第99話 勇者との戦い

 

 フェル姉ちゃんがセラは勇者だと言った。


 勇者と言えば、女神教にいる人だって聞いたことがある。でも、すごく高齢の老人だっておじいちゃんから昔に聞いた気がする。


 セラって人はどう見ても女性だし、すごく若い。アンリの思っていた勇者像と全く違う。でも、フェル姉ちゃんがこんな時に冗談を言うわけないし、本当のことなんだと思う。でも、どうしてフェル姉ちゃんと勇者が戦うの?


 ヴァイア姉ちゃんがフェル姉ちゃんの肩を両手で掴んで揺さぶった。


「ゆ、勇者!? 勇者とは戦わないって言ってたじゃない!」


「私にその気はないが、向こうはやる気らしい。巻き込まれる前に離れろ」


 勇者とは戦わない? 何の話だろう? フェル姉ちゃんは戦う気はないけど、セラって人がやる気ってことなのかな?


 そんなフェル姉ちゃんをリエル姉ちゃんが格好いい棒で頭をコツンと殴った。フェル姉ちゃんはちょっと涙目で痛そう。


「勇者と戦う時は俺らを呼べって言っただろうが!」


「あれは嘘だ。だから、お前達は離れていろ」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、リエル姉ちゃんがさらにフェル姉ちゃんを殴ろうとした。でも、フェル姉ちゃんはそれを華麗に躱す。なんで仲間割れしてるんだろう? まさかリエル姉ちゃんは勇者側?


「ああ、そうかよ。じゃあ、俺は勝手にやらせてもらうぜ」


 リエル姉ちゃんは吐き捨てるようにそう言うと、セラって人が閉じ込められている氷山のほうへ歩き出した。


「おい、リエル、危険だ、離れろ」


「うるせぇよ。親友を殺そうとしている奴がいるのに、離れていろ、なんて言う奴の命令なんか聞けるか」


 フェル姉ちゃんがその言葉にちょっとだけ苦笑する。そして頷いた。


「分かった。リエル、私の負けだ。後方から支援をしてくれ。アイツと戦うなら傷を治してくれる奴が必要だ」


「最初からそう言え、アホ」


 リエル姉ちゃんが笑いながらそう言った。さっきは怒ったふりだったみたい。そしてフェル姉ちゃんに近寄ってすれ違いざまに肩に手を置く。


「一撃で死ななきゃ絶対に治してやるから、致命傷になりそうな攻撃だけは絶対に避けろよ。あと、魔法で血は作れねぇ。ポーションとか持ってねぇか? 血が流れたら出来るだけ飲んでくれ」


「フェルちゃん、これ使って!」


 今度はヴァイア姉ちゃんが何もない空間から青っぽい水が入った瓶を取り出した。あれはポーションだ。


「お店の商品だけど、気兼ねなく使ってくれていいから!」


「すまん、後で金は払う。ヴァイア、リエルと一緒に後方支援を頼む。アイツが躱す方向を妨害してくれればいい。変な攻撃をするとお前の方に向かうかもしれないから慎重にな」


「うん! 分かったよ! フェルちゃんのサポートだけに徹するね!」


「なんか二人ともフェルちゃんとの絆が強くなってない? 仲間外れは嫌だなー」


 ディア姉ちゃんがフェル姉ちゃんの周囲をウロウロしながらチラチラ見てる。アンリもそう思う。いつの間にか、フェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃん、リエル姉ちゃんがルハラに行く前よりも仲良くなってる?


「ディア、二人を守ってくれ。攻撃の支援は大変だろうからな」


「了解。二人の事は任せて」


 みんながフェル姉ちゃんを助けるみたいだ。いけない、アンリも乗り遅れないようにしないと。相手は勇者。戦力はいくらあっても足りないくらいなんだから、アンリもお手伝いする。


 魔剣七難八苦を地面に刺してアピール。アンリにだって何か出来るはず。あの氷山ごと斬れと言われればやって見せる。


「フェル姉ちゃん、私は?」


 フェル姉ちゃんはちょっと脱力した感じでアンリを見つめた。


「アンリ、お前はまだ実力不足だ。宿の方に避難……いや、宿にいる皆を守れ。誰も外に出すな」


 さすがにアンリはセラって人と戦えるほどじゃない。でも、重要な任務を任された。頑張って森の妖精亭にいるみんなを守ろう。


「心得た」


 すぐに森の妖精亭の入口に陣取る。アンリがここの砦。絶対に守る。


 直後に氷山から手が生えてきた。そして氷山が爆発してセラって人が出てくる。


「素敵なお友達を持っているわね?」


「……ああ、自慢の親友だ」


 その後、フェル姉ちゃんとセラって人は色々話をしだした。


 良く分からないけど、フェル姉ちゃんが協定違反することを予想していたみたい。つまり、戦わないって約束したけど、すぐに戦うことになるって思ってたわけだ。セラって人はフェル姉ちゃんと戦うことが目的なのかな?


