第172話 すごい援軍

 

 バンシー姉ちゃんは女神教の人たちを迎え撃つつもりみたいだ。いつものにこやかな顔からは想像できないほどの真面目な顔でアンリ達の前に出た。


「二人とも耳を塞いでください!」


 アンリと一緒にスザンナ姉ちゃんも急いで耳を塞いだ。バンシー姉ちゃんの武器は叫び声。おそらくここでそれをやるつもりなんだと思う。


 バンシー姉ちゃんはアンリ達が耳を塞いだのを見た後、女神教の人たちを見据えた。


「【死の嘆き】」


 両手でふさいだ耳に、かすかにそう聞こえた。直後にバンシー姉ちゃんが叫ぶ。


 耳を塞いでいてもうるさく聞こえるほどの叫び声を上げているみたいだ。周囲の草木がつよい風に揺れるくらいの威力がある。アンリも踏ん張らないと飛んで行っちゃう感じ。


 それにバンシー姉ちゃんから気持ち悪いくらいの魔力が放出されている。これは叫び声に魔力を乗せた広範囲攻撃魔法と言っていいかも。これがバンシー姉ちゃんの本気叫びなんだ。


 耳を塞いでいないなら耐えられないと思う。それは正しかったみたいで周囲の白い服を着た人たちは全員倒れちゃった。


 うすうす気づいてはいたけど、バンシー姉ちゃんと戦ったときはやっぱり本気じゃなかったみたい。


「おそろしいのう。これほど強力な魔物がこの村にはおるのか」


 ジョゼちゃんと戦っているおじいさんが、そんなことを言い出した。おそろしいと言いながらも結構余裕そうに見える。


「シアス様! 準備が整いました!」


 遠くの方からそんな声が聞こえてきた。


 シアスって四賢の名前だった気がする。確か賢者。そっか、このおじいさんが賢者シアスなんだ。


「うむ、なら始めよ」


 おじいさんがそう言うと、周囲が白っぽい光で包まれる。でも、それだけで何かが起きたようには思えない。これが何なんだろう?


「ぐっ!」


 いきなりバンシー姉ちゃんが片膝をついた。顔には汗をかいて肩で息をしている感じだ。すごく苦しそう。


「大丈夫!?」


「ち、力が入りません……これは一体……? いえ、これってルハラで受けたあの結界……?」


 力が入らない? アンリもスザンナ姉ちゃんも何ともないんだけど。


 ちょっと不安になってジョゼちゃんのほう見たら、ジョゼちゃんの動きも悪くなっていた。それに顔が苦しそう。


「アンリ、これって破邪結界ってやつじゃないかな!? この前、リエルちゃんに教わったよね!?」


 破邪結界? 聖都に張られている結界で、たしか魔族を弱体化させるとか言ってた。そういえば魔物さんにも効くとか言ってたっけ? でも、ここは聖都じゃない――そうか、簡易版があるとか言ってたっけ。


 分かった。簡易版をこの村で展開したんだ。でも、それじゃジョゼちゃんが――あれ? そんなに負けてない?


「お主、この結界の中でそこまで動けるのか。恐ろしいほどの強さをもった魔物じゃな」


「私はフェル様にこの村を守るように言われている。どんな状況でも負けるわけにはいかん。だがこの状況では手加減が出来ない。死んでも恨むなよ」


「だから何を言っておるのか分からん。が、本気を出す気じゃな? 先ほどとは姿形が異なっておるわ」


 ジョゼちゃんは幼女の状態から成人女性くらいの大きさになった。そしておじいさんと互角の戦いをしている。


 互角の戦いはしているけど、ジョゼちゃんはすごく苦しそう。この結界の中じゃほとんど力を出せないんだ。長期戦になったらジョゼちゃんでも危ないかも。でも、戦いのレベルが違いすぎてアンリは助けに行けない。


 すがるような気持ちでスザンナ姉ちゃんを見ると、スザンナ姉ちゃんは頷いた。


「アンリはバンシーちゃんとアビスの中へ避難して。こっちは任せてくれればいい」


「……スザンナ姉ちゃんは大丈夫?」


「私はこれでもアダマンタイト。そしてアンリのお姉ちゃん。妹を守るのは姉の役目。もちろん、ほかの家族もね。アンリにはお姉ちゃんが強いところを見せてあげる。それにずっと修行してたからね、以前の私よりももっと強くなった」


