第102話 決着

 

「アンリ! アンリ!」


 おじいちゃんやおかあさん、それにスザンナ姉ちゃんがアンリを呼んでいる。アンリはまだ眠いのに。むしろ二度寝に移行したい。土の香りが結構いい。泥んこになって遊ぶとおかあさんが怒るけど。


 ……土の香り? アンリのお布団はお日様の香りなのに。それにちょっと寒い……?


 誰かがアンリを抱きかかえた。まさか強制的に起こす気なのかな。でも、アンリはそんな横暴には負けない。絶対に寝る。でも、なにかおかしい気がする。大事な事があったような?


 目を開けると、皆がアンリを覗き込んでいた。よく見るとおとうさんが抱きかかえてくれている。お姫様抱っこだ。


「おはよう。アンリはまだ眠いんだけど、もう朝食?」


 アンリがそう言うと、皆が大きく息を吐いた。安心したって感じの顔をしている。一体どうしたのかな?


 おとうさんの抱っこから飛び降りると、おじいちゃんがアンリの頭に手を乗せて撫でてくれた。


「アンリがなかなか目を覚まさないから心配したよ。でもこれで全員が無事だったわけだ」


 アンリが目を覚まさなかった? 全員が無事? それにここは村の広場だし、ちょっと薄暗くなってる。いくらアンリがお寝坊さんでも夕方までは寝ない。なにがあったんだっけ?


 ……そうだ! アンリは何を呑気に寝ていたんだろう、フェル姉ちゃんがセラと戦っていたのに!


「おじいちゃん! フェル姉ちゃんは!」


「アンリ、落ち着きなさい。おじいちゃんもそれは知らないんだ。唯一知っているのはヴァイア君だけだから、聞いてみよう」


 ヴァイア姉ちゃん? そういえば、魔力酔いの対策魔道具を足元に置いてくれたっけ? スザンナ姉ちゃんも結界を張ってくれたんだけど、大丈夫だったかな?


 フェル姉ちゃんがセラをぶん殴って倒した後のことはよく覚えていない。なんだかすごく眠くなって寝ちゃったんだけど。


 村のみんなが広場にあつまって、ヴァイア姉ちゃんの言葉を待っている。そもそもなんでヴァイア姉ちゃんだけ知っているのかな?


「ええとですね、フェルちゃんはセラをアビスの中に閉じ込めると言ってました。今はアビスへ行ってますよ」


「ふむ、つまりフェルさんはセラに勝ったということかな?」


「えっと、その、たぶん、勝ったと、思います」


 ヴァイア姉ちゃんはおじいちゃんの質問に歯切れの悪い回答をしている。たぶん勝ったってどういうことなのかな?


「その、その時の状況をよく思い出せないんです。フェルちゃんがセラから二度目のダウンを奪った後に誰かが来たはずなんですけど、記憶が曖昧で……」


「そうなのかね? ただ、不思議なことに私もそこまでの記憶しかない。その後は急な眠気に襲われて倒れてしまったからね……だれかそこを見ていた者はいるか?」


 セラの魔力で気絶しなかった人はそこで記憶が途切れているみたい。アンリも同じだ。確かにフェル姉ちゃんの味方が来た感じだったけど。


「アンリは眠っちゃったけど、ヴァイア姉ちゃんは起きてたの?」


「うん。私っていろんな魔道具を装備してて基本的に状態異常にはならないんだ。私には効かなかったけど、皆は睡眠状態にさせられたと思う。ただ、あの時に来た人の魔法を完全には中和できなかったんだよね。たぶん、認識阻害、それと記憶妨害の影響を受けているんだと思う。だから誰かがいたとは思うんだけど、記憶に残っていないんだ」


「誰なのかはどうでもいいけどフェル姉ちゃんの味方なんだよね?」


「そうだね。そこもちょっと曖昧なんだけど、フェルちゃんもその人を信頼しているみたいだったし少なくとも敵ではないと思う。フェルちゃんの代わりに倒れていたセラを担いで運んでいたしね」


「セラが倒れていたってことはフェル姉ちゃんが倒したの?」


「ごめんね、そこも覚えていないんだ。明確に覚えているのは、倒れているセラをフェルちゃんがアビスに閉じ込めるって言ったところだけなんだ」


 正直、フェル姉ちゃんが無事ならほかのことはどうでもいいんだけど……たぶん、フェル姉ちゃんはセラって人に勝ったんだと思う。そこを見れなかったのは残念だけど、フェル姉ちゃんの勝ちで決着がついたのなら問題なし。


 早くアビスから戻ってきて欲しいな。そして元気な姿を見せて欲しい。


 そうだ、今のうちにスザンナ姉ちゃんにお礼を言っておかないと。


「スザンナ姉ちゃん、さっきはありがとう。結界を張ってくれたんだよね?」


「気にしないでいい。私はアンリのお姉ちゃん。アンリを守るのは当然」


 もうスザンナ姉ちゃんはアンリの本当のお姉ちゃんでいいと思う。アンリ公認。


「うん、本当にありがとう。でも、スザンナ姉ちゃんは大丈夫? アンリに結界を張ってくれたけど、スザンナ姉ちゃんは結界の外にいたよね? セラの魔力に直接さらされたと思うんだけど?」


「気持ち悪かったけど大丈夫だよ。みんなと一緒で最後はよく覚えてないけど……まあ、セラが倒れていたならフェルちゃんの勝ちだよね」


「そのとおり。見てないけど、フェル姉ちゃんの勝ちでいいと思う」


 でも、フェル姉ちゃんもセラも、なんというか、すごく変。努力だけであそこまで強くなれるかな?


