第103話 お祭りの朝

 

「二人とも起きろ。もう朝だぞ」


 なんだか揺れている。アンリを揺すっているのかな? まだこんなに眠いのに起きろなんて、ひどいことを言う。絶対に起きない。徹底抗戦だ。


 でも、声がおかあさんじゃない? あれ? フェル姉ちゃんの声だった? それによく考えるとアンリが何かを抱きかかえている。


 目を開けると、フェル姉ちゃんがいた。アンリがフェル姉ちゃんの右腕を抱きしめていたみたい。


 ……そうだった。昨日、フェル姉ちゃん達とガールズトークしてそのまま寝ちゃったんだ。


 よく見たらフェル姉ちゃんの左腕にはスザンナ姉ちゃんがいる。アンリと一緒に目を覚ましたみたいだ。


「おはよう、フェル姉ちゃん、スザンナ姉ちゃん」


「おはよう」


「ああ、おはよう。二人とも良く寝れた――と言うほどじゃないか。まだ眠いか?」


 昨日は確かに遅くまで夜更かしした。アンリは記録を更新したはず。もしかしたら丑三つ時まで起きてたかも。アンリは大人への階段を踏み出した。


 有意義な時間だったと思う。でも、昨日のガールズトークで、ピーマン撲滅は無理って話になった。仕方ないからピーマンの存在は認める。でも、アンリにピーマンの味が効かないようなスキルを編み出すつもり。人生をかけてやって見せる。


 それ以外にも色々と遅くまで話をしていたから、眠いかと聞かれたら眠いけど、よく考えたら寝ている場合じゃない。昨日、おじいちゃんが言ってた。今日はお祭りの日だ。


「大丈夫。今日はお祭りだから起きないともったいない」


「なんのお祭りをやるんだ? 私は知らないんだが」


「フェル姉ちゃんがニア姉ちゃんを助けたから、そのお祭り。皆、フェル姉ちゃんが帰ってくるのを待ってた。昨日、お爺ちゃんがエルフの皆も呼んでた。昨日の夜更かしは前座。今日が本番」


 そんな大事な日に二度寝なんかしたら大変。しっかり目を覚まさないと。


 フェル姉ちゃんに今日のスケジュールを教えて、食べ放題という情報も提供する。フェル姉ちゃんの目が本気になった。昨日のフェル姉ちゃんを思い出す。


 そして身支度を整えてから朝食を食べることになった。


 でも、待って欲しい。アンリとスザンナ姉ちゃんはいいけど、フェル姉ちゃんはそのままじゃダメ。


 その説明をしようとしたら、スザンナ姉ちゃんがフェル姉ちゃんのシャツを引っ張った。


「フェルちゃん、待って。シャツがボロボロ。着替たほうがいい。あと、ちょっと臭い」


 完全に同意。フェル姉ちゃんは血と汗の臭いでちょっと大変なことになってる。同じ女性のカテゴリーとしてそれはどうかと思う。


「わかった。シャワーを浴びて着替えてから食堂に行く。二人とも先に行っていてくれ」


 スザンナ姉ちゃんと一緒に頷いたけど、このままじゃいけないような気がする。フェル姉ちゃんはちょっとショックだったみたい。明らかにテンションが下がってる。ここはなんとかフォローしないと。


 アンリの熱い視線が不思議だったのか、フェル姉ちゃんがちょっと首を傾げた。


「どうかしたか?」


「フェル姉ちゃんが臭くても私は味方」


「そういう慰めはいいから」


「私も味方」


 アンリが味方だと言ったらスザンナ姉ちゃんも味方だと言ってくれた。これはいい援護射撃。フェル姉ちゃんもこれならテンションを落とさないで済むかもしれない。


 フェル姉ちゃんはシャワーを浴びるみたいだから、アンリはスザンナ姉ちゃんと一緒に食堂のほうへ移動した。昨日も座ってたいつものテーブルにつく。


 食堂はいい匂いでいっぱいだ。たぶん、お祭り用の料理を作っているんだと思う。アンリのお腹が暴れまわっている。アンリスタンピードが発生するかもしれない。


 なんとなくだけどこのテーブルにいると、自然と笑顔になる。昨日は楽しかった。みんなでワイワイ楽しむって素敵。毎日宴会したい。


 テーブルに座っていると、ヤト姉ちゃんが近寄ってきた。昨日、セラと戦ったときは黒装束の姿だったけど、今はいつものウェイトレス姿。うん、こっちのほうが似合っていると思う。


「アンリと……確かスザンナだったかニャ? おはようニャ。二人とも今日はここで食べるのかニャ?」


「おはよう、ヤト姉ちゃん。ここで食べるつもりだけど、フェル姉ちゃんを待つから、まだ朝食はもってこないで。冷めちゃうかもしれないから」


「えっと、おはよう。私も同じ。フェルちゃんを待つ」


「分かったニャ。フェル様が来たら呼んで欲しいニャ」


 ヤト姉ちゃんはそう言うと、厨房のほうへ向かった。


 その姿をスザンナ姉ちゃんはずっと見ている。何か気になることでもあるのかな?


