第159話 警戒の解除と一緒にご飯

 

 広場では皆がキャンプファイアーを組み立てているみたい。


 そろそろ日が落ちて暗くなるからかも。フェル姉ちゃん達なら問題はないと思うけど、村の場所が分からなくなったら大変。村がここにあるよって火を起こして教えてあげているんだと思う。


 マリーちゃんを通して無事なのは聞いているけど、ちゃんと帰ってくるまでは心配。心配し過ぎて今日は七難八苦で素振りをしながら外を眺めていただけで終わっちゃった。


 まだかな、と思いながら外を見ていたら日が完全に落ちちゃった。


 でも、誰かが空のほうを指さした。アンリが見ている窓からじゃその方向を見ることはできないけど、たぶんフェル姉ちゃんだ。


 ダッシュで外へ出ようとしたらおかあさんとスザンナ姉ちゃんに捕まった。


「アンリ、まだダメよ。危険だから今日は外へ出ちゃダメって言われたでしょ?」


「その通り。マリーちゃんも言ってたけど、なにかこう感染する感じのものだからちゃんと確認が出来るまで外に出ちゃダメだよ」


「そうだった。ちょっとテンション上がって忘れてた」


 マリーちゃんからの情報で変な集団の状況がちょっとだけ分かった。意識がない状態でフラフラしているけど、噛みつかれると同じようになっちゃうみたい。


 ケルベロスのロスちゃんも噛まれてフラフラしてたって聞いた。


 だから、フェル姉ちゃん達は噛まれないように対策をしながら連れてくるって言ってたっけ。


 仕方ないからまだ窓際に近寄って外を見た。


 キャンプファイアーのおかげで結構明るいけど、フェル姉ちゃん達は見えない。空を指さしているからカブトムシさんが飛んできたんだとは思うんだけど。


 窓に張り付いてギリギリまで上のほうを見たけど、やっぱり見えないや。


 でも、何だろう? 外にいる皆がちょっと驚いているというか嫌そうな顔をしてる。もしかしてカブトムシさんじゃないのかな?


「アンリ、こっちの窓からならよく見えるよ。でも、あれって何だろう? 繭?」


 スザンナ姉ちゃんが見ている窓のほうへ近寄ってから外を見た。


 あれは何だろう?


 スザンナ姉ちゃんが言うように巨大な丸い繭っぽいものが、キャンプファイアーの火で照らされている。直径十メートルくらいはありそう。それをカブトムシさんが空から宙に釣っているみたいだけど、もしかして巨大な芋虫とかがいたのかな?


 あ、フェル姉ちゃんだ。おじいちゃんと話をしてる。


 良かった。フェル姉ちゃんは無事だ。これでちょっとだけ安心。でも、ほかの皆は大丈夫かな?


 フェル姉ちゃんと巨大な繭はアビスのほうへ向かって行っちゃった。アビスの中に入れるのかな?


 その後、おじいちゃんは皆に話しかけると、皆は家に帰ったみたい。警戒が解かれたってことかな?


 そしておじいちゃんとおとうさんが帰ってきた。


「おじいちゃん、おとうさん、お帰りなさい。もう大丈夫なの? それにフェル姉ちゃん達は全員無事? あと、あの繭は何?」


「ただいま。まず、アンリは落ち着きなさい。フェルさんの話ではもう大丈夫みたいだね。この後、家に来て色々説明してくれるからフェルさんから直接聞くといいよ」


「それはいい考え……そうだ、フェル姉ちゃんにも家で夕食を食べてもらおう。今日のアンリはフェル姉ちゃんパワーが足りない。出来るだけ長い時間一緒にいてパワーを補充しないとアンリは倒れるかも」