「お友達もそうだけど、貴方も素敵よ、フェル。私の望みを叶えてくれる、私の大事なお友達。そして私の飢えを満たしてくれる唯一の相手……さあ、戦いましょう?」


「お前の飢えなど知ったことか。そんなに飢えてるなら雑草でも食ってろ」


 何を言っているのかはよく分からないけど、二人ともやる気みたいだ。


 大丈夫、フェル姉ちゃんは勝つ。相手が勇者だろうと魔王だろうと邪神だろうと負ける訳がない。アンリはフェル姉ちゃんを信じて待てばいい。


 フェル姉ちゃんが一度だけアンリ達のほうを見て頷いた。アンリもフェル姉ちゃんに頷く。


 フェル姉ちゃんとセラが少し言葉を交わしたあとに、お互い加速の魔法を使った。身体強化魔法は戦いの基本だ。


 そしてフェル姉ちゃんがセラの近くへ転移する。すごい速さでフェル姉ちゃんのパンチが繰り出された。でも、セラはそれを難なく躱した。でも、躱した先で小さな爆発が起きる。


 セラの周囲に小さな石が浮いてる? あれが爆発しているみたいだ。


 もしかするとヴァイア姉ちゃんがやっているのかも。触れると爆発するような石の魔道具をセラの周囲に浮かせているんだ。ヴァイア姉ちゃんすごい。


 でも、見えたのはそこだけ。それ以上は速くて目が追い付かない。瞬間的には分かるんだけど、動きを理解したときにはすでに別の動きをしている。


 かろうじてフェル姉ちゃんが押しているかな?


「もう! なんなの! ……ああ、あの子ね?」


 セラがヴァイア姉ちゃんのほうを見た。そして次の瞬間に持っていた剣を投げつけた! 危ない!


「ヴァイア!」


 フェル姉ちゃんも叫んだ。でも、その剣はヴァイア姉ちゃんに刺さることはなかった。なぜか剣が空中で止まっている。もしかして、ディア姉ちゃんが顔の前で両手をクロスさせていることに関係ある?


「ふっ、我が領域へ攻撃はすべて無効となる。そう、この絶対領域によって!」


 ディア姉ちゃんがドヤ顔でそんなことを言ってる。すごい! 格好いい!


 動かなかった剣はセラが手で招き寄せると普通に戻っていった。なにか魔法を使っているのかな?


「本当に素敵なお友達ね!」


「ああ、知ってる」


 二人がそう言うと、また戦いが始まった。でも、今度は押されているみたいだ。セラのスピードが上がってる。そしてフェル姉ちゃんは攻撃を捌ききれていないみたいだ。


 たぶん、セラは二刀流で、フェル姉ちゃんは右手のグローブみたいのでしか防御できないからだと思う。それにセラはヴァイア姉ちゃんの爆発する石をものともしていない。


 あ! フェル姉ちゃんが左手を斬られた!


 でも、腕はまだついてる。切り落とすほどじゃなかったみたいだ。でも、次の瞬間にはセラに蹴られて広場をゴロゴロ転がってる! さらに追撃でセラがフェル姉ちゃんに近寄った! 危ない!


「行け、お前達。フェル様を護衛しろ」


 背後から誰かの声が聞こえた。


 すると、セラの背後からヤト姉ちゃんが出てくる。そして持っているナイフでセラを刺そうとした。でも、セラって人がヤト姉ちゃんを斬りつける。危ない!


 ……あれ? ヤト姉ちゃんが斬られたと思ったら、体が黒い粒子になって消えちゃった。そして今度はヤト姉ちゃんが地面から出てくる。それをセラはバク転で躱した。


 すごい、かろうじて見えるけど頭が追い付かない感じで戦ってる。


 あ、そういえば、後ろから聞こえた声って何だろう?


 振り向くと、知らないおじさんがいた……角があるってことは魔族の人? それに隣には――ジョゼちゃん? おかあさんくらいの背丈になったジョゼちゃんが一緒にいる。


「アンリ様、これから私たちがフェル様の護衛をしますのでご安心ください。リエル様がフェル様を治療するだけの時間を稼いでみます」


 やっぱりジョゼちゃんだ。そっか、フェル姉ちゃんを守ろうとしてるんだ。


「うん、アンリじゃフェル姉ちゃんを助けられないから、ジョゼちゃんお願い。でも、気を付けてね」


 ジョゼちゃんは頷くと魔族のおじさんと一緒にフェル姉ちゃんのほうへ向かった。


 うん。セラって人は一人だけど、フェル姉ちゃんにはみんながいる。どう考えても勝つのはフェル姉ちゃんだ。あとはアンリが応援すればいい。


 頑張ってフェル姉ちゃん!

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