 それとあれを見て困った問題が起きた。


 あのフェル姉ちゃんに勝てないと、アンリの部下になってくれないってことだ。あの強さを思い出すと確信できる。フェル姉ちゃんがいれば絶対に人界征服できる。


 でも、本気のフェル姉ちゃんに勝つにはどうすればいいんだろう? 美味しい食べ物に一服盛らないとダメかな? 食べ物を粗末にするなとか怒られそうだけど。


 こう絡め手でじわじわとアンリの部下であることを本人以外に浸透させていく作戦はどうかな? 外堀を埋めるってやつ。それなら何とか出来るかも。


「あ、フェルちゃん!」


 ヴァイア姉ちゃんが声を上げた。ヴァイア姉ちゃんが見ているほうへ視線を移すと、そこにはフェル姉ちゃんがいた。


 ……すごくボロボロ。肌が見えるほどでもないけど、服がちょいちょい切れているし、シャツに血が滲んでいる。タックルして迎えようとしたけど、怪我に響きそうだし自重したほうがいいかも。


 それにフェル姉ちゃんはすごく辛そうな顔で立っている。もしかして痛いのかな?


「あ、ああ、その、なんだ、私のせいで巻き込んでしまって――」


「フェル、お前、遅いんだよ! 時間かけてんじゃねぇよ!」


 リエル姉ちゃんがずかずかとフェル姉ちゃんに近づいて行っていきなり触りだした。そしてシャツをめくろうとしている。たぶん、フェル姉ちゃんの怪我を見ようとしているんだと思う。


「ボロボロじゃねぇか! 怪我を見せろ!」


 そしてリエル姉ちゃんは治癒魔法を使い始めた。フェル姉ちゃんはなすがままにされているけど、ちょっとだけ嬉しそう。でも、次の瞬間にはまた辛そうな顔になった。


「えっと、だな、皆、すまな――」


「フェルちゃん、魔力が漏れすぎだよ! ちょっと抑えて!」


「さっきから気持ち悪いと思ったらそのせいかよ。治癒の邪魔だから早く抑えろ」


 そういえば、フェル姉ちゃんが戻って来てからちょっと気持ち悪い。


「【能力制限】【第一魔力高炉切断】【第二魔力高炉切断】」


 フェル姉ちゃんがなにかの魔法を使うと、それが治まった。いつものフェル姉ちゃんだ。


 今度はディア姉ちゃんがフェル姉ちゃんに近づいた。珍しく真面目な顔をしている。


「フェルちゃん。封印……してるんだって?」


「何言ってんだ、お前」


 そう、あの魔法は確かに封印とその解除的な魔法。アンリもいつかあの魔法を教えてもらおう。


「フェルちゃん、ずるいよ!」


「はい?」


「なんでも分かる目を持っている上に、能力を封印しているなんて、どこの悪役なの! アレなの! 片目を押さえて『まだ、お前の出番じゃない――静まれ』とか言っちゃうの! 私も言いたい!」


 何でも分かる目って何だろう? そういえば、セラと戦っていた時にフェル姉ちゃんは片目を押さえたかな? もしかしてディア姉ちゃんがいつも言ってるように、こう、目になにかすごい感じのモノを飼ってる?


 それはともかく、ちょっと待って。アンリは自重しているのに、みんなはフェル姉ちゃんのところへ行っちゃってる。ここはアンリも行くべきじゃないかな?


 横を見たらスザンナ姉ちゃんもそんな顔をしていた。何も言わずに頷き合う。アイコンタクト。


 そして思いっきり駆け出した。


「そんな事よりも、言いたいことがあるんだが――」


 フェル姉ちゃんに向かって頭からダイブ。シャツは血で滲んでいるけど気にしない。怪我はリエル姉ちゃんが治したから問題ないはず。だから思いっきりフェル姉ちゃんに飛びついた。スザンナ姉ちゃんは背中側から飛びつく。


 フェル姉ちゃんは「ぐふっ」て言ったけど、どうしたんだろう。まあいいや、まずは称賛しないと。


「フェル姉ちゃんはやっぱり強かった。いつかアンリとも勝負して」


 今はまだ勝てない。でもいつか勝って見せる。


「アンリの言う通り。フェルちゃんは強い。セラと互角以上なんて、もう、アダマンタイトでいいと思う」


 二人で抱きついたら、フェル姉ちゃんはちょっと困った顔をしていた。でも、ちょっと怒った感じにもなってる。


「お前達、さっきから邪魔だ。話したいことがあるからちょっと離れろ」


 さっきからなにか言いかけているけど、そのことかな? 仕方ないので離れてフェル姉ちゃんの言葉を待つ。


 フェル姉ちゃんは深呼吸してから真面目な顔になった。


「皆、私のせいで――」


「アンタ達! 私の作った料理が冷めちまうだろ! 早く食べな!」


 フェル姉ちゃんは何かを言いかけたけど、森の妖精亭から顔を出したニア姉ちゃんの言葉がそれを阻止。たしかにもう夕食の時間。まずは腹ごしらえしないと。


「さあ、フェルちゃん、行こ行こ!」


 ヴァイア姉ちゃんがフェル姉ちゃんを引っ張って森の妖精亭へ向かっている。ここはアンリも引っ張らないと。


 みんなで引っ張ったら、フェル姉ちゃんはちょっと複雑そうな顔をした。でも、怒ってはいないみたい。何か言いたいことがありそうだけど、そんなことはどうでもいいから、皆で美味しいものを食べよう。

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