をかけた。
「合言葉を言って。山」
中からガタンと音がして『だ、大霊峰!』って聞こえた。ヴァイア姉ちゃんの声だ。
すると、扉から鍵を開ける音が聞こえてきた。
扉が開くとおじいちゃんがいた。アンリを見てすぐに抱きしめてくれる。ちょっと苦しい。
「無事だったんだね、アンリ。心配したよ。でも、どうしてここに? アーシャ達には会わなかったのかい?」
「大丈夫。アンリの周りには信頼できる人がいっぱい。アンリは弱くても皆は負けない。おかあさんには会ってないけど……?」
そういうと、おじいちゃんはアンリを抱きしめるのをやめて、一緒に来た皆を見た。そして裏口から皆に入るように促す。扉の鍵を閉めてから、おじいちゃんは頭を下げた。
「みなさん、アンリを守ってくれてありがとうございます」
みんなが照れた。でも、おじいちゃんはちょっと間違ってる。アンリも守ってくれただけじゃない。ここはアンリがしっかり言っておかないと。
「おじいちゃん、皆はアンリだけを助けたんじゃなくて、村の皆を助けに来た。ここじゃ籠城できないと思うから、アビスちゃんのダンジョンまで行こう。お礼はその時までとっておいた方がいい」
「そうだったのか……もともとアビスへ行くつもりだったんだが、ちょっと問題があってここに留まっていたんだよ」
問題って何だろう?
「シルキーさんとキラービーさんが逃げ遅れた人たちを誘導してくれたときに怪我をしてしまって動かせそうにないんだ。自分たちのことはいいから逃げてくださいと言われてもそんなことできる訳ないのにね。だからここで籠城していたんだよ」
「二人とも大丈夫なの!?」
「怪我自体はリエルさんが治してくれたよ。ただ、自力で動くのは厳しそうだね。それにリエルさんもなぜか調子が悪そうでね、怪我人や調子の悪いリエルさんを抱えたままではアビスまで行けないと思ったから何人かは囮としてここに残ったんだ。ほかの住人はアーシャやウォルフ、それにメノウさんと一緒に魔道具で姿を消しながら移動したからもう着いている頃だと思うよ」
怪我の具合は分からないけど、リエル姉ちゃんの治癒魔法なら信頼できる。二人は大丈夫だ。
それにほとんどの人はアビスへ行ったんだ? すれ違ったりはしなかったと思う。たとえ姿を消していても、アンリ達に気づけば声を掛けてくれるはずだから、森を通るルートでダンジョンへ行ったのかな?
それはいいとして、リエル姉ちゃんの調子が悪そうってどうしたんだろう?
「リエル姉ちゃんは大丈夫なの?」
「うむ、頭痛が酷いらしいが何とも言えないな。司祭様が診ているようだが原因は分からないようだ」
「司祭様もここにいるんだ? あれ? そういえば、ヴァイア姉ちゃんもいたよね? 声が聞こえたんだけど?」
そう言うと、おじいちゃんはなぜか苦笑いだ。
「ヴァイア君だけじゃなくてディア君もいるよ。二人とも義理堅いというかなんというか、リエル君が動けないのが分かると、自分たちも残ると言いだしてね。出来れば逃げて欲しかったんだが――」
「それは無理ですよ、村長。それに相手が女神教なら私の知識が役に立つときが来るかもしれないじゃないですか――そう! 闇に生まれ、闇に愛された裁縫師、このディアさんがね!」
ディア姉ちゃんが顔の前で腕を交差させながら現れた。左目だけがこっちに見える計算されたポーズ。
「ディア姉ちゃん、今は大変な時だから、もうちょっと真面目にやって」
「あ、うん、ごめんね……ところでここからアビスへ向かうんだよね? リエルちゃんなら私とヴァイアちゃんが肩を貸して運ぶから、シルキーちゃん達さえ何とかできれば行けるんだけど何か手はあるかな?」
「それでしたら私が」
ジョゼちゃんが手をあげた。何か策があるのかな?
「私の胃袋と言うか亜空間に二人を入れておきます。人族は無理ですが魔物なら大丈夫かと。それに私はこの結界の中であまり動けませんのでちょうどいいかと思います」
うごけないなんてことはないと思うけど、ゾルデ姉ちゃん達も強いし、スザンナ姉ちゃんも強いからジョゼちゃんが戦えなくても大丈夫だと思う。
「うん、それができるなら問題は解決したようなものだね! あとはいまヴァイアちゃんが短時間だけ透明化できる魔道具を作ってるみたいだからもうちょっと待ってね。さすがにこれだけ多くの女神教徒相手だと、裏口からでもアビスまで突破するのは難しいと思うから」
アンリ達がダンジョンからここまで来たときはそうでもなかったけど、もしかしたらもう女神教の人がさらに増えているのかな?