「……まあ、いつもお世話になっているから夕食をご馳走するのはいい提案だね。アーシャ、すまないが、もう一人分……いや、もう五人分くらい夕食を追加してくれ」


 おかあさんは笑顔で頷くと台所のほうへ向かった。


 アンリは見逃さない。おかあさんは腕まくりしていた。本気を出すと見た。そしておかあさんの本気はピーマンが出る。これは要注意。


 それはそれとして気になることがある。フェル姉ちゃんにも聞きたいけど、事前情報として知っておきたい。


「おじいちゃん、あの繭っぽいものはなんだったの? もしかして大きい蛾みたいのが生まれたりする?」


 アンリがそう言うと隣にいたスザンナ姉ちゃんがすごく顔をしかめた。実を言うとアンリも蛾は苦手。蝶なら大丈夫なんだけど。


「あれはそういう物じゃなくて拘束した人たちがあの中にいるみたいだね。最初はおじいちゃんも繭だと思ったんだが、アレはアラクネさんの糸かな? 怪しい人達をアラクネさんの糸でぎっちり拘束しているんだろうね」


 アラクネ姉ちゃんの糸なんだ? でも、拘束……? そういえば感染する可能性があるってマリーちゃんから聞いたっけ? 誰かに感染しないようにああいう形で連れてきたのかな?


「拘束した人をアビスの中へ運んで、少し調べたらここへ来てくれるから、詳しいことはその時に聞こうか」


「うん、わかった」


 よし、万全の準備をしてフェル姉ちゃんを迎えよう。




「たのもー」


 少し経ったらフェル姉ちゃんが来た。なのでアンリとスザンナ姉ちゃんでお出迎え。


「フェル姉ちゃん、いらっしゃい。フェル姉ちゃんの席はここね。アンリはここでスザンナ姉ちゃんはここ」


「なんで仕切ってるんだ? まあいいけど、まずは村長と話をしたいから後にしてくれ」


「ああ、フェルさん。色々とやってくださっているお礼に料理を振舞いたいのです。良かったらアンリの言う通りに座ってくれませんか? 料理はまだ少しかかりますので、その間に状況を教えてくださると助かるのですが」


「そうなのか。ならありがたく頂戴しよう。でも、まずは状況の説明だな……簡単に言うと、森の西側にゾンビのようにフラフラしている奴らがいたんだが、そいつらに噛まれると同じような症状になるみたいだ。そういう状態を魔素暴走と言うらしい」


 魔素暴走? そんな症状があるんだ?


「そいつらはアビスに隔離して、さらにアビスが治療している。全員を治すには一日かかるそうだが、アビスの中だし問題はないと思う。そうそう、帰りに一通り村の周辺を確認してきたが、ほかに感染しているような奴はいなかったから安心していいぞ」


「そうですか。フェルさん、いつもありがとうございます。おかげで助かりました」


 おじいちゃんがそう言うと、フェル姉ちゃんはちょっとだけ嫌そうな顔をした。


「礼はいらないぞ。もともと私の部下が被害にあっていたみたいだから対処したまでだ。まあ、村のことはついでみたいなものだな」


「ははは、相変わらずですな」


「何が相変わらずかは分からんが、まあ、気にしなくていい、ということだけ理解してくれ」


 フェル姉ちゃんは相変わらず。これはアンリでも分かる。フェル姉ちゃんはお礼を言われるのが苦手。だから気にしなくていいって言う。これも一応フェル姉ちゃんの弱点なのかな? とりあえず覚えておこう。


 でも、聖なる石鹸とお礼をすることでどうやってフェル姉ちゃんに勝てばいいんだろう? まだまだフェル姉ちゃんの弱点を調べる必要がある。


 でも、それはあと。いまは今日のことを色々聞いておこう。


「フェル姉ちゃん、皆は無事なの? 誰も怪我してない?」


「ん? ああ、大丈夫だぞ。ロスに関しては感染してしまったがアビスが治してくれるだろうからな」


「良かった。じゃあ、あの繭はなに? なんであんなことになったの?」


「あれはアラクネの糸だ。フラフラしている奴を拘束するのにアラクネの糸が便利だったんだが、一人一人運ぶのが大変だったからまとめて球体にしたんだ。それに拘束していないと暴れて危ないからな。あの形が一番運びやすかったというだけだ」