 スザンナ姉ちゃんはそう言って両手のてのひらをおじいさんのほうへ向けた。


「【水竜砲】」


「うおおお!?」


 スザンナ姉ちゃんのてのひらからものすごい勢いで竜の姿をした水が飛び出した。そしておじいさんを森のほうまで吹き飛す。


 アンリもバンシー姉ちゃんも、そしてジョゼちゃんも口をあけてあんぐりしちゃった。


「ジョゼちゃん、この状態で魔物達が戦うのは不利過ぎる。ここは私に任せて皆は避難を」


「しかし、それではスザンナ様が……それに相手は人族。同族で戦うのはやりづらいのでは?」


「えっと、言葉がいまいちよく分からないけど、同族同士で戦うことを心配してるってことかな?」


 あれ? スザンナ姉ちゃんもジョゼちゃんの言葉が分かるようになった?


 アンリがそうだと教えると、スザンナ姉ちゃんは笑顔になって首を横に振った。


「同族だって戦争する。それに同族の前に私はこの村の住人。そして村のみんなは家族。家族を守るためなら相手が人族だろうとなんだろうと戦って見せる」


 スザンナ姉ちゃんがすごく格好良く見える。頼りになるお姉ちゃんを持ってアンリは幸せ者。


 そしてジョゼちゃんもバンシー姉ちゃんもちょっと感動しているみたいだ。


「わかりました。では、スザンナさんには外にいる皆さんの避難をお願いします。おそらくアビスの中であればこの結界も効かないはず。全員がアビスへ逃げ込んだら中での防衛はお任せください」


「えっと、外にいる人の避難は任せるから、ダンジョンの中は任せてって言ってるのかな?」


 やっぱり分かってる感じだ。やっぱり魔物さん達とたくさん話していると分かるようになるのかも。


 アンリがその通りって言うと、スザンナ姉ちゃんは頷いた。


「バンシー、ダンジョンの中に入って防衛の準備を始めてくれ。たしかアビスに渡されているタブレットとかいうアイテムがあっただろう。あれで罠の設置や階層への転送などを頼む。それとマリーに防衛の指揮を任せるからそれも伝えておいてくれ。どうやらこの結界内では念話が妨害されるようだ」


 バンシー姉ちゃんは頷くと、ふらふらとダンジョンの中へ入っていった。


「ではスザンナ様、私と一緒に村の皆さんを助けに行きましょう」


「その言葉はなんとなくわかった。うん、一緒に行こう」


「アンリも一緒に行く」


「いえ、アンリ様は避難を――」


「スザンナ姉ちゃんは魔物言語を覚えたてで細かいところは伝わってない。でも、アンリなら伝えられる」


「しかし――」


 ジョゼちゃんがそう言ったところでダンジョンから誰か出てきた。


 そして周囲を見渡してから真面目な顔になる。


「アビスの中にいる魔物達が騒がしいと思ったらこんなことになってたんだ?」


「あれ? この倒れている奴らリーンって町にいた奴らと同じじゃねぇか? 顔の区別はつかねぇけど、着ている服には見覚えがあるぞ? たしか金髪の姉ちゃんをさらおうとしてなかったか?」


 ゾルデ姉ちゃんとムクイ兄ちゃん達だ。


「ははーん、女神教の奴ら、またリエルちゃんをさらおうとしてるのかな? それじゃあ、村にはお世話になってるからここいらでお返しをしておこう!」


 ゾルデ姉ちゃんはブオンと斧を振ってから肩に担いだ。


「なんだか分かんねぇけど魔物さん達は動けないんだろ? なら俺達の出番だな!」


「うむ、なにやら結界らしきものが張られているが、ドラゴニュートは弱体化されないようだからな。見た目は魔物に近いんだが、どういう判断をしているのだろうか?」


「そこを疑問に思うの? 自虐っぽいわよ?」


 ムクイ兄ちゃん達も武器や盾を構える。村の味方をしてくれるみたいだ。これはすごい援軍が来てくれた。よし、皆で助けに行こう!

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