第162話 お出かけ報告

 

 リエル姉ちゃんのいる教会へやってきた。


 アンリとしてはあまり来ない場所だ。結婚式のときくらい。司祭様からもあまり来ないように言われていた気がする。司祭様に用事があるときはいつも司祭様のほうから家まで来てくれたから困らなかったけど。


 久しぶりに入る教会はなんとなく神聖な感じ。ぜひともスザンナ姉ちゃんの闇のパワーを浄化してほしい。あれは危険。


 正面右奥の扉から司祭様がやってきた。アンリ達に気づくと微笑んでくれた。


「今日は大所帯じゃの。女神教の信者でなくとも寄付は受け付けておるぞ?」


「魔族や子供に寄付を募るんじゃない。リエルはいるか? もしかしてまた昼寝か?」


「あれは昼寝ではなくお祈り中じゃ。わかっとらんのう」


「……まあ、それでもいいけど、いまはお祈り中か?」


 どうやら違うみたい。奥の部屋でほかの女神教の人と念話をしているとか。


 司祭様がそろそろ終わりそうだからちょっと待っておれ、と言って奥の部屋へ向かった。そしてすぐに司祭様とリエル姉ちゃんが戻ってくる。


「よう、フェル。何か用か?」


「忙しいところすまないな。実は明日ウゲン共和国へ向かうからその報告に来た」


「フェルはもうちょっと休んだ方がいいと思うけどな。でも、まあ、そうするってことはその必要があるってことか。詳しくは知らねぇけど、昨日も色々あったみたいだし、相変わらず何かに巻き込まれてんだろ? 無理すんなよ?」


「ああ、べつに無理をするような話じゃない。どちらかといえば、大変なのはアビスのほうだからな」


 すごい。詳しい説明はしてないのに、リエル姉ちゃんはフェル姉ちゃんのことをよく分かってる気がする。なんていうか、全部言わなくても分かってるって感じの関係がちょっと羨ましい。


「できれば俺もついて行ってやりたいんだが……今はちょっと無理っぽいんだよ」


 リエル姉ちゃんが司祭様のほうを見た。司祭様はその視線に気づいて頷く。


「フェル、すまんがリエル様はここに残ってもらいたいんじゃ」


「もともとそのつもりはなかったんだが、何かあったのか?」


「女神教で色々と動きがあるみたいでのう、聖都のほうがちょっと騒がしいんじゃ。それにリエル様が聖都にいないことが女神教全体に広がっていて問い合わせが多くなっておる。リエル様にはその対応をしてもらっておるんじゃ」


「そうなのか。リエルはリーンでもさらわれそうになったから色々心配だな。一応従魔達は残していくから何かあったら頼ってくれ。物理的な問題だったらある程度解決できるはずだ」


「おう、その時は頼りにさせてもらうぜ――おっと、また念話だ。悪い、夕食ごろに森の妖精亭へ行くから、またその時にな」


「ああ、こっちは無理しなくていいぞ。問題を解決したらすぐに戻ってくるし」


「それでもしばらく会えねぇんだろ? 必ず夕食の時間には行くからちゃんと待ってろよ? 絶対だぞ?」


 リエル姉ちゃんはそう言ってまた奥の部屋のほうへ行っちゃった。


「すまんの。リエル様には聖女としての職務よりも優先してほしいことがあるとは思っておるんじゃが」


「爺さんが謝ることなんか何もない。リエルは聖女としてやるべきことをやってるんだろ? ならそれを優先するべきだ。それに今回は獣人の国へ行くからな。人族が行くと危険だから連れて行くつもりはない」


「リエル様ならそれでも行こうとするじゃろうがな……さて、儂ももうひと踏ん張りじゃ。フェル達の無事を祈っておるぞ」


「ああ、感謝する。それじゃあな」


 教会での対応は終わっちゃったみたいだ。


 なんだか忙しそうだったからアンリもスザンナ姉ちゃんも口を出さなかった。それにしても仕事をしている時のリエル姉ちゃんはすごくいい感じなのに、なんで普段はあんな感じなんだろう?


 普段からお仕事している感じのリエル姉ちゃんなら男の人にモテモテだと思うんだけどな。


「さて、次は冒険者ギルドに行くか。ディアにも報告しておきたいし、一応冒険者ギルドに所属しているからな、報告しておかないと後で色々言われそうだ」


 冒険者ギルド。それはいま危険な感じがする。少なくともスザンナ姉ちゃんを連れて行くのは問題。ここはアンリの話術で違うところに行ってもらおう。


「えっと、フェル姉ちゃん、まずは村長であるおじいちゃんに報告するべきじゃないかな? ほら、フェル姉ちゃんは村の住人なわけだし、それがスジというもの」


「もちろん村長にも報告するつもりだったが……まあいいか。先に村長へ報告しよう」


 危険は回避された。今日はもうスザンナ姉ちゃんとディア姉ちゃん達を会わせちゃダメ。


 三人で家に入った。


 相変わらずおじいちゃんは大部屋でお茶を飲んで本を読んでる。


「おや、フェルさん、どうかされましたか? もしかしてまた勉強を?」


 おじいちゃんはなんてことを言うんだろう。お勉強は午前中だけ。たとえフェル姉ちゃんと一緒でも午後はやらない。


「いや、ちょっと報告に来たんだ。明日、ウゲン共和国へ出発する。アビスとヤト、それに魔族のレモと村にいた獣人達を連れて行くからそのつもりでいて欲しい」


「なんと、それはずいぶんと急ですな。なにか問題でも?」


 おじいちゃんの質問にフェル姉ちゃんが説明していく。昨日の問題がウゲン共和国でも起きている可能性が高いことと、獣人さんがそれを心配していること、治せるのはアビスちゃんしかないこと、そういう内容をおじいちゃんに全部説明した。