 そこまで聞いたところでおかあさんが料理を持って来てテーブルに並べた。


 その後、フェル姉ちゃんにどうやって拘束したのかを聞いてみた。


 なんでも木の上からアラクネちゃんが糸で釣ったみたい。そして木の上に張ったクモの巣で捕縛したとか。今日のMVPはアラクネ姉ちゃんだ。


 ちなみにフェル姉ちゃんとジョゼちゃん、それにシャルちゃんはほとんど役に立たなかったとか。


 それと面白い話を聞いた。なんでもお話できる剣がいるみたい。フェル姉ちゃんの部下であるレモって人が持っている剣で、今は一緒にアビスちゃんのところへ隔離しているとか。


 そういうお話できる剣をインテリジェンスソードって言うみたいだけど、名前はタンタンって言うらしい。フェル姉ちゃんが名付けたとか。そのセンスはちょっとどうなんだろう?


 でもタンタン? 以前ルネ姉ちゃんから「血の魔剣タンタン事件」っていう言葉をきいたような……? 同じタンタンなのかな?


 まあいいや、今度お話させてもらおう。できればフェル・デレもお話できるようになって欲しい。そういう剣をつくれないかグラヴェおじさんに聞いてみよう。


 色々とフェル姉ちゃんと話をして現実逃避をしていたけど、そろそろ向き合わないといけない。


 アンリのお皿には予想通りピーマンの肉詰めがある。これを何とかしないと。よく見ると、スザンナ姉ちゃんもまだ手を付けていない。あれは迷っている感じだ。食べるべきか、食べざるべきか。それが問題。


 でも、今日はフェル姉ちゃんがいる。


「フェル姉ちゃん、これはアンリからのお礼。村を守ってくれてありがとう」


「食べたくないものを私の皿にのせるのはやめろ。行儀が良くないぞ。大体、ピーマンの肉詰めから肉だけ抜いて寄越すな。くれるならせめて両方寄越せ」


「心外。これはお礼だし、フェル姉ちゃんはお肉を食べ過ぎだから取ったに過ぎない。これはアンリの愛」


「スザンナの愛もあるよ」


 スザンナ姉ちゃんもフェル姉ちゃんのお皿にピーマンの肉詰めを置いた。これはアンリとスザンナ姉ちゃんの連係プレー。フェル姉ちゃんの左右から波状攻撃を仕掛ける。


「お前もか。こんなにおいしいのに食べられないなんてお前たちは人生を損してるな」


「損して得取れって言葉がある」


「そういう意味じゃないと思うぞ?」


「はい、それじゃ、これはおかあさんからの愛ね」


 なんてこと。アンリとスザンナ姉ちゃんのお皿にピーマンの肉詰めが追加された。


 仕方ないからそのままフェル姉ちゃんのお皿に置こうとしたら、見えない何かに弾かれた。これは魔法による結界だ。


「フェル姉ちゃん、食事中に結界を張るのはお行儀が良くない」


「人の皿に自分の嫌いな食べ物を置く方が悪いんだ。行儀は悪いがこれは仕方なくだ。というか、食事中に自分の皿に結界を張ったのは二回目だぞ。しかも人界に来てからだ。魔界でだってそんなことをしたことはない。人族はマナーがなってないな」


「アンリとしてはその一回目が気になる。いつそんなことしたの?」


「リエルの奴が私の皿から勝手にパンを取って食いやがったからな。その時に結界を張った。いつだったかは忘れたが、パンを取られたことだけは明確に覚えてる……実はいまだに恨んでいるぞ」


 うん、アンリはフェル姉ちゃんの食べ物を取らないようにしよう。逆にフェル姉ちゃんに美味しいものをあげたらアンリの部下になってくれるかな? もしかして料理人を目指したほうが人界征服は早いのかも。


 それはさておき、フェル姉ちゃんパワーを使ってピーマンを食べた。アンリはあの苦みとは一生仲良くなれないと思う。


 失ったパワーを補充するために家でカードゲームをやろうと誘ったけど、フェル姉ちゃんは森の妖精亭へ帰っちゃった。


 ババ抜きしようって言ったら「しばらくババ抜きはやらない」って言ってたから、遊ぶゲームの選択を間違えたのかも。フェル姉ちゃんがいないのは残念だけど、今日はおじいちゃん達とババ抜きして遊ぼうっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る