第101話 化け物同士
村全体がフェル姉ちゃんの殺気とセラの魔力で大変なことになってる。
アンリはスザンナ姉ちゃんが張ってくれた結界の中にいるから多少は平気だけど、これでも気を抜くと危ない。おじいちゃん達は大丈夫かな?
フェル姉ちゃんは黒くて四角い何かを亜空間から取り出して右耳に当てた。そして何かを言っている。魔王様、とか聞こえたけど、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。そしてまた亜空間にしまう。
怖い顔のまま、フェル姉ちゃんはセラのほうを見た。
「待たせたな」
「今のは魔王君? 私も久しぶりに話をしたかったわ」
「そうか。だが、その機会はもうない。お前は私に殺されるからな」
「アハ、アハハ! ようやく本気を出してくれるのね?」
「ああ、本気を出してやる。【能力制限解除】【第一魔力高炉接続】【第二魔力高炉接続】」
フェル姉ちゃんが何かの魔法を使った。
なんだろう? フェル姉ちゃんの周囲が歪みだした。大量の魔力がフェル姉ちゃんの周りを覆っているような……? もしかしてあれがフェル姉ちゃんの本気? もしかして普段魔力を抑えている?
普段せき止めている川が一気に流れだしたような感覚で、しかもあれが本来のフェル姉ちゃんって感じがする。でも、セラはそんなフェル姉ちゃんを見て、驚いてはいるけど怖がってはいない。むしろ笑顔で喜びだした?
「やっぱり! フェルは力を制限していたのね! ああ、嬉しいわ!」
「なにが嬉しいのか知らないが、手加減する気はないぞ」
「当然よ! これでようやく私も本気を出せるんだもの! ああ、フェル! フェル! 私と肩を並べられる唯一のお友達!」
セラは大人なのに笑顔で興奮している。本当にうれしくて仕方ないって感じだ。
「じゃあ、戦いましょう? でも、私にも準備があるからちょっと待って」
「準備? 何を言って――」
「【能力制限解除】【第六魔力高炉接続】【第七魔力高炉接続】」
「お前……!」
「ああ、あの方の言った通り! 私は今、ようやく孤独でないと実感できる! だって――化け物同士ですものね」
セラもフェル姉ちゃんと同じような魔法を使った。すると、フェル姉ちゃんと同じようにセラの周囲にも魔力の渦というか力場みたいなものができて空間が歪む。
あの状態のフェル姉ちゃんなら負けないと思ったけど、セラも同じことをした。
セラはさらに亜空間から剣を六本も取り出す。全部魔剣とか聖剣の類だと思う。その剣がセラの周りを浮いている。手に持った二本と、宙に浮いた六本。全部で八本の剣を使うみたいだ。
フェル姉ちゃんは大丈夫かな――いけない。弱気になってた。フェル姉ちゃんなら絶対に何とかしてくれる。アンリが信じなくて誰が信じるんだ……それも違うかも。村のみんながフェル姉ちゃんの勝利を信じてる。うん、応援しよう。
セラは戦う前にフェル姉ちゃんと話を始めた。
セラは自分が化け物で、フェル姉ちゃんも同じ化け物だと言っているみたい。それに寂しいとか、自分がどの人族とも違うって感じるとかも言ってる。
そしてセラは誰かに魔界には同じ人がいるからって聞いて魔界へ行ったみたい。魔界にいる魔王って人がそうだと思ったけど、それは違ってた。でもフェル姉ちゃんをみて、セラは自分と同じ人だと感じたとか。
魔界でセラはフェル姉ちゃんと勝負した? その時はフェル姉ちゃんが弱すぎたとか言ってる。だから本気を出させたかったとか。そしてそれが叶ったからセラは大喜びしている。
でも、喜んでいる割には剣先をフェル姉ちゃんに向けている。
