第160話 世界の真理
朝、大部屋で朝食を食べていたら広場のほうが騒がしくなった。
昨日の問題はフェル姉ちゃんが解決してくれたんだし、もう問題はないはずなんだけど別の問題が起きたのかな?
おじいちゃん達も気になったみたいで、皆で窓から広場のほうを見た。
ケルベロスのロスちゃんが暴れてる? それをディア姉ちゃんとアラクネ姉ちゃんが止めようとしているみたい。
『腹を! 腹を斬らせて頂きたい! ナガル殿から預かった皆を危険な目に合わせたばかりか、主人であるフェル様に牙をむいたとはは許しがたき暴挙! どうか某に腹を斬らせてくだされ!』
『フェル様がそんなことを許すわけないクモ! それにどうやって腹を斬るつもりクモ! いいから落ち着くクモ!』
『よ、よくわかんないけど自害しようとしてるの!? いまフェルちゃんを呼んでくるから! アラクネちゃん、ちゃんと押さえつけておいて!』
ディア姉ちゃんはそう言うと森の妖精亭へ駈け込んでいちゃった。
えっと、ロスちゃんは昨日のことを気にしていて詫びるために腹を斬ろうとしているってことかな?
「アンリ、ディア君は、自害しようとしている、と言っていたようだが、ロスさんは何を言ったんだい?」
そっか。おじいちゃん達は魔物言語が分からないから通訳してあげないと。
「えっと、ナガルちゃんから預かった皆を危険な目に合わせたって言ってた。あと、フェル姉ちゃんに牙をむいたって。だからお腹を斬りたいって言ってる」
「ああ、腹を斬って詫びるってことか。ロスさんは古風だね――いや、そんなことを言っている場合じゃないが、一応アラクネさんがロスさんを動けなくしているようだし、フェルさんを呼びに行ったようだから大丈夫かな?」
そうこうしているうちにフェル姉ちゃんが森の妖精亭から出てきた。
あれ? フェル姉ちゃんとディア姉ちゃんは当然だけど、もう一人、女の人が出てきた。
ぴっちりした感じの黒い鎧を着たちょっとだけ茶色い黒髪のお姉ちゃん。後ろで一本だけ束ねたおさげをしていて、頭に牛っぽい角がある。ということは魔族なのかな? もしかしてフェル姉ちゃんの部下でレモって人?
それはいいとしてフェル姉ちゃんがロスちゃんをちょっと叩きのめしてた。その後お話すると、切腹はしないことになったみたい。ロスちゃんはフェル姉ちゃんにさらなる忠誠を誓っている感じ。
そしてロスちゃんはアラクネ姉ちゃんとアビスのほうへ歩いて行った。
これで一件落着なんだろうけど、広場には三人が残ってる。でも、すぐにフェル姉ちゃんは森の妖精亭へ戻っちゃった。
広場にはディア姉ちゃんと魔族の人が残って話をしている。「闇」とか「蠢く」とか聞こえてくるけど、何の話をしているんだろう?
「さあ、皆、問題は無くなったみたいだし食事に戻ろう」
「おじいちゃん、あの魔族っぽい人は誰だか知ってる?」
「いや、フェルさんからは聞いていないが、魔族の人のようだし、魔界から呼んだ人じゃないかな? 昨日のトラブルにも巻き込まれていたようだし、アビスさんの治療が終わったんだろうね」
やっぱりそうなのかな。ここは挨拶しておきたい。
「アンリはちょっと挨拶してくる。どういう人なのか知りたいし。スザンナ姉ちゃん、一緒に行こう」
そう言ってスザンナ姉ちゃんと一緒に家を出た。
ディア姉ちゃん達はアンリ達に気づかずにまだお話をしてる。
「やっぱり鎧と言ったら黒。こう闇のパワーを感じるよね!」
「お分かりになりますか! でも、世界はバランスが大事だと思うんです。闇のパワーを増大させるにはより輝く光が大事かと」
「わかる。光と闇、法と混沌、魔王と勇者……すべてはバランスで成り立っているんだよね。どちらかだけじゃダメ。若いころはそれに気づかなくてね。それに気づいてからは一皮むけた感じ」
「ディアさんはお若いのにその真理に気づいていましたか……!」
二人ともすごく難しい話をしている気がする。アンリにはちょっとよく分からない。スザンナ姉ちゃんは頷いているから分かってるのかな?