 おじいちゃんはそれを聞いて「なるほど」と言って頷いた。


「それでは仕方ありませんな。しかし、フェルさんの体調は問題ないので? 帰って来たばかりでしょう。疲れが取れないのでは?」


「私は魔族だからな。疲れたなんて理由で行動しなかったら魔界ではすぐに死ぬ。だから問題はない。まあ、今日は早く休むつもりだけど」


「そうですか。あまり無理はなされないようにしてくださいね」


「ありがとう。それじゃほかにも報告にいくので失礼する」


「分かりました。明日の朝は皆で見送りますので」


「無理しなくていいぞ」


 フェル姉ちゃんはそう言ってから家を出た。アンリ達もおじいちゃんにまた出かけると言って家を出る。


 なにか思うところがあったのか、スザンナ姉ちゃんがフェル姉ちゃんに話しかけた。


「それにしてもフェルちゃんは律儀だよね。皆に声を掛けるなんて」


「そうか? まあ人が多いところならそんなことをしないだろうけど、ここは小さな村だからな。それにアンリがいつも言ってるように、その、なんだ、同じ村に住む家族、だろ? 帰ってくる前提だったとしても、黙ってどこかへ行くのは気が引ける」


「フェル姉ちゃんは分かってる。アンリも家出するときは書き置きを残す派」


「それと一緒にするんじゃない。だいたいアンリの家出って森の妖精亭だろうが」


 冒険者ギルドという選択肢もある。今だとアビスちゃんのダンジョンも候補。それはともかく、フェル姉ちゃんも村の皆を家族と思ってくれてるみたい。なんだか嬉しいな。


 そんなことを考えていたら、フェル姉ちゃんが冒険者ギルドへ入っちゃった。いけない、一瞬の隙を突かれた。


「スザンナ姉ちゃん、アンリ達は外で待っていよう」


「なんで?」


「その、ディア姉ちゃんとレモ姉ちゃんのコンビはスザンナ姉ちゃんに悪い影響を与えてる。いわゆる悪影響。スザンナ姉ちゃんがたとえどんな風になってもアンリのお姉ちゃんだけど、悪い道に行くならそれを止めるのはアンリの役目」


「チューニ病は悪い道じゃないから。ちょっと不治の病なだけで。大丈夫、治らないけど抑えることは出来るから安心して」


 それが心配なんだけど。


「お前たち何してるんだ? 早く入れ」


 フェル姉ちゃんが冒険者ギルドの入口からアンリ達を呼んでいる。


 仕方ない。ここはアンリがスザンナ姉ちゃんをがっちりガードだ。変なことを言い出したら、アンリの拳がディア姉ちゃん達にうなる。アンリオメガインパクトをお見舞いしよう。


 そう勇んで冒険者ギルドへ足を踏み入れたら、ディア姉ちゃんしかいなかった。ちょっと拍子抜け。


「いらっしゃい。でも、どうしたの? みんなで来るなんて」


「あの、ディア姉ちゃん、その前に聞きたいんだけど、レモ姉ちゃんは?」


「レモちゃんならアビスちゃんのところへ行ってるよ。しゃべる剣を取りにいったんだ。アンリちゃんに見せるって約束してたでしょ?」


「そうなんだ? それは楽しみ」


 でも、それはそれ。これはこれ。


 ディア姉ちゃんだけだからって安心はできない。いつでも飛び出せるようにしておかないと。


 そしてフェル姉ちゃんがディア姉ちゃんに明日ウゲン共和国へ行く話を始めた。


 ディア姉ちゃんも皆と同じように心配してたけどフェル姉ちゃんは大丈夫と言ってる。それにこれまた同じようにディア姉ちゃんもついて行きたい感じだけど、冒険者ギルドでの仕事があるからダメみたいだ。


「一応、グランドマスターに報告しておくよ。フェル手当をもらっているけど、今回はサポートが難しいからその報告もね。でも、何かあったらいつでも連絡して。最優先で対応するから」


 フェル手当って何だろうと思って聞いていたら、ディア姉ちゃんはフェル姉ちゃんを支援するように冒険者ギルドから言われているみたい。その分のお金がもらえるとか。


 そういうお仕事があるならアンリもやりたいくらいなんだけど。将来アンリがディア姉ちゃんの代わりにそれをやるのはどうだろう? 冒険者ギルドの受付嬢……悪くない将来だと思う。


 ディア姉ちゃんは村の皆にも伝えておくよ、と言ってからお仕事に戻っちゃった。お仕事と言ってもお裁縫のほうだけど。もしかしてあれってフェル姉ちゃんのズボンかな?


 その後、フェル姉ちゃんと外に出た。


「さて、これで大体終わったな。私は森の妖精亭へ帰るが二人はどうする?」


「アンリも行く。スザンナ姉ちゃんも行くよね?」


「もちろん。またしばらく会えないんだからいっぱい話そう」


 うん、遊び倒そうと思ったけど、疲れさせちゃうと良くないからお話だけ。夕食の時間までまだいっぱいある。しばらく会えなくても問題ないくらいがっつりお話しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る