「ああ、フェル。私と同じ世界の異端者。私の同族……いえ、家族? それとも私そのものかしら……?」
「さっきから気持ち悪いんだよ。お前と同じなんて虫唾が走る。それに自分語りがうざい。聞いて損した。とっとと決着をつけるぞ」
「私と遊んでくれるのね? なら、私の孤独という飢えが満たされるまで戦いましょう?」
「なにが孤独という飢えだ。ポエムか。二十歳過ぎてるくせに思春期なんて痛すぎるだけだ。お前もアレか? チューニ病か?」
お前もって言ってるのは、たぶんディア姉ちゃんもチューニ病だからだと思う。うん、フェル姉ちゃんは怖いままだけど、そういうことを言えるのは余裕ができたからなのかも。
そして次の瞬間に、フェル姉ちゃんが消えた。
転移した、と思うんだけど――駄目だ。なにあれ? フェル姉ちゃんもセラも速すぎてほとんど姿を確認できない。
いまリアルタイムで見ているはずなのに、全部思い出しているような感覚。何かの動きを認識した後にはすでに違う動きになっていて気持ち悪い。
目に見えているものと、認識しているものが違うってどれだけ速いんだろう? というか、おじいちゃんから教えてもらった物理的な法則を無視してないかな? 人ってあんなに速く動けると思えないんだけど。
そう思っていたら、セラのほうがフェル姉ちゃんから距離を取った。押されていたわけじゃないと思うんだけど、どうしたんだろう?
「フェルは寂しくないの? 私達と皆は違う。人族でも魔族でもない、別の生き物。人界にも魔界にも、そしておそらく天界にも、私達と同じ者はいないわ」
「私は魔族だ。だが、お前の言うように別の生き物だったとしても、それがどうした?」
「え?」
「同じ種族がいないから寂しい? 違うな、寂しいというのは一人でいる時の事だ。姿形や種族に違いがあろうと、誰かと一緒なら寂しくない。お前は自分を異端者だと決めつけて、誰とも親交を結ばなかっただけだろう?」
フェル姉ちゃんはいいことを言う。そう、姿形なんて関係ない。魔物のみんなだって同じ村に住む家族。みんなでいれば寂しくない。
「フェルは心も強いのね。そこだけは私と違うわ」
「アホか。そこだけじゃなく、全然違う」
「私も昔はフェルと同じだったのよ? でも、少しずつ変わっていった。今ではもう、生きているのが辛いぐらいに。ねえ、フェル、私を殺して? 貴方ならそれができるはず。私達は友達でしょ? やってくれるわよね?」
「お前のその自分に酔った感じの態度が気にいらない。友達じゃないがやってやる。潔く死ぬがいい」
「アハ! アハハハ! やっぱり貴方は最高よ!」
「ああ、よく言われる」
うん、アンリもそう思う。フェル姉ちゃんは最高。
フェル姉ちゃんとセラの会話が終わるとまた戦いが始まった。
セラは寂しいからフェル姉ちゃんに殺してほしいって思っているのかな? よくわからないけど、なんだか複雑そう。
その後も、フェル姉ちゃんとセラの戦いが続いた。
フェル姉ちゃんは目に痛みがあったのか、片目を押さえると、その隙にふっとばされて、村の入口にあるアーチを壊した。でも、大丈夫みたいだ。
そして会話をしながらまた戦いを始めた。どちらかと言うとフェル姉ちゃんが押されている感じだけど、そこまで差はないと思う。絶対にフェル姉ちゃんは勝つ。
「フェルちゃん!」
いきなりヴァイア姉ちゃんの声が聞こえた。
「どうした!?」
「皆に魔力を中和する魔道具を渡したからこっちは大丈夫だよ! 動けないけど、死んだりはしないから安心して!」
よくみると、足元にちょっと青白く光っている石ころがあった。いつの間に置いたんだろう?
