第161話 急な予定
午前中のお勉強が終わってお昼も食べた。午後は自由の時間。スザンナ姉ちゃんと一緒に広場に飛び出す。
修行もしたいけど、フェル姉ちゃんがいるなら遊んでもらうしかない。こう、言葉には言い表せない感じで遊び倒す。
でも、心配なことがある。
スザンナ姉ちゃんがディア姉ちゃん達に会ってからちょっと変。怪我もしてないのに包帯がないか聞いてきたし、急に片目を押さえたりした。大丈夫かな? その、いろんな意味で。
「あの、スザンナ姉ちゃん、大丈夫? アンリの知らないところで頭とか打ってないよね? 今日はもうベッドで休む?」
「もちろん大丈夫だよ。なんてったって私はドラゴンの――ううん、なんでもない」
思わせぶりで意味深なことを言い出した。症状が進行している気がする。ここはもっと切り込むべき。
「言いにくいんだけど、スザンナ姉ちゃん、ディア姉ちゃん達に影響されてない? その世界の真理的なアレに」
図星だったのか、スザンナ姉ちゃんはちょっとだけのけぞってから地面に片膝をついた。うん、そういうところが影響されていると思うんだけど。
でも、普通に立ち上がってから首を横に振った。そして顔を両手で挟むようにほっぺたをパチンと叩く。
「久しぶりにああいう話を聞いてちょっと昔を思い出しちゃったよ。なんでもないことを意味があるように言うのが格好いいと思う時期があってね、最近は全然なかったんだけどディアちゃん達の会話を聞いて再燃した感じ。ああいうのって、こう、飲まれる感じなんだよね」
「アンリにはまだ分からないけど、そういうものなんだ?」
「アンリもあと十年くらいしたら分かるんじゃないかな? なんていうか、暗く深い海に飲み込まれてあらゆるものがすべて一つになる感覚が……そう、自分も空に輝く星の一つに――」
「飲まれてる、飲まれてる。スザンナ姉ちゃん、帰って来て」
そう言ってスザンナ姉ちゃんを揺すると、ハッとした感じになって戻って来てくれた。
口に出しては言わないけどすごく厄介。今日はもうディア姉ちゃん達に会わせないほうがいいのかな? スザンナ姉ちゃんが飲まれたら大変。どんなスザンナ姉ちゃんでもアンリのお姉ちゃんなのは変わらないけど。
うん、こういうときはフェル姉ちゃんに会おう。スザンナ姉ちゃんもそれでたぶん治るはず。
ちょうどいいタイミングでフェル姉ちゃんが森の妖精亭から出てきた。
アンリ達に気づくと近寄ってくる。
「二人とも勉強は終わったのか?」
「うん。今日は算数じゃないから普通に耐えられた。でも、文字の書きすぎで手が痛い。剣の素振りのほうが楽」
「私も手が痛い。こう、うずく感じ。封印が必要かも」
スザンナ姉ちゃんが右手首を抑えながらまた変なことを言い出した。フェル姉ちゃんもちょっとだけ眉をひそめてスザンナ姉ちゃんを見てる。
「それじゃ私は行くところがあるから」
それなのにフェル姉ちゃんはスルー。問題に気づいたらその場で対処してほしい。
「フェル姉ちゃん、待って。いま変だと思ったよね? 変だと思ったのに放置するのは良くない。アンリのためにも助けて」
「いや、個人の趣味をどうこうするつもりはないんだが。私はどんなスザンナでも受け入れるつもりだ」
「いいこと言った風に言わないで。大体ディア姉ちゃんとレモ姉ちゃんの影響なんだから、巡り巡ってフェル姉ちゃんのせいだと言っても過言じゃない。スザンナ姉ちゃんを治す責任がある」
「なんでだ。確かにレモは私の部下のようなものだけど……治すという訳じゃないけど、二人とも私と一緒にくるか? これから色々村を回るつもりなんだが」
確かにそれで治るという訳じゃないけど、スザンナ姉ちゃんにいい影響があるかな? いや、あるはず。それにフェル姉ちゃんと一緒に行動するのは願ってもないこと。
「分かった。スザンナ姉ちゃん、フェル姉ちゃんと一緒に行こう。あと、できるだけ飲まれないで。気合で耐えて」
スザンナ姉ちゃんも了承してくれた。でも、村を回るって何をするのかな? とりあえずついて行けば分かるかな?
「それじゃ最初はヴァイアのところだな」
フェル姉ちゃんはそう言って、ヴァイア姉ちゃんの雑貨屋に向かった。アンリ達もそれについて行く。
雑貨屋さんにはヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんがいた。二人でお掃除しているみたい。
「あ、フェルちゃん、いらっしゃい。あれ? アンリちゃんとスザンナちゃんも一緒なんだ? いらっしゃい、なにか買って行ってくれるのかな?」
アンリ達は買い物に来たわけじゃないけど、フェル姉ちゃんは何の用で来たのかな?
