第206話 看病の日々
あれから一週間が過ぎた。
フェル姉ちゃんはまだ目を覚まさない。呼吸はしているし、熱があるわけでもないから病気ってことじゃないとは思うんだけど、呼びかけても全然反応がない。
アビスちゃんは「大丈夫ですよ」って言ってるけどこれだけ寝ていて大丈夫なわけがないと思う。アビスちゃんはちょっと薄情。それとも無事な理由を知っているのかな?
でも、たとえ大丈夫だと分かっていても心配は心配。もちろん信じてはいるけど。
ヴァイア姉ちゃんもディア姉ちゃんもフェル姉ちゃんのそばを離れない。もちろんメノウ姉ちゃんもスザンナ姉ちゃんも。アンリは言わずもがな。
オリスア姉ちゃん達も似たようなものだけど、アンリ達に気を使ってか部屋の外で待機している。
そしてリエル姉ちゃんはもっと大変。
時間があればすぐに部屋に来てフェル姉ちゃんに治癒魔法を使っている。治癒魔法と言っても食事がとれないフェル姉ちゃんに栄養を与える魔法みたい。目の下にくまが出来ているし、ほとんど寝てもいないんじゃないかな。
「リエル姉ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いよ? 休んだ方がいいと思う」
「……大丈夫だよ。フェルがこんなことになってるのに休んでる場合じゃねぇんだ。フェルがこうなったのは俺のせいだろ? だからフェルが目を覚ますまで俺はずっとこうしてなきゃいけないんだよ」
「でも、聖人教のほうでも色々やってるんでしょ? このままじゃリエル姉ちゃんが倒れちゃう」
「あっちはアムドゥア達がやってるから俺はそれほどでもねぇんだ。たまに顔を見せに行くくらいだから何の問題もねぇよ。それに俺はフェルが目を覚ますまで倒れたりしねぇよ。倒れる訳にはいかねぇんだ……」
リエル姉ちゃんはそう言ってからフェル姉ちゃんの手を握って、また治癒魔法をかけ始めた。
何の問題もないって言ってるけどそんなことはないと思う。リエル姉ちゃんは色々と忙しいはず。
リエル姉ちゃんはバルトスおじいちゃん達を説得した翌日、大聖堂の広場で女神教を解体すると宣言した。リエル姉ちゃんは降神の儀で教皇となり、女神教のトップだ。そのトップが解体と言ったからそれで女神教は簡単に終わった。
当然女神教の人達は混乱した。
でも、リエル姉ちゃんはさらに演説をした。
女神は邪神であったこと、邪神を倒すために従った振りをしていたこと、そして聖都へ攻め込んだ魔族に力を貸してほしいと頼んだこと、それを聖女バージョンのリエルちゃんは説明した。
そして謝罪。洗脳による布教活動をしていたのも邪神に疑われないためにやっていたことだったが、それは許されない行為だったと謝った。もちろん、女神教の人達だけでなく他国にもそう謝ったみたい。というか、今も各国に連絡して謝っているとか。
色々と穴のありそうな説明だけど、聖女バージョンのリエル姉ちゃんは無敵のカリスマが溢れていて、それを疑う人はいなかったみたい。
そしてその後も大事。
女神教に代わる宗教の立ち上げ、それをリエル姉ちゃんが宣言した。
神様を崇めるんじゃなく、なにか歴史に名を残せる偉業をなしえた人を崇める宗教、それが聖人教。
崇める人は一人ではなく、認定されれば誰でも聖人になれる。そして信者の人はその聖人のうちから一人を選び、その人のように生きていこうという宗教みたい。
最初の聖人は女神教の幹部だった教皇、勇者、賢者、使徒、それにリエル姉ちゃんだ。邪神を討ち取ったその五人を最初の聖人として、これから徐々に聖人を増やしていこうってリエル姉ちゃんは皆に呼びかけた。
そこはさすがのリエル姉ちゃん。後光がさすほどの聖女スマイルにより、聖都にいた女神教の人はほぼ全員が聖人教に鞍替えしたみたい。
それから一週間、ロモン聖国では聖人教が広まっている。そのおかげで色々なところで起きていた暴動も治まったとか。
……リエル姉ちゃん、本気を出せば国の一つくらい作れちゃうんじゃないかな? やる気はないみたいだけど。
そんなわけでリエル姉ちゃんは聖人として色々忙しい。それでも合間をぬってフェル姉ちゃんの寝室に来ては治癒魔法をかけ続けている。
「フェル、目を覚ましてくれ……お前に何かあったら俺は……」
リエル姉ちゃんは治癒魔法を使う時、いつも辛そうな顔をしてる。責任を感じているんだとは思うんだけど、本当に大丈夫かな?