とりあえず厨房は狭いので、テーブル席があるところへ移動した。
いつものテーブル席ではヴァイア姉ちゃんが色々作っている感じだった。それをノスト兄ちゃんが黙って見守っているみたい。そっか、ヴァイア姉ちゃんが残ったからノスト兄ちゃんも残ったんだ。
「もうちょっと待ってね! 急いで人数分出来るから!」
「ヴァイアさん、急がなくて大丈夫ですよ。入口の結界はヴァイアさんのお手製ですからそう簡単には壊せません。時間はまだありますから慌てずに」
「はい!」
こんな時だけど、ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんを見るとアンリでもほっこりする。
それはそれとして、大変なのは他のみんなだ。
まず、シルキー姉ちゃんとキラービーちゃん。あの破邪結界で能力が下がったところを攻撃されちゃったみたい。リエル姉ちゃんのおかげで傷は治っているみたいだけど、結構血が流れちゃったとか。
残念ながらポーションはヴァイア姉ちゃんが持ってた二つだけ。一人一本ずつ飲ませて床に寝せている状態だ。
そこにジョゼちゃんが近づいて二人と言葉を交わした。そして二人が頷くと、ジョゼちゃんは二人を飲みこんじゃった。ちょっとだけびっくり。
「これで二人は私の亜空間に入れました。快適とは言えませんが、アビスへ運ぶなら十分でしょう」
「うん、それじゃ、二人をお願いね」
「はい、お任せください」
最後はリエル姉ちゃんだ。
テーブルに突っ伏す感じになっている。汗もかいているし苦しそう。
そんなリエル姉ちゃんの背中を司祭様が撫でながら治癒魔法を使っているみたいだ。それに近くにはディア姉ちゃんもいて心配そうに見てる。
「リエル様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ……でも、なんだ、これ……? 頭が割れるみたいに痛ぇ……悪いなじいさん、それにディアやヴァイアも。俺のために残ってくれたんだろ……? 相手は女神教だから俺を残して行っても別に平気だぜ……?」
「何言ってんの。そんなこと気にしなくていいって。だいたい、おいていける訳ないでしょ? おいてったら後で何を言われるか分からないからね!」
ディア姉ちゃんの言葉は本心じゃないような気がする。照れ隠しにわざとそんな風に言ってるのかな?
「ははは……ちげぇねぇ……おいて行ったら死ぬまで言い続けてやったぜ……おう、アンリとスザンナも来てくれたのか……ありがとな……」
「リエル姉ちゃんにそういう弱々しいのは似合わない。いつも不敵に笑っているほうがアンリは好き。だから早く良くなって」
「……そっか、いつもの俺のほうが好きか……実を言うと俺もいつもの俺のほうが好きだ……聖女なんてなるもんじゃねぇな……イデデデ!」
リエル姉ちゃんが両手で頭を抱えて痛がってる。司祭様が治癒魔法を使っているけど、あまり効果がないみたいだ。本当にどうしたんだろう?
そう思ったときに、入口の扉に何かがぶつかった。
「どうやらヴァイア君の張った結界を壊して中に入るつもりのようだね。ヴァイア君、魔道具はあとどれくらいで完成する?」
「あと五分はかかります! 術式がちょっと複雑で!」
五分。たぶん、その前に入口の結界は破壊されて中に入られると思う。
「それじゃー、私たちが外で暴れようか? どうせ壊されるならこっちから結界を壊して外へ出よう! そしてちょっと暴れる!」
「お! とうとう出番か! よっしゃ! 腕が鳴るぜ!」
ゾルデ姉ちゃんとムクイ兄ちゃんがやる気になってる。すごく頼もしい。
「みなさん、その、よろしいのですか? 女神教と事を構えることになりますが……」
「やだなー、村長さん。村でお世話になってるんだからこれくらい当然だよ。それに何もしてなかったらフェルちゃんが帰ってきたときに怒られちゃうからね!」
「うぉ……それはこえぇな! マジで頑張ろう……!」
おじいちゃんが無言で頭を下げた。アンリとスザンナ姉ちゃんも一緒に頭を下げる。
その後、大体の取り決めが決まった。
ゾルデ姉ちゃんとムクイ兄ちゃんが外で暴れて、ほかの皆は待機。もし、中へ誰かが入って来た時のために残しておくみたい。中で暴れるとこの建物が大変だけど、それは後でニア姉ちゃんに謝ろう。
よし、ヴァイア姉ちゃんが魔道具を作り終わるまでアンリも頑張るぞ。
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