第100話 本気

 

 ジョゼちゃん達がセラと戦い始めた。


 ヤト姉ちゃんは影移動のスキルを使って、セラの死角からナイフで攻撃している。でも、セラの反応が早くて攻撃が当たらないみたい。


 ジョゼちゃんは両腕が剣みたいになっている。でも、腕だけじゃなくて、体中のいたるところから剣が飛び出してくる感じだ。あとセラの剣に当たるとカキンって音がなるからものすごく硬くなっていると思う。


 そして魔族のおじさんは、体が黒いモヤのようになってセラを襲ってるみたい。あれって小さな虫かな?


 フェル姉ちゃんはリエル姉ちゃんのそばで治癒魔法を受けている。さっき斬られた左腕を治してもらっているんだけど、ちょっと時間がかかるみたいだ。


 ジョゼちゃん達は三人がかりなのに、セラは余裕そう。むしろセラのほうが押してるかもしれない。ジョゼちゃん達はすごく強いのに、その上を行くんだ……勇者ってデタラメすぎる。


「ユーリ、離して。フェルちゃんの味方する」


「駄目です。セラはアダマンタイトですよ。アダマンタイト同士で戦ったら最悪冒険者ギルドの資格をはく奪されます」


 スザンナ姉ちゃんとユーリおじさんの声が宿のほうから聞こえた。スザンナ姉ちゃんがフェル姉ちゃんを助けようとしているけど、ユーリおじさんが止めているみたい。


 気持ちは痛いほど分かる。スザンナ姉ちゃんはアダマンタイトなんだからすごい戦力になるかもしれない。でも、スザンナ姉ちゃんはアンリと一緒でまだ子供枠。


 ジョゼちゃん達を圧倒するような戦いに参戦したら危ない。それにアンリは信じてる。怪我が治ったらフェル姉ちゃんは負けない。


「別に構わない。ギルドなんてやめる」


「そう言わずに待って――」


 スザンナ姉ちゃんとユーリおじさんのやり取りに割って入るように、魔剣で地面を思いっきり刺した。ドン、と大きな音がなる。


「スザンナ姉ちゃん。フェル姉ちゃんは勝つ。信じて待てばいい」


 ちらっとだけスザンナ姉ちゃんを見てから、視線をセラに向けた。ジョゼちゃん達の戦いから目を離しちゃいけない。アンリもセラと戦うかもしれないから少しでも情報を得ないと。


 セラのほうを見ていたら、スザンナ姉ちゃんがすぐ横に立つ気配があった。ちょっとだけ見ると、スザンナ姉ちゃんが腕を組んで仁王立ちしている。


「分かった。アンリの言う通り。フェルちゃんを信じる」


 その言葉に頷く。やっぱりスザンナ姉ちゃんも分ってる。アンリ達が手を貸さなくたってフェル姉ちゃんは絶対に勝つ。アンリ達はそれを信じていればいい。


「ありがとね、アンリ」


「礼は不要。アンリは何にもしてない。それにスザンナ姉ちゃんが同じ気持ちでいてくれるならすごく心強い。むしろアンリがお礼をしたいくらい」


「うん。フェルちゃんが勝つことを信じよう」


 そんな風にしていたら、ロンおじさんが森の妖精亭の穴、さっきフェル姉ちゃんが飛び出してきた穴から上半身を乗り出してきた。


「フェル!」


 ロンおじさんがそう叫んだ後、黒い小手っぽいものをフェル姉ちゃんのほうへ投げた。フェル姉ちゃんは右手でそれを受け取る。


「俺の鎧の小手だ! それなりの強度だから多少は防御に使える! 大きいかも知れないが遠慮なく使ってくれ!」


「すまん、借りるぞ」


「おう、とっとと倒せ! もうそろそろ食事だぞ! 料理が冷めてから食べるなんて、カミさんに対する侮辱だからな!」


「……そうだな。料理が冷めないうちに食べるからちゃんと残しておけよ」


 ロンおじさんの鎧なんてあったんだ? でも、あれなら防御に使えそう。セラの二刀流に対抗できるかも。


 治癒魔法で左腕が治ったフェル姉ちゃんは亜空間からポーションを出して飲み干した。そしてロンおじさんの小手を左手に装備する。ちょっと大きい感じだけど、フェル姉ちゃんはグーパーして感触を確かめた後に、胸の前でガンっと拳を合わせた。