そんなリエル姉ちゃんにディア姉ちゃんが近づいた。
「リエルちゃん、フェルちゃんが目を覚ましたときにリエルちゃんが倒れていたら怒ると思うよ。いいからゆっくり寝なよ。目の下のくまが酷いことになってるよ?」
「でもな、フェルがこんなことになってるのは俺のせいだ。フェルは強いから大丈夫だと思って安易に巻き込んじまった。しかも女神教をつぶすだけじゃなくて、本物の女神まで倒したんだぞ? たぶんそのせいでフェルは眠り続けてる。そんな状態のフェルを放っておいて寝れるかよ……いや、寝ようと思っても寝れねぇんだ……」
「そうなんだ? じゃあ、ヴァイアちゃん、やっちゃって」
「うん」
ヴァイア姉ちゃんが亜空間から小さい羊の置物を取り出してリエル姉ちゃんにそっと当てた。なにあれ?
「あ! ヴァイア、お前、これって!」
「うん、眠くなる魔道具。八時間くらいはゆっくり寝たほうがいいよ。大丈夫、この部屋から出すような真似はしないから。フェルちゃんが目を覚ましたら強制的に目を覚まさせてあげるからちょっとは寝て」
「う……お前ら……」
リエル姉ちゃんはそのままフェル姉ちゃんのベッドに寄りかかるように倒れちゃった。でも、フェル姉ちゃんの手はずっと握ったままだ。
ディア姉ちゃんがその手をはがそうとしたけど、はがせないみたい。どれくらい強く握ってるんだろう?
「これじゃフェルちゃんの手が痛いと思うんだけどね。仕方ないから近くにベッドを用意しようか。目を覚ましたときにフェルちゃんがそばにいなかったら怒りそうだもんね」
「そうだね……あ、そうだ。私達も今日からここで寝泊まりしようか。フェルちゃんがいつ起きてもいいようにしておこう!」
ヴァイア姉ちゃんはなんて素敵なことを思いつくんだろう。それは最高と言わざるを得ない。
「バルトスさんのお屋敷だけど、結構広いからベッドくらいたくさんあるよね。それじゃ余ってるベッドを亜空間に入れてもって来るよ。外にいるノストさんに手伝ってもらってたくさん持ってくるから!」
ヴァイア姉ちゃんはそう言って部屋を出て行っちゃった。たくさんはいらないと思うけど、多いほうがいいのかな……?
「それじゃ私もちょっと出てくるね」
「ディア姉ちゃんはどこへ行くの?」
「うん、以前、フェルちゃんに頼まれていたことを思い出してね。それが出来る人が聖都にいるんだ。ちょっと会って交渉してくるよ。夜には帰ってくるから」
ディア姉ちゃんも部屋を出て行っちゃった。
残っているのはメノウ姉ちゃんとスザンナ姉ちゃんとアンリだ。
「メノウ姉ちゃんは大丈夫? リエル姉ちゃんほどじゃないけど、ずっと立っているし疲れてるんじゃない?」
「問題ありません。メイドたるもの主人が目を覚ますまで不眠不休で動けますからご安心を」
「アンリでも分かる嘘をつかないで。気持ちは分かるけど」
「……リエルさんと同じです。寝ようと思っても寝れないんです。フェルさんがこんな状態なのに何もできない自分が情けなくて……」
「メノウ姉ちゃんが活躍するのはフェル姉ちゃんが目を覚ましてからが本番だと思う。だからそれまではしっかり休んだ方がいい。それに何もできないなんてことはない。アンリ達と一緒にフェル姉ちゃんを信じるだけで十分」
そういうと、メノウ姉ちゃんは笑った。
「確かにその通りですね。主人を信じて待つ。それもメイドの役目……分かりました。ヴァイアさんがベッドを持ってきてくれたらちょっとだけ休みますね。でも、アンリちゃんやスザンナちゃんは大丈夫ですか?」
「アンリは大丈夫。フェル姉ちゃんを信じてるから夜もぐっすり」
実はちょっとだけ寝つきが悪い。信じているし大丈夫だとは思っていてもやっぱり心配。
「私も大丈夫。フェルちゃんはこんなことでどうにかなるわけがない。メーデイアで倒れたときと一緒。アビスの話だとあの時よりも時間がかかるみたいだけど、信じて待っていればすぐに目を覚ますから心配してない」
スザンナ姉ちゃんの心配してないって言うのは嘘っぽい。二人でいるときは部屋をウロウロしているし、落ち着かない感じがする。でも、それは指摘しない。アンリも似たようなものだし。
「そうでした。フェルさんはメーデイアでも呪病で長い時間眠ってしまいましたね。でも、ちゃんと目を覚ましてくださった。今回も必ず目を覚ましてくれますよね」
アンリはその件を良く知らないけど、フェル姉ちゃんは病気になって一週間くらい寝てたって聞いた。今度は女神と戦ったくらいなんだからそれ以上寝ちゃっても仕方ないと思う。
でも、早く起きて欲しいな。
そうだ、フェル姉ちゃんが起きたらやって欲しいことをリスト化しておこう。
アンリ達を心配させているんだからそれくらいやってもらわないと。早速今日の夜からみんなで考えようっと。
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