このままにしていると、ディア姉ちゃん達はアンリに気づかないと思う。ビシッと割り込もう。
「ディア姉ちゃん、おはよう」
「あ、アンリちゃん、スザンナちゃん、おはよう。そうだ、紹介するよ。こちら魔族のレモちゃん。フェルちゃんの部下なんだって。それとルネちゃんの同僚とか」
「初めまして。レモといいます。よろしくお願いしますね」
やっぱりこの人がレモって人なんだ。あとでしゃべる剣と言うのを見せてもらおう。でもその前にちゃんと自己紹介しておかないと。
「私はアンリ。村長の孫。村のナンバースリー。こっちはアンリのお姉ちゃんでスザンナ姉ちゃん」
「アンリの姉でスザンナ。よろしく」
これでとりあえず、自己紹介は終わった。色々質問してみよう。
「二人は何を話してたの? ちょっと聞こえていたけど、アンリには難しくてよく分からなかった」
「アンリちゃんには難しいかな。簡単に言うと世界の真理について話をしてたんだよ。世界の始まり、種の起源、そして無から始まり無に還る『時』という存在……まあ、哲学的なことも含まれているかな?」
レモ姉ちゃんもスザンナ姉ちゃんもうんうんと頷いている。アンリにはさっぱり分からない。でも、分かっちゃいけないような気がする。これ以上、この話は危険だとアンリの勘が囁いた。それに従おう。
「えっと、それはもういいとして、レモ姉ちゃん。フェル姉ちゃんから聞いたんだけどしゃべる剣を持ってるんだよね? 見せてもらってもいい? あわよくばお話をしたいんだけど」
「すみません、魔剣タンタンはいま手元にないんですよ。アビスというダンジョンの中に置いてあるようですので、後でお見せしますね」
「そうなんだ? それじゃ後で見せてね」
残念だけど仕方ない。あとで見せてくれるなら問題なし。それじゃそろそろ戻ろうかな。朝食も途中だったし、アンリのお腹はまだまだ行ける。
でも、このしゃべる剣にディア姉ちゃんが食いついた。
「ねえねえ、レモちゃん、もしかしてそれって精神を乗っ取っちゃう感じの魔剣? フェルちゃんがそんなことを言ってた気がするんだけど?」
「ええ、そうですよ。以前、その剣が暴走しまして、フェル様やヤトちゃんが対処したんです。その後に色々あって私が扱うことになりました――こう言っては何ですが、毎日のようにその剣からの精神攻撃を受けてます。それでも操られたりはしませんけどね……!」
精神攻撃を受けているのにレモ姉ちゃんはドヤ顔だ。
「レモちゃん、やばい。それってすっごい上級者だよ。魔剣を強い精神力で押さえ込んでるんだ?」
「ええ、たまに操られそうになって右手が震えたりしますが、『鎮まれ、魔剣よ。まだその刻じゃない』と言って止めてます。ちなみに『トキ』は時刻の刻を言うようにイメージして言いますね」
「わかってるぅー!」
ディア姉ちゃんはテンション高いけど、アンリは分かってない。スザンナ姉ちゃんはちょっとだけ目を輝かせて聞いている。ここはアンリにとってアウェーな感じ。
「いやー、レモちゃんが来てくれて嬉しいよ。この村にいる人はほとんどが『あっち』側の人だからね」
「私もディアさんのことをルネに聞いていたのでお会いするのが楽しみにしてました。ぜひとも念友に。あとでチャンネル交換しましょう」
ネントモ……? チャンネルってことは念話? 念話の友達ってことかな?
「おー、あ、そうだ。実はこういうのを用意しておいたんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけど、ぜひつけてみて」
ディア姉ちゃんはエプロンのポケットから何かを取り出した。黒い小さな丸形の革に紐が二本付いてる。あれって何だろう?
「もしかしてこれは……!」
「レモちゃんが全体的に黒っぽくてよかったよ。これなら全体のコーディネイトも崩さないと思うよ」
レモ姉ちゃんはちょっと感動した感じになってからそれを身につけた。気づかなかったけど、これって眼帯だ。黒い眼帯にはなぜか銀色の十字架が描かれている。でも逆さまだ。付け方が上下逆じゃないの?
「どうでしょうか?」
「控えめに言って最高。美人さんだからすごく映える」
「……ディアさん、ありがとうございます。一生大事にしますね。お返しにあとで魔界から何か持ってきますから」
「いいよいいよ。あ、でも、私が服飾のお店をだしたら買って欲しいかな。それを魔界で広めてくれると嬉しいかも」
「ええ、その時は必ず」
二人はそう言って固い握手をした。スザンナ姉ちゃんはなぜか涙目なんだけど感動的、なのかな?
よく分からないけど、アンリにはまだ早い話だと思う。もうちょっと大きくなったらまた改めて聞いてみよう。
それじゃ家に帰って朝食の続きを食べようっと。
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