 そしてフェル姉ちゃんは深呼吸してからセラのほうを見る。


 ジョゼちゃん達は受けるのが精いっぱいになっていて、まともに攻撃が出来ない状態だ。勇者ってなんて理不尽なんだろう。


 でも――それでも、フェル姉ちゃんなら勝ってくれる。


「お前達、よくやった! 引け!」


 フェル姉ちゃんがそう叫ぶと、ヤト姉ちゃんは影に潜り、魔族のおじさんは体全部が虫になって周囲に消えた。そしてジョゼちゃんはなぜか爆発した感じになってその場を離れる。


 フェル姉ちゃんとセラはいくつか言葉を交わした後に、戦いが始まった。


 速くてよく見えない。でも、フェル姉ちゃんの小手とセラの剣がぶつかる音が連続で聞こえる。たぶんだけど、今は互角だと思う。


 数回打ち合った後に、フェル姉ちゃんの左手がはじかれてわき腹にセラの剣が当たった。でも、次の瞬間にはフェル姉ちゃんがセラの腹部にパンチをして吹っ飛ばした。


 すごい! 肉を切らせて骨を断つってやつだ!


 そしてセラはお腹に手を当てて苦しそうにしている。フェル姉ちゃんのパンチが効いてるんだ!


 それを見逃すフェル姉ちゃんじゃない。すぐさまセラの前に転移して攻撃を再開させた。


 すごい! 今はフェル姉ちゃんが押してる! セラは防御しかしてない!


 セラがたまらずに大きく逃げようとした場所で爆発が起きた。あれはヴァイア姉ちゃんの魔道具だ。


 セラの体勢が大きく崩れた! チャンスだ!


「終わりだ」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、右、左、そして右の順番でセラの腹、顔、顔とパンチを繰り出した!


 セラは後方に大きく吹っ飛んで仰向けに大の字で倒れた。そして両手の剣も離して、地面に転がっている。


 そしてフェル姉ちゃんがこっちを見ずに右手を高く掲げた。


 ――フェル姉ちゃんの勝ちだ!


 その瞬間に周囲から歓声があがった。アンリはフェル姉ちゃんの戦いがすごすぎて声を出せなかった。


 でも、すごい! やっぱりフェル姉ちゃんは強い! 勇者にだって勝てる!


「すごい……」


 隣でスザンナ姉ちゃんも目を見開いてフェル姉ちゃんのほうを見ていた。


 分かる。フェル姉ちゃんは想像していた強さよりももっと強かった。すごいって言葉しか思いつかない。


 フェル姉ちゃんが笑顔でこっちを見た。ボロボロだけど勝ちは勝ちだ。そんなフェル姉ちゃんにヴァイア姉ちゃん達が近寄っていった。


 アンリも行かないと。でも、アンリのこの喜びをどうやって伝えよう。まずは全力でタックルしようかな。


「スザンナ姉ちゃん。フェル姉ちゃんのところへ行こう。まずは勝者をねぎらわないと」


 スザンナ姉ちゃんはちょっとだけビクっとしてから笑顔で頷いた。


「フェルちゃんの強さにびっくりしすぎて思考が止まっちゃった。うん、さっそく行こう――」


 スザンナ姉ちゃんがそう言った直後、歓声が止まった。


「支援を受けているとは言え、強くなったわねぇ」


 声がしたほうを見ると、セラが何でもないように立ち上がっていた。


 セラはフェル姉ちゃんの攻撃で結構なダメージを受けたはず。どうしてあんなにけろっとしているの? まさか、全然効いてない……?