「アンリ達はついてきただけだ。ちょっとヴァイアにお願いがあってな、術式を考えて欲しいんだ」
「いいよ、どんなのかな?」
「魔素暴走という状態の奴を見分ける感じの探索魔法だ。実は明日、ウゲン共和国へ向かう予定なんだが、昨日の獣人みたいな奴が多いかもしれないって話を聞いてな、近寄られると危険だから探索魔法で確認できるようにしておきたい」
そういってフェル姉ちゃんは亜空間から色々な紙を取り出した。それをヴァイア姉ちゃんに渡す。
よく分からないけど、アビスちゃんが書いた資料みたいなものだとか。この情報を元に術式を組んで欲しいって頼んでる。アンリもその資料を見たけど、なんだろうこれ。書いてある内容が全く分からない。
でも、ヴァイア姉ちゃんは理解できるみたいだ。
「これだけ詳細な状況が分かるなら術式はできるよ。でも、複雑だから魔道具化しておこうか? 魔力を通せばだれにでも使えるようになるし」
「それじゃ頼めるか。仕事料は後で払うから」
「いらないよ、そんなの。あ、でも、明日行くの? それじゃ私も準備しておくね」
ヴァイア姉ちゃん、フェル姉ちゃんについて行く気だ。アンリはダメなんだけどな。
というかいま気づいたけど、フェル姉ちゃんは明日ウゲン共和国へ向かうの? ついこの間帰ってきたばかりなのに?
「あのな、ヴァイア、今回は――」
「フェルさん、すみません、私から先にいいですか?」
ノスト兄ちゃんがフェル姉ちゃんの言葉をさえぎった。そしてヴァイア姉ちゃんのほうを見る。
「ヴァイアさん、フェルさんが行くのは獣人達の国です。フェルさんがいるとは言え、人族が行くのはかなり危険かと」
「え、でも、フェルちゃん一人じゃ――」
「ヴァイアさんは魔術師ギルドのグランドマスターになる予定なのです。私は護衛としてヴァイアさんを危険な場所へ行かせるわけにはいきません。それにその、婚約者としても危険なことはさせたくありませんから」
「ノストさん……!」
なにかこう、トウモロコシ並みの甘い雰囲気。ううん、もしかしたらあの伝説のチョコレートに匹敵する甘さかも。
そういえばヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんは結婚を前提にお付き合いしているとか聞いたっけ。見た感じもう夫婦っぽいけど。
「あー、その、いいか? ノストの言うことはもっともだ。人族はいないほうがいいかもしれない。一応ルハラから使者として誰かを連れて行く予定になっているけど、用事がない人族が行くのやめたほうがいいと思う」
「そっか、なら仕方ないね……それじゃ私が行けない分、すごい魔道具を作っておくからね! 夕食ごろまでには作っておくから!」
「ああ、よろしく頼む。それじゃノストもヴァイアのことを頼んだぞ」
「はい、お任せください」
その後、ちょっと話をした後、雑貨屋を後にした。
「さて、それじゃ次は教会に行くか。リエルにも獣人の国へ行くことを伝えておきたいからな」
「フェル姉ちゃん、その前にアンリ達に言うべきじゃないの?」
「なんでだ? でも、まあ、そうか。明日、ウゲン共和国へ向かう予定だ。お土産は期待するなよ。なんか砂漠っぽいからな。食事も期待できないのが、ちょっとだけ残念だ」
「行く予定なのは知ってたけど明日なの? この間帰って来たばかりなのにもう行っちゃうのはちょっとどうかと思う。もっと村にいて欲しい。むしろ一生いて」
アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんも首を縦に振っている。
フェル姉ちゃんはちょっと笑ってアンリとスザンナ姉ちゃんの頭を両手で雑に撫でた。
「私もちょっとはゆっくりしたいんだけどな、昨日の問題がウゲン共和国でも発生している可能性が高いらしいんだ。獣人達がそれを心配して少しでも早く帰りたがっているからな。それに治療するなら早い方がいいとアビスも言ってるから、明日行くことにしたんだ」
「そうなんだ? それじゃ仕方ない。でも、治療をするっていうことは、もしかしてアビスちゃんも行くの?」
「そうだ。いまのところ治療できるのはアビスだけだから一緒に連れて行くつもりだ。ダンジョンの機能はそのまま使えるらしいから、お前たちがダンジョンで修行するのは問題ないらしいぞ。でも、あまり危険なことはするなよ?」
それはそれで大事だけど、今はフェル姉ちゃんのこと。大体、危険なのはフェル姉ちゃんのほう。
「フェル姉ちゃんなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね。将来、フェル姉ちゃんはアンリの部下になる予定なんだから。むしろもう部下といってもいい」
フェル姉ちゃんはさっきより優しくなでてくれた。これはいい感じ。
「部下のくだりは拒否するが、心配してくれるのはありがとうな。二人ともいい子で留守番してろよ?」
「約束はできないけど、頑張る」
「私も約束は出来ないけど、いい子にしてる」
「そこは約束しろ」
フェル姉ちゃんはそう言ってから、アンリ達の頭から手を放して教会のほうへ歩いて行っちゃった。アンリ達もそれについて行く。
明日からまたフェル姉ちゃんがいない。ならせめて今日くらいはたくさん一緒にいようっと。
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