「どうかした?」


「……あの人って魔界にいた獣人でフェルちゃんの部下なんだよね? ニアって人と一緒に帰って来てから何度かここで話をしたことがあるんだけど」


「うん、そう。そして料理人を目指している感じ。アンリも応援したい」


「確かにそんな感じだよね。でも、昨日、セラと戦っていたのを見たんだけど、すごい強さだった。たぶん、接近戦なら私でも勝てないと思う。あ、でも、距離をとっても影移動されちゃうのかな? 空からなら一方的に攻撃できると思うんだけど」


 確かに。ヤト姉ちゃんは影から影に移動できる影移動ってスキルを持っていて、色々なところから攻撃できる。そして反撃しようとすれば、影に潜っちゃうから攻撃が届かない。はっきり言ってずるい。


 それでもセラには敵わなかったけど、あれはセラって人がおかしいから仕方ないと思う。


「そうなんですよね。私でも勝てるかどうか。魔族以外でも強い人はいるのは心がざわざわしますね」


 誰かが来たと思ったらユーリおじさんだった。なんで気配を消して座っているのかな?


「あ、ユーリだ。おはよう」


「はい、おはようございます。アンリさんも」


「うん、おはよう。朝なのに相変わらずのうさん臭さでちょっとびっくり。食堂にいるときくらい帽子ぐらい脱いだほうがいいとアドバイスしておく」


「……面と向かって言われるとちょっと傷つきますね。そういうのは言わないのが大人なんですよ?」


「アンリは子供だし、根が正直だから。隠し事が出来ないタイプのいい子」


「……そうですか」


 アンリも空気は読める。でも、あえて読まないときもある。これを使い分けるのが大事。


 ユーリおじさんはつばの広い黒い帽子を脱ぐと近くの椅子に置く。そしてアンリ達のテーブルにある椅子に座った。


「えっと、アンリ達になにか用事? フェル姉ちゃんが来たら朝食を食べるつもりなんだけど」


「朝食の邪魔はしませんから、ちょっとだけお話させてください。フェルさんにも聞きたいのですが、お二人にも話を聞いておきたいので」


「私はともかくアンリにも? 何の話を聞きたいの?」


「ええ、セラのことで。昨日の戦いについて色々な人に聞いているのですよ」


 昨日のフェル姉ちゃんとセラの戦い。あれはすごかった。アンリはあの領域に至れるかな?


 たぶんだけど、あれにはスザンナ姉ちゃんもユーリおじさんもついていけないと思う。あれがセラ、あれが勇者なんだ。でも、フェル姉ちゃんはその上をいった。いま思い出しても震えがくる。あんなに強いなんて詐欺と言ってもいい。


「単刀直入に聞きますが、あの戦いを見ることができました?」


 見ることができたかどうか? なんとなく言いたいことはわかるけど、一応確認してみよう。


「それは速すぎて目で追えたかどうかって話?」


「ええ、その通りです。朝食を食べに来た村の人にも色々聞いたのですがね、ほとんどの方はあの戦いを見ることすらできなかったようです。印象に残っている場面は覚えているようですが、詳細までは見えなかったとか」


 うん、あれは物理法則を超えている感じの動きだったから目で追うのは難しいかも。でも、あんなに速くても残像とかはできなかった。「それは残像だ」って言うのは無理っぽい。


 そんなことを考えていたら、スザンナ姉ちゃんがちょっとだけ唸っている。


「フェルちゃんがセラから一度目のダウンを奪うまでは見えたよ。でも、本気を出したフェルちゃんやセラの動きはほとんど見れなかった。魔力酔いしてたというのもあるけど、それがなくても目で追えなかったと思う」


「やはりそうですか。私も同じです。あんなスピードで動かれたら攻撃を当てることもできませんよね。フェルさんもセラも明らかに魔族や人族を超えているような感じです。それにフェルさんはセラを勇者だと言った。ならそれに対抗できるフェルさんは、もしかすると――」


 そこまで言いかけて、ユーリおじさんは階段のほうを見る。アンリも釣られてそっちをみると、フェル姉ちゃんが階段を下りてくるところだった。


 フェル姉ちゃんはユーリおじさんをみると、ちょっとだけ訝し気な顔をした。


「おはよう。このテーブルで朝食を食べるのか?」


「おはようございます。いえいえ、私は既に頂きましたよ。食後のお茶を飲んでいるだけです」


 フェル姉ちゃんはずいぶんとさっぱりした感じだ。石鹸の香りがする。うん、これなら大丈夫。どこに出しても恥ずかしくない。


 よーし、フェル姉ちゃんが来たことだし、朝食にしよう……お金は持ってないけど、出世払いでいいかな?

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