「じゃあ、前座は終わりね。次はお互い本気でやりましょうか。前回は魔王君の手前、本気を出せなかったしね。その前に邪魔者には退散願いましょう」


 セラはそう言うと、手を開いて胸の前で丸いものを持つようなポーズになった。何をしているのかは分からないけど、なんとなく、あの場所に大量の魔力が流れ込んでいる感じがする――すごく気持ちが悪い。


「【深き衝撃】」


 セラがそう言うと、あの場所から大量の魔力が噴き出てきた。


「アンリ!」


 スザンナ姉ちゃんが盾になるようにアンリの前に躍り出た。そしてなにか結界的な物を張ってくれたみたい。でも、スザンナ姉ちゃんはその場に崩れ落ちるように両膝をついて、さらに両手もついた。四つん這いになって苦しそうにしてる。


「スザンナ姉ちゃん!」


「ア、アンリ、こ、この結界から出ないようにして……私でも魔力酔いを起こすほどの高濃度の魔力が周囲にあふれてる……村のみんなもほとんど気を失った……みたい」


 周りを見ると、スザンナ姉ちゃんが言った通り、何人か倒れている。森の妖精亭の中でも結構倒れているみたいだ。アンリはスザンナ姉ちゃんが張った結界内にいるみたいだけど、すごく気持ちが悪い。気を抜いたら倒れると思う。


 ヴァイア姉ちゃんは苦しそうだけど大丈夫そう。ディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんも苦しそうにはしているけど、意識は保っているみたい。ジョゼちゃん達は姿が見えないけど、たぶん大丈夫だと思う。


 フェル姉ちゃんは問題なさそうだ。


 苦しそうにもしてないし、四つん這いにもなってない。怖い顔をしてセラを睨みつけているだけ。それをセラは笑顔で受けている。


「普通ならこの魔力の中ではまともに動けないわよ。これで私と一対一ね」


「お前……関係ない奴まで巻き込むつもりか!」


「関係ない? 今の今まで支援されてたじゃない? それに聞いているわよ? ルハラに侵攻した時に兵士以外も貴方のスキルで巻き込んだんでしょ? それと同じよ」


「待て、分かった。本気で戦ってやるから場所を移そう。だからスキルを解け」


 フェル姉ちゃんは皆を気にしてセラと交渉しているみたい。たぶん、セラが遠くに離れたらこの膨大な魔力も村からは無くなるってことなんだと思う。


 でも、セラが気持ち悪いくらいに顔をゆがませて笑った。


「フェルに本気を出させる手を思いついたわ」


「なに?」


「私のスキルが解除されないと、皆死ぬわよ?」


 え? 皆が死んじゃう?


「高濃度の魔力に晒され続けたら、最悪、死に至る。私のスキルを止めたければ、私を殺すしかない。だからフェルは本気出さないといけない。いい考えでしょ? もっと簡単に言ってあげようかしら? 私を殺さないと、皆死ぬわよ? 迷う事なんてないでしょ? 私と本気で戦えばいいのよ」


 背中越しだからフェル姉ちゃんの顔は分からない。でも、気持ち悪いという感覚以外に、息が苦しい感じがしてきた。たぶん、フェル姉ちゃんから殺気が漏れてる。セラに対してものすごく怒っている感じだ。


「ようやく理解した。セラ、お前を殺す」


「嬉しいわ、フェル」


 怖い。フェル姉ちゃんを初めて怖いと思った。


 でも、フェル姉ちゃんはフェル姉ちゃんだ。セラに対してちょっと本気で怒っているだけ。この戦いが終わればいつものフェル姉ちゃんに戻るはず。


 大丈夫。アンリは信じてる。フェル姉ちゃんはセラに勝って、またいつも通りになる。強くて優しくてちょっと食いしん坊のフェル姉ちゃんに戻るはずだ。


 だから負けないで、フェル姉ちゃん。

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