でも、言われてみるとすごく楽になった。みんなの苦しそうな顔もちょっとは良くなった気がする。ヴァイア姉ちゃんもフェル姉ちゃんレベルですごい。
「羨ましいわ、フェル。貴方には素敵な友達が何人もいる。嫉妬しちゃうわ」
「ああ、私には勿体ないぐらいだ」
「……でもね、フェル。それがいつか、貴方を苦しめることになるわよ?」
「なに?」
「貴方は強い。でもずっと強くはいられない。私のようにね」
セラが何を言っているのかは分からないけど、また戦いが始まった。
フェル姉ちゃんはセラを殺すとか言ってたけど、ヴァイア姉ちゃんのおかげで皆の危険がなくなったから、殺すのはやめにしたみたい。気絶くらいで済ませるとか言い出した。うん、フェル姉ちゃんはそんな感じのほうがいい。怖いのはダメ。
それはそれとして、目が速いのに慣れてきたかも。ちょっとだけ戦いが見えるようになってきた。
フェル姉ちゃんは右手のグローブに魔力を込めているみたい。手の甲の部分に十字架が描かれていてそれにイバラが巻き付いている感じの、ディア姉ちゃんが好きそうなグローブ。その十字架がちょっとだけ青白く光ってる。
それにグローブの殴る部分に金属が付いているけど、文字が浮かび上がってきた? 読めないけど、あれって古代共通語って文字だっておじいちゃんから教わったことがあるような?
そんなことを考えていたら、フェル姉ちゃんはセラの攻撃をかいくぐって懐に飛び込んだ!
「【ジューダス】」
フェル姉ちゃんがそう言うと、グローブから魔力が解放された。グローブの十字架が輝いたと思ったら、フェル姉ちゃんの右手がぶれた。そしてほとんど同時くらいにドドドドドンって連続した音がして、なぜかセラがよろめいていた。もしかして一瞬で何発も殴った?
そしてフェル姉ちゃんは最後にもう一度右のパンチをセラに当てた。
最初にダウンを取った時と同じようにセラは吹っ飛んで地面に大の字で倒れた。持っていた剣も、宙に浮いていた剣も地面に散らばる。
「アハ! アハハ! アハハハ! 楽しい! 楽しいわ、フェル! これがお友達との遊びなのね!」
でも、セラはあっという間に立ち上がる。散らばっていた剣もまた宙に浮いた。
どうしてセラって人はすぐに起きてこれるんだろう? そこまでフェル姉ちゃんとセラに差があるとは思えない。でも、なんだかフェル姉ちゃんはセラに勝てない絶対的なルールがあるような感じがする。
どうしよう? ヴァイア姉ちゃんのおかげで魔力に関する気持ち悪さは無くなったけど、動くことはむずかしい。でも、このままじゃフェル姉ちゃんが危ない。
そう思ったらセラの六本の剣がフェル姉ちゃんを襲った。
フェル姉ちゃんはその剣を両手で撃ち落としたけど、セラが接近している。
フェル姉ちゃんはセラの二刀流を右手のグローブと左手の小手で弾いた。でも、何度目かの防御で小手が砕ける。
あぶない!
思わず目をつぶって顔を逸らしちゃったけど、ズドンって音が響いて、そのまま静かになった。
……あれ? なんだか眠気と言うか、気持ちが安らぐというか……なんか変。立っていられない。そのまま膝をついて両手も地面につけた。
目が開かない。すごく眠い。そのまま地面にうつぶせに倒れちゃった。これ、なんだろう?
「あら、来ちゃったんだ? せっかく二人で遊んでいたのに。空気が読めないとモテないわよ?」
セラの声が聞こえた。フェル姉ちゃん以外の人と話をしている?
「そうだね、昔、よく言われてたよ……やあ、フェル。どうやら間に合ったようだね?」
フェル姉ちゃんの味方なのかな……? ダメだ……眠すぎて意識を保っていられない……なんだか強制的に眠らされているような……フェル姉ちゃん……。
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